第27話 繭の中で
外側からの攻撃であっさりと破損したのは、万が一朔也を救出に来た者を中へ誘い込むための罠だったのだろう。
その穿たれた大穴もいまや完全に自己修復が完了している。
「このままお前たちの錬気が尽きてくたばるのを外から観察してやるのも一興だろうけれど、あいにく私は気が短いの」
「それに外にまだお前たちの仲間がいないとも限らないからね。余計な娯楽にうつつを抜かして折角のチャンスを失う愚は犯したく無い。今すぐ三人まとめてこの手で葬ってあげるわ」
どうやらハストレア自身はこの結界を自在に出入り出来るようだ。
こういうときマンガとかだと敵は相手をじわじわいたぶろうとして油断したりするのだが、女眷属にそのお約束をする気は無いらしい。
「せ、生徒会長が助けに来てくれたりとかは、しないのかな」
小声でケイにそっと覗ってみる。
「愚兄はいつも期待外れ」
だが彼女の返答は実にガッカリなものだった。絶望感高まる中、しかし、
「はあっ? あんたが葬るですって? そこの弱者はともかく、このあたしを? 自信過剰もいい加減にして欲しいものだわっ」
龍姫はハストレアの宣告を一笑に付した。
「確かにこの結界壁はちょっと厄介なようだけど、この鬼銃護砲童子の威力が損なわれた訳じゃ無い。お前に直接ぶち当てればいいだけのこと」
巨大な銃口を女眷属へと狙い定める。引き金に掛けた指に力を込めた。だが、
「なにっ!?」
「ふん、遅いッ!」
その僅かな瞬間にハストレアは驚くべき速度で一気に間合いを詰め、龍姫の目前に迫っていた。
へし折られた爪刃が元通りに生え揃っている。
その切っ先を、気が強そうな顔面目掛け突き込んできた。
「くうッ!!」
上体を弓なりに反らしギリギリの所で龍姫が躱す。
鼻先すれすれを鋭利な刃が通過するが、瞬き一つせぬ碧眼でその刃面を見切っていた。
二丁の銃口を跳ね上げ、ハストレアの腹部に突きつける。
「くたばれっ!」
轟く銃声。必殺の錬気弾が至近で放たれた。
「ふんっ!」
だがその時には既に女眷属はその場で真上への跳躍を行っていた。
「だから、遅いと言ってる、人間ッ!!」
「チッ!」
空中で逆立ちを試みるかのように長い足が高々と真上へ跳ね上がった。
勝ち誇ったような笑みを浮かべる妖艶な美貌が、仰け反った龍姫の目前に迫る。
「貴様こそくたばれ、ガンスレイヤーッ!!」
真後ろに倒れるギリギリまで上体を反り返らせ、これ以上逃れようのない体勢となった少女へ、爪刃が振り下ろされた。
「舐めるな、眷属ッ!」
だが、龍姫の脚が弓なりにたわめた背筋の反動を込めて、勢いよく直上へ跳ね上がる。
「はっ!!」
鋭い蹴りが、爪刃の刃面を真横からはね除けた。
「なっ!? くっ!」
そのままバック転を決めて小柄な肢体が着地する。
同時に護砲童子の狙いを定めていた。
「終わりだっ。消し飛べ、眷属ッ!!」
左右交互に五連発ずつ。合計十発の錬気弾が、僅かずつ着弾点をずらして放たれた。
「くぅうううっ!! おのれっ!」
素早いステップでハストレアが躱し続ける。
だがラストに放った一発がどう足掻いても避け切れぬ軌道とタイミングで、女眷属に迫っていた。しかし、
「がぁあああっ!!」
壮絶な破壊力を誇る錬気の弾丸を、ハストレアは横薙ぎに払った爪刃で弾き飛ばす。
「なっ!? そんな」
先ほどは指先から伸びた五本の刃全てをへし折ってやったのに。
「お前たちはこの世界にある万物から錬気を吸収しているらしいわね。けれど外界との繋がりを遮断するこの結界の中ではそれも出来ない。なのに無駄弾撃つから、その銃、威力が弱まってきている」
「くっ」
龍姫の美貌が忌々しげにしかめられた。
「その内、身体の強化も出来なくなって、普通の人間並みの動きしか出来なくなるわね。どうせなら、我々みたいに人間を……、そこにいる同類を喰らってみたらどう? 錬気を補充できるかもしれないわよ」
刃こぼれ一つない刃面に赤い舌を這わせながら、ハストレアが嘲るように言う。
その妖艶な眷属はまさに、人間どころか同じ眷属であるラタクアルチャを屠り喰らって膨大な錬気を得ていた。
これ以上戦いが長引けば、ますます龍姫が不利になるのは明らかだ。
「うるさい」
しかし金髪をツインテールに纏めた気の強い少女は、一切引くそぶりを見せない。
「あたしは、人間だっ! お前らのような薄汚い人喰いと一緒にするなっ!!」
逆上したように声を張り上げて、真っ正面から全力で突っ込んで行く。
しかも力が残り少ないというのに、護砲童子を滅茶苦茶に乱射しまくる。
「ふん、敵わないと悟って破れかぶれになったか? と見せかけてッ!」
フェイントも何もない無鉄砲な攻撃を易々と躱すハストレアが、龍姫を迎え撃つ構えから一転。真後ろに蹴りを放った。
「が……は……ッ」
跳ね上げた踵が鳩尾にめり込み、ケイが苦悶の表情で呻きながら崩れ落ちた。
「え……? ああっ!!」
確かに抱き支えていたその無表情な少女の姿が、全く気がつかないうちに腕の中から消え失せていたことに、朔也はいまこの瞬間に気付く。
「ガンスレイヤーが攪乱している間に、アビスウォーカーは気配を消して忍び寄る。なかなか良い連携だったけれど、錬気を消耗しすぎたみたいね。気配を完全に隠しきれてない。いまの私には丸見えだったわよ」
「くっ!」
悔しげに睨み付ける龍姫の足が止まっていた。疲労も露わに肩で息をしている。
「くたばれっ!!」
それでも護砲童子の引き金を引くが、
「ふんっ!! 無駄なことをっ!」
もはやハストレアは避けもしない。
見るからに速度も威力も劣化した錬気弾を、爪刃で易々と弾き返した。
さらには瞬時に龍姫との間合いを詰めて、膝蹴りを突き上げる。
「あぐうっ! つぁあっ!!」
二丁拳銃の銃身を交差させて蹴りを受け止めようとする。
だがそのガードごと強烈な打撃が腹部へと炸裂し、小柄な肢体がくの字にへし折れて吹っ飛んだ。
「一条っ!」
朔也が駆け寄り抱きかかえる。
(こんなに小柄な身体なのに、あんな怪物と戦うなんて)
ケイの細くたおやかな肢体よりも更に華奢な手応えに驚きを覚える。
彼女たちが命を賭けて戦っているのに、自分は何も出来ない。
人外の敵に易々と捕らえられ、二人の足手纏いになっている。
「ばか、放しなさい。戦いの邪魔っ」
抱き締める腕に力をこめると、龍姫が掠れ声を気丈に振り絞り立ち上がろうとする。
だが既に、殺気を漲らせた女眷属が目の前に迫っていた。
「忌々しい殺戮者ガンスレイヤー。そして我が愛おしき盟主、サイファ様をたぶらかす薄汚い女狐の肉体を有する者。時が許せば散々にいたぶり尽くして悲鳴を絞り出してやりたいけれど、それは諦める。いますぐに……、」
「ここでまとめて切り刻んであげるわ!!」
両手の十本の指から白銀の輝きを放って伸びる鋭い刃爪。
妖艶な美貌を歪ませ酷薄な笑みを浮かべる。
その瞳に宿った暗い狂気に、朔也の背筋が総毛立った。




