第12話 楽しいお弁当
麗らかな日差しが降り注ぐ中庭では、もうすでに何組かのグループが思い思いの場所に弁当を広げて賑やかに昼食を楽しんでいる。
朔也たちも木々の葉がそよぐ木漏れ日の下に陣取ると、芝生の上へ腰を下ろした。
用意の良いことに希理香は、四人くらいなら楽々座れるピクニックシートまで持参してきていた。
「ふぇ〜、すごい! これぜんぶケイちゃんが作ったんだ!?」
持ち前の人懐っこさを発揮し、希理香はまるで数年来の友人みたいな調子で無口無表情な少女に接していた。
朔也の弁当も当然ながら彼女と内容は同じ。ミニハンバーグに出汁巻き卵、プチトマトのサラダ等々、小さなスペースに多種の料理がバランスよく納められている。しかも冷凍食品などの出来合いのものは一つもなく、全てが手作りだ。
朝の慌ただしい最中でよくこれほどのものが用意できたものだと、感心を通り越して敬意すら覚えた。しかも、
「美味しい……」
冷めても絶妙な味が口の中に広がり、思わず感嘆のつぶやきを漏らしてしまう。
「そう。よかった」
相変わらず抑揚のない声で返してくるのだが、どことなく嬉しそうな様子を感じる。
「ねえねえ〜、一番得意な料理ってなんなの?」
一口味見をさせてもらってその美味に無邪気少女がますますはしゃぐ。
特殊能力でもある存在感の希薄さに、彼女もいままでケイとはほとんど接することが無かった。
それだけに興味津々の様子で、自分の弁当のバリエーション豊かな小型おむすびを振る舞いながら、眼をきらきら輝かせて話しかける。
「カレー。独自にブレンドしたスパイスが美味さの決め手」
「うわ〜、あたしカレー大好きっ! いいなあ、ケイちゃんの手作りカレー食べたいなあっ!!」
「ごちそうする。今度うちに食べに来て。わたしのカレー」
「うんうんっ! 行くっ、絶対行くねっ!! 楽しみだな〜」
昭和テイスト満載なボロアパートでの、戦慄の激辛地獄が待ち構えているとも知らずに希理香がはしゃぐ。
こっそりカレーの恐ろしさをおしえて上げようかと思っていると、眼鏡委員長がサンドイッチを頬張りながら興味深そうな眼差しを朔也へ注いできた。
「そういえば如月くんって、たしか寮住まいよね。女の子ってことになっちゃって、やっぱり女子寮の方に移るの?」
当然ながらこのまま男子寮に住み続けるわけにはいかない。
通常ならば春菜が言うとおり、女子寮に引っ越しだが、
「え……? 如月くん……が、女子寮……」
佐奈子の瞳が嬉しそうに見開かれる。そういえば彼女も女子寮住まいだ。
「いや、あいにくいま女子寮には部屋の空きが無いらしくて。それに、オレもちょっと、女ばっかりの中で暮らすのは心配っていうか、マズいっていうか。心は男のつもりだし」
顔を赤らめ言う朔也に、佐奈子の表情が残念そうに曇る。
「だ、だから、しばらく犬神のアパートに住まわせて貰うことになって。じ、実は昨日も、彼女の部屋に泊まったから……」
「へ、へえ……」
「まぁ〜〜〜〜っ!!」
「い、犬神さんの家に……お泊まり……」
春菜の目が朔也と春菜とケイの間を行ったり来たりして泳ぐ。
希理香の表情が晴れ渡ったように明るくなり、朔也とケイを交互に眺めてニヤニヤし始める。
佐奈子の顔付きがますます落胆し、しょんぼりとうなだれる。
ただケイだけが無表情のままで、黙々と弁当を口に運んでいた。
「あ、で、でも、そのうち部屋見つけるつもりだし、女子寮に部屋の空き、出来たら移るかもしれないから」
微妙な雰囲気になってしまったのを取り繕おうと、しどろもどろに朔也が言う。
「うちならいつまでもいてくれて構わない。あとで二人で一緒に寝られる大きな布団、届くから。昨晩みたいに狭くない」
なのにケイの一言がすべて叩き壊す。
「ああ……」
「きゃふ〜〜〜〜〜〜♪」
「あぅ…………」
春菜が頭を抱え、希理香がはしゃぎ、佐奈子がどん底に沈む。その最中、
校舎の方からざわざわと沸き立つ声が、次第に昂ぶりながらこちらへ近づいてきた。




