御年67歳、それでも俺の人生にはお前が必要なんだ
冒険ってのは素敵だ。
したことあるか? 冒険。
俺はずいぶんと派手なのをやらせてもらった。
勇者に連れられて大陸を横断し、海を渡り、山を越え、城に忍び込んだ。
迫り来る敵の軍勢にひたすら杖を振り、トロルの手痛い一撃を食らい、アホみたいにデカい肉とアホみたいに強い酒をかっ食らって、そんでもって敵のはずのエルフの女の子と恋に落ちたりした。
冒険ってのは素敵だ。
だが、この歳になると――冒険が素敵なのは、思い出であるうちに限るようだ。
* * *
冒険は終わりを告げ、数々の武勇伝を持った魔法使いはその後パッとしたこともせず、故郷に戻って店を開き、御年67歳となったとさ。
「それでだ、あの酒屋の倅と来たら引っ込みつかなくなっちまったようでな、店の酒に手を付けて――」
「ウィル、口だけを動かしてる場合? 新しいお客さんが来ているだろうが」
「おおう、おっかねえのが来た」
「……」
「痛い痛い、靴を踏むな」
「ほら、とっとと行った行った」
カウンターから常連のドワーフのおっさんとダラダラと喋っているところを妻に叱責され、仕方無く言われた通りテーブルに注文を取りに行く。
妻の種族はダークエルフ、現在のポリティカル・コレクトネスに配慮した言い方ではダークブラウンエルフと――やめたやめた。妻がなんだかエルフだなんてこの何十年気にしたこともない。
妻の名前はペッパー。魔王討伐の冒険の最中で出会い、その後結婚して――今はこうして、俺の故郷で一緒に暮らしている。
エルフは成長が遅いからなんて言っていたが結局胸は大きくならなかった。
「へい、冒険者御一行さん。注文は?」
「麦酒2つに、赤首犬のステーキとキャンサーピラフを。なあ、冒険者だってそんなわかりやすかったかな?」
「なに、こんな辺鄙なとこに来る旅行者なんてだいたいがそうなんでな。麦酒はおごりにしてやるよ、この店は冒険者に優しいのがウリでね」
「そりゃありがたい。おじさんも元冒険者かなにか?」
「まあ、そんなところだ」
魔王が敗れて久しい今、冒険者が減ったかと思えば――いつのまにか彼らは組合とやらを結成し、減った需要を埋めるために関わる分野を広げ、随分広い範囲に手を出すようになった。大口の商品の輸送、というかうちに毎週酒類を運んでくるのまで今や冒険者の仕事だぜ? 信じられるか?
とはいえ、古典的なハック・アンド・スラッシュな仕事がなくなったわけでもない。安全が確保されていない土地はいっぱいあるし、ピークに比べればめっきり減ったとはいえ金銀財宝――というか、魔王の手下どもの軍資金だのなんだの――が残ってるような場所はまだまだあるようだし、強力で珍しい魔物の遺骸だの遺品自体が価値を持っている例もある。
そんな冒険者に優しい食事処ってのが、俺と妻で経営する『ペッパーランド』ってわけだ。おう、店名はご明察通り、若気の至りだ。
飯は飛び抜けて旨いわけでもなく、立地も悪めでまあ儲かってるとは言いがたいものの、それなりにあった貯金でまあまあ平穏で満足いく暮らしを送っていた。
あの頃の冒険に思いを馳せることもまあたまにはあるものの、既に立場としては傍観者の――つもりだった。はずだった。
「……すみません、こちらに"ブラックバード"ウィルさんはいらっしゃいますか」
やや息を切らした様子の旅慣れている様子の女性が、店に入り辺りを伺いながら俺に問いかけた。
「おいおい、随分古い呼び名だな……あんた、何者だ?」
「ええと……あなたが"ブラックバード"ウィルさん?」
「その呼び名は恥ずかしいからやめてくれ。ウィルでいいよ。どういった用向きで?」
「私が街道を馬車で進んでいると、突然その一帯が闇に飲み込まれ、私は迷宮に閉じ込められました」
実に不可解な現象だ。だがその出来事について――思い当たってしまった。俺はそれを知っている。だいたい半世紀ほど前から。
「幸いにも、中にいた男性に助けられましたが……彼はまだ閉じ込められたままのはずです。その彼が私に伝えました。『ネヴァ・ノウズ村のブラックバードの店を尋ねて"ブラックバード"ウィルにこの出来事を伝えろ、と」
* * *
「……十中八九ラバーソウルだな、それは」
「ありゃレノンの奴が片付けたはずだが。手でも抜いたか?」
「あるいは、しくじったか」
「よしてくれ。半世紀前のあいつがしくじったようなもの、今の俺達でどうにかできるとは思えん」
駆け込んできた女性は、結局あのとき話した以上のことはほとんど知らないようなので(俺に伝えろと言った男についても風貌さえほとんど見ることは出来なかったそうだ)そのまま帰し、入り口に臨時休業と書かれた板切れをかけ、ペッパーに詳しく話した。
ラバーソウル。
魔王が各地に拠点を作るために用いた魔法であり、道具だ。
一帯の物体を取り込みながらその地下に迷宮を築き――迷宮の中に引きずり込まれた人間は"鎖"と呼ばれる道具を使うか、その迷宮の主を倒さない限り出ることはできない。
目視での発見は困難であり、放っておけば近くを通る人間が片っ端から捕らわれ、軍資金と食料に返られる極めて厄介なシロモノだ。
が、この迷宮を構築する核であるラバーソウルの数は大きく限られており、かつ極めて複雑かつ解析不能な技術によって作成も困難であることから(魔王自身が作っていたようだが、その魔王にしても生産ペースはかなり遅かったようだ)とりあえず現存しているものさえ壊しておけばオーケー、ということで半世紀前に俺が同行した勇者にしてリーダー、レノンが魔王討伐後に根絶にあたっていたはずだ。
「……とにかく、まずは情報収集だろうか」
「待て待て待て。老いぼれの俺たちが自ら首突っ込む必要がどこにある? 百歩譲って必要だとしても行くのは俺だ。お前が来たら、誰が店番をやるんだ」
「ウィル、私一人に店を回させる気か?」
「いくらでもアルバイトのアテならあるだろう」
「あのな」
ペッパーが迫ってくる。
「一人で無茶させたくないってはっきり言ったほうがいいか? 行く気なんだろうに」
「……呼ばれたのは俺だ」
「あんたは魔法使いだろうに」
「だからなんだ」
「私より頼りになる前衛がいるのか?」
* * *
「まったく、だいたいだな。いまどき情報収集のひとつやふたつで危ないってこともないだろうに」
「へえ、そりゃ初耳だ」
「まあ、見ていろ」
訪れたのは、周辺で最も栄えている都市であるストロベリーフィールズ。
冒険者組合が発達した今、ほとんどの町には分所が置かれているが、ここの拠点は周辺一帯の本拠といった扱いになっている。
「こんなとこ来てどうしようってんだ」
「まあ、見てるんだな」
ペッパーが扉を開け、組合に入っていく。
「ごきげんよう、ストロベリーフィールズ冒険者組合分所へようこそ」
「情報収集をお願いしたいのだが」
「ええ、もちろん! それこそが冒険者組合の得意とする分野の一つです! では、会員証の提示をお願いします」
「え? 会員証?」
「ええ。冒険者組合で諸々のサービスを受けるにあたって必要になります。お持ちでないですか?」
「その……ないのですが……」
「ご安心下さい! 会員証は少しばかりの発行費でご用意できますよ」
「よかった、じゃあお願いしたい」
「ええ、ではこちらの書類に記入を。終わりましたら半月ほどでご用意できますよ」
「半月」
不安そうな顔でペッパーがこちらを見てくる。まったく。
「なあ、受付のお姉さん。少し調べ物には急いでてね。その会員証の用意というのは別にお願いするが、とりあえず今出来ることはないかね?」
「そうですね。冒険者組合に参加していない方からも依頼というのは数多くありますから、それに伴う調べ物は可能ですよ」
「ウィンストン・オノ・レノンって名前での登録はあるか」
「14件ございます」
「年齢が60以上だと」
「0件です。ウィンストン・レノンと言うと、あの伝説の……?」
「ああ、彼の今の去就なんかが知りたいのだが」
「ファンの方でしょうか?」
ペッパーは顔をひきつらせたが、ウィルは自然に笑って返す。
「ええ、まあそんなようなものです」
「今も、そういった方は多いですよ……なにせ、今でも問い合わせが月数件ありますから! ただ、あまり期待されてるような答えはありませんね……彼は30歳の時点で冒険者組合への参加の登録更新を打ち切って、引退されておりますから」
「そうか。そりゃ残念だ。ありがとう、会員証はここに郵送してくれ」
さらさらと住所のサインを入れて、にこやかに手を振り建物を出る。
あまり成果をあげられず、ペッパーはうなだれた表情だ。
「慣れないことするからだよ、まったく」
「ウィルだって半世紀ぶりだろう」
「いつもこうやって役割分担してきただろう。この手の情報収集は俺の役目だったろうに」
「……最後に聞いたのはいったい?」
「なあ、あのレノンが俺達と別れて5年もしないうちに冒険者を引退だとよ。信じられるか?」
「まったく」
「どっかでおっ死んじまっててもおかしくないが、訃報は今のところ聞いてない。つまりまあ、どっかでひっそりと死んだなりなんなりしたか、モグリで冒険者やってるって可能性が濃厚ってわけだ。若干キナくさくなってきたな」
「まあ、確かに不自然だが……今回の事件で知りたいこととは直接繋がってないだろう。私達が知りたいのは例のラバーソウルが被害をもたらしている地域だ」
ラバーソウルはそれが鎮座する地下迷宮を中心として、半径いくらかの距離の哀れな旅人などを引きずり込む。
そのため、ラバーソウルが原因と考えられる行方不明者が居なくなったと想定される地点の情報を割り出せばかなり侵入が容易になる。
無論、確実なポイント1点がはっきりしてるわけで、そこから所定のマジックアイテムを使えば迷宮に侵入することは可能なのだが……目的のラバーソウルから大きく離れた地点に叩き落とされる可能性もある。
極力、おおよそでいいので中心点は割り出しておきたい。ラクできる。
「無論、その情報は必要だ」
「どうするつもり?」
「そりゃあれだ。古典的な、俺たちが一番なれてるヤツだ」
* * *
「店主、麦酒を2杯」
「……」
あの女性が引きずり込まれたというポイントから最も近い酒場。
極めて古典的な情報収集の場だ。
「いかにも地元向け、よそ者には薦められない酒場といった感じだな」
「このアウェー感、懐かしいねえ」
店主が無言で席に酒を置き、すぐに立ち去ろうとするが――そこでウィルが手を掴んだ。
「なあ、少し聞きたいことがあるんだが」
「すみませんが、見ての通り忙しいんで……」
「なに、時間は取らせないさ。ここ最近ここの南の平野で行方不明者が出てるかどうか聞きたいんだが――」
酒場の雰囲気が変わり、それを察したか店主が手を振り払って慌てて逃げて行く。
近くの席に座っていたいかつい男が、立ち上がりこちらを睨みつけてきた。
「ジジイ、何か知ってやがるのか」
「あんたらが知ってると思って聞きに来たんだ」
「自分から言ったほうが身のためだぜ」
「おい聞いたかペッパー、どうやら当たりみたいだぞ。ここは」
「そうだな、幸先が良い」
「……この、ナメやがって!」
脅しを軽く流すと、頭に血が上った男はためらわず拳を振るってくる。
が、軽くかわしてみぞおちに一発カウンターで入れると、苦悶の表情で体を曲げた。
とどめに足を刈ると、そのまま強く倒れ込みテーブルに頭をぶつけて昏倒した。
「若いころならみぞおちへの一発で終わってたと思ったんだが。ペッパー、あの中でリーダーっぽいのはどいつだ」
「あの一番奥の席の、馬鹿でかいハンマーを抱えてるやつだ」
「オーケー、そいつは俺がやってくる」
「了解」
どうやらまともな客などほとんどいなかったらしく、ほとんどがあの男の手下かなにかのようだ。
厨房に姿を消した店主の他は、店内にいる男の全員が敵意いっぱいの視線でこちらを睨みつけている。
さて、どうやってあの奥の席に近づくか、と考えていると――そうだった。多数の素人を相手にする時にはアレがあった。
目配せしようとペッパーを見ると、そもそも忘れていたのは俺だけだったようだ。既に準備を整えている。まあ、魔術師の俺なんかよりもこういう荒事が得意なのは当然か。
今にも迫ろうとしている悪漢どもを前にして、ペッパーは雄叫びをあげた。
あまりの声量に店内がビリビリと震える。
出来た隙をありがたく頂き、奥の席に向けて飛び込む――周囲の敵を数人引っ掛けて転ばしながら。
あっという間にリーダーとおぼしき男の前に辿りつき、挨拶に一撃蹴りを加えると男の手元にあったハンマーの柄で防がれる。周囲のボンクラどもと違い既に立ち直っていたようだ。腕はそれなりに立つと見える。
「銀のハンマーねえ。随分いいもの持ってんな」
「……お前はあの平野での行方不明者について何か知っているようだな。それがお前の――遺言か?」
「いやいや、情報集めの真っ最中でね」
「あそこで俺の部下を数人失ってる。しらばっくれるな」
「その話が聞きたいんだな、こっちは」
話している最中に、男はハンマーを振るい――俺の鼻の先を掠めた。
「お前みたいな手合は、一度痛めつけるに限る」
「俺も同じようなことを考えててね」
大柄な体に見合わず、男はハンマーをシャープにスイングする。
コンパクトな振りのためなかなか隙が見いだせない。
「あらウィル、私のほうが早く終わりそうだぞ?」
「うるせー、お前はそっち集中してろ」
順調に敵の数を減らしているペッパーが軽口を飛ばしてくる。
言い返したのものの、相手はどうもなかなか手強いらしい。
ハンマーを振るった瞬間に懐に潜り込み一発正拳突きをかましてみたが、あえなくガードされノーダメージのようだ。
返す刀で帰ってきたハンマーをヒヤヒヤしながら避ける。
「そっちがそんなハンマー振り回すなら、卑怯とも言うまい……危ねえ! 人のセリフ中は攻撃しちゃいけないって親に習わなかったか!」
「孤児でね」
「そう来るならこっちもいろいろ不文律やぶっちゃうぜ。正義の味方は無関係の酒場を壊すべきではないとか」
懐の赤い杖を取り出し向ける。
「杖……魔術師か」
「いや、単なる木の棒だから遠慮せず射線の上に立ってくれ」
「詠唱が間に合うほどの距離だと思っているのか?」
「並みの魔術師ならな」
「それがお前の寝言か?」
男がハンマーを片手に、距離を詰めてくる。
魔術師と戦う場合、距離を詰めるのは対策の基本だ。
なぜならば呪文の詠唱中は行動に制約が出るためで、基本的にはこの制約を破らせるのが手っ取り早い対策となる。
一つは杖を手放せないこと。呪文が発動する前に杖を手放すと、投じたマナが暴発し――だいたい自分に向かう。
二つ目は大きく場所を変えられなくなること。呪文は周囲の雑多なマナを自分というマナフィルターに通して加工することで用いられる。こちらは暴発などの危険はないが、せっかく集めたマナは霧散する。
つまり、距離を詰められて矢継ぎ早に攻撃を繰り返されるなんてのは死ぬほど厄介なわけ。
というわけで。
「だから射線上に立ってくれって言ったんだ」
飛び込んでくる前に仕留めるのが上策となる。
こっそりと足元に向けて先程から行使していた呪文が発動。杖の射線を気にしていた男は驚きの表情を浮かべた。
だが人間は急に止まれない。飛び込んでくる男に向けて乾いた土塊の柱――手のひら大より一回り大きいぐらい?――がカウンター気味に刺さり、ノックアウト。
「悪いね店主さん、床ぶち破っちまったよ……そっちも終わったか」
「ええ。同着ゴールってとこかしら?」
「じゃあ、楽しい楽しい情報収集といきますか」
* * *
「なるほどねえ、ここ半年で起きた行方不明者出た大雑把なポイントがここと。となると迷宮の中央はこの辺かねえ」
ふん縛った男を俺は解決に動いてるだの原因をある程度知ってるだのなんだの言ってなだめすかし、有力なポイントを割り出した。
この手の仕事はいつも俺の仕事で、ペッパーはとうに放棄して無事だった麦酒を煽っている――というかあの二杯目は俺のだぞ!クソッ!
「しゃあねえなあ。めんどくせえけど向かうか。呼ばれちゃったことだし」
「口ではそう言いながらも、利害関係を無視して向かう……それがお前のポリシーか?」
「そんな高尚なものでもないと思うがね」
「ただの爺さんじゃないな」
「ただの爺さんだよ」
「……俺は役に立つぞ、連れて行け」
「まあ、腕が立つのは見たがなあ。お前だけならともかく舎弟どもはぞろぞろ連れてはいけんぞ。さっきもいったように迷宮には入場宣言があってな」
「わかってる。俺だけでも連れて行け。壁役でもなんでもやろう。さっきも言ったとおり下の奴らが巻き込まれている。お前がいう通り生存は絶望的だと思うが――それでも動かないわけにいかん」
「ああ、わかったわかった……しょうがねえな」
まったく面倒なことになったな、と頭をかきながら縄を解こうとするが――不要だったようだ。
男は自力でロープを引きちぎり、立ち上がって言った。
「マクスウェルだ。"シルバーハンマー"のマクスウェルと呼ばれている」
「あー、老婆心だが」
俺は少々恥ずかしい昔――"ブラックバード"なんて名乗っていた頃を思い出しながら言った。
「異名を自分で名乗るのは後悔することになるぜ――経験者の言葉だ」
「なんたらバードと比べれば意味もわかりやすいしマシだと思うがな」
「ペッパー、この!」
「この麦酒旨いな。うちの店でも置かないか?」
* * *
酒場を出てポンコツ褐色エルフからアルコールが抜けてきた頃、目指していたポイントに到着した。
「ここで、この"鎖"というマジックアイテムを使う。迷宮の出入りに使う消耗品で、40年ぐらい前まではそこそこデカい街ならだいたいどこでも売ってた量産品だが、ラバーソウルなんてものが忘れられた今製造法がこの世界のどっかに残ってるかさえもわからん」
「お前たちが行っていた女性はそれで助かったのか?」
「らしい。万が一引きずり込まれたりしたときの為に、ひとつふたつお守り代わりにこれを鞄に突っ込んでおくってのは当時は一般的だった。そのお守りを女性の脱出に使って自分の分はなくなったので俺に助けを求めた……ってのはわかりやすいんだが……」
「そんな当時の風習律儀に守ってる冒険者なんてね。それで私達を知ってる人というと」
「マシな想像から最悪な想像まで色々思い当たるなあ」
「……随分慣れてるようだな。それがお前たちの経験か?」
「まあね、さてそろそろ侵入といきますか。"鎖"を額に当てて、深呼吸」
ペッパーは既に態勢に移っている。その所作をマクスウェルが真似、俺もそれを確認して追従する。
すると――あたりの景色は一変し、暗く湿った通路の中に3人は立っていた。
「カンテラ付けて、と。さて、前か後ろか」
「前だな」
「理由は?」
未だ暗闇に順応していない俺たち貧弱な人間どもを差し置いて既に順応した様子のペッパーが目を凝らす。
「仰々しい扉が道を塞いでいる」
「なるほど、とりあえず開けたくなるね」
確かに少しばかり進んだ先に『この先は重要ですよ』と張り紙が貼ってあるような頑丈な扉があった。
「さて、解錠といくかね」
「待て、さっき行使した呪文をみるにお前の色は赤だろう。解錠の呪文は青のはずだ」
「勉強熱心だな。が、まあ工夫の余地ってのがあってだな」
扉に触り、蝶番の位置を探る。
だいたいの位置を把握し――呪文を扉に向けて唱えた。
「はーい離れてー、後ろ向いてー、耳塞いでー、口開けてー」
乾いた音が暗い洞窟に響き渡り、行く手を阻んでいた扉が半開きになった。
「これが赤流の解除呪文。特許出願中だ」
「はいはい」
「……力押しだな」
「扉を開ける魔法じゃなく、扉が開いたって結果がほしいわけよ。前に鉄の杖をテコとして使ってこじ開けた緑の魔術師を見たし」
「置いてくぞ、ウィル」
「待ってー、後衛魔術師だから前衛がいないと不安になるのー」
「……何事かと思ったら、やあやあ懐かしい顔じゃないですか。来てくれましたか」
三人が扉の先へ進もうとした時、声が聞こえた。
ボロボロの紳士服を身に纏い、その表面には――肉がなく骨のみ。
くぼんだ眼窩には水晶のような球体物が張り付いており、中の黒いインクのようなものがギョロギョロと動いている。
「……俺を呼んだのはあんたか。タックスマン、まだ生きてるとは思わなかった」
「生きてるも死んでるもありませんけどねえ」
「動いて喋れれば生きてるさ」
「ご飯ぐらいは食べたいものですが」
タックスマン《納税官》。彼の過去を深くは知らないが、元は人間であったものの随分昔に呪いを受け常に魔力を支払い続けなければいけない体になったという。
常に魔力を含有する宝玉などを消費しながら生き延びているため、タックスマンという名前で呼ばれている。
そうした異様な風貌から俗世には溶け込まずダンジョンなどをめぐり、そうした宝玉をかき集めて生き延びている。
俺達が冒険していた頃に彼が仲間だったということはなく、むしろ放浪する盗掘屋の彼とは利害が反する場面が多かったように思う。とはいえ、元が(彼の言うことが本当であれば)人間であり、価値観に関してもまあ理解できる範疇におおむね収まっている彼とガッツリ敵対するようなこともなかった。魔王にも勇者にも興味はなく、基本的には生活のために動いていた男だ。
「鎖は?」
「最後のお守りを使ってしまいましてね。まさか、今更になって使うハメになるとは。……あなたのところに女性が一人行ったかと思いましたが」
「ああ、来たよ。お前が助けたんだな。意外と紳士的だな」
「まあ、急いでるわけではありませんしねえ。むしろ、せっかく引きずりこまれたのですから魔力結晶のひとつやふたつ見つけて帰らねば損、なんて思っていたんですが」
「ですが?」
「この迷宮のコアのラバーソウルを守るヤツがなかなか厄介でして。この先にいるんですが、私一人じゃ無理っぽくて」
ペッパーが、タックスマンが指した角を曲がった先の部屋をサッと確認する。
「あら、トロールの……結構ヤバめのやつね。皮膚が魔法耐性付きで、純粋魔法使いの天敵」
「やあ、ペッパーさんも。相変わらずお美しい」
「あなたは変わりないな」
「そりゃもう。なんせ私はもはや魔力構成体ですから。ですが船を構成する部品が全て入れ替わっても変わりないといえるかというと……なにせ半年前と比べても構成するマナは全て変わっているでしょうから」
マクスウェルがこちらを『信用出来るのか』という風に目を向けてきた。
『わかってる、心配するな』といった身振りで返す。
「さて、俺としては偶然旧知の人物が誰も忘れた迷宮に放り込まれた、なんて偶然は信じられないんだが」
「そう言われましても……無論、ダンジョン漁りは続けていますから、ラバーソウルに引っかかる可能性はわりかし高いかとは思いますが」
「はぐらかさずに話せ」
「いやはや、本当に知らないんですよ……ですが」
トロールがいる部屋の方向に視線を向ける。
「あの女性冒険者もですが、どうも引きずり込んでいるのは無差別ではなく、単独で歩いている狙いやすい人間と見ました……が、あのトロールにそんな頭があるかどうか」
「つまり、黒幕は他にいると?」
「もうここにはいなさそうですけどね。私の魔力感知にも、勘にも何も引っかからない。目的もわかりません。ですが、あなたの言うとおり偶然を信じないとすれば、私への挨拶――あるいは、あなたがたへの、かも。私の居場所は不定ですが、あなたの故郷の店の住所は私でも知ってるぐらいですからね」
「あー、わかったわかった。じゃあ暫定的だが、共同戦線と行こう……あんたの目的はラバーソウルの吸収でいいのかな」
「最善はそれですね。次善は生きて帰る」
「オーケー、最善を目指そう。代わりに手伝ってくれ」
「もちろんですよ、ええ、ええ」
「4人パーティね。久しぶりだわ」
「……今どき4人パーティか。古臭ささえ感じるな。このパーティが俺の命綱か」
「作戦はどうしますか? ウィルさん、ペッパーさん、あとええと……」
「マクスウェルだ」
「あー、じゃあだな、タックスマンが適当に魔法を後ろからぶっ放して、俺が適当に中央で周り見ながら魔法をぶっ放して、マクスウェルが適当に前線張って」
「そして私がなんとかする。いつもどおりだ」
「オッケー、突っ込む!」
なにか言いたげなマクスウェルを尻目に、俺達は駆け出した。
お前後衛だろ、なんで俺より先に突っ込むんだなんてもごもご言っているが気にもとめない。
雄叫びを上げながらトロールにペッパーが愛刀を抜き、斬りかかる。
先手を取った。トロールは後手に回り反撃を試みたようだが、俺の行使した呪文で生成した柱に阻まれた。その隙にペッパーは距離を取る。
「遅いぞ二人とも」
「いやあ、手伝うと言っても傷口出来ないと私の魔法じゃあのトロール相手の皮膚には辛いので、ちょっと様子見を」
「俺の魔法は普通に通じるぞ」
「そりゃ、魔法という名の物理は通じますよ」
そう言いながら後ろから追ってきたタックスマンはペッパーがつけた傷口に向かって冷気の呪文を叩き込む。狙いは正確、威力も中々。
トロールは苦悶の声をあげながら、激怒してこちらに向かってくる。
「ほらマクスウェルくん、前衛の仕事だ。か弱い魔術師二人を守ってくれ」
「……このクソジジイめ」
殴りかかってきたトロールの拳をハンマーの柄で弾き、ハンマーで胴体を打ち据えながら足止めをする。体格差も力の差もあるだろうに、単独で互角に殴りあっている。おそらく、戦闘センス――というか喧嘩慣れしているのだろう。
とはいえ、タフさでは劣る。距離を取りながら、援護に一撃落石の呪文を唱えた。
……見事命中、頭部にクリティカルヒット!
「脳震盪でも起こしてくれたかな」
トロールはぐらつく――マクスウェルはその隙を逃がさない。ハンマーでトロールの両足を刈った。
綺麗に転んだトロールの脚部を、タックスマンが氷漬けにする。態勢が悪く力が入らないのか、氷を引き剥がせない。
「さて、私がなんとかする、と」
ペッパーが好機を逃がすところを見たことがない。いつのまにか絶好のタイミングで飛びかかったペッパーがの刃が、あっさりとトロールの首を落とした。
* * *
「随分借りを作ってしまったようですねえ。余った魔法結晶でもいります? ちなみに純度は死ぬほど悪いです」
「なんでそんなもの持ち歩いてるんだ」
「どうせすぐ消費するんで、精製とか面倒で」
「うわあ、この純度の悪さ……ウィル、これ鞄に全部詰めても夕食代に足りないぐらいよ。受け取るならあなたが運んでよね」
「受け取らねえよ!」
「では、借りということで……私の勘によると面倒事の匂いがしますし、私の経験によるとウィルさんはそういう面倒事に首を突っ込みがちですから」
「まったく、ちゃんと返せよ」
「ええ、それでは。しばらくはこの辺りにいることにしますよ」
無事に迷宮の主を倒し、タックスマンがラバーソウルを処理すると――俺たちは概ね元の位置の平野に戻っており、迷宮は跡形もなく消えた。
タックスマンは礼を言った後、再び魔力を求めてどこかに去った。この辺りにいることにする、か。風貌だけならむしろ災厄引き連れてきている感じもするのだが。
「迷宮はなくなったが……俺の部下はどうなったかわかるか」
「言いづらいが、もし中に生きている人間がいたら俺たち同じように放り出されているはずだ」
「……だが感謝する。俺一人じゃどうにもならなかっただろう」
「そうか? あんたのしつこさなら早晩結論にたどり着いててもおかしくないとは思ったがな」
「謙遜するな」
「解決が俺らの手柄だとは思ってるし、お前いなくてもなんとかなったと思うから謙遜はしてない」
「このクソジジイ。あの店に顔出したら、山ほど蒸留酒をおごってやる」
「俺の店に来たら……まあ一杯目の麦酒ぐらいはくれてやろう」
「はっ」
マクスウェルはハンマーを背負って、再び縄張りの酒場に戻った。
機会があればあの酒場にもう一度顔出して……しまった、あそこの床の修繕費とか置いてきてなかったっけか。気まずい。
「さて、帰るか。私の大活躍で見事解決したな」
「ああ、帰ろう。俺の大活躍で見事解決した」
「まあ、ウィルも私の次ぐらいには貢献していたかな」
「ペッパーも、俺の次ぐらいには頑張ってたぞ」
「この」
「言ってろ」
俺とペッパーも帰路につく。
だがまあ、おそらく。毎日店を開くわけにはいかなくなったような気がする。
「黒幕とやらか。ウィルは心当たりあるか」
「いっぱいあるような、ないような」
「私もそんな感じだな」
「はっきりした心当たりはない……だが、なんとなくレノンの去就が気になる」
「わかった。その辺はウィルに任せるよ」
「じゃあペッパーは店番か?」
御年67歳、冒険がどうやらまた始まるようだ。
平穏無事な日常だって別に悪くなかった。まったく面倒だ、面倒だが……
「何を言ってる。ウィルが冒険に出るなら私は絶対必要だろうが」
そうだ。どこに行くにせよ、俺の人生にはお前が必要なんだ。
Got To Get You Into My Life、大好きな曲です。