Episode 2.邂逅
駿、千夏、ヴィルの三人はやや急ぎ足でロビーに向かう。そこでは、不機嫌そうな赤毛の女性が腕を組み、待っていた。
女性は割りと背が高く、空のように澄み渡る瞳、そして、燃えるような赤い髪が特徴的な美人だった。
「………お待ちしておりました。ヴィル王子。そちらの二人が『異世界からの旅人』で間違いないのですね?」
「そうだ。………しばらく面倒を見てもらう。それが父の意向だろう?」
「ええ。その通りです。それでは、ごきげんよう。それから、二人はついてきてください」
赤毛の女性は城の出口へ向かっていく。二人はそのあとを追う。庭園を抜け、緩やかな坂道を下り、噴水の前までたどり着く。そこで、女性はようやく口を開く。
「自己紹介が遅れました。ミーティア・ゲルナス、バルクス国立学院にて、教師をしています。とはいえ、今は夏期休暇中ですが」
ミーティアは優しげに微笑む。教師と言うことは、場合によっては担任になる可能性があるということだ。あまり、悪い方向に目を付けられないよう、気を付けたい。
ミーティアは自己紹介を終え、駿たちに促す仕草をする。駿は小さくお辞儀をしてから、自己紹介をする。
「祇方駿です。よろしくお願いします。ゲルナスさん」
「できれば、ミーティアと読んでください。あまりゲルナスという名字は好きではないので」
何か事情でもあるのだろうか。でも、あまり深追いしないことにする。別に本人がそうしてほしいのだから、気にせず、その通りにするべきだろう。駿はそう考え、頷く。
千夏も駿に続き、自己紹介を始める。
「南谷千夏です。どうぞよろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
ミーティアは千夏に右手を差し出し、握手を交わす。なぜだろう。駿の時よりも対応がいい気がする。そんなに名字で呼ばれるのが嫌なのだろうか。
「そうですね………、こちらの世界について軽く話しておいた方が良さそうですね」
ミーティアはそう呟いてから、話を始める。
「まず、この国では、大きく分けて四つの階級があります。一つめは、管理者。簡単に言えば、政治的な部分を専門とする階級ですね。役人などはこの階級に当たる人が多いです」
「次に、能力者。俗に言う、超能力を扱える者、若しくは可能性が高い者ですね。ちなみに、能力には大まかに二つの種類、十の属性、七の系統によって区分されます。詳しい話は、あなた方が能力学科に入った場合、説明します」
「三つ目は、専業者。一つの事に特化した実力を持つ者です。例えば、芸術家などはこれに当たりますね」
「最後に、平凡民。要するに普通の人です」
「この四つがこのコルントの人々を区分する階級です。とはいっても、他の階級の仕事だって選択できますし、それで成功する人だっています。たとえば、能力者であっても、戦士になる必要はありません。学院では、個々の階級によって学科は違いますが、己の才能を見つめて、どう進むか、どう活かすかを考える。それだけは共通しています。……今までの話で何か質問は?」
これらの話を整理すると、四つの階級が存在し、それぞれに見合った学科はあるが、どんな仕事を選ぶかは自由であり、教育は自分の才能を見つめるためのものである。ということだ。
能力者は超能力を使える。できれば、駿も超能力を使いたい。超能力があれば、きっと、大切なものを守る助けになる。傷つけられるものを目の前にして、助けられる力になる。
「一つ、質問です。超能力というのは、具体的にどんなものですか?」
駿が聞くと、ミーティアは無言で目を瞑り、手を空にかざす。すると、街路樹の枝が一本折れ、こちらへ向かってくる。そして、ミーティアの手の中に収まった。
「加減はしましたが、こんな感じです。ちなみに、私の能力は『念動力』。直接触れずに、モノを動かしたりできます。詳しい原理は、あなた方どちらかの能力が『念動力』だったときに」
念動力なんて、存在し得ない。そう思っていた。でも、目の前で見せられたら、信じざるを得ない。こんなこともある世界なんだ、と信じなくてはならない。
千夏も、驚いたようで、目を丸くしていた。千夏はその動揺を隠しきれないまま、尋ねる。
「ちなみに、階級ってどうやって判断するんですか?」
「それは、入学の前の判別試験で分かります。それによって、入学する学科が決まります。………そろそろ、質問はいいですか?」
「「大丈夫です」」
偶然にも返事のタイミングが重なる。なんだか照れ臭い。それを聞いた、ミーティアはクスクスと笑いながら、
「仲がいいんですね」
そう言った。それにすぐに千夏は食らいつき、否定する。
「そんなことないですよ!」
なぜだろう。少し悲しい。そう思っていると、ミーティアはまた笑いながら言う。
「次は町を案内します。ついてきてください」
二人は頷き、再び歩き出すミーティアの後を追う。
多分、最初に来た大通りだろう。まっすぐ噴水から外壁の門まで続いている。相変わらず、人が多く賑わっている。
「ここがアクィラ通り。通称メインストリート。一番活気があって、大抵のものはここで揃います。恐らく、城へ行く途中に通ったとは思いますが」
「はい、確かに通りました。ところで、駿がお腹が空いたと言っています」
「ああ。確かに、昼はまだ食べてないな………。って!俺はそんなこと言ってないぞ!」
千夏の話に駿が突っ込むと、ミーティアは笑いを必死にこらえながら、手頃な店を指差して言う。
「わかりました。あそこのお店でお昼にしましょう。千夏さんはお腹が空いたみたいですから」
千夏はうつむき、恥ずかしそうに頬を染めている。そんなときに、少し間の抜けた音がする。腹の鳴る音だ。千夏はさらに恥ずかしそうに深くうつむく。
駿は思わず吹き出してしまう。千夏はそんな駿の爪先をローファーの踵で踏みつける。その際、かなり鋭い目でこちらを睨んでくる。駿は文句を言おうとした口を閉じる。
「遊んでいないで、こちらへ。大丈夫ですよ。奢りますから」
「遊んでないですよ!こいつが蹴ってきただけです!って、言ったそばから蹴るな!」
「………青春ですね」
「幼馴染みに蹴られるのが青春って、俺はどんだけ悲しい人間なんですか!?」
駿は痛む脛を抱えながら、店の方へ向かっていく。千夏は少し不安げにそれを見てから、先に進んでいく。心配しているのなら、最初から蹴らないでいただきたい。駿は切実に思う。
三人は店に入る。中は落ち着いた雰囲気の木造で、客足はそれなりだ。三人は少し奥の方の席に案内される。駿は千夏のとなりに腰を下ろす。ミーティアはその前に向き合うように座った。
千夏は席に着くなり、メニューに目を通す。余程空腹だったのだろう。
「えっと、私は、サンドウィッチで」
「いいですよ。遠慮しないで。お金のことなら気にしないでください」
「………それなら、ナポリタンで」
ナポリタンを見ると、この店では一番安いパスタだ。千夏はペペロンチーノが好きだったはずだが、遠慮したのだろうか。または、ナポリタンが食べたい気分だったのか。
駿はそんな無駄な考え事をやめ、メニューを見る。色々なものがあるが、基本はイタリアンだ。メニューを眺めていると、隅っこに気になる記述を見つける。
「辛さ100倍激辛パスタ 三十分以内に完食で、代金無料&景品プレゼント?よし、これにします」
「やめといた方がいいと思いますよ。なにしろ、完食したのはたったの一人らしいですから」
「だからこそ、やる価値があるんですよ。根性見せますよ」
正直なところ、『完食で無料』ということに惹かれただけだ。人に奢ってもらうのだから、できるだけその人への負担は軽くしたい。
ミーティアは一度ため息をしてから、店員を呼ぶ。
注文が済んでから、千夏が呆れた顔で、駿に話しかけてくる。
「もう注文しちゃったけど、ちゃんと食べきれるの?100倍よ、100倍」
「大丈夫だよ。こういうのは、大抵大袈裟なんだ。まあ、せいぜい90倍ってとこだろ…………、90倍?」
駿は後悔した。なぜ、あんな軽はずみに、考えただけで恐ろしいシロモノを頼んでしまったのだろう。血の気が引いていく。
「なあ、千夏。俺、無事完食したら結婚するんだ。だから、そのときは………」
「誰と?じゃなくて!何、死亡プラグ立ててんのよ!大体、辛いもの食べただけじゃ死なないわよ。多分」
「大丈夫だよな。よし、俺は出来る子、やれば出来る子なんだ………。やってやるよ。二人目の完食者になってやる………」
「その根性を別のところに活かしなさいよ!」
そうやって、下らない話をしているうちに、料理が運ばれてくる。ミーティアはミートドリア、千夏はナポリタンだ。どちらも美味しそうだ。
そして、駿の100倍激辛パスタが運ばれてくる。正直、食べられる気がしない。その真っ赤な麺、真っ赤なソースは見ただけでも汗が吹き出しそうだ。
「それでは、三十分チャレンジ、スタートです!」
店員の合図と同時に、一口目を口の中へと入れる。舌が焼けるように痛い。思わず、吐き出しそうになるが、強引に租借し、飲み込む。飲み込んだら飲み込んだで今度は喉が痛む。本当に辛いものは辛いのではなく痛いのだと聞いたことがあるが、どうやら本当らしい。
「大丈夫?ほら、水を飲んで!」
千夏がコップを差し出してくる。駿はそれを受け取り、口に流し込む。それでも、喉はヒリヒリと痛む。
それでも、自分で頼んだものだ。全力で食すのみだ。二口目を頬張る。またも強烈な痛みが押し寄せる。それを押し流すように、千夏が飲もうとしていた水を奪い取り、飲み干す。
「ちょっと!なに、人の水を………!か、間接キスなんて気にする年でもないか………」
「ごちゃごちゃ言ってないで!新しい!水を!頼む!」
時折噎せながら、三口目を口に入れようとする。しかし、フォークを持つ手が震えて、上手く入らない。汗もひっきりなしに流れ、目に入りそうになる。それでも、強引に押し込む。そして、千夏が準備していた水を一気に飲み干す。
「十分経過です!」
店員の声に駿は焦る。十分も経ったのに、まだ三口、割合にして五分の一程度しか減っていない。
このペースではどう考えても間に合わない。一口を大きくするのが一番手っ取り早い。そう思い、先程までよりも大きくパスタを巻き取る。そして、それを口に押し込む。それを、何度も繰り返し、そして、ようやく四分の一程度になったとき、店員の声が聞こえた。
「残り三十秒!」
「もう無理だから!無理しないでいいのよ?素直に諦めた方が!」
千夏の心配そうな声がした。周りの客の呆れるような声も聞こえた。駿は、残っている麺を見る。幸い、ソースは少ない。頼んだ以上、残すなんて失礼なことはしない。
「うおぉぉぉぉぉぉ!」
駿は残りを全て口の中へと掻き込む。とてつもない痛みが舌を痺れさせる。一噛み、パスタに練り込まれた辛味成分が舌の上で踊る。
「十秒前!」
二噛み、もう感覚が麻痺してきた。そして、飲み込む。喉がそれを押し戻そうとする。
「三!」
水をポットごと傾け、無理やり流していく。
「一!」
駿は、皿を勢いよく机に置き、かすれた声で叫ぶ。
「ごちそうさまでした!」
周りの客は歓声を上げ、千夏が隣の席から持ってきたポットを差し出して、微笑む。
「お疲れ。おめでとう、駿」
歓喜する駿の前に置かれた、賞品。それは、飲むヨーグルト。今の駿にとっては、最高の品だった。