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黄昏の眷属  作者: 倉井部ハルカ
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第15話 眷属の盟主

 紅と橙が混ざり合っていまひとときだけの鮮烈な、しかしはかなく脆い輝きを放つ。

 

 日が落ちる寸前の寂寞たる光に満たされた空間。

 

 この世界にあって、この世界では無い曖昧たる狭間の空間に、幾何学を無視したようなオブジェが立ち並ぶ。

 その空間で時は停滞し、あるいは急速に進み行き、気まぐれに逆行する。

 

 全ての混沌が黄昏の縁に散りばめられたその場へと、瀕死の眷属は辿り着いた。

 

「クソったれ……がぁ、あの、アマぁ、すっかりおかしくなって、やがったぁ」


 仄暗い大広間にて、同胞より破損した肉体を癒す錬気を注ぎ込まれながら、息も絶え絶えに報告する。

 

「貴様、姫君に対してなんたる口の利き方ッ!」


「リリアム様は御身に我らが希望たる“知恵の実(オリジナル・シン)”を宿し、盟主サイファ様のお后に選ばれた尊きお方ぞっ!!」


「それをおのれのような下郎がっ!」


 ガムドを取り囲む異形の者たち。身から溢れる錬気の量も桁外れに強大な眷属どもが、不遜な若輩に憤った。

 

「待て、話の続きを聞こう。ガムド、貴様も余計な事は喋らず状況のみを報告せよ」


 ざわめき立つ同胞たちを凛々しく響く女の声が遮った。その声はガムドをも圧倒し不遜な態度を萎縮させる。

 

「あ、ありゃあ、確かにリリアム……姫だったあ。姿はこの前と違うが、あの錬気の匂い、間違えようがねえ。姫様ぁ、飽きると身体乗り換えるから。うぐぅ……」


 受けた傷はかなりの深手で、補充されるそばから大量の錬気が流れ出てしまっていた。

 

 人間の肉体を奪って己が物とすることで、この世界に存在を保つ精神生命体。

 その肉体を修復するための力が、退魔の少女たちから受けた錬気の攻撃によって乱され働かなくされている。

 

「けど、しらばっくれやがった、姫なんかじゃねえと、リリアムなんか知らねえって。しかも、あのくそったれのガンスレイヤーとアビスウォーカーが、一緒に……ごぼぁああっ!」


 そこまでが限界だったようだ。

 ガムドの口から大量の吐血と共に、黄緑色に輝く錬気が溢れかえった。

 

「ち、ちく……しょう……。死にたく……ね……え……」


 これ以上保持しきれなくなった肉体が一気に崩壊する。

 血溜まりの中に倒れ伏し、塵となって崩れて跡形もなく消え去った。

 

 その最後を哀れみすら浮かべぬ冷徹な眼差しで見届けると、他の眷属たちは彼の存在など瞬時に忘れ去ったかのように議論を始める。

 

「どういうことだ? あの忌まわしい殺戮者と共に姫様がいると!?」


「何らかの拍子に記憶を失っているのでは?」


「あるいは、彼奴等に捕らえられ、何らかの術を施されたとか」


「もしくは……」


 人間を喰らうにおいてごく稀に起こる最悪の事態を思い浮かべ、顔をしかめる。

 

「どのみち、奪還せねばならないな。リリアム姫がそこにいて、胎内に“知恵の実”を宿していることは事実なのだ。万が一の場合には“知恵の実”だけでも……」


 押し黙る眷属たちへと、先ほど騒乱を静める冷たい一喝を放った女眷属がやはり抑揚を廃した冷然たる口調で提言する。

 その刹那、

 

「リリアム……帰ってこないの?」


 頼りなさげな幼い声が、広間の隅から響き渡った。

 

 ハッと眷属たちがただ事ではない面持ちで顔を上げそちらを注視する。

 

 幾重にも垂れ込めたビロードのカーテンの隙間から心細そうに覗き込む、見目麗しい少年。

 その姿に、圧倒的な存在感と威容を誇る異形の者たちが色めき立った。

 

「我らが王よ……」


「ああ……サイファ様」


 金色の豊かな髪を艶やかに垂らし、ほっそりとした肉付きの乏しい、まだ未成熟な美身に純白の腰布だけを巻き付け佇む。

 

 ともすれば無垢な少女と見紛う中性的で弱々しく儚げな姿。

 しかも両の目蓋は固く閉ざされたまま見開く様子もない。

 

 何物にも代え難い気配が、その全身から溢れかえる。

 

 神々しさに臣下の者たちが身を震わせ歓喜の眼差しで見詰めるなか、

 

「うぇえええええええ〜〜〜〜んっ! やだぁああっ、リリアム、会いたいよぉおおっ」


 盲目美貌の少年盟主は、辺りはばかることなく大声で泣きじゃくり始めた。

 

「サ、サイファ様っ!」


 崩れるようにへたり込むその身体を、慌てて駆け寄った女眷属が抱き留める。

 

「あうううう、ハストレアぁ、どうしてなの? なんでリリアム帰ってこないの? やだぁああぁあぁ、リリアム連れてきてよお、リリアムいないと、ぼく、やだあああぁっ!!」


 涙とヨダレを垂れ流し、身を捩らせながら駄々をこねる。

  その情けない有様に、剛なる気配を宿す眷属たちが、目頭を押さえてもらい泣きを始めた。

  

「お労しや……さぞ、お辛いであろう」


「リリアム姫は、サイファ様の一番のお気に入りであったから」


 ただそこに居るだけで、無知盲目の盟主は人外の強者たちを絶大なる存在感で魅了していた。

 その感情の揺らぎが、全ての眷属たちの感情をも左右する。

 

 彼が喜べば皆も喜び、彼が嘆けば皆も悲しむ。

 

 いま彼の涙に、遠巻きに見守る眷属たちの瞳からも大粒の雫が溢れかえる。

 

「ああ……な、泣かないでくださいまし、サイファ様。リリアム姫は、このハストレアが命に代えても必ず連れ戻しいたしますから。どうか、お気を静めて」


 同胞たちに凍り付くような言葉を浴びせていた女傑が、別人のようにおろおろとした様で少年王をなだめようとする。

 

「うう、う、ぅ、ハストレアぁ……ぼくの、ぼくのリリアムがああぁ、ふぇえええぇ」


 ぎゅっと抱き締める腕に身を委ね、眷属たちを束ねる盟主らしからぬ盲目の少年はハストレアの豊満な胸に顔を埋めた。

 

 そのまま乳首へと唇を這わせまるで赤子のように吸い付く。

 

「ふあっ! サ、サイファ、さまあッ!!」


 無上の喜びと快楽に、ハストレアの背筋が大きく震えた。盟主の髪を指に絡ませ、その頭部を恭しく抱えこんで自分からも乳房を押しつける。

 

「わたくしがっ、このハストレアがおりますゆえ、サイファ様っ!! あなた様の悲しみはわたくしが晴らしますっ、あなたさまのお望みはわたくしが叶えますっ! ですから、ご安心下さいませぇっ、はうっ、あ、あぁあああぁ――――ッ!!」


 超常の者たちが集う伏魔殿にて、喜悦の痙攣に身を震わせる。

 

 “蒼風”の異名を持つ黄昏の眷属、ハストレアは上擦った喘ぎを迸らせて盟主への思慕を昂ぶらせた。

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