Episode 14.公園の熱戦
千夏が連れてきた男は背が高く、金色の髪を持っていた。恐らく、三年生だろう。
「君が祇方駿君ってことで、いいんだね?」
「はい。あなたは?」
「僕は専業科のロバートだ。よろしく」
「はい、こちらこそ」
駿は差し出された手を握る。細くて、白い手だった。
千夏が痺れを切らしたように咳払いをする。そして、
「ロバート先輩は偶然にも時計工の専科だから、駿の時計を直せるかもしれないわ。お願いしてみたら?」
「何を言うんだい?『幼馴染みの時計が壊れたから直して欲しい』って言ってきたのは君じゃないか」
「………っ!そ、そうでしたっけ?あはははは………」
「俺のために………。ありがとう、千夏。そして、ロバート先輩。これが、例の時計です」
駿は胸ポケットから壊れた懐中時計を取り出し、渡す。ロバートはそれをしばらく眺めてから、唸る。
「直りそうですか?」
「不可能じゃないな。だけど、こんだけ派手に壊れてると、時間がかかる。駿君、これを預かっても構わないかな?」
「…………どうぞ」
駿は大切なものを他人の手に預けることに若干躊躇したが、直すためにはこれしかないのだ。つまり、ロバートを信じることくらいしか出来ない。駿からすれば完全に専門外の世界だからだ。
ロバートは駿から時計を受け取り、去っていった。
「ところで、駿は何でこっちの部屋にいるのかしら」
「ちょっと挨拶にな」
「そう。まあ、いいわ。ところで、駿。………ちょっと、買い物に付き合ってくれない?ほら、明々後日のオリエンテーリング、色々足りないものがあるでしょ?」
「ああ、そうだっけな」
確か、服に関してはジャージが至急されるため問題はなかった。必要なものは、懐中電灯と、双眼鏡。それから、動きやすい靴だったはずだ。
だが、駿はこの国の金を全く持っていない。つまり、なにも買えない。
「あのさ、千夏。俺、金がないから」
「それなら心配無用よ。はい、駿の分」
「どうしたんだよ。こんなお金」
千夏から渡されたのは茶封筒だった。なかを見てみれば、金貨が30枚入っていた。金か一枚辺り大体1000円なので、30000円だ。しかし、どこからこの金は出てきたのだろう。ミーティアにまた迷惑をかけているのだろうか。
しかし、千夏はクスリと笑って、
「大丈夫よ。さすがに先生からのお小遣いじゃないわ」
「じゃあ、なんだと言うのだ?」
「ミシェル、これは国からの補助金なの。何しろ、『異世界の旅人』は、条件を満たせば補助金がもらえるらしいのよ」
「ああ、たしか、学生である場合か、特殊な技術を伝えた場合だったな」
「正解!というわけで、良いわね。駿?」
「そうだな。よし、トムやエマも誘おう。ミシェルはどうする?」
「………わらわはいい」
ミシェルは、ぼそりと呟いてから、ベッドの上に置いてあった本を手に取る。どうやら、本当に行かないようだ。
千夏はと言うと、何故か微妙な表情をしていた。ミシェルとも一緒に行きたかったのだろう。
トムとエマを誘い、駿たちは町に出た。今日は日差しがキツい。しかし、日本の夏とは異なり、湿度があまり高くないので、カラッとした暑さだ。ジメジメしていないので、まあまあ過ごしやすい。
まず、入ったのは雑貨店だ。ここなら、懐中電灯と双眼鏡は手に入るだろう。店の内部は、ゴチャゴチャしているという印象は受けるが、様々な品物が並んでいた。少し不気味な人形や、あまり美味しくなさそうなお菓子、その他諸々だ。
「よし、この懐中電灯が良さそうだな」
「そうね。………あら。あの二人はどこに行っちゃったのかしら?」
「あれ?おっかしいなぁ。さっきまで一緒にいたはずなんだけど…………」
駿がなんとなく振り向いたそのとき、不気味な仮面と目が合った。しかも、その後ろにはもう一人の仮面が除いていた。駿は思わず悲鳴をあげた。
「うわぁぁぁぁっ!」
「ぶっ!ひゃひゃひゃひゃ!なんだよそのリアクション!ビビりすぎだぜ!あひゃひゃひゃひゃ!」
仮面の二人がその不気味な仮面をはずす。二人はやはり、トムとエマだった。しかし、どこから持ってきたんだろう。そんな奇妙なデザインの仮面まで置いてあるのか。この店は。
トムが爆笑しているのに比べて、エマは少しばつの悪そうな顔をしている。ちなみに、千夏は開いた口が塞がらないといった、様子だ。
「ビックリしたぞ………。なんだよ、そのお面。すごく不気味なんだけど」
「いやぁ、なにしろ古代文明のアレをモチーフにしてるらしくてな。ちょっとお前らに見てもらおうと思って、着けてきてみたら………、ぶっ!」
「くそっ!笑うな!」
トムはまたも吹き出す。これには、あそこまで驚いた駿にも悪いところはあるが、それにしたって、そんなに笑うことはないのに。
駿は辺りを見渡す。しかし、仕返しできそうなものは見つからなかった。
「やれやれ………。懐中電灯はここに良さそうなのがあったから、これにして、次は双眼鏡を見に行きましょ」
「そうだね」
四人は今度は全員で、双眼鏡のコーナーを見る。駿はいくつかある中から、ひとつを手にとって覗いてみる。しっかり遠くまで見えるし、まあまあ安い。駿はそれにすることにした。
「うーん、あんまり見えないなぁ……」
「エマ、逆よ逆。こっちから覗くのよ」
「あ、ほんとだ。ありがとう、千夏ちゃん!」
「え、あ、うん」
千夏が少し照れ臭そうにしている。ちなみに、トムは小さめの一番安いものを選んでいた。そして、それぞれが会計を済ませ、店から出る。
他のものは一通り揃っているので、とりあえずのところ、買い物は終わりだ。
「さて、こっからどうすっかな………」
「せっかくだから、少し遊んで行かない?」
「公園にでも行くか?」
「で、公園で何すんだ?」
駿たちは、全員首をかしげる。駿としては、野球かサッカー辺りをやりたいが、人数的には不可能だ。だとしたら、缶蹴りはどうだろうか。
「じゃあ、野球でもやろうぜ」
「えー、守備が全然足りないよ?」
「気合いで何とかするのさ」
トムが少し格好つけて言う。ただ、向けられるのは呆れの表れた少し冷たい目線だ。ここで、駿の頭にひとつの案が浮かぶ。
「そうだ。トム、三対一でやらない?もちろん、お前が一人でさ」
「お、いいな!………って、おい!」
「いいわね。それなら、なんとかなるわ」
こうして、駿たちは、野球をすることになった。公園では遊び道具のレンタルも出来るらしく、そこで柔らかいゴムボールと、プラスチックのバッドを受けとる。
そして、広々とした広場で、それぞれ準備をする。
「さてと、千夏。本気で投げ込むから、気を付けてくれよ」
「大丈夫よ。多分」
「よし!どんとこい!場外ホームランかましてやらぁ!」
駿は狙いを澄まし、全力投球をする。一球目は少し外れてボールになった。だが、トムはバットを振らなかった。選球眼は意外とあるみたいだ。
二球目、今度もしっかりと投げたつもりなのだが、すっぽ抜けてしまい、大きくボールが浮かび上がる。
「しまった!」
「もらったぁぁぁ!」
ボールは強く弾き返され、高い弾道を描き、飛んでいく。しかし、そのボールは見覚えのある中性的な少女のグローブに収まった。そう、イシュが来ていた。それに、他の同級生も10人以上来ていた。
「イシュ!」
「ボクらを仲間外れにしてそんな楽しそうなことしてるなんて酷いじゃないか」
「悪い。よし、じゃあ、みんなでやろう!」
こうして、ちゃんと9対9で野球をすることになった。駿は引き続き投手をやることになった。ちなみに、キャッチャーはイシュだ。恐らく千夏より運動神経はいいはずだ。キャッチャーというのは、結構腰や脚に負担がかかる。そう考えると、適任なのかもしれない。
一番打者を三球三振で打ち取り、二番打者を塁に出してしまった。三番打者を詰まらせ、ダブルプレーにできれば、楽々フィニッシュ。そう考えたが、甘かった。
「さて、手加減は無用ですよ、駿様?」
「………ちょっと固いんじゃないか。様付けなんて………。まあ、いいや。手加減抜きで行くぞ!」
駿は全力でしっかりと低めにコントロールした。自分で言うのもなんだが、まあまあ球速はあるはずだ。なのに、ラズリは易々とジャストミートさせた。
打球は空高く打ち上がり、ホームランだ。
「嘘だろ………」
「ふぅ、なかなかいい球でしたよ?」
「気にしないで!次々!次抑えよう!」
イシュが励ましてくれる。駿はゆっくりと息を吐く。まだだ。まだ試合は始まったばかり、まだまだ勝負はわからない。
四番はトムだ。ランナーはたまっていない。前の当たりから見て、危険だ。甘い球は禁物、最悪フォアボールにしても構わない。
「おっしゃあ!ホームラン打ってやるよ!」
「あ、そうか!」
駿は身体中に電気を巡らせる。まだまだ長時間の使用は辛いが、短期的になら、十分使えるはずだ。
身体中に力がみなぎる。神経が研ぎ澄まされ、からだが軽くなる。この感覚があれば、打ち取れる可能性も上がる。
「まさか、能力も使うなんてな。じゃあ、こっちも使わせてもらうぜ」
トムの体を淡い緑の光が包む。たしか、トムの能力は身体強化。真剣勝負だ。負けるわけには行かない。
第一球、トムの空振りでストライク。二球目、すっぽ抜け、ボール。三球目、トムがタイミングを外し、ファール。追い込んだ。そして、リードを出したイシュがにやけた。
イシュの指示はチェンジアップ。トムは駿がストレートしか投げないと思っているはずだ。なら、その裏をかくまでだ。
「行くぞ!」
「来い!お前の全力でな!」
駿の手から放たれたチェンジアップ。トムは案の定、ストレートのタイミングでバットを振り、空振り三振だ。
「おいてめぇ!男と男の勝負、最後の一球はストレートに決まってんじゃねーか!変化球なんて投げんな!」
「引っ掛かる方が悪いんだよ。キミは素直すぎるよ」
「なんだと!お前の指示か!」
「ピンポーン、あったりー!」
「おい!次が待ってんだよ!」
「わりぃわりぃ」
五番打者、恵まれた体格の男だ。しかし、驚いたのはそのあとだった。なんと、巨大化したのだ。
「ちょっと!あんた!何考えてんのよ!」
「だって、駿っちとトムっちが能力を使ってたから………。千夏ちゃん、俺っちかっこいいでしょ?」
「え、あ、うーん、そ、あ、いやぁ、うーん」
「素直に否定されるよりショック!!」
「てか、バットは小さいままなのな………」
結果は三球三振でチェンジだ。巨大化したせいで、すさまじくストライクゾーンが広かった上に、バットの大きさが変わらないお陰で全く掠りすらしないし、すごく投げやすいしで、楽だった。
「よし、こっちの攻撃!って、あれ?ピッチャーは?」
「私です。ふふふ、私の能力は『透明化』さあ、見えないところからのボール、打てますか?」
「もう、こんなん野球じゃねぇよ!」
そう、これはもはや野球ではなかった。見えないところから投げ込まれる球、そんなもの打てるはずもない。しかも、変化球まで混ぜてくるし、コントロールも完璧、中々の速球が組合わさり、誰一人バットに当てることすらままならなかった。
相手の攻撃は攻撃で、能力をガンガン使ってくるわこっちの防御ものうりょくだらけだわで、気づけば、広場がボロボロだ。
結局、大敗した挙げ句、みんなでボロボロになった公園の整備をさせられるのであった。




