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黄昏の眷属  作者: 倉井部ハルカ
25/39

第25話 アビスウォーカー

 距離が近い。避けられない。

 

 それ以前に無防備にへたり込んだまま身動き取る暇すらない。

 

(だ、だめだっ!! やられるっ!)


 容赦なく迫り来る切っ先に朔也が死を覚悟したその刹那、

 

「だめ」


 か細い声が至近からハストレアの耳朶を擽った。

 

「なにっ!?」


 真後ろ。

 

 何一つ気配などなかった。

 

 いや今も感じさせない。

 

 驚き戸惑い振り返る。

 

 その女眷属の首筋へと、漆黒の刃が迫った。

 

「うあっ!」


 辛うじて上体を反らし避けながら、ハストレアは朔也の命を奪うはずだった爪刃で大振りのナイフをはね除ける。

 

 その隙に、何の気配も無く出現した黒い影はリリアムの肉体を有する少年を抱え上げると、素早い跳躍で女眷属から距離を取り教室の窓際へと移動した。

 

「犬神ッ!?」


 女体化少年を庇って立ちはだかる華奢な肢体。

 

 表情を表さぬ儚げな顔立ちの少女の姿に、朔也は驚きとそして安堵の呟きをこぼした。

 

 自分を守って二人掛かりの眷属と戦い、傷つき倒れたはずの少女。

 

「貴様、アビスウォーカー。生きていたのか。いつ入ってきた。なぜここが分かった!?」


 ハストレアもとどめを刺したはずの相手の突然の出現に驚愕していた。

 

 臨戦の構えを取りながら、安易な攻撃を控え警戒を高める。

 

「最初からずっといた。お前が殺したのは変わり身の式傀儡」


 構えもせず両手に大振りの短剣を握って無造作に立つ姿は満身創痍。

 

 ずたずたに切り裂かれた制服から赤い血を滲ませた傷口を覗かせる。

 

 それでいて一分の隙もなく相対する様に、鋭い爪の女眷属は呻くような声を絞り出した。

 

「二人相手では敵わないと見て死んだふりをし、気配を殺したまま後を付けて来ていたというのか?」


 左右の色が違うオッドアイを瞬きもさせず、ハストレアへと憂いを宿した美貌を頷かせる。

 

 そのケイの両手に錬気が集中した。

 

 握り締めた漆黒のナイフが淡い輝きを放つ。

 

「くっ!」


 ハストレアが迎撃の態勢を取る前で、

 

「やっ!!」


 ケイはその敵へと無防備に背中を晒して振り返ると、錬気が充填された二刃の切っ先を教室の窓ガラスへと突き立てた。

 

「犬神式破術、割鏡ッ!! オン キリキャラ ハラハラ フタラン パソツ ソワカッ!」


 呪言を唱えたその刹那、結界の壁面に幾重にも複雑に重なり合う異形の魔法陣が展開された。

 

 青白い輝きを放ちながらその無数の円陣がそれぞれの方向に高速で輪転する。

 

「なにっ!! き、貴様ッ、結界に何をっ!」


 驚愕するハストレアの目の前で、この教室を取り巻く強固な結界にひびが走る。

 

 ガラスが砕けるような音色を奏でて、結界に人ひとりが通り抜けられる程度の穴が穿たれた。

 

「傀儡の骸にわたしとの糸を繋いでおいた。愚兄がもうこっちに向かってきているはず。だから逃げて、如月くん」


「えっ、犬神!?」


「させるかあっ!」


 我に返った女眷属が、憤怒の形相で飛びかかってきた。

 

 しかし無表情な少女は敵に背中を晒したまま、朔也をその結界の裂け目から外へと押しだし逃がそうとする。

 

「危ないっ!!」


 彼女の手を振り払い、代わりに華奢な身体を抱き返す。

 

 大気を切り裂いて振り下ろされる爪の切っ先すれすれで、女体化少年は横飛びに攻撃を避けた。

 

 彼女の細く頼りない身体を庇うようにしっかりと抱き締めてリノリウムの床を転げ、眷属から出来るだけ距離を取って上体を起こす。

 

「どうして? 逃げられたのに」


 腕の中で儚げな少女が不思議そうな眼差しを向けてくる。

 

「馬鹿ッ。犬神を置いて逃げられるわけないだろ! それにいまの、あのままだったらまともに攻撃食らっていたじゃないかっ!! なんでこんなことっ!」


 ただでさえもうボロボロなのに、あんな一撃をもろに受けていたらただじゃすまなかった。

 

「あなたは私が守るって、約束したから」


 なのに満身創痍の少女は朔也の腕の中から立ち上がると、よろける足で進み出る。

 

 窓に穿った結界の割れ目は急速に自動修復され、外界とこの教室の中とを再び完全に隔ててしまった。

 

「驚いた、まさかこの結界に穴を穿つなんて。でもいまの術で錬気を使い果たしたみたいね」


 だらりと下げた両手にナイフを握り無造作に立つ。

 

 そこから予備動作無しで攻撃に転じる、ケイ独特の構え。

 

 だがいまの彼女は朔也の目にすら、どうにかやっと立っているだけのように見えた。

 

 それでも無表情な顔は一切の動揺を表さず、眷属の指摘にも言葉を返さず朔也を庇って立ちはだかる。

 

「お前もずいぶんと薄情ね。折角アビスウォーカーが死力を尽くして逃げ道を開いてくれたのに、それを台無しにするとはね」


 少女の無反応に張り合いが無いとみたか、言葉なじりの矛先を朔也へと変えてきた。

 

「うるさいっ!! 助かるならこいつもオレも両方だっ。駄目なら、オレの命を賭けても犬神だけは助ける! それも駄目なら二人してやられる方が、女の子を犠牲にして俺一人だけ助かるよりはマシだっ!! 仲間を食って自分の傷を治すようなお前なんかには分からないだろうけどなっ!」


 立ち上がり、よろけるケイを支えながら眷属へと言い返す。

 

「如月くん……」


「すまない、犬神。せっかくお前が力を振り絞って逃がしてくれようとしたのに。でもオレ……」


「女を犠牲にとは面白いことをいうわね。お前も女だというのに」


「オレは男だっ!!」


 ハストレアの一言に、もう二度とこの身体は元に戻らないのだという事実を改めて思い知らされたような気がして、震える声を絞り出す。

 

 しかしその声色も以前とは違う可憐さを宿した高い声。

 

「ふん、そのようなこと、どうでもいい。お望み通りその暗殺者と一緒にここで殺してあげる。わたくしのサイファさまを堕落させる、その嫌な匂いのする身体を肉片はおろか塵になるまで粉々に切り刻んでやるわっ!」


 人間如きの戯言には付き合っていられないとばかりに、女眷属が二人を仕留めにかかる。

 

 ケイは満身創痍。

 

 戦いの術を知らぬ朔也に為す術はない。

 

 それでも互いに互いを守ろうと身構える。

 

 殺戮の刃が避けられぬ勢いで迫った。

 

 その刹那、轟音と共に、莫大な威力を持った錬気の塊が弾丸となって女眷属へと迫った。

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