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黄昏の眷属  作者: 倉井部ハルカ
24/39

第24話 オリジナル・シン

「……なに、……を……ッ、ハストレ……ア……、ごばぁっ!!」


 横薙ぎに爪刃を払うと、中年男の頭部は脳漿を撒き散らし肉塊となって砕け散る。

 

「うっ!! うわぁあああああぁ————ッ!」


 繭状の錬気檻に閉じ込められた朔也が悲鳴を張り上げた。

 

 その無様な人間へことさらに見せつけるように、ハストレアは夥しい鮮血と共に夕陽色に輝く錬気が止めどなく溢れ出る傷口へ、鋭く尖った牙を突き立ててむしゃぶりついた。

 

 肉が噛み千切られ、骨が砕かれる音色が、結界に封じられた教室に響く。

 

 物質が支配するこの世界に存在するため、人間の肉体を喰らい我が物とする時と同じように、同族の肉を圧倒的な錬気もろとも喰らい尽くす。

 

「不忠者めがっ、当然の報いだっ! お前の錬気、我が力と成してサイファ様にお仕えする為に使ってやる。ありがたく思えっ、ラタクアルチャ!!」


 喰らうほどに、アビスウォーカーの攻撃で負った深手がみるみる修復されてゆく。

 

 身の内へと、これまで以上の膨大な力が満ちあふれてくる。

 

「く、喰ってる……。仲間を」


 壮絶な光景に朔也が呟く。

 

「人間ッ」


 上擦る声に妖艶な眷属は、美貌に狂気を宿らせ振り返った。

 

「ふんっ!!」


 同胞の頭部を肉片へ変えた爪刃で“彼女(かれ)”を拘束する錬気繭の檻を切り裂く。

 

「うわっ」


 戒めが消え失せ、華奢な女体がよろける。

 

 手指の爪刃を収納すると、ハストレアはその腹部へ掌を押し当た。

 

(こんなヤツの胎内に“知恵の実(オリジナル・シン)”が宿って)


 あの放埒で節操のない姫が軽はずみな事をしなければ、こんな事態にはならなかったのに。

 

(こんな人間風情をサイファ様の后にだとっ!)


 胎内に“知恵のオリジナル・シン”を宿す。それが、それだけが盟主の后となる条件ならば。

 

(わ、わたくしが、胎内に“知恵の実”を宿せば)


 夢見て叶わず、しかし諦めきれず胸の奥に収め想い続けた儚い希望が、歪んだ衝動を煽り立てる。

 

 朔也の下腹へと密着させた掌に、光の魔法陣を描いて錬気が集中した。

 

「く……ああぁっ、なにをっ」


「その中のものを、よこせっ!!」


 怯える“少女(しょうねん)”に切望の声を叩き付けながら錬気に輝く掌を押し込むと、服の上からずぶずぶと腹に沈み込んで行く。

 

「ぐっ、ああっ、入って……来るッ!! オレの中にっ、あぁ……、手っ!」


 傷を生じさせること無く、まるで泥濘にめり込むように手首までがすっぽりと埋まり込んだ。

 

 “小娘”も痛みは無いらしく、ただ驚きの眼差しで女の手が己の腹にめり込んでいる様に狼狽えていた。中をまさぐると、

 

「ひぁああっ! やめっ、やめろぉ。動かす、なあっ!!」


 まるで快感に喘ぐ女のような、艶めかしく鼻にかかった悲鳴を上げる。

 

「気色の悪い声を出すな! 破廉恥なッ」


 盟主に寵愛されながら慎むことも無く放埒に遊び呆けていた、愚かな雌猫を思い出し怒りが込み上げる。

 

「だ……って、変な感じ……するからッ。手ッ、動かすなぁ。早く抜けってばっ」


 こちらだって人間に肉体を奪われた、恥知らずな女の腹腔をまさぐるなんてまっぴら御免だ。

 

 しかし、いまここでやめるわけにはいかない。

 

「うるさい! 今度耳障りな声をあげてみろ。問答無用でその喉笛を切り裂いてやる!!」


 左手人差し指の爪を刃へと伸ばし突きつけてやると、“少女”は息を飲んで唇を硬く引き結んだ。

 

 再度、腹の中を遠慮無しにまさぐってやる。

 

「んくうっ! ひ……、うぐ……ぁ……」


 途端にまたしても喘ぎ声を上げそうになる“小娘”だが、脅しが利いたらしく両手で口を押さえ必死に堪えている。

 

 獲物として襲った人間へと爪を突き立てはらわたを掻き回すのとは全く異質な、温かく熱せられた粘土に手を突っ込んで掻き混ぜているような感触。

 

 その中をより熱い方へと探り続けて行くと、トクトクと規則的に脈を刻む奇妙な塊に指先が触れる。

 

「——ッ! 見つけた!!」


「ひううっ!! あ、あ、ああああ、あぁ、だ、だめぇッ!」


 そっと掴むと堪え切れぬ嬌声を張り上げて、“小娘”が激しく全身を震わせた。

 

 大きさは林檎程度。

 悩ましく悶える朔也の速まる心拍に併せて脈打ちを加速する。

 

「や、やめ……っ、あ、ふぇあああぁ、そ、それ、放せぇ、ああッ」


 思いの外柔らかなその感触を確かめるように更にしっかりと手の中に握ると、ますます朔也の身悶えが激しさを増す。

 

 悲鳴のような喘ぎがはしたなく迸っているが、もはやハストレアにそれを咎める気も懲らしめるつもりもない。

 

 むしろ自分が浮かれはしゃぎたい気分を堪える。

 

「“知恵の実(オリジナル・シン)”ッ。我が盟主サイファ様の奪われし叡智を甦らせる希望の果実! あぁ……、これをっ、これを我が身に宿せば、わたくしがサイファ様と結ばれるッ!!」


 一介の護衛者如きが余りにも不遜と、幾度も躊躇った。

 

 もちろん、今までの己の地位に不満は無い。

 

 盟主のお側でその身をお守り出来るだけで十分に満足だった。

 

 しかし……。

 

 あの尻軽リリアムならばまだ生粋の眷属。

 無垢なる御方に似つかわしい相手とは思えないが、一応の納得は出来た。

 

(何よりもサイファ様御自身が、あの雌狐を気に入られていた)


 胸が締め付けられる事実だが受け入れざるを得ない。

 

 だがそのリリアムの肉体を“知恵の実”ごと奪った人間如きと、婚姻を結ばせるとなれば話は別だ。

 

 “知恵の実”を身の内に宿していれば誰でもいいのならば。

 

「わたくしが、サイファ様の后となるっ! この知恵の実を、我が身に宿してッ!!」


「ひあっ!! や、やめッ! くふぁああっ!! あっ、はぁああああぁッ!」


 主への情愛と決意を漲らせ、ハストレアはその手に握り締めた知恵の実を、艶めかしい悲鳴を上げて激しく痙攣する朔也の胎内から無理矢理に引き抜いた。

 

「ああ〜〜っ」


 憐れな喘ぎをこぼしながら、へなへなと華奢な身体がへたり込む。

 

 その様に一瞥も与えることなくハストレアは、奪い取った知恵の実に夢中の眼差しを注いでいた。

 

「これが、サイファ様とわたくしを結ばせる……」


 紅の輝きを放ち、心臓のように鼓動する神々しい果実。

 

 露わとなったその姿に喜び震えながら両手で恭しく包み持つと、女眷属はその林檎型の実を己の下腹にあてがった。

 

「ああぁ……ああ、は、あああぁ……ッ!」


 見る見るうちに、知恵の実が胎内へと埋まり行く。

 

 途端に強烈な快感が沸き起こって、悩ましい嬌声を零しながらその場にへたり込みそうになった。

 

(こ、これが、知恵の実を、宿す感覚っ。ああ、な、なんというっ、ああっ!!)


 満ち足りた気分に包まれる。喜びで全身が満たされる。

 

 奥深くへと沈み来た果実が人の肉体でいう子宮の箇所に着床し収まった途端、至福の感触が押し寄せて、ハストレアは危うくそのまま意識を失いそうになった。

 

「入ってる……。わたくしの中に、知恵の実が、ある。こ、これでわたくしは、サイファ様と」


 子を宿した母のように、僅かに膨らみを帯びた下腹を愛おしげに撫でながら、ハストレアが感極まった声で呟く。無理矢理の移植に拒否されるのではという恐れもあったが、知恵の実は呆気ないほどに彼女の中へと収まった。

 

 希望の果実に選ばれたのだという安堵に満たされる。

 

 盟主の妻となる資格を得たのだという喜悦が溢れ来る。

 

 あとは、

 

「忌々しい尻軽女。その身体を有する、人間ッ」


 知恵の実を奪われ、呆けた眼差しを漂わせてへたり込む朔也へと、ハストレアは残酷な色に染まった眼差しを注いでいた。


 身体の中を掻き回されるおぞましい快感から一転して、掛け替えのない大切なモノが奪われたような喪失の感覚が朔也を蝕んでいた。

 

 “知恵の実(オリジナル・シン)”と言っていた。それが何なのかは分からないが、ヤツらに取ってとても貴重な物ということだけは分かった。

 

 でも朔也には関係ない。

 

 人に在らざるモノへと変えられ、性別までも女にされた肉体。その身の内に収まっていた得体の知れないものがどうなろうと知ったことでは無いはずなのに。

 

 下腹の奥にぽっかりと空洞が生じたような虚無を覚え、切なさが胸が締め付ける。

 

「あ、あぁ……うぅ……」


 返してくれと求め訴えるように、紅の輝きを放つ果実が収まり入ったハストレアの下腹部に恨めしい眼差しを注ぎ、弱々しく手を伸ばす。

 

 その仕草を女眷属は燃えるような憎しみを宿した瞳で睨め付けた。

 

「これでお前は抜け殻だ、リリアム。受肉し損なって無様にも人間如きに意識を奪われた、恥さらしめ!」


 構えた女眷属の指先から鋭い爪刃が伸びて、真っ直ぐと狙いを定めている。

 

「——ひっ!!」


 塊のような殺気が叩き付けられる。放心していた女体化少年が我に返った。

 

「不快なその姿をもう二度とサイファ様の御前に現せないように、わたくしがこの手で屠ってやるっ!!」


 同胞の命を断った時と同様、朔也の顔面目掛けて刃が繰り出された。

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