第21話 慈悲無き戦い
飛び散る瓦礫の破片に身を竦め、朔也は愕然とその光景に目を見開いた。
轟々と赤い炎が三階建ての鉄筋モルタルの成れの果てを焼き焦がす。
その中から、人々の悲鳴が湧き起こる。
(ああっ、ひ、人がっ!!)
余りのことに脳の理解が追いつかない。
崩れゆく瓦礫に埋もれてゆく犠牲者を助けに向かうことも出来ず、ただ混乱して立ち尽くす。
「なんだ? ガス爆発!?」
「警察、いや消防署だっ、119番しろっ!」
やがて近隣の家々から飛び出してきた住民たちが、完全に崩壊したアパートに驚いて右往左往し始めた。
人知を越えた力を有していながら、その姿はどこにでもいそうなありふれた姿。
道路の真ん中で睨み合う二組の人影を、人々は気にも留めない。
そして人に在らざる者たちとその存在を狩る少女も、自分たちが引き起こした惨事を気に留めることなく闘気をぶつけ合っていた。
「気配を察知させぬまま数多くの眷属を葬りさったアビスウォーカーが、戦いの最中に姿を晒すとはな」
哀れむような口調でつぶやくラタクアルチャ。
その中年眷属へ標的を変えて、黒髪のナイフ使いが気配を薄める。
しかし、そうはさせじとスリングショットの連射が、襲いかかった。
その内何発かは、避ければ朔也に命中する。
気配消しを中断して黒い刃のナイフで錬気玉を打ち払う。
「や、やめろっ!! ——犬神ッ!」
朔也の叫びも虚しく凝縮したエネルギーの全てが弾き飛ばされ、周囲の家々へと着弾し立て続けに壮絶な爆発を巻き起こした。
まるでこの一角が爆撃に見舞われたようだった。
「ぎゃぁあああっ!!」「あ、ううぅ、助けて」「痛いよお、おかあさん……」
飛び交う阿鼻叫喚の声。
野次馬に飛び出してきた者たちも、家の中にいた人々もすべてが爆発に巻き込まれ、悲鳴をほとばしらせて瓦礫に埋もれる。
閑静な住宅街。そこが一瞬にして惨劇の戦場へと急変した。
(そんな……。こんなのって)
放課後の校舎で見た無残な光景が脳裏によみがえる。
切り刻まれた生徒たちの骸が廊下一面に散らばるなか、深紅の夕日を浴びて立つナイフを携えた少女。
その儚げな美貌があの時と同じに、感情が失せたような表情を浮かべていた。
一切の気配を消して背後から忍び寄り、息の根を止める。
それが彼女の戦い方。
だがラタクアルチャの凶弾から朔也を守るため、いまは敵前に姿をさらしたままの戦いを繰り広げている。
「くっ! アビスウォーカーめぇえっ!!」
その丸見えの暗殺者に、ハストレアが再度切りかかってきた。
朔也を背に庇いながら、ケイはその斬撃を左手に握ったナイフで正面から受け止める。
「ひっ! ああ、ば、化け物ッ!!」
「なんだ、あれ? 人間じゃないぞっ! あ、あいつらが、これ、やったのか!?」
その攻防に、ようやく人々が黄昏の眷属とそれを狩る者の姿に気がついた。
運良く軽傷で済んだ者たちが恐れの表情を浮かべて、ケイとハストレアを指さす。
両手に漆黒のナイフを握る少女はともかく、指先から鋭く長い刃物のような爪を生やす美女は纏う気配からして完全に人間を逸脱している。
「はッ!」
その人々の声を、切り結ぶ二人は気にする素振りも見せなかった。
ナイフ使いの少女がカウンター気味にハストレアの脇腹めがけて、右手の切っ先を突き込んだ。
「ふんっ!!」
しかし女眷属の爪が、易々とそれを弾く。
「ずいぶんと軽いわね。攻撃っていうのは、こうやってやるのよ!」
体格の差がそのまま、パワーの差になる。
よろけるケイへ、唸りを上げる凶悪な爪が横薙ぎに叩き込まれた。
尖った先端には錬気の青炎が溢れ出ている。
「護ッ!」
瞬時にケイが小型結界を構築させ、剣呑な気の迸りを無効化する。
しかしもう次の瞬間には、もう片方の爪刃が喉元に急接近していた。
そこにあえてケイは足を踏み込んだ。
ナイフを片手に纏め持ち、空いた方の手をハストレアの腹部に押し当てようとする。
その手のひらに尋常ではない量の錬気が集まっていた。だが、
「うっ!! はぁあっ!」
スリングショットの連射が、今度は朔也目掛けて放たれた。
「——如月くん! くっ!!」
女眷属への攻撃を寸前でやめて振り向き、全力の跳躍で“彼女”を庇いに向かう。
「馬鹿めっ!」
がら空きとなった無防備な背中へ、反撃を免れたハストレアが襲いかかる。
ずびゅしゅっ!!
「ぐふうっ! あ、が」
細く鋭いサーベルの刃のような爪が、肉を切り裂く不気味な音色を奏でて、ケイの背から腹部まで串刺しにした。




