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黄昏の眷属  作者: 倉井部ハルカ
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第20話 ハストレアとガムド

「確かにあの女の匂いがするけれど、リリアムじゃないみたいね」


「ハストレア、姫様を呼び捨てにするとは不敬だぞ」


 ためいき混じりの呆れ声で窘める声に、長身でスタイル抜群な美女がフンと鼻を鳴らしてあしらう。


「ガムドが言っていた通り、受肉に失敗して身体だけが変化したってわけね。まあそんなことはどうでもいいわ。私はサイファ様の望みを叶えるだけ」


「…………」


 主の伴侶に選ばれた姫君をますます軽視し、己が使える主のみに妄信的な情愛を捧げる。


そんな相方の物言いに、くたびれたスーツとコート姿の中年男が無言で肩をすくめた。


 その二人が漂わせる異質な気配に、朔也が息を飲む。


「あれって……た、黄昏の、眷属?」


 その名称を声に出すと、背筋を冷たいものが走った。


「そう。両方ともかなり強い。小型結界で個々に自身を遮蔽していて接近に気がつかなかった」


 ケイが相変わらずの無感情な声で答える。

 

 その右の瞳が灰色に染まり、瞳孔が猫のように細く絞られた。

 

(犬神の目……、眷属と戦うときに、変わるのか)


 高まる緊張に生唾を飲み込む。

 

「お前が噂に名高いアビスウォーカーだな。俺は“純潔なる瞑王”サイファ陛下の眷属、“銀弾”ラタクアルチャ。こっちは“蒼風”ハストレアだ」


 蒼色のタイトなドレスに魅惑の肢体を包み込んだ女が、血のように赤い目を瞬きもせず、朔也をじっと睨み続けている。

 

 無言の彼女の代わりに、中年男が名を明かす。

 

「俺たちは今日は人を喰らいにきたわけでも、お前たちと戦り合いに来たわけでもない」


「ただその、俺たちの姫君の身を受け継いだ人間を引き渡してもらいたいだけだ」


「もうその“彼女(かれ)”は俺たちと同じ、お前らが呼ぶところの“黄昏の眷属”と同じ存在だ」


「ならば人間の中に居るよりも、我々の元で暮らした方が好ましいと思うのだが」


 こうして話しかけてくる様は、普通の人間と何ら変わらない。

 

 ラタクアルチャと名乗った男の穏やかな物腰に、ケイが応じてしまうのではと心配になる。

 

「如月くんは渡さない。わたしが守ると約束した」


 だが彼女はあっさりと、男の申し出を拒絶した。

 

「ならば力ずくで奪うしかないなっ!!」


 少女のその態度に、蜂蜜色の髪を振り乱す巨乳の美女が即座に反応する。

 

「まてハストレアっ! せっかく俺が交渉してるのに勝手なことをっ!!」


 がっしりとした体型の中年男眷属が止めようとしたが、ハストレアは聞く耳を持たなかった。

 

 鮮やかな赤に染められた両手の爪が飛び出しナイフのように長さを増し、それぞれが三十センチ近くはある鋭い刃物と化す。

 

「ひっ!!」


 息を飲む刹那、タイトなスーツを貼り付かせる魅惑の肢体が目前に迫っていた。

 

 振り下ろされる刃爪。

 

 金属的な響きが、甲高く耳をつんざく。

 

「犬神ッ」


 朔也を庇って躍り出た華奢な少女が、学生鞄の中に仕込んであった大振りのナイフを抜き放つ。

 

 その漆黒に染まった幅広の刃が、眷属の動きに劣らぬ身のこなしで鋭い爪を受け止めた。


「小娘ッ! どけぇっ!!」


 ハストレアが激昂に目を剥き開いた。

 

 左手の指先から突き出た爪でケイの腹部を薙ぎ払おうとする。

 

 だが、それより早く無表情な娘の右手が制服のスカートを跳ね上げた。

 

 無駄な肉の無い引き締まった太もも。そこに巻き付かせたベルト型のホルスターから短剣を引き抜き、眷属の手首を狙って迎え撃つ。


「くっ!」


 慌てて攻撃を止めたハストレア。

 その動揺を突いて、右手の爪刃を受け止めていた大振りナイフの力を僅かに弛める。

 

 バランスを崩し、前のめりになった顎へと垂直に跳ね上がる蹴りが襲った。

 

「ぬあっ!!」


 慌ててのけぞったハストレアの顎先をつま先が微かに掠める。

 

 それだけで脳天にまで痺れる衝撃に驚きを表して、女眷属が大きく飛び退いた。

 

「なっ!? アビスウォーカーッ!! くそ、どこだっ!」


 圧倒されたその一瞬で、女眷属が正面にいるはずのケイの姿を見失った。

 

 気配も影も形も、まるで幻影だったかのように全く見当たらない。

 感じ取れない。

 

 立ち尽くしキョトキョトと辺りを探った瞬間、ハストレアの首筋に冷たく剣呑な刃が触れた。

 

「なんだとっ、いつの間に!?」


 一瞬にしてケイは眷属の背後を取っていた。

 

 学生鞄の中からもう一本の大型ナイフを取りだし、二振りの漆黒の刃を両手に携える。

 

 避けることも払う事も許さない。

 ハストレアが反応を示すよりも早く、鋭い切っ先が首筋にめり込む。が、

 

「まったくっ!! 交渉も何もあったもんじゃないっ。だがこれまでのヤツらとのいきさつを思えば、これもやむないかっ! こうなったら力尽くで奪うしかない。——ふんっ!」


 コート姿の中年眷属がスリングショットを構える。

 

 指先で高出力の錬気をビー玉程度の大きさに凝縮させ、

 

 朔也めがけて発射した。

 

「うわぁあううっ!!」


 肉体は眷属化したがその扱い方が分からず、自力で身を守ることすらままならない。

 

 学園での襲撃に無自覚に放った錬気の攻撃は、この危機に発動する気配すらない。

 

 必殺の一撃に為す術も無く身を縮こまらせる。

 

「ンッ!」


 だが、ハストレアへの攻撃を中断し、ケイが目にもとまらぬ速さで駆けつけた。

 

 朔也に命中する寸前で、眷属の錬気玉を弾き飛ばす。

 

 そのエネルギーの塊が、道路沿いのアパートに着弾し、炸裂した。

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