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黄昏の眷属  作者: 倉井部ハルカ
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第13話 銃と刃

「――!! あ、あれってッ!」


 遠くからでも人目を引くきらびやかな金髪を、ツインテールに纏める。

 

 小柄で華奢な子供っぽい体型ながら、手足がすらりと長い。

 

 透き通るように白い肌をした小さな顔は、まるで名工の手による精巧な人形のように、目鼻口と全てのパーツが完璧に配置されている。

 

 その美貌を険しくしかめ、への字に結んだピンクの唇と空のように碧い瞳に怒気を宿した少女が、ケイの前で立ち止まった。

 

 この学園のものと異なる、白ブラウスの丸襟が優雅な胸元に赤いリボンタイを結ぶ、紺の短丈ジャケット。

 

 膝丈の楚々とした同色のスカート。シンプルでシックながら気品を漂わせる制服を身に纏う。

 

「ガンスレイヤー」


 音もなく立ち上がったケイが物騒な通り名で呼ぶその彼女は、昨晩あの学校の校舎で朔也の脳天に銃口を突きつけた拳銃使い。

 

「人前では一条龍姫と本名で呼びなさい。この馬鹿アビスウォーカー」


 そういいつつ、自分はナイフ使いの少女を不吉な響きの通り名で呼ぶ。

 

 凛と響く声の横柄な口調が、小柄な身に纏う威圧的な気配を増大させていた。

 

「お知り合い?」


「う、うん、まあ……」


 訝しげに尋ねてくる春菜へ、曖昧に言葉を濁す。

 

 正直なところ一方的に敵意を向けられるだけで、ろくな会話もしていないのだがケイや忍以上に鮮烈な記憶を朔也の脳裏へと刻み込んだ少女。

 

「あの制服って、女学院の……。そこのお嬢様がなんでこんな所にいるんだ?」


 この戻橋学園と経営者が同じ姉妹校でありながら、成績のランクは数段上でありしかも良家のお嬢様ばかりが通う私立戻橋女学院。

 

 その制服姿をした絶世の美少女の登場に、戻橋学園の生徒たちが色めき立っていた。

 

「それにしても、色白いっ、手足長いっ、お人形さんみたいっ!」


「外人の女の子? すごい日本語上手だな。おい、お前ちょっと声かけてみろよ」


「馬鹿言うな。あんな美人、相手にされるわけないだろ」


 彼女の後をぞろぞろと付いてきた連中に何事かと集まってきた者たちが加わって、遠巻きに噂話をする。

 

 その声を完全無視して龍姫は、呆気にとられる女体化少年へ指を突きつけた。

 

 視線は正面の黒髪娘を睨み付けたままさらに語気を荒げる。

 

「どういうことなの!? こいつっ! あんたが身柄を管理するっていったから、討滅せずに明け渡してやったのにっ!! なんで外を自由に歩き回らせてるのよ! こんないつ眷属化するか分からないヤツ、結界内に封印して常時監視するのが当然でしょ!!」


 とんでもない事を言われているが、彼女の剣呑な気配に圧されて朔也は芝生に腰を下ろしたまま、ただ唖然と美貌を見上げる。

 

「“彼女(かれ)”は大丈夫。眷属になんかならない。わたしが見守っているから」


 その朔也を庇って、ケイが毅然とした口調で龍姫に言い返す。


 怒りを宿した鋭い碧眼に一歩も退かず、静かな眼差しで受け止めた。

 

「話にならないわね。肉体が眷属化した人間はいずれ錬気が枯渇して、奴らと同じように人間を喰らうようになる。そんなヤツを野放しにしてるなんて。あんたが出来ないっていうなら、あたしが始末して上げるわ。――護砲ッ!」


 跳ね上げられたスカートの下、太腿に付けたホルスターから、鬼銃“護砲童子”を引き抜き朔也に狙い定める。

 

 トリガーが引かれる寸前に、

 

「――!!」


 ケイの右手もスカートを跳ね上げ、同じく太股にベルトで止めたスライディングナイフを引き抜く。

 

 鋭い刃を振り出しながら、銃把を握る龍姫の指目がけて斬りかかった。

 

「くっ!! また邪魔する気ッ!?」


 そのまま引き金を引いていれば、発砲すると同時かその寸前に人差し指が根本から断ち斬られていた。

 

 尋常の速さではないその一撃を、瞬時にずらした銃身で受け止め短剣使いを睨め付ける。

 

「それはこちらの言葉。“彼女”の身柄はわたしが引き受けることで話は付いたはず。約束を破るなら、容赦しない」


 ケイも拳銃使いを冷たい眼差しで見詰め返し、銃身と擦れ合う刃に力を込めた。

 

「あ、あれって、本物の銃?」


「まさか、そんな訳ねえだろ。おもちゃだよ。あっちの子のナイフも」


「でもおもちゃにしてはなんか、妙に良く出来てんだけど」


 白昼の校内で始まった剣呑な一幕に、生徒たちから不穏なざわめきが起こる。

 

「うわ、なになに? 朔也くんとケイちゃんのお友達? すっごい美少女。これってお芝居かなにか? あ、あたしもなんか台詞しゃべった方がいい?」 


「こ、これって学校の方に許可取ってるの? 他校の生徒まで校内に入れちゃって」


 突然のことに面食らっていた希理香と春菜が、まさに目前で行われる状況にそれぞれ彼女たちらしい反応を示す。

 

(やばいよ、こんな所で。大勢人が見てるっていうのに、昨日みたいなことになったら)


 ケイのナイフと押し合いながら狙いを定めてくる。

 

 その銃身から逃れつつ朔也が腰を上げた。

 

「逃げるな、このっ!」


 その動きを目聡く咎める。

 

 もう片方の銃口が瞬時に、女性化して膨らみを帯びた朔也の胸を狙い定めた。

 

「アビスウォーカー、これ以上邪魔すると容赦しな……ッ!?」


 だが“彼女”へと意識が逸れた隙を狙って、ケイの左手が龍姫の顔めがけて拳を叩き込もうと迫る。

 

「このっ!」


 金髪少女の手から大型拳銃が一瞬で消え去った。

 

 素早く無口娘のパンチを両手で受け止める。

 

「――ッ!!」


 しかしその時には、もうすでにケイの長い足は無防備となった金髪ツインテールの側頭目掛けて高々と跳ね上がっていた。

 

「くッ!」


 だが拳を受け止めた両手がそのまま手首を捻ると、ケイの身体がいとも簡単にバランスを失う。

 

 立て直そうと片足で踏ん張るその方向へと力を加えて龍姫の足が大きく踏み込み、低い姿勢から腰を跳ね上げるようにして身体を捻った。

 

「ッ――!?」


 蹴りのバランスが崩され、ケイの細い肢体が軽々と弾き上げられた。

 

 このままだと受け身のとれぬ体勢で脳天から真っ逆さまに地面へと叩きつけられる。

 

 しかし投げられながらの空中で、無口娘は右手に握った刃を龍姫の首筋目掛けて突きつけた。

 

「チッ!!」


 切っ先が貫く寸前、拳銃使いの手がケイを放す。

 

 空中に放り出され、細身の少女が猫のように軽々と身を翻して着地した。

 

「なんなんだあの動き。人間業じゃないぞ」


「もしかして、本当に戦ってるの? じゃあ、あれって本物の拳銃と、ナイフ!?」


 昨晩見せつけられた人外の怪物を凌駕する強大な能力は披露していない。

 

 それでも彼女らの動きは一介の女子高生に出来るものではなかった。

 

 しかも間合いを詰めて睨み合う二人の全身から物騒極まりない闘気が溢れかえり、ますます野次馬たちを戦かせる。

 

「お、オレ、先生呼んでくるっ!」


 何人かの生徒たちがその場から逃げ出すように校舎へと向かう。

 

(まずいぞこれ。大ごとになっちゃう!!)


 乱暴な金髪娘はともかく、ケイには色々と恩がある。今度もまた自分が原因で迷惑をかけてしまう。どうしたらいいのか?

 

「や、やめろッ」


 焦りと混乱の中、朔也は無我夢中で龍姫に飛びかかっていた。

 

「――!! ハッ、ついに本性を現したわねっ! いいわ、一撃で仕留めてやるわ!!」


 この瞬間を待ち構えていたみたいに銃口が眉間へと押しつけられた。

 

 さらに拳銃使いは、もう一丁の鬼銃をケイに狙い定める。

 

 どくん! と、女体化少女の下腹の奥で重い脈動が鳴り響く。

 

「えっ!?」


 刹那、瞬間移動のような素早さで、朔也は銃口よりも内側へ潜り込む。全身での体当たりを金髪娘へ喰らわす。

 

「ッ、甘いわっ!」


 しかし絶対避けるのは不可能に思えたその突進も、龍姫は寸前で身を翻し避けざまに足を引っかけて払った。

 

「あうっ!!」


 朔也の身体が空中で一回転した。スカートが派手に捲れ返り、女物のショーツが丸見えになる。それを気にする間もない。

 

「――あがあっ!」


 背中から地面へと容赦なく叩き付けられた。

 

 痛みと衝撃に息が詰まり涙が溢れ返る。

 

 全身が痺れて身動き取れない。

 

「如月くんッ!」


 佐奈子が悲痛な声を上げて駆け寄る。

 

 ケイは呻き震える朔也を振り返りもしない。しかしその全身から闘気をみなぎらせ……、いや、むしろ気配を急激に薄めつつあった。

 

 目の前にいるのに、なぜか気が逸れて彼女の存在を見逃してしまいそうになる。

 

「本気でやる気!? アビスウォーカー。ならあたしも容赦しないわよ!!」


 龍姫の口から強ばった、それでいてどこか嬉しそうな響きの声が漏れ出た。

 

 両手に握る銃の大きさが、二回りほど膨れあがる。

 

 駆け寄った希理香と春菜に助け起こされ、苦しげにむせ返る朔也にも分かった。

 

 銃把を握る両手へと、信じがたいほど巨大な力が集まりゆく。

 

(あ、あれを撃つつもりだ。こんなとこで、あんなの発砲されたらっ!)


 怪我人どころか下手をすれば死者すら出かねない。

 

「き、如月くん、まだ、動かない方が……」


 心配する佐奈子の手を振り払って、ふらつく足で立ち上がる。

 

 その時だった。

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