Prologue.導かれて
7月25日、次の日から市立菅佐原高校では夏休みが始まる。つまり、一学期最後の日だ。祇方駿が待ち望んだ日でもある。駿は、勉強が得意ではなく、ほぼ全ての科目でクラス最下位を取るほどだ。
そんな駿は、学校から解放される夏休みを待ち望んでいた。赤点の並ぶ通知表をバッグにそっとしまい、席を立つ。すると、すかさず明るい茶色の髪の少女が迫ってくる。
「赤点、何個あった?」
彼女は、少し不満げに訊ねる。彼女は駿の幼馴染みの南谷千夏だ。駿とは違い、クラストップクラスの成績で、なかなかの美人だ。
「聞いてんでしょ。答えなさい。いくつあったの?大丈夫、特別補修をしてあげるだけだから」
特別補修というのは、別に学校とは関係はない。単に、スパルタな千夏にひたすら勉強を教えられるだけだ。ただ、その時間があり得ないほど長く、問題が難しい。
ただ、千夏とは腐れ縁で、嘘なんて通じない。駿は諦めて、ため息混じりに口を開く。
「ほとんど全部アウトだよ。実技は大丈夫だったけどな」
「全く………、呆れた。あんた、勉強してるの?本当に」
「してるわけないだろ?したって出来っこないんだから、時間の無駄だよ」
駿がゆったりと話すと、千夏の鋭いローキックが駿の脛を容赦なく襲う。千夏は何故か駿に対してだけ暴力的な気がする。なぜだろう。舐められているのだろうか。駿はこう見えて空手の有段者なのに。
「痛い!やめろよ。全く、俺じゃなかったら怒ってたぞ」
「ふん。そんなこと知らないわよ。とにかく、今から図書館に行くのよ。大丈夫、みっちりしごいてあげるから」
「待て。結愛に今日は早く帰るって言ってあるんだ!妹を待たせるわけにもいかないだろ!」
「大丈夫。結愛ちゃんにはあとで連絡しとくから。それに、そんな成績、優奈ちゃんに見せられないでしょ」
「…………分かったよ。行けばいいんだろ、行けば」
駿は肩を落とし、千夏と並んで教室を後にした。
◆◆◆図書館◆◆◆
今日の図書館は珍しく空いていた。いつもならもう少し人がいるものだが。駿と千夏の他には三人くらいしか人がいない。
「さてと、良さそうな参考書はっと………」
千夏は脚立に登り参考書のコーナーを探っている。どれも分厚く、難しそうだ。しかも、数学のコーナーである。勘弁してほしい。駿は数学が特に苦手だ。
「きゃあ!」
千夏がバランスを崩し、脚立から落ちる。駿はそれをキャッチしようと飛び込むが、タイミングがずれ、駿が千夏の下敷きになる形になった。
「ぐっ………」
「ビックリした……。って、駿!大丈夫?」
「お前こそ大丈夫か?」
「ええ、お陰さまでね。感謝しておくわ。ありがとう」
駿は「どういたしまして」と答えつつ、散乱した参考書を見る。やはり、どれも難しそうなものばかりだ。かなり散らかってしまったので、片付けるのも一苦労だ。
「あれ?こんな本あったっけ?」
千夏は散らばった本のなかから、怪しげな表紙のものを手に取る。駿もそれを覗き込む。二人は好奇心から、その本を少し読もうと、本を開いた。
その瞬間だった。二人はまばゆい光に身を包まれ、気を失った。
◆◆◆???◆◆◆
「………うぅ」
駿はどこかの草むらに倒れていた。眼を開けば、見慣れない草原がひたすらに広がっている。
「ここは、どこだ?」