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Another World ─もう一つの世界─  作者: なつくさ
Chapter.1 もうひとつの世界へ
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Episode 6.危機

 駿は差し込む光で目を覚ます。寝起きで頭がぼんやりする。そして、定まらぬ視界で隣を見ると、千夏が隣で気持ち良さそうに眠っていた。


「………と…………ね、………たは。ふふふ…………」


 意味のわからない寝言を呟いている。なぜだか不気味だ。しかし、なぜ千夏は駿の隣で眠っているのだろう。千夏の寝ていた布団の散らかり具合を見れば、どうも千夏はベッドから転がり落ちたらしい。ひどい寝相だ。しかも、落ちたら普通起きるだろう。

 駿はそんな千夏を尻目にミーティアが用意したと思われる服に着替える。サイズはバッチリだ。

 駿はのんびりと下の階へ降りていく。リビングではミーティアがコーヒーを片手に新聞を読んでいた。ちなみに、眼鏡をかけている。ミーティアは遠視なのだろうか。

 ミーティアは駿に気づくと、気さくに挨拶をする。


「おはようございます」

「はい。おはようございます。あの、ミーティアさんは遠視なんですか?」

「はい、軽度のものですが。なので、日常生活にはあまり問題ありませんが、細かい字などは見づらいですね」


 駿は水道の水をコップに入れ、飲み干す。


「なるほど。あ、今から少し町を走ってきていいですか?」

「構いませんよ。朝のランニングですか、健康にいいですよ。でも、迷子にならないでくださいよ」

「はい。それでは、いってきます」


 駿は外へと飛び出す。朝の日差しが眩しい。さすがに朝早いからか人通りはほとんどない。駿は人気のない町の中を走り出す。風が心地よい。

 駿は毎日の朝ランニングは日課にしている。たまに寝坊することはあるが、この日課のお陰で学校への遅刻は少ない。

 しばらく走り続けたところで、公園で少し休憩を挟むことにした。昨日の昼頃は賑わっていた公園だが、早朝とあって、犬を散歩させる老人や、ランニングをする青年くらいしかいなかった。

 駿はベンチに腰かける。額を伝う汗を、そよ風が冷やしていく。この国の夏は日本ほど蒸し暑くないので過ごしやすい。

 しばらく休んでから、駿はまた走り出す。少し路地裏も見てみることにした。入り組んだ道を進む。そこで、黒いフードを被った怪しげな人物を見つける。黒フードは駿に語りかける。声からして男だ。


「お前が祇方駿か」

「はい。そうですが、それがなにか?」

「………『鴉の眼』に入らないか?歓迎するぞ」


 あからさまに怪しい組織だ。駿は身構える。駿だって空手有段者だ。その辺の怪しい組織のしたっぱに負けない自信くらいある。


「一応聞きますけど、その組織、どんなとこなんですか?」

「素晴らしいところだ。この国をふざけた政治から救うための組織さ。まずは、『救世主の器』を探す必要がある」

「簡単に言えば、テロリストってことですね」

「その通りだ」

「断る。悪いことは言わないから自主してください。それがあなたのためです」


 駿はそれだけ言って、立ち去ろうとする。しかし、駿が歩いていく先に、巨大な岩が生えてきて、駿の行く手を阻んだ。


「そうかそうか。よくわかった。死んでもらおう。『異世界からの旅人』!」


 相手の周りの地面が抉れ、岩の柱がタイルを突き破り、そびえる。相手は、能力者だ。この前のチンピラとは違う。正真正銘のテロリストだ。ならば、戦ったところで勝ち目は薄い。うまいこと誘導して、警察に捕まえてもらおう。警察のような組織はあるはずだ。

 柱が浮き上がり、駿の真上から降ってくる。駿は体をねじり、何とか避ける。その衝撃で岩石は砕け、砂となる。砂は駿の視界を奪った。

 思わず眼を閉じた駿の鳩尾に巨大な岩石がぶつかる。駿は隣の壁まで吹き飛ばされる。


「ぐ…………」

「もう一度だけ、聞いてやる。『鴉の眼』に入るか、入らないか!?」

「そんな組織、お断りだ。犯罪者め………」


 駿はなんとか立ち上がり、唾を吐く。逃げることはできない。だったら──戦うしかない。


──頼む、発動してくれ。俺の能力(チカラ)


 駿の全身を『なにか』が駆け抜ける。その瞬間、駿の体は信じられないほど軽くなった。刀は置いてきたが、どうにかなるかもしれない。

 駿は構えを取る。恐らく、能力は身体強化とかそういった類いのものだ。ならば、分かりやすくていい。


「小癪な………」


 壁や地面が少しずつ剥がれ、黒フードの掲げる手の上に集まっていく。間違いなく、危険だ。使わせる前に、叩く。

 一気に距離を詰めて、拳を構え、突き出す。しかし、黒フードは駿との間に岩の柱を作り出す。柱は駿の拳を受け、砕け散った。


「手向けだ。『巨岩墜』」


 駿の頭上から巨大な岩石が落とされる。駿はそれを間一髪で回避する。岩石が落ちたことによる衝撃が、駿の髪を揺らす。

 追い討ちをかけるように、いくつもの岩が駿を襲う。それを、なんとか砕いていく。しかし、数が多く、一つ壊し損ねてしまった。その岩は駿の左肩を抉る。駿は痛みで思わず叫ぶ。

 膝をついた。埃で汚れたタイルはシンと冷たかった。

 肩に恐る恐る触れると、ベットリと生暖かい赤黒い血が付着した。

 絶望的な状況だ。目の前の敵とのチカラの差が大きすぎる。勝ち目なんてない。だが、立ち向かうしかない。道がないのなら拓くしかない。諦めるコトは簡単だ。それでも、諦めたら待つのは死。生きるためには戦うしかない。

 駿は、ゆっくりと立ち上がる。吹き抜けた追い風が、自分を後押しするように感じた。


「まだだ………。まだ、終わっちゃいない!」


 駿は、大地を蹴る。そして、相手の飛ばす岩をかわす。一つ目、耳元を掠めた。二つ目、服の袖が切り裂かれた。三つ目、体制を低く抑え、その上を通りすぎていく。

 そして、目の前には眼を見開いた黒フードが立っていた。そこに、中段蹴りを放つ。男はそれを、岩の柱で防ごうとした。しかし、駿の放った蹴りは、岩を砕き、男の脇腹に命中する。男は吹っ飛び、地面にへたり込む。


「脇腹、がら空きだ………。なまじ、あの防御を、信用しすぎてたな………」

「くっ、ひよっこ能力者かと油断してたな………。だが、そろそろ遊びはお開きだ」


 駿の右腕に岩の柱が突き刺さる。激痛が身体中を駆け抜ける。右腕が動かない。両腕ともやられてしまったというわけだ。


「さて、どう料理してやるか…………」

「やれるもんなら、やってみろ………、まだ諦めないぞ………。俺には、脚がある………」

「その脚、どこまで持つかな?『岩盤剥離(クウェイク)』!」


 男は輝く拳を地面に叩きつけた。そこから、地面に亀裂が走る。駿の足元が、崩れ始める。駿は高く飛び上がる。恐らく、地面から何かを起こす技だ。ならば、空中にいれば、問題はないはずだ。

 しかし、割れた地面から岩石の柱が、駿目掛けてすさまじい早さで伸びていく。駿は反射的に顔を右に逸らす。気づけば、頬に大きな切り傷があった。

 もし、かわせなかったら、今頃目刺しのように頭を貫かれていたかもしれない。


「かわしたか。大人しく串刺しになれば楽に死ねたものを………」

「誰が死んでやるものか………」

「後悔するなよ。旅人!」


 駿は地面に着地する。そして、すでに上には巨大な岩が落ちてきていた。駿は為す術なく押し潰される。はずだった。駿の下の地盤が崩れ、空洞へ落ちた。

 腰を強かに打ち付ける。少しずつ、服が濡れていった。ひんやりとしていて気持ちいい。

 暗くて、ほとんどなにも見えない。どうやら、地下水脈にでも落ちたらしい。幸い、深さはそこまででもない。

 上を見上げる。やはり光は見えない。恐らく、落ちて岩の下敷きにならずに済んだものの、岩のせいで地下に閉じ込められてしまったようだ。

 体が動かない。先程の戦いで傷ついた体が悲鳴をあげている。駿の叫びがこだまする。


「はぁ……、はぁ………。どうすればいいんだ……」


 光がないのでここがどれ程の深さなのかもわからない。仮に浅かったとしても、飛んで、岩を砕いて出ることなんて不可能だ。

 最悪の場合、生きて帰れないかもしれない。水があるので、二日、三日程度なら生きられるかもしれないが、もし、誰も助けに来なかったら、誰も知らずに一人で死ぬことになる。そんなのは絶対に嫌だ。


「なんでこんな目に遭わなくちゃなんないんだ!クソッ!なんで、なんでなんだよ………」


 なんで、ランニング中にテロリストに遭遇しなくちゃならない。なんで、警察は捕まえない。そもそも、習慣だからってランニングに行く必要なんてなかった。なんであのとき、ランニングに行ってしまった。寝坊すればこんなことにはならなかった。


「違う。俺が、あいつを倒せていたら、こんなことになんてならなかったんだ………!」


 そう、単純に弱かったから負けた。それだけの話だった。こんなに弱かったら、なにも守れない。失いたくない。だから守る。そう決めたはずなのに。

 ただ自分が憎かった。情けないほどに非力なそれに無性に腹が立った。

 千夏やミーティアは気付くだろうか。心配して、探すだろうか。それとも、なにか変な勘違いでもして放っておかれるだろうか。

 見つけてほしい。助けてほしい。死にたくない。当たり前の感情が駿の心を埋め尽くした。

 そして、それらは段々と駿を追い詰めていった。何度も叫んだ。『助けて』と。その声は、むなしく洞窟をこだまするだけだ。

 どれだけ時間が経っただろう。岩が消えて、光が差し込む。それが無性に嬉しくて涙が溢れる。待ちわびた、救いの光は暖かく駿を包んだ。


「大丈夫?」


 上の方から響く。穴の位置から考えて、そこまで深いところではなかったらしい。穴から顔を出している女性らしき人は見えたが、顔立ちまではわからない。

 駿は、絞り出すように声を出そうとする。しかし、思うように声がでない。しかも、体もロクに動かない。最悪だ。せっかく助けが来たのに。声が出ないなんて。

 しかも、段々と意識が遠ざかっていく。もうだめかもしれない。駿は、水溜まりに倒れた。傷口に水が滲みる。でも、声は出ない。そのまま、駿の意識は途絶えた。


◆◆◆◆◆


 駿はいつまで経っても帰ってこなかった。ミーティアはランニングに行ったとは言っていたが、さすがに遅すぎる。もう時計は11時を指していた。アランは遠方の町へ武器を配達しに行って、ミーティアも仕事があると言って、出掛けてしまった。

 そう、今は千夏一人だ。駿が道草を食っているという可能性もあるが、どうも千夏にはトラブルに巻き込まれてしまっているような気がしてならなかった。

 千夏は電話を取り、とりあえずはミーティアのいるであろう学校に連絡しようとするが、電話番号がわからないし、ダイヤル式の電話なので、掛け方もわからない。

 不安に駆られる千夏の耳に、チャイムの音が入る。千夏は急いで扉を開ける。そこには、長い金髪の背が高い男と、艶々とした髪がきれいな美人が立っていた。彼女の背丈は千夏より少し高いくらいだろう。


「君が、南谷千夏さんだね?祇方駿君はいるかい?」

「それが、戻ってこないんです!朝出掛けたきり!なんか事件に巻き込まれたんじゃないかって、不安で………」

「それは大変だ。探しに行こう!」

「えっと、家を開けっぱなしにするのも………」


 男は少し考えてから、奥の方にいた長髪の女性を呼ぶ。


「彼女を留守番代行としよう。君には来てほしい」

「あの、あなた方は?」

「私たちは私営警団・光の騎士団。私は隊長のアレキサンドリア・アレスだ」

「副隊長のジャンナ・ルテアミスよ。よろしくね千夏」

「………情報担当のレオパトラ・ヴィナス。留守番代行は引き受けました」


 私営警団というと、私営の警察と言うことか。彼らが協力してくれるなら非常に心強い。

 レオパトラに留守を任せ、アレキサンドリアとジャンナと並んで千夏は歩いていく。

 そう言えば、私営警団のメンバーは三人だけなのだろうか。少なすぎるような気がする。折角の機会だ、いくつか聞いてみよう。千夏はそう思い、問いかける。


「あの、警団のメンバーは三人だけなんですか?」

「違うよ。駿君に会いに来たのが私達三人で、二人はパトロール、一人は私営警団同士の会議に出ている。合計六人だね」

「えっと、その会議って、団長が出るべきなんじゃ………」

「前団長なの。その一人はね。だから、今日だけは代わりにってこと」


 何かがおかしいような気がするが、気にしないことにする。しばらく歩いていると、アレキサンドリアの様子が豹変する。そして、強い口調で言った。


「二人から連絡があった。『鴉の眼』の団員らしき男を確保したようだ。その男の話によると、駿君は手遅れかもしれない」

「そんな………!?」


 千夏はうつむいた。目から溢れた涙の滴が、地面を塗装するタイルにシミを作り、乾く。優しげな手が千夏の頭を撫でる。


「泣いているの?大丈夫よ。その男の話がハッタリって可能性も、あるわ」

「………とにかく、確かめに行こう。千夏さん、泣くのは真実を見てからにしよう」


 アレキサンドリアの少しドライな対応に小さな衝撃を受けながらも、走る。ジャンナの言葉のおかげで、少しは気が楽になった。希望がない訳じゃない。

 しばらく走って、路地裏に入る。そこは、所々がひび割れ、岩の柱が突き出していた。ひどい有り様だ。その奥に、警団の者らしき二人と、束縛された黒いフードの男がいた。

 その男の口元には笑みが浮かんでいた。千夏の頭に血が上った。千夏はその男のもとに駆け寄ろうとする。しかし、何かに引っ掛かり、転んだ。耳元でジャンナが呟く。


「ダメ。ボーイフレンドをひどい目に遭わされて怒る気持ちも分かるけど、ダメ。あの男は、犯罪者。だから、あなたは近寄っちゃダメよ」

「すいません………。あの、駿は………」

「ええ。恐らく、あの岩の下敷きってことね。でも、諦めちゃダメ。あなたのボーイフレンドを信じて」

「ボーイフレンドじゃなくて、幼馴染みです」


 千夏は足元に絡まった蔓をほどきながら否定する。顔が熱い。その様子を見て、ジャンナが笑顔で、


「好きなのね?だったら尚更、信じなくちゃ」


 千夏をからかってくる。この状況でなぜここまでマイペースなのだろうか。いや、違う。きっと、彼女は千夏を気遣ってくれている。そう思えた。

 ジャンナの言う通り、駿のことは好きだ。でも、どうしても面と向かって言えなかった。要するに素直になれない。でも、今の関係だって、楽しいものだった。

 それに、いつだって、駿は千夏を信じていてくれた。だから、今度はこちらが信じる番だ。終わってほしくない。こんなことで、お別れなんて絶対に嫌だ。


「………信じます」

「よし、その調子!」

「無駄だ!諦めな。あのガキは、確かに岩で押し潰した。あんだけの質量で、潰されて生きてんなら、人間じゃない」

「てめえ……」


 見張りをしていた金髪の青年が怒りを露にしている。岩の方を見ると、アレキサンドリアが何か思い付いたらしく、眼を閉じる。すると、金髪の青年が指を鳴らした。

 その瞬間、小石が岩が元々あったところに移動し、岩がアレキサンドリアの隣へ移動した。といっても、ワープみたいなものだ。一瞬で位置が入れ替わった。

 驚いたのはそれだけではない。なんと、小石が落ちていったのだ。つまり、岩の下には空洞があるということだ。


「ジャンナさん………!」

「ええ、無事かもしれないわ!」

「バカな、確かに仕留めたはず………」

「ジャンナ。君は駿君の救助に当たってくれ」

「ええ。わかったわ」


 千夏も、ジャンナについていく。涙でイマイチ前が見えないが、ジャンナの輪郭を頼りについていく。


「大丈夫?」


 ジャンナの声が響く。しかし、返事はない。聞こえていないだけだ。そうに違いない。千夏はそう言い聞かせる。

 ジャンナは服のポケットから植物の種を取りだし、近くの剥き出しになった土に植える。すると、その植物はみるみるうちに大きくなる。蔓植物のようだ。

 蔓は互いに絡まり合い、どんどん伸びていく。そして、長い綱のように頑丈そうなものとなった。ジャンナはそれに掴まりながら、穴の中へ飛び降りる。

 そして、しばらくしてから、蔓がどんどん縮んでいった。千夏は仰天した。一度成長したはずの蔓が縮んでいる。そんなバカなことがあるはずがない。

 やがて、駿をおぶったジャンナが蔓に掴まり、帰ってきた。


「気を失ってるけど、大丈夫よ。息はあるわ」


 その言葉を聞いたとき、千夏は心から安堵した。

《プロフィール》

【名前】 ミーティア・ゲルナス

【性別】 女性

【年齢】 26歳

【身長】 167㎝

【体重】 54㎏

【好きなもの】 読書

【嫌いなもの】 とくになし

【性格】 親切で、落ち着いている

【備考】 バルクスの学校で教師をしている。超能力は『念動力(サイコキネシス)』、『応急措置(ヒーリング)

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