Episode13.自己紹介
「そうですね。せっかくなので、順番に自己紹介をしていきましょうか。では………、右前から、順にいきましょう」
始めに指名された生徒が自己紹介をする。まさに普通の自己紹介だ。そして、その次はトムだ。トムは立ち上がる。
「トム・メラルドだ。まあ、よろしく頼むぜ」
「これだけじゃつまらないか……。趣味は昼寝かな。好きな食べ物は、ラーメンだ。よろしく」
トムはまとめてから、椅子に座った。かなり雑な気がするが、わかったことがある。この世界にはラーメンが存在するということだ。どうでもいいことかもしれないが、もしかしたら何かしらの手がかりになるかもしれない。
次に、マークだ。マークは立ち上がって軽く礼をしてから、
「マーク・トパーズです。趣味は読書で、特技はチェスです。どうぞ一年間よろしくお願いします」
マークが席につき、次の生徒が自己紹介をする。マークのものと同じように、シンプルなものだった。
次に、イシュの番だ。イシュは立ち上がって、軽く辺りを見渡してから始めた。
「イシュ・アテナです。私営警団に所属しています。なので、腕には自信があります。あ、趣味は運動で、特技は水泳です。よろしくお願いします」
イシュは自己紹介を終え、座る。結局、私営警団に所属していることは隠さなかったらしい。前まで、悩んでいたので、少し以外だった。
「駿くん。あなたの番ですよ」
「あ、すいません」
駿はミーティアに促され、立ち上がる。こういうのは、変に緊張しちゃいけない。あまりふざけすぎず、真面目すぎずだ。
「祇方駿です。趣味は、ゲー………いや、ジョギングで、特技は空手です。よろしくお願いします」
「えっ?『異世界からの旅人』の?」
「その割にはそこまで強くなかったような…………」
教室のあちらこちらからざわめきが起こる。地味にグサりと刺さるものもあった。しかし、それを勉めて気にしないようにし、座る。
次は、エマだ。エマは立ち上がる。しかし、動きがどこかぎこちない。エマはアガリ症なようだ。
「あ、あの、エマ・メジストです。え、えっと、趣味は、その、スケッチです。特技も、絵を描くことです。あ、あと、ドラゴンと話せます。そ、その………、よろしくお願いします!」
エマは少しぎこちなく座る。その顔は真っ赤だった。そして、次の生徒が自己紹介をした。もう一人はさんで、千夏の番だ。
「南谷千夏です。趣味は映画鑑賞、特技は料理です。これからよろしくお願いします」
「あの子が、もう一人の『異世界からの旅人』か。結構可愛いじゃないか」
「たしかになぁ。さっきの男とはどんな関係なんだ?」
またガヤガヤと教室がざわめく。だが、駿の時と違って、好感触だ。ひどい差だ。
実際、千夏は可愛いとは思う。暴力性に難ありだが、結構モテる。しかし、振られた男は多く(駿の知る限りでは全員振られている)、その男たちのヘイトが駿に向くことも多かった。完全にとばっちりだと思う。
駿がそんなことをぼんやりと考えていると、次のラズリがゆっくりと立ち上がる。それだけで、教室がざわめく。
「ラズリ・シャルロット・アレフ・ピスラです。趣味は特にはありません。特技は身体能力の高さです。皆さま、よろしくお願い致します」
「あれが、ピスラ家の息女の………」
「たしか、第一大臣の?スゲーお嬢様じゃん!しかも、王位継承権も、かなり下位だけどあんだろ?スゲーな」
「しかも、美人だし、スタイル抜群だし、完璧だ」
ざわめきが起きたときにバカにされたのは駿だけだ。そう考えると虚しくなる。しかし、ラズリの方を見ると、少し複雑な顔をしていた。どこか、寂しげと言うか、哀しげというか。少し気になったが、あえて聞かないことにした。
そのあとしばらくは普通の自己紹介が続いた。しばらくして、ミシェルの番が来た。ミシェルは立ち上がる。相変わらず背が低い。
「ミシェル・エルモスだ。趣味は人間観察、特技は占いだ。まあ、同じクラスになったのだ。よろしく頼む」
ミシェルの自己紹介が終わって、六人の生徒が自己紹介をした。特段変わったことはなく、ごく普通のものだった。しかし、その次の生徒──教室の端に座っている男は、他の生徒とは雰囲気が違った。
その少年は、白い髪に、鋭く光る蒼い瞳を持っていた。背は←や高く、少し目付きを良くしたら結構な美少年だ。一瞬、目が合う。そのとき駿が感じたのは他でもない敵意だった。
「俺の名は、ダイア・カイザー。特に言うことはない。強いて言うのなら、俺に関わるな。以上だ」
そう言い放ち、椅子に座った。ミーティアは一人異質な生徒に一瞬戸惑っている様子だ。それより、駿には不思議だった。目が合ったあの瞬間、感じた敵意はなんだったのか。何が彼をあそこまで疎外的にしているのか、わからなかった。
「えっ、あ、みなさん超能力科は1クラスのみなので、三年間ここにいる同級生たちと、過ごすことになります。お互いに親交を深め、苦楽を分かち合える、そういった級友となれるでしょう」
「さて、まずこのクラスのことですが、『超能力が存在する』、もしくは『発現する可能性が高い』人が選ばれ、このクラスに所属しています。なので、今能力を発現させていない人も、安心してください」
「それから、超能力科だからといって、将来を束縛されることはありません。私だって、超能力科から、教員になりました。つまり、選択は自由です。この三年間で、自分のやりたいこと、やるべきこと。それを見つけてください」
三年間。そう聞いて駿は、元の世界のことを思う。本来、三年間を共にするはずだったかつての同級生たちは元気にしているのだろうか。彼らは夏休みの真っ最中だ。そもそも、駿がいないということに気付くのだろうか。気付いてもすぐに忘れられてしまうのではないか。そう思うと悲しい。
駿はそんなネガティブな思想を首を振り、追い払う。千夏だっているのだ。そんなに不安になる必要はない。誰も知り合いがいない訳じゃない。そう思えば、幾分楽になる。
元の世界のもの、駿の懐中時計は、壊されてしまっている。家族との形ある絆が、壊されたような気がして悔しい。アランにも専門外のようで、直せないと言われた。もう、直らないのだろうか。
「駿くん。大丈夫ですか?少し辛そうですが」
「平気です。すみません、気にしないでください」
「そうですか。でも、あまり抱え込まないでくださいね」
居候の身だったからか、気にかけてくれているらしい。いや、単純に、心配してくれているのかもしれない。どちらにせよ、これ以上心配をかけるわけにもいかない。
「あと、明々後日から、オリエンテーリングがあります。明日や明後日のうちに準備をしておいてください。二泊三日で、ツウェル山に行きます。詳しい内容は今からしおりを配るのでそちらを参照してください」
「ツウェル山ってどこ?」
「バルクスから少し離れたところにある山で、行ったことはないけど、熊も出るらしいよ」
「えっ?マジで!?」
「うん。でも、駿くんは大丈夫だよ!あたしが熊さんを説得して襲わせないようにするから!」
エマはたしか、ドラゴンと会話ができる。だが、その動物語会話は熊にも通用するのだろうか。本人が言うのだから、信じても言いとは思うが、なんとなく気になってしまう。
そんな駿の気持ちを察したのか、エマは、
「完全にお話しできる訳じゃないけど、なんとなくの意思疏通なら、大抵の動物相手に出来るよ?完璧に会話できるのはドラゴンくらいだけどね」
「十分すごいよ…………」
「それはともかく、はい。しおり」
イシュがしおりを回してくる。駿は一組取って、エマに回す。とりあえず、しおりを開いて、軽く読んでみる。二泊三日で、その日毎に与えられる『課題』をグループ(四~五人)で協力し、クリアしていく。と、いったものだ。
「見ていただければ分かりますが、基本的にグループ単位で行動してもらいます。予めグループを決めておいてください。それから、寮の部屋の鍵を渡すので順番に来てください」
「駿くん!一緒のグループでいい?」
「おう。そうだな、『課題』って言うくらいだからそれなりに難しいだろうし、頭の良さそうな奴と、もう一人身体能力のあるやつが欲しいな………」
「えー、そういう理屈で決めるものなのかなぁ」
「そうだぜ、駿。こういうのは、楽しめるメンツってのが、大切だと思うぜ?」
「お前も一緒のグループって前提なんだな」
「なんだよ。そんなに俺が嫌いか?」
「いや、別にそんなつもりじゃないさ。ただ、ちょっと気になっただけだよ」
順番が来たので駿は鍵をもらいに行く。部屋番号は36だ。
一通り鍵が渡された。駿はみんなと部屋を聞き合う過程で、意外なことがあった。なんと、男子寮や女子寮といった、区別が無いのである。さすがに、男女が同じ部屋と言うのは無かったが、十分に珍しい。
ちなみに、一部屋を原則二人で使うらしく、駿はトムと同じ部屋だった。まあ、退屈はしないだろう。
「あの、男女が同じ寮で大丈夫なんですか?」
「はい。まず、問題行動を起こせば処罰は課せられますし、夜の十時以降は部屋の移動は禁止です。それに、担当の教員も巡回しておりますので………。まあ、私個人はあまり良しとは思っていませんが、学校の指針なので」
それだけのリスクを払ってまで問題行動を起こす者はいないだろうということか。駿はあっさりと納得した。
それから、ミーティアが一言二言話をして、解散と言うことになった。駿たちはとりあえず寮のそれぞれの部屋に向かうことにした。
「案外広いんだな。しかも、ちゃんとベッドで、キッチンまでついてんのか!おっ、ポッドと、備え付けの紅茶まであるな!さすが国立だぜ!」
トムが部屋に入るなり、キッチンに駆け込んだ。お前は料理人か。と、でもツッコミたくなったが、ここは抑えておく。
駿はバッグを部屋の端の方に置き、ベッドに倒れ込む。かなりふかふかとしていて寝心地が良い。
「そういや、隣は千夏とミシェルだったな。ちょっとお邪魔してくるよ」
「おう」
駿は隣の部屋の扉をノックする。すると、扉が開き、ミシェルが顔を覗かせる。
「なんか用か?」
「いや、部屋毎になんか違うのかなぁって思ってさ。入ってもいいか?」
「別に構わぬが、あまり不用意なことはしないでくれ」
「わかった。お邪魔します」
こちらの部屋は駿の部屋とほとんど変わらない。強いて言うなら、荷物が違うくらいだ。しかし、千夏がいない。どこに行ったのだろう。
「あれ?千夏はいないのか?」
「千夏なら何か思い付いたように廊下に出ていったぞ」
「うーん。そんとき、なんか言ってたか?」
「いや、たしかだな、『あ、専業学科なら、もしかしたら、きっと』とか言ってたな。汝、追いかける気なら無駄だと思うぞ?この学校は広い。その中から一人を探すなど、至難の技だ。それに、どうせ帰ってくるのだ。待っているが吉だろう?」
ミシェルはイタズラっぽく笑う。たしかに、一理ある。別に千夏と話すために部屋を訪ねた訳でもないし、焦る必要などどこにもない。
「…………気になることがある」
「ほう。まあ答えられる範囲で答えよう」
「モノを直す能力ってあるのか?」
「まあ、あるにはあるだろう。だが、わらわの知り合いにはおらんな。しかし、なぜ?」
駿は胸ポケットから壊れた懐中時計を取り出す。
「これを、直したいんだ。大切なものだからな」
「……!ほう、なるほど。千夏の目的がわかった」
「え、マジで?」
「当然だ。千夏は駿にとってのその時計の価値を知っていた。故に、直す技術を持つ専業者がいる。そう思ったのだろう」
なるほど、それなら確かに辻褄は通る。千夏はこの時計が母の形見であることは知っているし、昨日壊されたことも知っている。それに、千夏は根っこのところは優しい。それらを踏まえると、しっくりと来る。
「なるほど。ちなみに、もし俺がこれを直したいって強く願ったら、そういう能力に目覚める可能性はあるのか?」
「ない。とは言わんが、限りなく低いと考えた方がいい。能力の種類とそのときの感情はあまり関係ないからな」
「そっか。それで直せるんなら、とっくに直してるしな」
駿とミシェルがそんな話をしていると、扉が開いた。そこには、千夏と一人の男が立っていた。