Episode 10.特待生エマ
駿たちは、先程までいた光の騎士団の拠点を後にし、ゲルナス家への帰路を歩いていた。もう、日が傾き、空が橙色に染まっていた。今は夏なので、もう六時は過ぎているだろう。
結局、昼食をご馳走になり、さらにおやつまでも出してもらえた。どうやら、ジャンナも料理が上手なようで、どれもかなり美味だった。
そんなことを考えながら歩いていると、道端に勾玉と思われるものが落ちていた。駿はそれを拾い上げる。
「勾玉………?」
「翡翠から作られるお守りだね。確か、昔の『異世界からの旅人』から伝えられたらしいよ」
「へえ。結構きれいね。本物は初めて見たわ」
駿は勾玉を空にかざしてみる。美しい翠の輝きを湛えている。たしかに、考えてみれば本物を見るのは初めてかもしれない。
「たしか、コルントの東地区の村で作られるものが、すごくきれいだって評判なんだよ。これも、たぶんそうだね」
「そうなのか。だとしたら、落とし主は困ってるだろうな………。交番はどこだ?」
「どうやら、その必要は無さそうね」
千夏の視線の先へ目を向けると、一人の少女がふらふらと、地面を見つめながら歩いていた。もしかしたら、彼女は、この勾玉を探しているのかもしれない。
「落としましたか?これ」
駿は少女のもとへ駆け寄り、勾玉を見せる。それを見ると、少女の美しい紫色の瞳が一層輝いて見えた。どうやら、探し物はこれらしい。
「ありがとうございます!これ、大切なものなんです!」
「そうなんですか。見つかってよかったですね」
「本当、よかった………。まさか、落としちゃうなんて………。しかも、来る日を一日間違えちゃってたし………」
少女はぶつぶつと言ってから、ため息をつく。今、『来る日を一日間違えた』と言っていた。というと、まさか、バルクスの国立学院の新入生──つまり、駿たちの同級生かもしれない。
「もしかして、新入生……?」
「えっと、まあ」
「じゃあ、同級生ってことだな。俺は、祇方駿だ。駿でも、祇方でも、好きなように呼んでくれ」
「うん、じゃあ、駿くん。って、呼ぼうかな?」
少女が照れ臭そうに笑う。駿は可愛らしいその姿に思わずドキッとした。駿が少しどぎまぎしていると、後ろから千夏とイシュが歩いてきた。せっかくなので、二人のことも紹介しておくことにした。
「南谷千夏、俺の幼馴染みだ」
「えっと、誰なのこの子。知り合い?」
「千夏、彼女も新入生らしいぞ。親睦は深めておくに限るだろ?」
「まあ、一理あるわね………。えっと、よろしくね」
「これからよろしくね、千夏ちゃん」
「いや、千夏は『ちゃん』付けするには、ちょっと獰猛………。ギャッ!やめろ!」
千夏が駿の爪先を、踵で思い切り踏んづけてくる。これだからちょっと獰猛などと思えてくる。それでも、優しいところがあるのは、駿だってよく知っている。
暴力だって、優しさの延長……とまで行かなくとも、それだけ親しい。と、考えればまだ気は楽になる。
「気を取り直して………、こっちはイシュ・アテナ。光の騎士団の団員だ」
「よろしく」
「うん。よろしくね、イシュちゃん」
「あ、そうだ。キミの名前を聞いてないよ。キミの名前は?」
イシュがそう聞くと、少女は胸ポケットからメモのようなものを取り出した。几帳面に折られている。
「エマ・メジスト。えっと、絵が得意だよ?あと、好きなものは甘いもの………かな?ここから、遠い、山奥の村出身です」
「えっと、もしかして、自己紹介用のメモを作ってたの?几帳面だね」
「うん。恥ずかしくてなにも言えなくなっちゃったりしないようにね」
「なるほどね。ところで、山奥の村から来たって言ってたけど、一日間違えちゃった訳だし、今日はどこに泊まるの?」
エマは少し考えてから、空を見上げる。なにか見えたのかと思い、駿も空を見上げるが、雲の一つさえも見つからない。その割にはそこまで暑く感じないのは、日本と違って湿度が高くないからだろう。
「あ、そうだった。事情を話したら、特別に学生寮を入学前に使わせてもらえるんだった」
「そうなの?」
「うん。助かったぁ。って、思ったよ。もう少しで野宿になっちゃうところだったから」
「そう言えば、どうやって、この街に来たの?電車でも使ったのかしら?」
電車と言えば、この街に来てから駅を一度も見かけていない。ということは、電車は無いのかもしれない。だとしたら、どんな移動手段があるのだろう。
「電車?ちがうよ、ドラゴンに乗って………」
「ああ、ドラゴンかぁ。って、ドラゴンだって!?」
「そうだけど?あ、そうだ!なんなら、会ってみる?」
「えっ、会えんの?」
「うん。こっちだよ」
三人はエマについていく。そして、公園に着いた。そこで、エマが口笛を吹くと、空から竜が降り立った。ファンタジーでよくあるドラゴンそっくりだ。硬そうな鱗に、巨大な体。とんでもない威圧感だ。
「紹介するよ。ドラゴンのカモミールだよ」
「う、ううう、嘘でしょ?!ほほ、ほ本物のど、ドラゴン!?」
「千夏ちゃん、そんなに身構えなくても平気だよ?カモミールは、スッゴく優しいんだよ?」
そのすごく優しいカモミールが駿を見下ろすように睨み付けてくる。なぜか敵意を向けられている。
「えっ?駿くんが、キライ?なんでなの、カモミール?」
「なんとなく?それじゃわかんないよぅ!」
端から見れば、エマが独り言を言っているようにも見えるが、恐らく、エマはカモミールと会話している。駿にはそう見えた。
千夏が恐る恐るカモミールに近寄る。
「あの………、触ってみても平気かしら?」
「………いいって」
「ホント?やった!」
「へえ、結構硬いのね。鱗」
「カモミール、ボクもいいかい?」
「………イシュちゃんもいいって」
「ありがとう!ふむふむ………。ゴツゴツしてるんだなぁ………」
三人は楽しそうだ。駿だけ、蚊帳の外だ。とはいえ、あそこまで敵意むき出しにされると、困る。
「なあなあ、カモミール。俺にも………」
「ええっ!?」
「どうしたんだ?」
「『やめろ。貴様のような者が触れるくらいなら、ゴキブリにさわられる方がまし』?言い方が悪いよ!カモミール」
「ならいいよ。無理に触らなくちゃいけない理由がある訳じゃないし」
駿は思わずため息をつく。なぜ初対面の竜にこんなに嫌われなくちゃならないのだ。しかも、千夏やイシュには大分、打ち解けていた。
駿はもとの世界では、動物に嫌われた為石がないのに。
「へえ、結構人懐っこいのね。最初は怖いと思ってたのに、意外とかわいく思えてきたわ」
「『怖いとは失礼だ』?いや、どちらかと言えば、大抵の人は怖いって言うと思うよ…………」
「そう言えば、エマ。もしかして、竜の言葉を理解できるの?」
「うん。でも、教えてくれない子もいるけど」
「くそ………、なぜ俺だけ嫌われなくちゃならないんだよ………」
「カモミールが人を嫌うことなんてそうそうないのになぁ」
エマの言葉を聞いて、ますます悲しくなってくる。超人懐っこく、賢いカモミールに自分だけ嫌われているのだ。しかも、特になにも害を与えていないのにだ。
「そう言えば、エマは、どのクラスになりそう?」
「あたしは、一応、超能力科の特待生だから………」
「そうなのか?!それなら、ちょっ………。いたっ!」
「もう決闘とかはいいから。あって少ししか経ってない人に、決闘しようなんて………、常識を考えなさい!」
千夏に頭を叩かれる。痛いことには変わりないのだが、なぜだか少し手加減してくれているように感じた。
しかし、エマの雰囲気からは超能力科の特待生とは思えない。だが、特待生と言うからには相当強いのだろう。そう思うと、ちょっと腕試ししたくなるのも仕方のないことだ。駿はそう開き直った。
「ところで、特待生ってことは、判別試験受けなくていいんじゃないの?」
「いや、一応、受けることにはなってるんだよぅ。それが」
「………そろそろ、暗くなってきたな。帰るか」
「そうね。あんまり遅くなると、ミーティアさんに怒られるし」
千夏が空を見上がら呟く。たしかに、そろそろ帰らないと、ミーティアに何か言われそうだ。もう、だいぶ日が陰っていた。駿は胸ポケットに入っている懐中時計を見る。時計の針は6時を指していた。
「あれ?駿くんは懐中時計を使ってるの?」
「ん?ああ。母さんの形見さ」
「そっか、じゃあ、大切なものなんだね?」
「ああ。俺の宝物だよ」
「これからも、大事にしないとね」
「うん。そうだな」
駿は懐中時計を胸ポケットに再び仕舞う。母が最期にくれた、大切なものだ。一度、壊れてしまった後も、修理してまた使っている。
「……帰ろうか。じゃあな、エマ。また明日」
「うん。また明日!」
三人はエマに手を振る。エマはそれに応え、手を振った。そして、駿たち三人はゲルナス家へ向け、歩き出した。
しばらく歩いて、ゲルナス家に到着する。夕食を摂り、風呂に入り、そして、就寝時間が訪れる。
ちなみに、前まで駿は床寝だったが、怪我をしていた関係もあり、きちんと布団が支給されていた。初日と比べてぐっすりと眠れるようになった。
「さてと、明日の判別試験、何時からだったっけ?」
「朝の九時からでしょ?全く、しっかりしなさいよ」
「悪い悪い。じゃ、目覚ましは七時半にセットしとくか」
「ちゃんと、起こしてね。キミが一番寝起きがいいんだからさ」
イシュの言う通り、三人の中では寝起きがいい。というよりも、あとの二人が寝起きが悪すぎるだけなのだが。
「なあ、千夏。ライト点けなきゃダメか?」
「何、消したいの?」
「うん。まあ、そうだな。消した方が寝られるし」
「ボクも同意見だよ」
「そっか。じゃあ、いいわ。消して」
駿は電気を消す。そして、布団に潜り込んだ。明日は判別試験だ。何をやるのかはよくわからないが、ソワソワして眠れない。
「ねえ、駿。起きてる?」
「千夏?」
千夏が小さな声で訊ねる。どうも、寝れないのはお互い様らしい。それに比べて、反応しない辺り、イシュはぐっすりと寝付けたようだ。羨ましい。
「明日の判別試験、どんなことするのかしらね」
「さあな。まあ、明日になってからのお楽しみってとこだな」
「ふぅん。どうせ『実践形式』とか言うのかと思ったんだけど」
千夏はクスクスと笑う。真っ暗で表情なんて見えないが、褒められているわけでは無いことだけは確かだ。
「そういや、エマとは模擬戦できなかったなぁ」
「いつから戦闘狂になったのよ。あんた」
「失礼だな。特待生っていうから、どれくらい強いのかって興味だよ」
「でも、あんまり戦いに向いてなさそうな子だったわ」
たしかに、その通りだ。駿も、彼女からは強さを感じられなかった。雰囲気はどこか優しげで、超能力や戦闘とは無縁なものだ。
「だって、なんとなくだけど、虫も殺さぬっていうか、すごく、優しい雰囲気だったわ」
「ああ。でも、それも明日には分かるんだ。あいつの実力が」
「ふふ、あんたより強いのは確かね」
「悔しいけどな。俺は、強くなった気でいたけど、この世界では歯が立たなかったしな」
「大丈夫よ。あんたは強い。それは私が保証するわ」
なんだか照れ臭い。互いの表情は見えないが、お互いに照れているような気がする。そんな気がした。面と向かってこんな話をするのは恥ずかしいだろう。
「……っ、早く寝ないと、明日寝坊するわ。早く寝なくちゃ」
「そ、そうだな。おやすみ」
「おやすみなさい」
駿は瞼を閉じた。しばらく寝付けず、羊の数を数えた。駿が眠りについたのは、羊を348匹数えたときだった。
《プロフィール》
【名前】 エマ・メジスト
【性別】 女性
【年齢】 15歳
【身長】 154㎝
【体重】 46㎏
【好きなもの】 絵を描くこと、動物
【嫌いなもの】 ゴキブリ
【性格】 温厚、臆病
【備考】 超能力学科の特待生。竜と会話できる