Episode 19.焔と風
ダイアの放った氷の剣は、駿を切り裂かんと迫ってくる。避けなければ、大ダメージだ。駿は一層供給する電気の量を増やす。体は軽く、氷の剣は遅くなった。
その氷の剣の合間を塗って間合いを詰め、回し蹴りを放つ。しかし、その脚に残った感覚は、硬いものを壊すだけの感触だった。ダイアは、蹴りを食らう寸前、氷を作り出して、防御したのだ。
完全に攻撃失敗だ。隙が生まれた。距離をとらなくてはと焦るが、すでに手遅れだ。
「終わりだ」
巨大な氷の塊が峻の腹を抉るように当たる。衝撃を殺しきれず、駿は壁に弾き飛ばされる。しかし、ダイアは攻撃の手を緩めなかった。絶え間なく氷の剣が射出されていた。
このままでは負けてしまう。もうリングの光も弱くなってきている。となれば、一か八か賭けるしかない。
「させない!『電流式強化術・最大出力』!」
身体中をいまだかつてないほどの電流が駆け抜ける。そして、体も信じられないほど軽くなった。そのまま、ダイアのもとへ駆けていく。
幾重もの剣が、ゆっくりと動いて見える。それをすべて翻し、ダイアの懐へ潜り込んだ。
「はぁッ!」
駿が放った正拳がダイアを弾き飛ばした。しかし、ダイアは壁にぶつかり、隙が生まれることはなかった。壁に当たる衝撃を抑え、壁を蹴り、迫ってきた。
「『氷柱槍』!」
ダイアの手の中で氷の槍が作られる。この勢いだ、まともに食らえばひとたまりもない。駿は横に跳んで避けようとしたが、からだがうまく動かず、横に倒れ込むような形で回避した。
そのまま、起き上がるが、体がとてつもなく重い。どうやら、能力の使用限界が来たらしい。調子に乗って出力を上げすぎたからだろう。考えれば考えるほど馬鹿馬鹿しい。怒りに任せて、勝利宣言さえもして、それで、能力の電池切れで負けなんて、情けないにもほどがある。
こんなところで負けるなんて、ありえない、許せない。懲らしめてやるって決めたのに、それなのに、こんなことで負けてしまう。そんなことはあってはいけない。絶対に。
「さて、そろそろ終わりにしよう」
「何が……、終わりダッて?」
「この戦いは、貴様の敗北をもってして、終わる。それだけだ」
駿の胸の奥底に黒い感情が渦巻いた。こいつを、叩き潰してやりたい。こいつを、観客全員の前で恥さらしにしてやりたい。そういったことばかりが、浮かんできた。しまいにはまともな思考を失った。
「ハはハ………、笑えるネ。オレに勝てるっテ思ってルの?」
◆◆◆
千夏は通りすがったエマの話を聞き、地下の決闘場へ急いだ。駿のことだ。また無茶をするに決まっている。マークが分析したところ、駿にはとても勝てる相手じゃない。
決闘場の扉を開く。できるだけ客席の前の方に急ぐ。そして、下を見下ろして、驚愕した。駿は、ダイアと互角以上に戦っていた。
しばらく様子を見ていると、不意に駿の動きが鈍った。そのまま、地面に倒れ込んでしまった。
「おっと、駿。ついに倒れました!どうしたのでしょう」
「終わりだ。祇方」
ダイアの掲げた手の中にに巨大な氷の槍が作り出された。そして、その矛先は駿の方へ向けられていた。それを見たときには、千夏は客席から飛び降りていた。
いつだって、駿には助けられてきた。なのに、こちらからは何も出来ていない。だからこそ、今駿を救いたい。その思が千夏の奥底から力を呼び覚ました。
燃えたぎる炎のエネルギーだ。今なら、きっと、能力が使えるはずだ。千夏は氷の槍に手を向ける。そして、精一杯力を込めると、炎の塊が氷の槍に衝突し、爆発した。風が巻き起こり、千夏の長い髪を揺らす。
「南谷か………。邪魔をしないでもらいたい」
「残念ね。生憎、こっちも簡単にはどけないのよ」
「ならば、貴様からだ」
ダイアの背後に氷の剣が浮かび上がる。千夏も、手を前にかざし、いつでも炎を出せるように構える。氷の剣がすべて千夏へ向け、射出される。
ここで必要なのは爆発力のある火の玉ではない。炎の壁だ。あの氷を全て溶かしてしまえるような壁だ。それをイメージし、形にする。
氷の剣は炎の壁に阻まれ、千夏のもとへ到着する前に溶けて無くなった。しかし、千夏の体に異変が起こった。体が妙に重たい。体がふらつく。はじめて能力を使った反動だろうか。
「その様子、貴様、はじめて能力を使ったな?」
「………それが、どうしたって言うのよ」
「ふっ、そんな初心者が、俺に勝とうなんて、馬鹿げたことだ。そう思っただけだ」
ダイアが氷の槍を手の中に作り出し、千夏へ向ける。まずい。このままでは、やられてしまう。駿は、倒れてしまって、どうしようもない。誰でもいい。助けてほしい。見捨てないでほしい。駿のことを、千夏自身のことを。
「『鎌鼬』!」
空気の刃が千夏の横を通り抜け、ダイアの手の中の氷の槍を粉砕した。後ろを振り替えれば、エマが手を構えていた。どうやら、千夏の思いは届いたらしい。
隣には、マークもいて、マークが眼鏡を直しつつ、ダイアの能力について解説し始める。
「ダイアさんが使っているのは『寒冷操作』。冷気を操る能力です。どうやら、空気中の水を凍らせて槍や剣を作り、自在に扱うのが得意なようです」
「マーク。ちなみに私の能力は?」
「『発火能力』ですが、なぜか異様に燃費が悪いようです。なぜかは分かりませんが。能力は炎を生み出したり、操ったりすることです」
「わかった。それがわかれば十分。イメージさえ固められれば、技は出せるわ!」
千夏は手をダイアに向ける。そして、力を一点に集中させる。炎が溢れてしまいそうになる。しかし、それをなんとか押さえ込み、力を集めていく。
エマが、氷の剣を木っ端微塵に粉砕し、空に飛び上がった。チャンスは今だ。抑えていたエネルギーを解き放つ。一筋の炎は爆発し、ダイアを壁にまで吹き飛ばした。
身体中から力が抜ける。千夏は、その場に倒れた。辛うじて、戦況を見ることはできた。
「『風槌』!」
「『氷壁』!」
飛び上がったエマの手から空気がねじれ、衝撃となり、ダイアを襲う。ダイアはそれを巨大な氷の壁で防いだ。砕け散った氷の欠片が空を舞う。
エマが地面に着地したその瞬間、ダイアが地面に手をつく。すると、氷が地面を這い、エマの足を凍らせた。
「足が………」
「………どこまで、もつか見物だな『特待生』」
「エマさん!地面に『風槌』です!」
「『風槌』!」
マークに従い、エマが地面に『風槌』を放ち、飛び上がる。その際、枷となっていた氷は砕け散った。しかし、ダイアはその隙を狙い、氷の剣を飛ばした。
「『鎌鼬』をそれぞれの氷に一発ずつです!」
「『鎌鼬』!」
氷が空気の刃に切られ、空を舞う。しかし、ダイアは今度は槍を構えていた。
「『風槌』です!」
「『風槌』!」
空に舞う氷の破片を巻き込み、空気の渦がダイアへ向かう。氷の破片を利用し、『風槌』の攻撃力を上げたらしい。ダイアの槍が粉砕され、ダイアの体に氷の欠片が何本か刺さっていた。
「……仕方ない。これで終わりにしてやろう」
ダイアは手の中に槍を再び生成する。今度のものは、先程のものとは違う。集まってきている冷気の量が桁違いだ。
「逃げてください!あれをマトモに食らえば、ただじゃ済みません!」
「『風槌』!………あれ?」
エマの手からは『風槌』が出なかった。恐らく、『鎌鼬』もだろう。マークには攻撃手段はないはずだ。つまり、あれを防ぐ手段は残されていない。
「……そうか!エマさんの『空操能力』は、厳密には空気を操るのではなく、空気のエネルギーの流れを変える力……。低温下では、空気の運動エネルギーは低下して、技の発動に必要なだけのエネルギーを使うことができない!……なるほど。そういうことか」
「……マーク。つまり、空気が暖かければ、エマの能力は使える。そうよね?」
千夏は力を振り絞り、立ち上がる。少し倒れていた間に、エネルギーは回復したはずだ。あと一度くらいなら『発火能力』を使うことができる。
「正気ですか?!そんな無茶をできるような体じゃ………」
「今の状況じゃ、そんなこと言ってられないでしょ?………エマ!あなたに託すわ!」
千夏の今出せる最高の炎をエマの方へ投げる。その瞬間に、体の力が抜け、倒れそうになる。それをすかさずマークが支えた。
千夏の小さな炎を見たエマが跳び、腕を構えた。そして、その手の正面に炎が到達した。その瞬間に、エマの掌で風が唸る。
「『風槌』!」
「「『接続・ 焔ノ風槌』!」」
炎の渦がとてつもない勢いで、それこそ、嵐のような強さでダイアを襲った。
「チッ、間に合わない!」
ダイアを呑み込んだ炎の渦が爆発し、その奥からダイアが歩いてくる。リングがあるため、強力なダメージを受けても無害化出来るのだ。
「俺が、負けた………。ふっ、だが、貴様らにはもう戦えるだけの力はない!さて、借りは返させてもらおう……」
ダイアの腕を見ると、リングが光を失っていた。あのダメージで一気にライフを削ったのだろう。逆に言えば、リングが効果を失ったが、まだ向こうは無傷、しかも強力な能力を持っている。
エマもそろそろ体力の限界が近いように見える。
ダイアが再び冷気を集める。そして、またも六つの氷の剣が浮かび上がった。もうだめだ。そう思ったとき、六つの氷の剣が粉々に砕け散った。
「ダイア君、少々やりすぎですよ?話はシエラさんから伺いました。この度のあなたの所業、許されることではありませんよ」
「ミーティアさん………」
「今は『先生』ですよ。千夏さん」
ミーティアは、千夏に優しげな笑みを浮かべた。助かった。あの絶望的な状況からだ。それにしても、ミーティアの念動力、とてつもない威力だ。まさか、一瞬にしてあの氷を全て粉々に破壊するなんて、桁違いだ。
「………これだから雑魚の相手は嫌だったんだ」
「誰が、雑魚だって?」
倒れていた駿がゆっくりと立ち上がる。その目はどこか威圧感を感じさせた。体はもう限界のはずだ。それでも、駿は続ける。
「もし、俺のことをいってるのならまだいい。でも、エマたちのことを言ってるのなら、今すぐ正せよ。負け犬が………」
「負け犬は貴様の方だ。祇方」
「どうかな………」
それだけ呟いて、駿は再び倒れた。エマが駿に駆け寄る。ダイアはそれを冷たく横目で見ていた。
「皆さんは、駿くんを保健室に、私はダイア君と話をします」
「わかりました」
エマは駿を背負い、歩こうとするが、どこか足下がおぼつかない。エマには重いのだろうか。
「マーク。代わってあげたら?」
「いえ、僕に駿さんを背負うのはキツいですよ」
「力が無いのね」
「はい」
なんとか扉の前まで来ると、そこにトムとミシェルが走ってきた。トムは息切れひとつしていないが、ミシェルは息が荒くなっている。
「何があったんだ?いったい」
「………詳しい話はあとです。それより、トムさんエマさんの代わりに駿さんを保健室に。お願いできますか?」
「もちろんだぜ。女の子に力仕事させるのもわりぃしな」
トムがエマの背中から駿を下ろし、自分で背負う。そして、体から淡い緑色の光を放ちながら走っていった。その動きは先程駿を背負っていたエマとは比べ物にならないほどだった。
千夏たちも遅れて保健室へ向かった。千夏もエマも体力をかなり消耗していたので、時間がかかってしまった。
保健室に到着し、その扉を開く。保健室の設備自体は元の世界のものと、そんなに変わりなく見える。ただ、見たことのない草が棚に入っているくらいだ。
「こんにーちは」
「「「きゃぁぁぁ!」」」
話しかけられ、その声の方を向くとそこには、包帯でぐるぐる巻きになったミイラのように見える女性がいた。そのホラーな外見にマーク以外の三人は悲鳴をあげた。
「どうもー、私が保健室のシエラさんですー。よろしくお願いしーます」
「えっ?あなたが、保健室の先生………」
「失礼でーすね。この白衣が目に入りーませんか?」
「そこなのか………」
包帯のインパクトが強すぎて白衣が目に写らなかったのは事実だ。しかし、なぜこんなに包帯でぐるぐる巻きなのかは、あえて追求しないことにした。
しかし、先程からマークはポーカーフェイスだ。どうしたのだろうか。
エマが同じことを考えたのか、顔の前で手を降るが、マークの反応はない。痺れを切らしたエマが額を軽く突っつくと、マークはそのまま後ろに倒れた。
「目を開けたまま、気絶しているぞ。こやつ」
ミシェルがあきれたように呟いた。よほど怖かったのだろうか。しかし、意外だ。ダイアとの戦いの最中は少し頼もしくさえ見えたのに、情けない。
「どうしたんでしょうねー」
いや、あんたのせいでしょ。千夏は心の中でそうツッコミを入れた。
《プロフィール》
【名前】 ミシェル・エルモス
【性別】 女性
【年齢】 15歳
【身長】 138㎝
【体重】 36㎏
【好きなもの】 読書、占い
【嫌いなもの】 からかわれること
【性格】 基本的に冷静だが短気
【備考】 時折毒舌な一面を発揮する




