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黄昏の眷属  作者: 倉井部ハルカ
22/39

第22話 敗北

「犬神っ!!」


 血反吐を吐いて膝を着くケイの華奢な姿に、女性そのものに甲高くなった声で朔也が金切り声を上げる。


 その“彼女(かれ)”に当たる直前で、ラタクアルチャの放った錬気弾が弾けて消えた。

 最初から傷つけるために放った攻撃では無い。

 ケイの注意を逸らすための囮。

 

 その作戦が効果を発揮した。


 背後から中年男姿の眷属が、朔也を無傷のまま捕獲する。


「うああぁあああぁっ!! は、放せッ! 犬神がっ!! 犬神ッ、犬神いいいいいぃっ!」


 人間離れした腕力は錬気の使い方も分からぬ性転換少年には振りほどくことすら出来ない。

 

 それでも駆け寄ろうと必死で藻掻き暴れる。

 

 その目の前で、寡黙な少女の制服が見る見るうちに赤く染まり、膝を着いた足元も夥しい血溜まりが広がってゆく。

 

「最初から当てるつもりなんかなかったさ。なんせこの子はもうすでにうちの大事な“姫様”なんだからな。だが暗殺者に気配消されると厄介なんで、囮にさせてもらったぜ」


 彼としては不本意な手段であったらしく、ラタクアルチャが罰の悪そうな顔でケイに告げた。

 

「あ、あああぁ。犬神……」


 言葉を返す事も出来ず、血の気が失せた蒼白な顔を伏せ血溜まりの中で這いつくばる。

 

 無力な自分を助けるために致命傷を負った彼女への申し訳なさと、己の不甲斐なさに唇を噛む。

 

「く……う……ぅ……」


 背中から腹へと貫かれたむごたらしい傷から流れ出る血の量が、時間が経つに連れ増しゆく。

 

 それでも朔也の震える声にまだ立ち上がろうとする少女へと、

 

「しぶとい小娘ね。いま息の根を止めて苦しみから解放してあげるから、感謝なさい」


 ハストレアがとどめを刺そうと背後から迫ってきた。

 

 首筋目掛けて刃爪を宛がう。

 

「や、やめろっ! 犬神に触るなっ!!」


 必死に朔也が訴えかけるが、艶美の女眷属は、ふんと鼻先で嘲笑う。

 

 女体化の少年へと向けて僅かに敵の目が離れたその刹那、

 

「くぅッ!」


 思いも寄らぬ素早さでケイが振り向くと、ハストレア目掛けてバネ仕掛けのように飛びかかった。

 

「なにっ!?」


「波導掌打ッ!!」


 ただ驚き仰け反って躱そうとする女眷属の腹部へと、掠れた声を振り絞りながら、錬気を集中させた手のひらを叩き付ける。

 

「ぐほおぁあああっ!」


 必死に身を捻り、ハストレアが腹の真ん中への直撃を躱す。

 

 それでも掠めた脇腹を、高速で振動する錬気の波動が抉り取っていた。

 

「お、おのれ、小娘ッ! よくもおぉ————ッ!!」


 破けた蒼いドレスから無残な傷口が覗く。

 

 しかもその傷はグズグズと崩れるようになおも広がりつつあった。

 

 苦痛と憤怒に顔を歪め、刃爪を振り上げる。

 

 そのハストレアの一撃が繰り出される前に、反撃に最後の力を振り絞ったケイが糸の切れた操り人形のように声も無く倒れ伏した。

 

「あ、あああぁ、そんな。俺のせいで」


 命が尽きてしまったのか?

 

 それとも瀕死ながらまだ息があり、気を失っただけなのだろうか?

 

 駆け寄ろうとするが相変わらずラタクアルチャの腕はがっちりと腰を抱え込んでいて、逃れることが出来ない。

 

「おい、行くぞ。余り長居すると厄介な連中がやってくる。身体を乗り換えたいところだろうが、そんな余裕は無さそうだ。我慢できるな?」


「ああ……。——チッ!」


 戦いのとばっちりを受けた人々が負傷者を助けながら、恐怖の眼差しで様子を伺っていた。

 

 すでに誰かが通報したのだろう、パトカーと消防車のサイレンが急接近してくる。

 

 それらには目もくれず、ラタクアルチャは忌々しげな眼差しで駅の向こう側の空を見上げていた。

 

 その様にハストレアは不満げな声を漏らすと、倒れたケイを無造作に蹴り飛ばす。

 

「や、やめろっ!!」


 道路の向こうまで華奢な身体が吹っ飛び、一般家屋の崩れかけた塀にぶつかって地面に落ちる。

 

 ぴくりとも動かない、呻き声すら上げない彼女の様に朔也の胸を絶望が満たす。

 

「よ、よくも犬神を……!」

 

 声を荒げ睨み付けるが、ハストレアはちらりと一瞥しただけで気に留めた様子もない。

 

 その女眷属と共に中年男の姿をした人外のモノは、無力感に苛まれる朔也を抱えたまま天高くへと飛び上がってこの場から遠ざかっていった。

 

   ※※※ ※※※ ※※※


 何台ものパトカーと救急車、そして野次馬が押しかけ蜂の巣を突いたような騒ぎとなっている現場。

 

 眷属襲来のとばっちりを食らって無残に破壊された家々も痛ましいその光景から、六芒星の結界が展開されるなり人々の姿が全て消え失せた。

 

 怪我を負い、搬送されてゆく者たちも、

 

 現実離れした証言に、さっぱりと検証が進まず困惑顔の捜査員たちも、

 

 好奇心丸出しで駆けつけ無責任に騒ぎ立てる者たちも、

 

 すべて。

 

 

 命あるもの全てが排除された静寂のなかでただ二人、

 

 切れ長の瞳をした女性と見紛う美貌の少年と、鮮やかな黄金の髪と碧空の色をした瞳を持つ小柄な少女が、

 

 足元に横たわる憐れな姿を見下ろしていた。

 

「まったく……。だから言ったことじゃないわ。気配を消してこその暗殺者が、姿を晒して他人を護りながら戦うだなんて、無謀にも程がある。しかもまんまとアレを敵の手に奪われるだなんて。やっぱりアレはさっさと討滅するべきだったのよ」


 左右の側頭に一房ずつ金の髪を結び纏めた娘が、辛辣な言葉を投げつける。

 

 だが黒髪の少女は倒れたままぴくりとも動かない。

 

 普段から色白な顔からは生気がすっかりと抜け落ちて、驚くほどに青白くなっていた。

 

 背中から胸へと穿たれた深い傷からは、もう血が流れ出ることもない。

 

「そこそこ強い眷属でもケイだったら朔也君を護りながらでも楽勝なはず。それをこんなに痛めつけるなんて。相手は複数、それも相当な手練れのようだ」


 血のつながりは無いとはいえ兄妹と呼び合う仲である。

 

 しかし忍の声は感情を露わにすることが罪悪であるかのように淡々と言葉を紡ぐ。

 

「しかも隠蔽の能力も完璧。去って行った方向すら分からないと来ている」


「今のところは、打つ手無しってことね」


 結界を解除し、ざわめきと人の群れが戻り行くなか、ケイの動かぬ身体を抱き上げその場から立ち去ってゆく。

 

 龍姫と忍が見上げる空は、次第に茜色へと染まりつつあった。

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