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世界はこんなに美しいのだもの

「あかずきん、シンデレラ、ラプンツェル、ヘンゼルとグレーテル、いばら姫……」


「グリム童話か?」


「そう」


 絵本を探す竜也たつやに、慎之介しんのすけは訊ねた。貴重な休日にいきなりの呼び出しに応じたのだ。理由くらい聞いておきたい。


 頷きながら子ども向けの本を集めた棚を熱心に眺める竜也を見ながら、慎之介はさらに続ける。


「何? レポートの課題か?」


 竜也は文学部所属だったはずだ。グリム童話に関したレポートを求められているのだとしたら、それなりに納得できる。


「違う」


「じゃあ、何なの? 俺、今日は寝て過ごす予定だったんだけど」


「少しは働け。――あ、星の銀貨もか」


 探すのは竜也だけで充分そうだ。慎之介は『星の銀貨』と聞いても、どんなお話なのか思い出せなかったからだ。


「俺、竜也ほどグリム童話に詳しくないぞ?」


「君はいればいい」


 竜也は絵本を腕にたくさん抱えている。大きさがバラバラだから持ちにくそうだ。


「持とうか?」


「ん」


 短い返答。そして、彼が抱えていた絵本はそのまま慎之介の手に渡る。


「お前は遠慮とかないのかよ……」


 気づけばどんどんと本は積み上がっていく。


「この辺でいいか」


 竜也と慎之介の手がいっぱいになったところで、ようやく移動した。新緑の深まる五月の下旬、その平日の昼間だからか、図書館内の六人掛けのテーブルはまるまる空いている。


「借りないのか?」


 テーブルに絵本を積むと、ページを捲る竜也に問う。


「選別中」


 真剣な眼差しで絵本を一冊ずつ見つめる竜也を、慎之介はぼんやりと横で眺めた。


 ――相変わらず、綺麗な顔してんなぁ。


 竜也は女の子に人気のある美貌を持ちながら、特定のカノジョを作らなかった。その一方で、何かあれば慎之介を呼び出し、付き合わせる。出会ってから、ずっとそんな関係だ。


 しかし、それを慎之介は悪く思ってはいない。彼の隣にいられることに誇りを感じていたし、彼と過ごすと世界は輝いた。口では文句をつけつつも、こうして付き合うのはそういうことだ。


「む……これなら書けると思ったんだが……」


 竜也の表情が曇った。フレームレスの眼鏡を外し、悩ましげに寄せられた眉の間を指でほぐしている。


 ――絵になるな……。


 逆光に浮かぶ彼の細いシルエットはとても美しかった。時間を止めて、ずっと眺めていたいと思えてしまう。


「……書ける?」


 そこまで一瞬で感じて、間を開けすぎないタイミングで慎之介は問う。


「課題なんだ」


「大学の?」


 竜也はいつだって言葉足らずだ。必要なことを伝えるのに適した長さを選んでいると前に言っていたが、足りないだろ、と慎之介はいつも思う。


 竜也が頷いたので、慎之介は促す。


「でも、レポートじゃないんだろ?」


「童話を書くんだ」


「お前が?」


「そう」


 あっさり肯定される。


「タイトルは決まっているんだ」


「なんて?」


「星と嗚咽」


 意味が分からんという顔を作ったからだろう。竜也が続ける。


「今、決めた」


 竜也は眼鏡をかけ直して、真顔で告げた。


「今かい」


 思わずツッコミをすると、竜也は笑う。木洩れ日のようにきらきらとした笑顔。


「君がいて良かった」


 ドキッとした。慎之介は気持ちを悟られぬように視線を外す。


「脈絡がわからんこと言うな」


「星の銀貨をベースにする」


「だから、わかるように説明しろって――」


「慎之介」


「はい?」


 いきなり名前で呼ばれて、顔を見る。普段は苗字で呼ぶのに、どうして今――。


「いつも、助かってる。だから、君に伝えたい言葉を、この童話に詰める」


「あぁ、うん……」


 どんな顔をすればいいのかわからない。慎之介は素直に困った顔をした。


 竜也は困ったように笑う。


「きっと、この『星と嗚咽』ができたらわかると思う。この世界はこんなに美しいのだもの」


 ――それは、お前が……。


 言おうとした言葉は、声にならない。唇を奪われたからだ。


「待っていて」


 竜也の笑顔が目の前にあって、そのタイトルに込められた意味に気付いた。


《了》

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