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黄昏の眷属  作者: 倉井部ハルカ
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第18話 男子寮からの脱出

「こ、ここが男子寮だよ」


「そう」


 結構最近建てられたらしくまだひび割れ一つ無い綺麗な壁をした、鉄筋モルタル三階建ての建物。


春に入寮してからまだそれほど時も経ってない。


感慨など浮かぶはずもないのだけれど、その外観をついしみじみと眺めてしまう。


「っと、早く用事済ませなくちゃ」


 こんな女子の制服を着ている姿で他の入寮者に会いたくなくて、大急ぎで来ようと思っていた。


だけど、みんなと話している内にかなり時間が経ってしまっていた。


 早い内に、荷物をまとめて出ようと、ケイを伴い、静まり返った廊下を忍び足で部屋へと向かう。


 流石、気配の希薄な少女は、衣擦れ一つ立てぬ完璧な無音状態で後から付いてくる。


 二階の廊下の真ん中あたり、同じドアが並ぶその内の一つの鍵を開け中へ入った。


 昨日の夕暮れ、教室に忘れたノートを取りに行くため出掛けたときと、同じ状態になっている。


あの時に、面倒くさがって部屋にいたままだったら、こんな事態には陥らなかった。


けれど何故だろうか、それを悔やむような気持ちが余り湧き起こってこない。


(もしこの身体にされないままだったら、犬神と話すことも、クラスの女の子たちとあんな風に親しくなることも無かったんだな)


 これまでの日常と比べて、女としての暮らしの方が楽しいというわけでは無い。


 そもそもまだ一日も経っていないし、色々と不安な事がありすぎる。


 けれども、最初に抱いた絶望感からは、だいぶ気が楽になっているのは確かだった。


「すぐに持って行くものまとめるから。散らかってるけど、どこか適当に座ってて」


 こくりとうなずくなり、


「って、何やってんだよ、犬神っ!」


 無口娘はいきなりベッドの中に潜り込んで、布団の匂いをくんかくんか嗅ぎ始めた。


「気にしないで、続けて。——女の子になる前の如月くんの男臭い匂い。うふ……」


 気にするなと言われても、気になって仕方が無い。


 しかし彼女はふてぶてしい猫のように、身体を丸くしてベッドの上に居座ったまま枕や布団に顔を埋めては、満足そうに微かな笑みまで浮かべてみせる。


(うう、やっぱり変だよ、この娘)


 無口で人見知りなのかと思うと、希理香とかにも親しげに接している。


生真面目なのかと思うと、突拍子もない奇行に面食らわされる。


さっぱり性格の掴めない謎めいた少女に溜息を吐きながら、朔也は備え付けのクローゼットから服を引っ張り出す。


 幼い頃は母の仕事の都合で、ほとんど放浪生活に近い暮らしをしていたので、元から物をたくさん所有しない癖が付いている。


 大きめのボストンバッグに持ってる服を全部詰め込み、身の回りの物とか教科書とかをバックパックにしまうと、もう引っ越しの用意が調ってしまった。


「お待たせ、犬神」


 まだ布団に潜っているケイに声を掛けるが、


「ん……、あと五分だけ……」


 まるで朝起きられない人みたい事を言ってくる。


「な、なにふざけてるんだよ。ほら、出てこいってば」


 頭まですっぽりと被った布団を剥がし、起き上がらせようとする。


 自分もベッドに乗りかかってケイの手を取り引っ張ったとき、


「如月、戻ってるか? ちょっと手伝って欲しいんだけど……」


 どうやらもう帰って来ていたらしい。


 隣室に住む、他のクラスの生徒がノックも無しに入ってきた。


「上岡……ッ。うわ……!!」


 そちらに気を取られバランスを崩す。


 ケイの手に逆に引っ張られる形になって、ベッドへと倒れ込んだ。


 しかも彼女の上に、覆い被さるように。


「うわっ、ご、ごめん!」


 胸の膨らみと膨らみが密着しあう柔らかな感触と、唇が触れそうなほど接近した美貌に動転して身を起こそうとする。


しかしその間に、


「き、如月のベッドで、女の子同士が抱き合ってる!!」


 乱入少年が驚きの声を張り上げた。


「なんだとっ!?」


 途端に声を聞きつけた連中が殺到してきた。


学校は共学だが、男子寮のむさ苦しい空気が、住む者に異性への餓えを醸し出している。


「うおっ、本当だ!」


「しかしなんであいつの部屋に女が?」


 あっという間に男たちが狭いドアを塞いで中を覗き込んでくる。


(し、しまった)


 これでは逃げ出す事が出来ない。


「そういえば、あいつのクラスのヤツが言ってたぞ。如月って実は女の子だったって。それで今日から学校にも女の子として通ってきたそうだ。冗談かと思ってたけど」


「じゃあ、その女って」


 身を起こしながら振り返る朔也の強張った顔に、彼らの視線が集中する。


「た、確かに如月だ」


「前から女みたいに可愛い顔してるって思ってたけど!」


「まさか本当に女だったなんてっ!!」


「しかも他の女の子連れ込んで押し倒してるしっ!」


「けしからんっ! 色々とけしからんぞっ、如月ッ!!」


 寮の連中が一斉に、部屋へと雪崩れ込んできた。


「ひッ、う、うわぁ〜〜〜〜〜〜ッ!!」


 本能的な恐怖が湧き上がる。


 大急ぎで荷物を肩と背中にかつぐと、ベッドに寝そべるケイを抱き上げた。そのまま窓から飛び出す。


「おおっ!! と、飛んだっ!」


「ここ二階だぞっ!!」


 驚く男どもを尻目に軽々と着地し、疾風の勢いで走って逃げた。


(く、くっそおっ、あいつら! なんなんだよ、もうっ!!)


 もしかしたらこのまま男子寮に住み続けられるのではと思ったりもしたのだが、いまので絶対に無理だというのがよく分かった。


(いくら女に飢えてるからって、あれじゃケダモノだよ、まったく)


 寮からかなり離れてからようやく足を止める。


女の子一人と大荷物を抱えて全力疾走したのに、ほとんど息が切れていないのは、身体が人では無いものに変わったからだろう。


(女になったことの方が大変で、きちんと考えていなかったけれど、オレ、人間じゃなくなっちゃったんだ。あいつらと……、眷属と、同じ)


 昼休みに襲ってきた眷属の姿が脳裏をよぎる。


 龍姫という少女の言葉が、耳の奥に響く。


 立ち尽くし不安に伏せる朔也の顔を、


「うわっ!」


 ケイが覗き込んでいた。


「っと、ごめんっ!!」


 お姫様だっこに抱え上げたままだった。


細く括れた腰としなやかな生脚の感触と共に、彼女の微かな重みを感じて彼女を慌てて降ろす。


 自分の身体が女になっても、やっぱり女の子の身体に触れるのはドキドキする。


「そのままでも別によかったのに。好きな男の子にお姫様抱っこされるなんて、素敵」


「す、好きな……、って、からかうなってば。それにオレ、もう男じゃ無いし」


 無表情の真顔で言ってくるので、冗談がわかりにくい。


 荷物を抱え直しながら照れ笑いで返すと、ケイはなおもジッと朔也の目を見詰めてくる。


「身体が女の子になっても、どんな姿になっても、如月くんはわたしの大好きな男の子だから」


「い、犬神」


 囁くように告げるその言葉に、胸が高鳴った。


 生唾を飲み込みながら、朔也もケイの瞳を見詰める。


 向かい合って立ち尽くす人気のない道ばたの向こうから、


「男の身体喰らってわざわざ変転させるなんて、よっぽど切羽詰まってたみたいね。でもだからって、今度は女に色目使ってるの? 節操ないわね、お姫さまっ」


 ぞわぞわと全身の産毛を逆立たせるような、人に在らざるものの気配を宿した声が唐突に耳朶を打った。

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