Episode 7.光の騎士団
駿はゆっくりと重たい瞼を開く。どうやら、また気絶して、ベッドに運ばれたらしい。
周りを見ると、他にもいくつかベッドが並んでいる。ここは病院らしい。駿は先程の戦いでダメージを負った肩を見る。肩は動かないようにしっかりと固定されていた。岩の刺さった腕は、包帯が巻いてあるだけだ。ただ、力を入れると強烈に痛む。
「…………実力の差、か」
駿はぼそりと呟く。あの戦いはほとんど駿が一方的にやられただけだ。蹴りを一発入れたくらいで、攻撃すらほぼできなかった。
たまたま、地面が崩れたから助かったものの、そのまま押し潰されてたら、そのままサヨナラだ。
駿はゆっくりと立ち上がる。少し足元がふらつくが、なんとか歩ける。廊下の手すりに掴まりながら進んでいく。しばらく進んだ先で、千夏が歩いていた。何かを大事そうに持っている。
千夏はこちらを見るなり、すぐに駆け寄ってくる。
「もう大丈夫なの?ずいぶんフラフラじゃない!休んでなきゃダメよ!」
「大丈夫だ。多分、朝食を抜いたから、調子が少しだけ悪いだけだろ」
「………なんなら診断書、見る?」
駿は壁にもたれつつ、千夏から診断書を受けとる。簡単に言えば、そこには、『肩甲骨のヒビ』、『右上腕筋の損傷』、『過労』の三つがあった。肩甲骨のヒビと右上腕筋の損傷は分かる。だが、過労は、意味がわからない。対して疲れていないのに。診断書を千夏が駿から奪い取り、大切そうに脇に抱える。
「過労になるほど、疲れてないぞ」
「たぶん、能力を使ったときの負担が大きかったんじゃないかしら?慣れないことするから…………」
「でも、その能力を使わなければ即効でお陀仏だった」
「そうよね。……そういえば、駿が目を覚ましたら、呼ぶようにって言われてたわ。駿、本当に平気なの?」
「だから、大丈夫って言ってるだろ。先生のところに案内してくれ」
千夏は少し大きなため息をついてから、駿の無事な方の肩を支える。そして、病院の廊下を二人は歩いていく。見た様子だと、技術の進歩は、元の世界より多少遅れている程度だ。医療に関しても、恐らくは不自由しないだろう。一応、診断書にレントゲン写真も添えてあった。
しばらく進んだ先の部屋を千夏がノックする。それから、その扉を開いた。
「………私を呼ぶように頼んだんですが、お嬢さん」
「知っています。でも、このバカが、たまたまその辺をほっつき歩いていたので、そのまま連れてきました」
「まあいい。座ってください」
駿と千夏は円形のパイプ椅子に腰かける。駿は医師の顔を見た。相当、年をとっているのか、シワが深く、白い髪は登頂部まで禿げ上がっていた。
「まず、その左肩だが、大きなヒビが入っているのは、レントゲン写真を見れば明らかです。もうご覧になりましたか?」
「はい」
「そして、右腕ですが、上腕筋が、一部剥離していました。処置は致しましたので、恐らく、一週間もすれば治るでしょう」
「一つ、お伝えしておくべきことがあります。レントゲン写真をよくご覧ください」
千夏がレントゲン写真を駿の見える位置に取り出す。駿はレントゲン写真をもう一度見てみる。左肩にヒビが入っていること以外は普通に見えたが、よく見てみると、何やら妙な筋のようなモノが写っている。千夏にこれが何であるか知っているか、と聞いてみるも、知らないと言われた。
「正直なところ、私にも分かりません。本来なら存在しないものであることしか分かりません。ただ、それがあなたの超能力に関わっているのは確かでしょう」
「あの、俺の超能力って………」
「それなら、こちらをご覧ください」
千夏が医師から差し出された紙を受けとる。駿もそれを覗き込む。
《超能力検出》
未知能力
雷属性 ランクD 系統:流動
超回復体質
無属性 ランクC 系統:強化
『未知能力』というのは、能力自体の名前なのだろうか?それとも、判別できない能力なのかわからない。それに比べて、超回復体質は分かりやすい。単に回復力が上がるだけだろう。
ただ、ここで疑問が浮上した。あの戦いで発動した能力はどう考えても『未知能力』の方だ。あの能力は恐らく身体能力を強化するものだ。だが、雷属性の流動系だ。全く辻褄が合わない。
「『超回復体質』のランクからすれば、二週間もあれば、怪我は全て日常に支障がない程度には治るでしょう」
「でも、待ってください。もう一つの能力って………」
「あくまで仮説だけど、わかったかもしれないわ」
千夏がレントゲン写真の妙な筋を指差す。でも、それがなんだと言うのだ。それだけで能力の正体が分かるとは思えない。
「この筋みたいなのが、導線の役割を果たしている。そう仮定すると、筋肉はモーターになってるんじゃないかしら?」
「どういうことだ?」
「つまり、発電する細胞──電池みたいなものがあるなら、電気属性なのは当然と思えるわ。それで、その筋が導線なら、それをたどって、電気は身体中を巡る。普通そんなことはないと思うけど、筋肉が、電気も動力にできるようになった。だから、身体能力が強化された。まあ、気休め程度の机上の空論でしかないけど」
たしかに、それなら、無茶苦茶なりにもなんとなく納得できる。体質の変化は、千夏という例が間近にいるので、駿の体にもそれが起きた。そう考えれば、この仮説は現実味を帯びてくる。
ただ、もとの世界に帰ったときにこの体質がどう変わるのか、など様々な疑問が浮かんでくるが、それを脳の片隅に追いやる。
「ふむ。中々面白い仮説ですね。そういえば、この国で最も強い能力者が雷属性でしたね。何しろ、雷を操るとか」
「でも、あんたには無理そうね。Dランクって言うことは、最高ランクよりもかなり下だろうし」
「わかんないぞ?いつか俺がそんくらい強くなる可能性はあるだろ」
「それはおっかないわね」
千夏が駿を軽くあしらう。たしかに、おかしな話ではある。最強というぐらいだ。とんでもない歴戦の猛者に違いない。ちょっとやそっとで、そんな人に駿が追い付けるわけがない。
「そうだ。お嬢さんと駿君は一緒に住んでるんだったね?」
「はい。鍛冶屋のアランさんのところに、居候しています」
「アランさんか………、となると、娘のミーティアさんも今の時期なら家に………。駿君、君は退院したいかい?」
「もちろんです。退院できるならぜひ」
「いいだろう。退院を許可しよう。ただし、条件がある」
医師は近くにあったメモに、文章を書いていく。そして、それを千夏に渡した。
「まずは、駿君はしばらく能力を使ってはならない。二つ目に、お嬢さんは駿君が無理をしないよう、常に注意を払うこと。最後に、何かあったら、すぐに私に連絡することだ」
「わかりました」
こうして駿は退院できることになった。ちなみに、過労は、医師が帰り際に渡してきたサプリメントを飲んだら大分良くなり、普通に歩けるようになった。
病院のロビーに行くと、ミーティアが不安そうに辺りを見渡していた。心配していてくれたのだろうか。
「あ、駿君。無事ですか?ひどい怪我みたいですけど」
「大丈夫です、なんとか。そういえば、仕事の方は?」
「心配で急いで飛んできましたよ!ジャンナさんから連絡を受けて、なんとか空き時間を見つけて………」
「あの、忙しい中すいません………」
「まあ、いいですよ。怪我を負ったとはいえ、助かったわけですから」
ミーティアは穏やかな笑みを浮かべた。たしかに、ボロボロにされたが、テロリストと戦って助かったのだ。よく考えると、ある意味ついているのかもしれない。
ただ、とてつもなく不便だ。マトモな右腕さえ、力を入れることすらできない。下手をすれば、食事すらも自力で取れないかもしれない。
「………あ、代金は渡しておきます。すいません、仕事が残っているので、お先に失礼します」
ミーティアは早足で去っていった。千夏の手には、ミーティアから受け取った金貨が20枚ほど握られていた。そういえば、この国の通貨は日本円にしていくら位なのか知らない。
「そういえば、この国の通貨って日本円でどんくらいなんだ?」
「まあ、1シクロ辺り大体10円くらいかしら。ちなみに、金貨が100シクロ、銀貨が10シクロ、銅貨が1シクロね」
つまり、千夏が受け取ったのは大体20000円くらいということだ。医療費は、日本より少し高い気はするが、保険にも入ってなくてこれならかなり良心的だ。
支払いを済ませ、二人は病院を出る。そこでは、金色の長髪を持つ男と、艶々とした髪が美しい美人が立っていた。始めてみる人だ。彼らは千夏に会釈をする。千夏はそれに小さくお辞儀をして返す。
「君が、駿君だね。私はアレキサンドリア・アレス。私営警団・光の騎士団の団長をしている。よろしく」
「私は、副団長のジャンナ・ルテアミス。よろしくね、駿君」
「よろしくお願いします」
駿は浅めにお辞儀をする。そういえば、ミーティアは『ジャンナから連絡を受けた』と言っていた。ということは、知り合いなのだろうか。
「そういえば、ミーティアさんと知り合いなんですか?ルテアミスさんは」
「ええ。親友よ。あと、ジャンナでいいわ。そっちの方が、固くなくていいでしょ?」
「駿、あんたを助けてくれた人たちよ。特に、ジャンナさんはあんたを穴の中から連れ出してくれたのよ」
「えっ?そうなんですか。それは、あの、本当にありがとうございました!」
駿は驚きながらも感謝を述べた。あの岩をどかして、穴から駿を助け出してくれたようだ。あんな大きな岩をどかすことは容易ではない。恐らく、彼らもまた能力者だ。
「え、あ、うん。どういたしまして。でも、私とアレクだけじゃないのよ?」
「警団、ですからね。二人だけではないですよね」
「ああ。そうだ。君たちに話しておかくちゃならないことがあるんだ。ここで話すのもなんだ、君たちの居候先に戻ろう」
駿たちはしばらく歩いて、ゲルナス家にたどり着いた。ドアを開くと、髪の長い女性が居眠りをしていた。それに、金髪の青年に、短い髪が特徴の少女も座っていた。
「あ、アレクか。レオパトラ、起きてくれ」
「あ、すいません。寝てました」
「見りゃわかるよ」
どうやら、彼女らも警団の団員らしい。ただ、平均年齢が低いような気がする。駿のイメージだが、警察といえば、ベテランと新人がセットになっているイメージだ。この世界では違うのだろう。それに、『私営』だ。
「………キミが、噂の駿くん?」
「えっ?ああ。そうだな。えっと、君は………」
「ボクは、イシュ・アテナ。光の騎士団で最年少なんだ。キミたちと同い年だよ」
驚いた。まさか、警団に同い年の少女がいたとは。ただ、同い年ということは、彼女もまた、学生ということだ。警団と学校が両立できているのだろうか。
「そういえば、警団やってて、学校は平気なの?」
「警団が忙しくて、学校には行けないかなぁ。まあ、基本的なことは解ってるつもりだし、大丈夫だよ」
「………世間話はその辺にしておいてくれ。大事な話がしたい」
アレキサンドリアが、宣言する。すると、場が静まり返る。アレキサンドリアは軽く咳払いをしてから、話し始めた。
「……駿君を襲ったのは『鴉の眼』の構成員だ。つまり、彼らは、駿君に興味を示したということだ。私の推測だが、『異世界からの旅人』は仲間にできないのなら芽が出る前に摘み取っておきたいのだろう」
「ということは、まさか、千夏も………」
「そうだね。だから、私に提案がある。イシュ、彼らと共に、この家に居候してくれ。学校の寮生活が始まるまでね」
話から察するに、学校は寮があるらしい。しかし、それ以前に、イシュをこの家に居候など、簡単に言うが、アランやミーティアの許可は取ってあるのだろうか?
「あの、ミーティアさん達には許可を取ったんですか?」
「………あとでミーティアに相談しておこう」
「えっ!許可取ってなかったの?」
「………それと、『鴉の眼』のことだが、やつらの目的は、未だによくわかっていないんだ。『救世主の器』を見つけるとか言ってはいるが、それがなんなのかすら、わかっていない。だからね、十分に気を付けてほしい。今回みたいに路地裏のような場所には迂闊に行ってはいけない」
テロリストが言っていた。『ふざけた政治からこの国を救う』と。だが、救うのならもっと真っ当な手段だってあるはずだ。何かを救うために何かを犠牲にするのは、どこか間違っている。
それに、『救世主の器』ってなんだ。勇者サマでも探しているのだろうか。だとしたら、とんでもなく滑稽だ。
「………そういえば、イシュは、学校に入るまで私たちの護衛なんですよね?」
「ああ。そうだね」
「イシュは、学校に行きたいと思ってるの?」
「いやぁ、忙しくて行けないかなぁ」
「そうじゃないのよ。行きたいか、行きたくないか。それを聞いてるのよ」
千夏が、イシュの肩を揺する。たしかに、イシュは、『忙しくて行けない』と言っていたが、『行きたくない』とは言っていない。
「えっ、でも、警団の仕事が………」
「行きたいなら、行ってきて。警団の仕事なら、何とかするからさ?イシュは、イシュがしたいように楽しんで」
「お姉ちゃん…………」
今、イシュがジャンナのことを『お姉ちゃん』と呼んだが、二人は姉妹なのだろうか。そのわりには全く似ていない。
「アレク、僕はジャンナに賛成さ。イシュだって、楽しいだろうし、駿君達の護衛まで付けられて一石二鳥じゃないか」
「………そうだね。イシュ、追加任務だ。バルクス国立学院に入学してくれ。警護期間を延長する」
「ありがとうございます!」
あどけない笑顔を見せるイシュが、こちらに向き直って、ウインクをして見せた。
「これからよろしくね。駿君、千夏!」
最初は渋ってはいたが、やっぱり、嬉しいのだろうな。駿はそう思い、なぜだか、自分まで嬉しい気分になったような気がした。
《プロフィール》
【名前】 アレキサンドリア・アレス
【性別】 男性
【年齢】 26歳
【身長】 187㎝
【体重】 78㎏
【好きなもの】 ???
【嫌いなもの】 とくになし
【性格】 冷静で、正義感が強い
【備考】 私営警団・光の騎士団の団長