Episode 3.謎の少女
「はあ、死ぬかと思ったぞ………。なんだよ、あれ。千夏にも一口分けてやりたいくらいだ」
「頼むあんたが悪いのよ。でも、正直驚いたわ。まさか、食べきるなんてね」
千夏は呆れたように言う。確かに、全部食べきれたのは自分でも驚きだ。やはり、人間、追い詰められれば出来ないこともできるようになるのかもしれない。
メインストリートを一通り見て、今度は入り口の門の前に来る。
「ここが、門ですね。まあ、基本的に他の町へ移動する機会は少ないので、あまり使わないでしょう」
「そうなんですか。それは、この町で大抵のものが揃うから。ですね」
「はい。……それでは、次は右の通りを案内します」
門の近く、右と左に道があるのがわかった。最初の時は気づかなかった。噴水のところからも、大きな道がメインストリートを合わせて3つあった。ということは、円形にでもなっているのだろう。
三人は右の通りへ入っていく。この通りは、メインストリートと比べると、自然が多い印象だ。
「こちらがリラ通り。通称セカンドストリートです。この通りは、見ての通り、自然なテーマになっています。なので、店舗などもそれ関連のものが多くなっています」
「ミーティアさん。あの公園は?」
「あれは、中央公園。………言うほど中央ではない。などと言うことは、言わないでおいてください。名前はアレですが、市民の憩いの場です」
確かに、町の中央。というわけではない。よく見ると、子供達がサッカーをして遊んでいる。小学生位だろうか。
ちなみに、駿は野球派だが、サッカーも好きだ。別に習っていたり、部活をやっていたりしたわけではないが、スポーツ自体は好きだ。
「何?小学生位の女の子でも見てにやけちゃってんの?この、ロリコン」
「違う違う。少し体を動かしたいと思ってさ。ていうか、にやけてないぞ」
「いいや、にやけてたわ。口角が少し上がってたし」
「うーん、そんなこと無いと思うけどなぁ」
千夏がからかってくる。駿はそれをやんわりと否定した。仮ににやけてたとしても、懐かしさからだろう。小学生の頃から、草野球や、サッカーは友達と集まってよくやっていた。それを何となく思い出してたのだろう。
「そうですね、ちょっと公園に寄っていきますか?ボール位なら売ってるでしょうし」
「いや、構いません。できるだけ、ちゃんと町を見ておきたいですから」
「わかりました。千夏さんは構いませんか?」
「大丈夫です」
「そうですか。それなら、案内を続けますね」
ミーティアは少し残念そうにしながら、町を歩いていく。駿と千夏の二人はそのあとに続いた。
セカンドストリートは、中央公園がメインで、その他は花屋や、ちょっとしたハーブの専門店。それから、飾られた花がきれいな喫茶店等が並んでいた。メインストリートと比べて、こちらの方が少し落ち着くかもしれない。
「ちなみに、教科書も取り扱ってる書店や、制服も扱っている服屋はこの通りにあります。なので、意外と使う機会は多いかもしれませんね」
「えっと、その書店に行ってみていいですか?こちらの世界の本を見てみたいので」
千夏が少し照れながら言う。駿は本なんて漫画とゲームの攻略本くらいしか読まない。活字の本は苦手だ。話題作の内容だって、映画化されたものや、ドラマになったもの位しか知らない。
正直言って、本屋はあまり好きではない。
「あの、本は苦手なんで、待っててもいいですか?その辺に居ますので」
「確かに、あんたが読む本なんて漫画とゲームの攻略本くらいだものね」
「なるほど………、まあいいです。本来なら、もっと本を読んだ方がいい。などと指導するべきなのでしょうが、あえて言いません。あと、あまり遠くに行かないでください」
「わかりました。それでは、またあとで」
駿は書店の方へ行く二人を見送ってから、公園へ行く。あまり長居は出来ないが、少し見ておきたかった。
そこは、青々とした芝生が広がっていて、少し進むと、噴水があった。その近くには水路があった。流れるきれいな水が太陽の光を反射して輝く。
「汝が『異世界からの旅人』か」
銀髪の少女が後ろから語りかける。背が低く、駿の胸の辺りまでしかない。少女は少し丈が合ってなく、長くて黒いワンピースを着ていた。
少女の長い髪が風で揺れる。少女の灰色の瞳が駿を見据えた。
「そうだよ。君は、迷子かい?変わった雰囲気だけど………」
「…………わらわは汝と同い年だ。子供扱いするな」
「いや、俺は小学生じゃないぞ」
「………違うな。わらわは15歳だ。汝と同じな」
正直、信じられない。見た目からは同い年とは思えない。見た目で判断するのは良くないが、どうしてもそうは思えなかった。
「ふっ、信じられないと言う顔をしているな?まあ、いい。『異世界からの旅人』という存在に興味がある。だから、汝に会いに来た」
「それなら、もっと前に話してくれれば、もう一人とも会えたぞ」
「………さらばだ。そして、また会おう」
少女はそれだけ呟いて去っていった。駿は首をかしげる。なんだったのだろう、あの少女は。単に会いに来ただけなのか、他に何かしら目的があったのか。
「まぁ、考えても仕方ないか」
駿は伸びをする。日差しが眩しい。そろそろ、千夏達が出てくる頃だろう。そう思い、書店の前まで移動する。
それから少しして、二人が書店から出てくる。千夏は本が入った紙袋を持っている。恐らく、買った本だろう。
「お待たせしました。それでは、先に進みましょう」
「そうだ、この国の通過を見せていただけませんか?」
ミーティアは意図が何となくわかったのか、いくつかのコインをすぐに差し出す。駿はそれを受けとる。やはり、日本のものとは違う。金貨、銀貨、銅貨を使っていた。
「お札は無いんですか?」
「お札………?もしかして、紙の?この国では発行してませんよ」
駿はお金をミーティアに返す。ミーティアはそれを財布にしまう。
「このあと、一旦広場に出てから、もう一つの大通りに行った後、私の実家に行きます。他に何か行きたいところはありますか?」
「あの、お花積みに」
「ああ、トイレか………。それなら、公園にあったな」
駿が呟くと、千夏は少し不機嫌そうにこちらを見てから、公園の方へ向かった。その様子を見て、駿は首をかしげた。なぜ怒ったのだろうか。
その様子を見た、ミーティアが呆れたように、
「デリカシーが無いんですか?恥ずかしいから遠回しに言うんですよ」
「つまり、せっかくぼかしたのに、俺がストレートに言ったから、怒った。そういうことですか?」
「そうですね。むしろ、本当に気づいてなかったんですか?」
「はい………」
ミーティアは、呆れてものが言えない。と、でも言うように、ため息をつく。そこまで、露骨に呆れられると悲しくなってくる。
「そういえば、ミーティアさん。判別試験って、本人の意思は反映されるんですか?」
「多少は考慮されるんじゃないでしょうか。それがなにか?」
「俺、能力学科に入りたいです。力が欲しいんです。大切なものを絶対に守れるような、強い力が」
駿は強く言い切る。元の世界で空手を習っていたのは、大切なものを守るためだ。ある出来事があってから、駿は大切なものを守ることを誓った。
「手に入ればいいですね。その力が。ですが、例え能力学科に入れたとしても、能力が開花するかはわかりませんよ?条件はいくつか分かってます。ですが、聞かせるわけにはいきません」
「どうして?」
「千夏さんが言っていましたよ。あなたは無茶しがちだって。なので、無茶をして欲しくないので、教えられません。無論、あなたが本当に、能力学科に入れた日には、授業でお話しすることになるでしょうね」
二人が話しているうちに千夏が戻ってくる。ミーティアはそれを確認すると、笑顔で、
「それでは、行きましょうか」
三人はもう一度広場に出る。そして、まだ通っていない大きな通りへと入っていく。三つ目の通りは入ってから少し行ったところに市場があった。
「こちらが、キグナス通り。通称サードストリートです。この通りは、市場がメインですね。市場を見てみましょう」
三人は市場の中に足を踏み入れる。手前には果物や、野菜を中心に並んでいた。どれも鮮度がありそうだ。
しばらく歩いていると、売り子の女性が千夏に声をかける。
「お嬢さん、グロウフルーツはいかがかね?栄養満点だよ」
「………ミーティアさん、グロウフルーツってなんですか?俺たちの世界にはありませんでしたよ」
「………グロウフルーツは、高級な果物で、なにしろ、美容に必要な成分から成長期に必要な成分までも完全に網羅する果物の王様ですよ。こっちの世界では」
疑わしげにその果物を見つめる千夏に女性が耳打ちをする。すると、千夏は顔を真っ赤にしてから、
「き、気にしてませんよ!そんなこと!」
そのまま、千夏は逃げるように走っていく。何を言われたのだろう。気になったので、売り子の女性に聞いてみる。
「あの、何を言ったんですか?」
「それは、乙女の秘密よ。ふふ」
「そう言われると逆に気になりますよ………」
「知ってる」
駿は聞いても無駄だと悟る。とりあえず、千夏はまっすぐ進んだのだから、変に迷子にならずに戻ってくるだろう。
そう思い、ミーティアと二人で市場を歩いていく。しかし、千夏は中々戻ってこない。もしかして、何かあったのだろうか。段々、心配になってくる。
「ミーティアさん!俺は千夏を捜してきます!」
「………わかりました。手分けをして捜しましょう。くれぐれも無理はしないようにお願いします」
駿は市場の奥の方へ走っていく。奥へ行けば行くほど道が入り組んでいる。やがて、市場から出て、どこかの暗い路地裏に出る。
そして、駿は千夏の細い悲鳴を聞く。駿はさらに奥へと向かっていく。
「さあ、あと何発で金を出してくれるのかな?お嬢さん」
「何回殴ったって答えは同じよ。あんたたちみたいなチンピラに渡す金なんて持ち合わせてないわ」
「生意気なんだよ!」
チンピラの拳が千夏を襲う。千夏は辛そうに呻く。駿はそれを見て、頭に血が上るのを感じた。
「やめろ!寄ってたかって、カツアゲか!」
「だから、どうした?お兄さん、俺たちがカツアゲしようがしまいが勝手でしょう?」
「違うな。そいつは、俺の大切な幼馴染みなんだ。帰してやってくれ」
「へえ、そいつはいいねェ」
そう言って、チンピラのうち、一人が千夏を抑えつけ、もう一人がその腹を蹴りつける。
駿は拳を強く握る。しかし、チンピラは尚も笑う。
「さあ、金目のものをぜーんぶ置いていきな。そして、歯を食い縛れ!」
駿はポケットから携帯と財布を取り出す。そして、バッグもその場に投げる。
「これで、いいだろ?さあ、千夏を放せ」
「騙されたな?お兄さん。てめえら、こいつを抑えろ!」
油断していた駿は後ろから取り押さえられる。そして、チンピラは笑いながら駿をひたすら蹴り続ける。
「いいサンドバッグじゃねえか!どうだ!騙された気持ちは!痛くてそんなこと言えねェだろ?」
駿は今さら気づいた。こうなったということは、駿が倒れれば、次は千夏の番だ。あれだけ傷つけられた千夏が、また痛め付けられる。もう、歩くことすら辛そうな彼女をこれ以上傷つけさせるわけにはいかない。
――大切なものを守るって誓ったのだから
「クソッタレぇぇぇぇ!」
体が軽くなった。駿を拘束していた二人を振り払い、腹に本気の蹴りを入れる。その場にチンピラ二人は倒れる。
駿は自分の腕を見る。すると、腕が青く光っていた。よく見れば、弱い電気が走っていた。
「こんなことして、ただで済むと思うなよ!!」
チンピラのボスが殴りかかる。何故だろう。それも遅く見える。その隙だらけの腹に正拳を叩き込む。
その場にそのチンピラは倒れた。意外と弱いものだ。最初からこうするべきだったのかもしれない。
「千夏、大丈夫か………」
駿はそれだけ言って、気を失った。