Episode 1.光の先
駿は隣で千夏が自分と同じように倒れていることに気づいた。とりあえず、どこかへ移動してしまったのは確かだと思うが、やはり、千夏の知恵が借りたいし、心配だ。
「おい、大丈夫か?」
千夏の肩を揺する。千夏はやや辛そうに起き上がる。そして、辺りを見渡す。
「何が、起きたの?ここは…………?」
千夏はひどく動揺している。ここで、自分まで動揺を顕にすれば、千夏の動揺は強くなってしまう。駿はあくまで冷静を保つ。
「わからない。ただ、図書館ではないことは確かだな」
「ねぇ、あれ見てよ。本が、燃えてる………」
千夏が指差した方に視線を移す。そこには、燃え尽きていく本があった。恐らく、光を放ったあの本だ。何か、手がかりがあるのではないか。そう期待したが、その本はすぐに燃え尽き、灰になって風に流されていった。
「そ、そうだ!とりあえず、GPS機能を使えば、ここがどこだか分かるかもしれない!」
千夏がポケットから携帯を取り出す。しかし、電源を付け、画面が出るころ、千夏の顔から血の気が引いていくのを見てとれた。
「圏………外?嘘でしょ?どこなのよ!ここ!」
「落ち着け!とりあえず、手がかりを探そう。あそこに町が見える。きっと何か分かるはずだ!」
千夏が軽いパニックに陥っている。駿は自分の中の不安を押し退け、朧気に見えるその町に向けて、千夏の手を引き、歩く。
「帰れなくなったらどうしよう………。嫌だ、そんなのは……」
「安心しろ。きっと帰れる。ここはどっかの草原だ。どっかの離島なんだ。文明もあるし、なんとかなる!」
駿は自分に言い聞かせるように、千夏に語りかける。手を握る強さが自然に強くなっている。だめだ。千夏の余計な不安を煽っては。落ち着かなくちゃいけない。
「門があるな。どこかの国境なのか?」
「……………」
門のところには、兵士とおぼしき人影が見える。武器こそは持っている。西洋風の剣だ。ただ、防具はほとんどなく、随分と身軽な服装だ。
兵士は二人だ。どちらも顔付きからすると、日本人ではなさそうだ。駿は英語は苦手だが、千夏に任せるわけにもいかない。一か八か、日本語で話しかける。
「こちらの町はどこですか?」
「………コルント王国、首都バルクスだ。君らは、何者だ。返答によっては通すわけにはいかない」
日本語は通じたが、コルント王国、バルクス。知らない地名だ。ただ、他にどうすることもできない。ここは、バルクスの町で手がかりを探すのが一番良さそうだ。
「自分は祇方駿と申します。そして、こちらが南谷千夏。共に日本の学生です」
「ニホンの学生?ニホンって…………?」
兵士の一人が首をかしげる。言葉は通じるのに、日本を知らないのか。珍しいこともあるものだ。
「ニホンって言えば『異世界からの旅人』の出身地と言われる伝説の大地!つまり、彼らは『異世界からの旅人』ということでは?」
「そうか!なるほど。よし、通ってもいいぞ。『異世界からの旅人』とあれば、王への謁見も忘れずにな」
「ありがとうございます!」
門が開かれる。顔色の悪い千夏の手を引き、町の中へと入る。町は、中世ヨーロッパに少し近代的な雰囲気を足した感じだ。
「千夏。とりあえず、護衛の人が言っていたように、王宮へ行ってみよう。取り合ってくれるかはわからないけど、行ってみる価値はある」
「なんで………、なんで、そんなに平常心を保っていられるの?こんな状況で」
「俺だって、そりゃ、不安だよ。でも、お前がそんなに怯えてるんだ。だったら、俺がしっかりしなくちゃな。これ以上ビビらせる訳にもいか……、イテッ!何すんだ!」
千夏が駿の脛を蹴り付ける。駿は痛みで、思わず涙が出そうになる。
「余計なお世話よ!自分の心配をしなさいよ、バカ」
心なしか、千夏の頬が少し火照って見えたが、気のせいだろう。痛い目には遭ったが、少しでも不安を取り除けたなら十分だ。
「とにかく、あんたの言う通り、王宮に行ってみましょう。それと………、悪かったわね。余計な心配かけて」
「気にすんな。イマイチ何が起きてんのかわかんないし、仕方ないよ」
二人は町を真っ直ぐ歩いていく。町には屋台や、少し洒落た店、おんぼろな雑貨屋など、様々なものがあった。大抵の店はそれなりに賑わっているので、それなりに人口は多いのだろう。
しばらく進んでいくと、大きな噴水が見える。待ち合わせには最適だろう。実際に待ち合わせていたらしき、二人が合流していた。見える範囲ではこの町の治安は悪くない。
噴水の先に大きな城が見える。あれが王宮と見て間違いないだろう。日本式の城ではなく、西洋の城に限りなく近い。
「あれが、王宮?思ったよりもしっかりとしたお城ね」
「そうだな。多分、ここを真っ直ぐ進めば着くだろ。もう少しだ」
噴水を背にし、さらに進んでいく。ここまで来ると、少し市民らしき人は少なくなってくる。やがて豪奢な城の全貌が見えてくる。国旗とおぼしき旗がなびき、白く美しい壁が太陽の光を美しく反射している。さらに、その目前に見事な庭園が広がる。
「綺麗な庭園ね。よく手入れが行き届いてる」
千夏は目の前に広がる庭園を眺め、目を輝かせている。そんな美しい庭園を眺めつつ、城の扉の前へと歩み出る。もちろん、護衛の兵士と思われる人はいたが。
「祇方駿と南谷千夏だな?話は聞いている。通れ」
「ありがとうございます」
駿と千夏は軽くお辞儀をし、開かれた扉の奥へ入っていく。城の内部は、シャンデリアが吊るされ、城内を光で彩っていた。城内を眺めていると、育ちの良さそうな青年がこちらへ向かい、走ってくる。
「………王への謁見だな。着いて来い」
二人は頷き、青年の後に続く。階段を登り、厳重そうな扉が開かれる。そこには、いくつもの銅像や肖像画が、飾られていた。
「ここにある肖像画は、歴代の王ですか?」
千夏が、並んでいる肖像を見渡しながら、青年に聞く。青年は落ち着いた様子で答える。
「その通りだ。ここはコルント王国を代々統治してきた王の肖像画が並んでいる」
「ちなみに、コルント王国はどれくらい続いているんですか?」
「大体千年くらいだろう。君たちのような『異世界からの旅人』にもよく助けられてきた。だから、こうして君たちは王に謁見することができる。学生の身分でありながらも」
話を聞く限り、他にも『異世界からの旅人』が存在したということだ。だったら、その人に話を聞けば何か分かるかもしれない。
「ちなみに、『異世界からの旅人』って何ですか?」
千夏が訊ねると、青年は呆れたように溜め息をついてから、
「自分達のことなのに知らないのか………。詳しいことはイマイチわからないが、こちらの世界に無い国の者達だ。様々な技術を持っているから重宝されるんだ。あとは、強い『秘力』を持っていたりとかな」
そう呟くような少し小さな声で言う。『秘力』という言葉が出てきたが、聞いたことの無い物だ。恐らく、『秘めたる力』と書いて『秘力』なのだから、超能力の類いと考えるのが自然だ。
駿がそんなことを考えていると、また大きく、頑丈そうな扉が目の前にあった。青年はその扉を迷いなく開く。ギシギシと古めかしい音がする。
「ヴィル。扉を開けるときはノックをしろと言っているはずだが?」
「すみません。父上。不敬をお詫び申し上げます」
青年が、王らしき髭が濃く、彫りが深い強面の初老の前に跪く。青年ヴィルは王を父と呼んだ。つまり、彼は王子ということになる。しかし、王との謁見という重大な場面だ。ポーカーフェイスを心掛ける。
「うむ。そして、そこの若い二人だ。お主らが『異世界からの旅人』ということで間違いないな?」
「はい。自分は祇方駿と申します。そして、こちらが南谷千夏」
「南谷千夏と申します」
王は何かを側の兵士に聞く。そして、小さく唸る。顔を上げ、こちらを大きくぎょろりと開いた瞳で駿を見る。そして、口を開く。
「どうやってこの世界へ来た。やはり書か?」
「はい。しかしながら、それは燃え尽き、灰になってしまいました」
「やはりか………。まあよい。お主らは学生だったな」
「はい、その通りでございます」
駿は自分の言葉に少し違和感を覚えた。しかし、王は厳つい顔をほんの少し綻ばせ、言う。
「ならば、バルクスの国立学院で学ぶがいい。こちらから許可は出そう」
「ちょっと待ってください!帰る手段は無いんですか?俺たちはずっと帰れないんですか?」
「………今のところはな。帰った者もいるにはいるが、それも伝説だ。帰る手段は無いと考えてもいい」
「そんな…………」
千夏は少し辛そうだったが、なんとか平静を保っていた。だったら、自分だって受け入れるしかない。駿はそう思った。
「ヴィル。彼らをミーティア・ゲルナスに引き渡せ」
「了解いたしました。…………行くぞ」
駿は扉を開くヴィル王子に続くように後を追う。千夏もそれに並ぶ。扉が閉まり、鈍重な音が廊下に響く。
そんな扉を背に、三人は歩く。千夏が小さく、消えそうな声で訊ねる。
「新学期は普通、四月からですよね?つまり、転入ということですか?」
「何を言っている。始業は七月末だ。そちらの世界では四月かもしれないが、こちらでは七月末だ」
駿は漠然と、王が語った情報を整理する。まず、今のところはもとの世界に帰ることは不可能ということだ。ただし、伝説のようなものとはいえ、帰った人間も存在したらしい。
そして、少なくとも帰るまでの間、こちらの学校に通うことが出来るよう、手配してもらえるらしい。世界を越えてまで勉強をしなければならないと思うと、少し憂鬱だが、新しい友人との出会いは楽しみだ。
「そうだ。君たちも学院に入学するのなら、会って欲しい人間がいる。ついてこい」
長い廊下を抜け、二階の広間に出てからヴィルがそう言い、広間の右辺りから続く廊下へ歩いていく。二人もそれについていく。
「ここだ。入るぞ」
そう言って、ヴィル王子は廊下を入って五番目の部屋を開く。その先には髪が長く、品の良さそうな少女……というには幾分背の高い女性が座っていた。見た感じ、背丈は駿と同じくらいだろうか。
「ヴィル王子ですか?私に何かご用ですか?」
「ラズリ、君の同級生となる二人を連れてきた」
ヴィル王子が言うと、ラズリは優しげな微笑みを浮かべ、こちらへ小さく礼をする。お辞儀ではなく、海外でやるような、長いスカートの裾を持ち上げ、一礼するものだ。
「ラズリ・シャルロット・アレフ・ピスラと申します。どうぞよろしくお願いします」
「俺は祇方駿。そして、こっちが南谷千夏だ。好きに呼んでくれ」
「よろしくね。ラズリ」
こうして、軽い自己紹介も済ませ、四人は小一時間ほど下らない話から、真面目な話まで、話し込んだ。そして、駿は帰る方法がわからない以上は、こちらの世界での生活を楽しもう。そう、思った。