Episode 15.ルームメイト
「やっと終わった………。もう、そろそろ門限か」
駿は汗を拭い、公園の時計を見上げた。ようやくボロボロになった公園の広場を直していたら、気づけばとっくに六時を回っていた。門限は七時なので、まあ、間に合うだろうが、あまり時間はなかった。
「もう帰ろうか」
「ああ、そうだな」
野球をしたメンバー全員でぞろぞろと並んで帰る。その様子はいつかの日本史の授業で習った大名行列を彷彿させるまでではないが、小規模なものと考えれば、そうだと言えるのだろう。
学院に到着し、各自部屋へと戻る。駿は部屋に着いて、すぐに水道からコップ一杯の水を汲み、飲み干す。
「………なあ、トム。俺の思った以上に、超能力って、すごいんだな」
「どうしたんだ?急に」
「今日の野球で改めてわかったよ。同学年のみんなは個性豊かな能力を持っていた。なのに、俺の能力は雷系の癖に1㎝も放電できない。使いすぎれば倒れる。そんなポンコツだ」
「いや、今日はガンガン使っても平気だっただろ」
トムはそう言うが、ずっと使ってたわけではない。ちょっとずつ休めながら使っていた。だから、なんとか持ちこたえている。そんな状況だった。
「違うんだ。単に休み休みに使ってただけなんだ。それだけじゃない。判別試験の時だって、全然ダメだった。その前だって、負けた。俺は何度も何度も負けた。一ヶ月も経ってないのに」
「まあ、いいんじゃねえの?こっから強くなんだろ?」
「もし、元の世界に戻れないのなら、俺はどこまでだって高みを目指すつもりだよ。少なくともこっちにいる間は、強くなりたい!」
「なるほど。熱いじゃねえか。互いに頑張ろうぜ!」
「おう!」
二人はがっちりと握手を交わす。そう、大切なものを守るなら、どこまでだって強くならなくてはならない。弱ければ何も守れない。現実を知った今はただ高みを目指すのみだ。
「そうと決まったら腹ごしらえといこうじゃないか。食堂へ行こうぜ」
「おう。結構動いて腹減ったしな」
駿とトムの二人は廊下に出る。そして、食堂へと向かった。食堂は寮と校舎の間にある。まだ明るい夕焼けが差し込むガラス張りの廊下を歩いていると、後ろから右肩を叩かれる。今朝のエマのイタズラに引っ掛かってしまったので、警戒する。叩いている方の手にしかこのイタズラは仕掛けられない。駿はそう思い、反対側を振り向くと、今朝と同じように頬に指が突き刺さった。
「エマ、待ち伏せだなんて卑怯じゃないか!」
「引っ掛かる方が悪いんだよー」
「くそっ、なんてこった………」
ため息をつき、再び歩き出す。しばらく歩いて、もう目の前に食堂が見えた辺りで、また肩を叩かれる。こんなイタズラはもううんざりだ。駿はあえて無視する。すると、駿の肩を叩いている人物は肩を強く揺すってきた。さすがに我慢ならず、振り返れば、そこにいたのは時計を見てもらったロバートだった。
「肩を叩いても振り返りすらしないなんて、機嫌が悪いのかい?」
「いえ、そういう訳じゃ………」
「まあ、いい。君の時計のことだが、僕には直すことはできなかったよ。だけど、落胆しないでほしい。僕の師匠にお願いして直していただいている。師匠の腕は確かだよ。きっと明日には直る」
駿は直すことができなかったと聞き、落胆したが、まだ可能性はあると知り、少し安堵した。
「そうですか。あと、さっきはなんか無愛想でごめんなさい。ちょっとタチの悪いイタズラに遭ったもので」
駿はエマの方をちらりと見る。エマは視線に気づくと目を逸らす。その様子を見たロバートは笑う。
「なるほど。………じゃあね。ちなみに、今日のメニュー、ビーフシチューは終了だよ」
ロバートは去っていった。駿たちは食堂のメニューを見る。ビーフシチューは品切で、残っているのは、メンチカツ定食、味噌ラーメン、オムライスだ。
三人がメニューを眺めていると、またも駿の肩を叩く者がいた。駿が普通に振り返るとその頬に人差し指がまたもや突き刺さった。今度の犯人はイシュだ。
「イシュか………、なんか、こう何回もやられるとさすがに飽きてくるよ………。いや、その前にこんなイタズラを何回もしないでくれ」
「あはは、引っ掛かんなきゃいいだけの話じゃないか。駿くんが単純なのも悪いよ」
「くっ、否定できない…………」
イシュはイタズラっぽく笑う。なんだか憎めないし、そもそも、駿が単純なのもあながち間違ってはいないので、否定もできない。
「ところでさ、キミたちは何を頼むの?」
「そうだなぁ。俺はラーメンにするぜ」
「あたしは、オムライスにしようかなぁ」
「俺は………、オムライスかな」
オムライスといえば、千夏の作るオムライスは大変美味だった。ふわふわの卵とほんのり甘いチキンライスの絶妙なハーモニーが癖になる。
思い出しただけで涎が溢れ出してくる。千夏は本当に料理上手だ。それを越えないにしろ、越えるにしろ、ここの食事には一定の期待はしても良さそうだ。席に着いてすでに食べている生徒はみな美味しそうに食事をしている。
「そっか。じゃあ、メンチカツにしようかな」
「よし、頼むものも決まったし、並ぼう」
駿たちはそれぞれの列へ並ぶ。駿はエマと一緒の列だ。思ったよりも混雑していて、しばらく待つことになりそうだ。
「そう言えば、エマの村ってどんなところなんだ?」
「えっ?うーんとねぇ、色んな果物の果樹園があって………、例えば、ブドウとか」
「他には何かあるのか?」
駿はエマと初めて会ったときに、山奥の村の出身であることを聞いていたので、詳しく聞いてみることにした。山奥というのだから、きっと自然が多く、水も透き通り、空気も澄んでいる。そんなイメージだ。きっとそこで育つ果物は美味しいのだろう。
「あとはね、子供は立ち入り禁止になってた林があって、そこでカモミールと会ったんだよ」
「カモミールって、エマのドラゴン友達か」
「そうそう。たしか、超巨大猪用のトラップに引っ掛かったところを助けてあげたっけなぁ………」
超巨大豬など、ツッコミたいところもあるが、あえて気にしないことを決めた。しかし、そんな経緯で二人(一人と一頭)が出会っていたとは。
「それでね、あとで林に入ったことがバレてお父さんやお母さんにスッゴく怒られて、泣いてたときにカモミールが励ましてくれたんだぁ。そんときのカモミールったら『助けられたのだ。借りは返そう。いつだって私は君が呼べば駆けつけるだろう』だなんて言うんだよ?正直ビックリしたよ」
「そ、そうなのか……。そんないいやつっぽいドラゴンに俺は嫌われているのか………」
「別にカモミールだって、悪気がある訳じゃないと思うよ?駿くんは、悪い人じゃないし、その、たまたまじゃないかな?」
「それはそれでタチが悪いよ………」
ドラゴンはエマの話を聞く限り、知能の高い動物だ。そして、人の言葉を理解することもできる。そんなドラゴンは駿にだけ露骨な嫌悪を示した。千夏やイシュに対しては社交的であったにも関わらずだ。まさか、属性が関係しているのだろうか。
「うーん、何でだろうね。カモミールが嫌がった人なんて、あとはお父さんぐらいなのに………」
「え、そうなのか?お父さんと俺の共通点ってなんか無いのか?原因がわかるかもしれない」
駿が言うとエマは少し首をかしげてから、笑顔で、
「二人とも優しいよ!あとは、身長が同じくらいかな」
そう言った。『優しい』と褒められて、正直嬉しかった。駿は、思わず照れる。だが、身長が同じくらいと言うが、さすがにその背丈をピンポイントで嫌うなんてことは考えづらい。しかも、人間よりも大きいドラゴンだ。人間の身長なんていちいち気にする必用もないはずだ。
「嫌われる要因ではなさそうだなぁ」
「悪いところの共通点なんて思い付かないよぅ」
「そっか。でも、大丈夫か。カモミールと毎日のように会うわけでもないし。しょうがないよな」
「そうだね。でも、あたしは二人が仲良くなってくれた方が嬉しいかなぁ。なぁんてね!」
エマはにっこりと微笑む。その笑顔に駿は少しドキッとした。何気ない仕草がとても可愛らしく見えた。日頃近くにいる千夏があまりそういった表情や仕草を見せなかったからかもしれない。
「あれ?駿くん、どうかしたの?」
「いや、何でもない何でもない。そうだ。そろそろ俺たちの順番だな」
気づけば前は一人になっていた。案外回転が早いようだ。前の生徒がオムライスの乗ったトレイを受けとり、移動した。
「先いいぞ」
「えっ、ほんと?ありがとう!」
「あ、ああ。どういたしまして」
駿はエマに先を譲った。エマは喜んで駿の前に出て、食券を食堂の職員に渡した。しかし、食堂のおばさんは手招きをした。よく考えてみれば、食券は二、三人くらい渡しておいた方が回転は良くなる。
駿は食券を渡した。それを受けとると、おばさんは駿に耳打ちをする。
「あの女の子とは付き合ってるのかね?」
「えっ?いや、そんなことはないですよ。はい」
「冗談さ。大体、今日が入学式なのにそんなことそうそうないぞい。顔を真っ赤にして、お前さん結構ウブだねぇ」
「よ、余計なお世話ですよ!」
駿は少し疲れながらも、オムライスを受けとる。ついでにコーンスープも付いている。駿は食器を取り、みんながいる机を探す。
「おーい、こっちこっち!」
左の方でイシュの声がした。そちらを見ると、イシュが手を振っている。隣にはエマ、向かい側にトムが座っていた。駿はそちらに向かい、トムのとなりに腰を下ろす。
「いただきます」
駿はスープから一口すする。しっかりとコーンの甘味が活かされていて美味しい。駿が食べ始めたとき、エマが不思議そうに首をかしげて、
「あれ、駿くん、さっきなんか言われてなかった?」
「えっ!?」
駿は思わず間の抜けた声を出す。たしかに、言われたが、さすがに『エマと付き合っているのかを聞かれたよ』なんて言えない。なにしろ本人の目の前だ、気まずいことこの上ない。
「ああ、それはだな………、食べ盛りなのにそんな量でいいのかってことだ」
「なるほどねぇ」
「まあ、たしかに特盛にしてもよかったのにな」
トムがラーメンのチャーシューをかじってから言った。エマも少し呟いてからすぐに、食べる方に意識を向けた。どうやら、ごまかすことはできたらしい。駿は安心し、オムライスを一口、口の中へと運ぶ。
卵は少しトロリとしていて、千夏のものとはまた違う美味しさを醸していた。しばらく食事を続けていると、千夏とミシェル、それからマークの三人が席を探しているのが見えた。
「おーい、こっちだぞ!」
駿が声をかけると、三人はこちらに気づき、歩いてきた。そして、席に座る。
「あれ?イシュさん、ラズリさんは一緒じゃないんですか?」
「ああ、ラズリなら『少し用事がありますので、お先にどうぞ』ってね。待ってようとも思ったけど、お腹も空いてたし、お言葉に甘えさせてもらったよ。ん、あれ?何でキミがボクとラズリが相部屋なのを知ってるの?」
「時間があったので、とりあえずクラスメイトの部屋と学校の構造をすべて頭の中に入れましたので」
「え、ウソ?!スゴいなぁ」
イシュが感嘆の声を漏らす。たしかに、能力が分析系とはいあ、純粋にすごい。そして、しばらく食べ進めていくと、ミシェルが立ち上がり、
「わらわはもう食えん。我が下僕たるトム、食うか?」
「遠慮するぜ。エマ、いるか?」
「えっ、いいの?やったぁ!」
「まだ食うのか!?」
エマはもう食べ終わっていた。たしか、特盛だったのにも関わらずだ。そのうえ、ミシェルが残したオムライスまで食べるとは、とんでもない食いしん坊だ。
その後、食事を終え、一旦部屋に戻る。そして、大浴場へ移動して、風呂に入ったあと、もう一度部屋に帰ってきた。
「ふぅ、もう九時か……」
「そうだな。よし、暇だし、娯楽室にでも行こうぜ。10時前までなら空いてるはずだぞ」
「そうだな。だけど、風呂入ったあとだし、あんまり汗をかかないようなのにしてくれ」
「おう、任しとけって!」
二人は娯楽室に着く。何人かの生徒が娯楽に興じていた。ある者はダーツを、ある者はチェスを、ある者はビリヤードを、そして、誰もいないが、すごろくもあった。
「チェックメイトです」
「うむぅ、ダメだ、逃げ場がない」
「ミシェルさん、中々でしたよ」
チェスをしていたのはミシェルとマークだった。結果はマークの勝利だ。
「あら、駿。あんたも暇なのね。ちょうど二人の勝負も終わったし、空いてるすごろくでもやらない?」
「ああ、いいけど。トムは?」
「もちろんやるぜ」
しばらくみんなですごろくに興じたあと、部屋に戻った。駿はその頃には眠気に勝てなくなってきていた。それはトムも同じらしく、少し早いが寝ることにした。電気を消す。何だかんだで、完全に電気を消して寝るのは久しぶりかもしれない。昨日までは千夏が同じ部屋で寝ていたので、ライトを付けていた。
「おやすみ、駿」
「ああ」
駿はまぶたを閉じて間もなく眠りへと落ちていった。




