第9章
「雪、ですね。」
「そうだな……」
リシュアはソーマと一緒に所定の場所へとバスで向かっている。大粒の雪が降り、空も曇っている。2人は隣り合った席に座り、リシュアは窓の外を見ているようだ。ソーマは携帯でテレビ放送を見ている。
『次のニュースです。本国会でPMC法案が圧倒的多数で衆議院を通り、参議院でも審議が行われる予定です。一部の評論家からは「日本が培ってきた安全性を打ち壊すのではないか」という懸念も聞こえましたが、ある経済評論家は「停滞した日本経済の活性化にもつながる」とのコメントを発表し……』
「…リネージュ軍の思惑通りですね、今のところは。」
リシュアも横で放送を聞いていたらしく、不安そうにつぶやく。ソーマも首を振る。
「本当に政治家とか全員買収してこんなことを?」
「…この国の政治家が自発的に銃刀法を改めるなんて普通しませんよ。まして国内で傭兵産業を認めるなんて…」
「買収か…フィスカとかクレアから聞いたが1人1兆円で買収したって話も聴いたぞ?」
リシュアは金額を聞いて表情を変えてしまう。
「…まぁ、タックスヘイブンを全て襲撃すればそれくらい安いものかもしれませんが。」
「でも、どうやったんだ?普通に襲撃しただけじゃお金は手に入れられないだろう?」
「リネージュ軍は先に情報運用能力の高い戦艦を転移させたんです。アンリ・ペタン級戦艦8番艦フランソワ・ダルランと数隻の護衛フリゲートを。ここをサーバーにして本格的に作戦を進める数ヶ月前に銀行を開設させました。」
「戦艦!?本当の意味で…だよな?」
「はい。」
リシュアに確認を取り、ソーマは呆然とする。現代では戦艦が復活するなどありえないとよく言われている。
「…どうして復活したんだ?」
「それは海軍士官にでも聞いてください。とにかく戦艦をサーバーにして銀行を開設し、いくつか裏取引を行って信用を得た後でタックスヘイブンを襲撃したんです。そしてこのお金をあらかじめ作った銀行に送金しておけば取引先として使える銀行の完成です。戦艦にサーバーを設置すれば、うかつに進入できない上に外部からの攻撃に対しても強く、電子防御も強固なのでそう簡単に対処できなくなります。」
「潜水艦とか…巡航ミサイルで撃沈できないか?」
「戦艦と数隻の護衛艦がいる状況ならまだしも、艦隊を従えている現状では難しいでしょう。簡単に迎撃されます。」
ソーマはため息をついてしまう。リネージュ軍は着々と陰謀を進め、今では尋常な手段で覆すのが難しくなっている。
「…それで、どうにか出来そうなのか?」
「相手方の情勢も、前の前哨基地襲撃である程度つかめました。ミラージュと呼ばれる司令部を潰し、彼らの資金を絶つ。つまり戦艦「フランソワ・ダラディエ」を襲撃あるいは撃沈することが必要です。そして幹部の確保が。」
「大丈夫なのか?」
「直接乗り込まなければいけません。物語のように小出しに幹部を出してやられるような失態を犯すような連中ではありません。逆を言えば、まとめて倒せるので簡単に計画を頓挫させることも可能です。しかし…どう乗り込めばいいかがわかりません。」
リシュアは頭を抱えてしまう。ソーマも難しい顔をして考え込む。
「…この前も米海軍が負けたってニュースを見た。国連軍でも組んで海軍全部をまとめなければ勝てないんじゃ…」
「それでも…難しいです。戦力的な意味でもそうですが、EUはリネージュ軍と取引することを考えているようです。リネージュ軍も、軍事行動を起こした際に協定をもちかけたそうで…」
「あんな酷いことをやってる軍なのにか?日本に兵器をいろいろと送り込んで…乗っ取ろうとしてるのに?」
「タックスヘイブンは元々金持ちが税金を逃れるためや、犯罪がらみの金が集まる場所です。潰せば金持ちは税金を納めざるを得なくなりますし、犯罪も減るでしょう。20世紀からこの問題をどうするか考えていた欧州諸国などの先進国にとっては嬉しい一面もあるようです。それと、米海軍を連戦にもかかわらずほぼ無傷で打ち破っているリネージュ軍です。今のところリネージュ軍は商船への攻撃は行ってませんが、これをやったら…」
ソーマは少し考え、何が起こるかわかったのか愕然とする。
「…経済がやばいことになるよな。普通の貨物船とか沈められるだけでもかなりの打撃なのに…」
「はい。そうなると彼らは協定を呑むほかありません。そうなると物理的な方法で乗り込むのは不可能でしょう。対抗するなら私たちの世界の海軍でも呼び込まないといけませんが、相変わらず意見がまとまらず難航しています。」
「本当にどうするんだよ…」
「…その手段を考えるのはフィスカさんとクレアさんです。私は…彼女達の支援をするためにいます。ロッカさんを救うために。現地で武器を借りるのでそのつもりでいてください。」
「武器?」
「シェルミナという武器商人に話をつけてあります。これが目録なので選んで置いてください。さすがにPMMだけでは心もとないでしょう?」
同意するようにソーマはうなずくとカタログに目を通す。89式小銃やG36と言ったこの世界でも有名どころの銃器がそろっているが、ソーマはページを全て見終わって首をかしげる。
「この世界の米軍の装備だけぽっかりと抜けてないか?軽機関銃はあったけど、M16とかM4が…後ベレッタM92もなかったが。」
「その2つの突撃銃は私たちの世界では失敗作扱いで軍に採用されなかったんです。耐久性がいまひとつで、しかも水や砂塵が銃内部に入り込むと機関部が故障しやすいので軍での人気がなかったんです。あきらめてください。拳銃のほうは、性能不足としか…」
「あぁ。」
特に使うつもりもないのか、ソーマは平然と答える。リシュアはソーマの携帯でテレビ放送をじっと見続けている。
『続いては、集団的自衛権についての見解を…』
「リシュア…ちょっといいか?集団的自衛権についてレポート出したいんだけど…」
「はぁ。」
リシュアはバス内部の路線図に目をむけ、それから軽くうなずく。
「私でよければ協力しますが…」
「あぁ、じゃあ…まず、どうして集団的自衛権が必要なのかわかるか?最近政府が憲法を改正してまで得ようとしてるのが気になるんだ。」
少しリシュアは考え込み、それから話し始める。
「この世界の日本は戦争できないので、米軍との軍事行動が取れない…おそらくアメリカの圧力がかかっているのでしょう。」
「アメリカ、か…でもどうして?」
「同盟国に戦争の負担をさせたほうが楽ですから。日本の軍事力は相応のものです。システム面で劣るところはありますが、質だけをみればレベルはかなりのものです。この軍を参加させたいから、アメリカは集団的自衛権を持つよう日本に働きかけているのでしょう。」
なるほど、とソーマは納得するがある疑問が浮かび首を捻る。
「…アメリカに飛んでいったミサイルを撃墜できないとか問題になってるみたいだけど、それはどうなんだ?」
「領空を通った不審物を撃墜する、と言うことでいいんですよ。ミサイルの行き先を正確に把握することは不可能ですし、日本の迎撃範囲と言うことは殆ど領空を通るものです。なら領空侵犯した物体を撃破するということで名目が成り立ちます。まして、ミサイルであれば。国際法は各国の憲法、法律を優先するという規定があるため追求からも逃れられます。」
「そうだったんだ…」
「一応、中国南部から日本を迂回するようなミサイルは撃墜できないでしょうが…どうしても撃墜したかったら「沖縄の領空を通った」くらいの主張をすればいいんです。相手は軍事機密のデータなど明かすことは無いでしょうから「領空を通った」と日本政府が言えば通ったことになります。」
「…そう考えるとむちゃくちゃなことを言ってるんだな、マスコミって。」
呆れた様子でソーマが言うと、リシュアもうなずく。
「はい。裏付けも専門家の意見もなく、ただ適当に権力者の意に沿う情報を流しているだけです。第4の権力とは到底呼べる存在ではありません。」
「きついこというな…」
「それだけ役に立ちませんよ。もう1つ権力がなければ。刺客という、ね…」
「…物騒だな。」
ソーマは首を振るが、リシュアはそれを否定する。
「一民間人ではどう行動したらいいかわからないことも多いんです。誰に相談したらいいかもわかりませんし…民衆に尽くす人物が必要なんでス。そうでなくては表で活動する悪人を倒すことが出来ません。」
「民衆に尽くす、か…」
「本来その責任は政治家が負うべきものですが、名前が特定されやすくピンポイントで買収されたりするのでどうにもなりません。そして彼らは裏工作の1つでもしようものなら国民から叩かれ失脚することも多いですし…」
「けど、人を殺すこともあるんだよな?」
「弱みを握られずっと操られ、民衆に不利な政策を延々と続けられるくらいならやるしかない…という状況も存在しますよ。今の日本もそうでしょう?リネージュ軍に殆ど買収されてしまい、公的機関で手出しできない状況に追い込まれてます。」
だよな、とソーマも納得するほかなかった。法案のため自衛隊は出動できず、警察はリネージュ軍の逮捕すら出来ない状況にある。PMC法案が通ったため合法的な軍事力の保持が認められ、大規模な戦力が集中していても何も規制できずにいる。
「…そういう相手をどうにかするために、フィスカとクレアが戦ってるんだよな。」
「そして、その支援をするため私達も戦うんです。私1人では手が足りませんから…頼りにしてますよ。」
「頼りにしてるといわれてもな……俺は一民間人だぞ?」
ソーマがため息をつくと、リシュアは首を振る。
「現代だから貴方に頼むんです。剣と魔法の世界では貴方では戦えないかも知れませんが、銃器を持てる今であれば、基本的な動きを見につけている貴方でも戦えます。」
複雑な表情をしながらソーマはうなずくと、停車ボタンを押す。リシュアが言っていた場所は次のバス停で降りる方が近いからだ。
「……冷え込むねぇ。」
「まったくだ。」
フィスカとクレアはバスの扉が開くと、冷たい風を全身に感じつつ降りる。大きなスキー用のバッグを持っているが特にスキーウェアに着替えているわけでもなく、いつもどおりの服装を着ている。それでも普段と変わらぬ歩調で、予定集合場所の神社へと向かう。ある有名な日本の軍人を祭っている神社で、小規模で普段は無人のためここを攻撃拠点にするつもりのようだ。空は曇っており、夕方と言うことすら判別できない。
2人が境内に向かうと民間人と思しき男性がライターを持っている。しかしその男性はタバコを口にくわえておらず灰皿を出す気配もない。変わりに携帯電話を持っている。
「…何あいつ。」
「放火するつもりか?それなら始末しろ。そうでなければ眠ってもらえ。」
了解、とフィスカはうなずくと標的に接近する。標的は本殿脇にある染みの場所にライターを近づけている。
「…始末するしかないか。でも待てよ、リネージュの奴だったら…」
フィスカは標的の背後から接近すると、PP28プラーミアを抜きさかさまに持つ。肩場の剣なので刃のない部分で殴れば気絶させることも出来る。
通常の剣のように構え、フィスカは標的に接近するとすかさず一撃を加える。首筋を殴られた標的は気絶し倒れこむが、フィスカはもう片方の手で支える。様子を見ていたウレアがフィスカに駆け寄り、声をかける。
「民間人だったか?フィスカ。」
「もしかしたらリネージュ軍って可能性もあるしね。ちょっと尋問しよう?」
なるほど、とクレアはうなずくとライターをとりあげ、標的を寝かせる。フィスカは手水舎から水をひしゃくに入れて汲んでくると標的の顔にかけて起こす。
「気がついたようだな。」
クレアは標的の胸倉をつかむと、リネージュ軍が使っている言葉であるフランス語で話しかける。
「Qui êtes-vous?(お前は誰だ?)」
強い口調でクレアは話しかけるが、標的は違う言葉で答える。どうやら日本語でもないらしい。
「…どこの言葉だ。フィスカ、わかるか?」
「知らない。こいつの携帯見ちゃおう?」
フィスカが携帯を見るとある短文投稿サイトが表示され、ハングル文字で何かが書かれている。しかしフィスカとクレアはこの文字が暗号と思ったらしくヘッドセットで連絡を入れる。
「リシュア、ちょっといいか?」
「あ、すみません…今、リシュア様はいないんですぅ。クラリスがお答えしますぅ。」
リシュアの従者であるクラリスが応答する。フィスカは幼い、間延びした声を聞き表情を緩ませながらたずねる。
「解読不能のテキストがあるんだけどそっちに送るね。誰かに解読させてわかったら教えて?」
「はぁい。」
フィスカがヘッドセットからケーブルを取り出し、携帯に接続する。その間にクレアは標的を座らせ、逃げないようにP250拳銃を標的の額に突きつける。言葉もわからない以上、尋問はできそうにない。
しばらくすると、クラリスが通信を返してくる。
「あ、今解読おわりましたぁ。」
「どうだった?敵軍の連絡に使ってた形跡はある?」
「うーん、単なる反日目的の酷い言葉ばっかり書かれてるサイトですぅ…はずれですよぉ?何か、昔の軍人が祖国を占領する原因になったからその神社を焼いてやるとかなんとか…」
「了解。」
フィスカは笑みをこぼし、通信を切る。とても嗜虐的な笑みを浮かべ、標的を見つめる。標的はわけのわからない言葉でまくし立てるが、フィスカはけりを入れて人目の付かないところまで引きずっていく。
「こいつ、リネージュ軍関連じゃなかったみたい。」
「わかった。後は任せる…魂に安らぎあれ。」
「了解。魂に安らぎあれ。」
クレアはそっとうなずく。フィスカは表の通りから影になるところに標的を連れて行くと、PP28を逆手もちに構える。
「ぐっばい。」
満面の笑みをこぼし、フィスカは標的の腹に剣を突き刺す。それから剣を引き抜くと、一刀の元に首を切り落とす。
それから標的の持っていた携帯で写真を撮ると、クラリスに連絡する。
「この文字を翻訳できるツールってある?」
「ありますよぉ?そっちに表示しますねぇ?」
うなずくと、フィスカは携帯を打って標的の死体の写真と一緒に「天罰が下った」と文字を打って送信する。
「終了。」
標的の手に携帯を握らせ、フィスカはクレアのところに戻る。クレアはスキーのバッグからセンサーを取り出すと建物にかざしている。建物は2階建てのごく一般的な住宅だが、黒いバンが止まっている。
「どう?何人いるかわかる?」
「12人だ…なかなかいいな、ハートビートセンサーと言うのも。」
敵兵の心音を検知し、壁や建物越しでも兵員の配置などを探れる上敵から感知されにくいのがこのハートビートセンサーだ。最も武器に搭載できるほどの小型タイプは特殊部隊でなければ配備できず、クレアが使っているのは旧型で突撃銃のような形状をしている。
「どうしようか?」
「全員の殺傷が目的だ。こいつでしとめよう。」
クレアはハートビートセンサーを地面に置くとスキーバッグからパンツァーファウスト3対戦車ロケット砲を取り出す。そして弾頭部分の棒を引っ込めると建物に向ける。本来は対戦車砲弾を発射するのだが、先端のブロープと呼ばれる筒を引っ込めれば貫通力よりも爆風の範囲を重視した榴弾として使用できる。
「…それ、やばくない?周辺の住民にも被害ありそうだし…」
フィスカは不安げな声を漏らす。トーチカなどをぶち壊せる対戦車ランチャーを住宅に発射すれば当然二次災害の恐れも大きい。
「大丈夫だ。壁に当たれば…」
「この世界の住宅ってシェルディアの家と違うと思うんだけど。爆撃対策してるようには思えないし。」
彼女達の世界では爆撃での被害を減らすため、また住民を銃弾の貫通などから守るため壁は頑丈に作られている。この世界の住宅では銃弾などを気にする必要もないため、特に補強もされていない家屋が殆どだ。見かねたのかリューゲルも通信を入れる。
『フィスカの言うとおりだ。壁を貫通して不発弾になるか隣の家に着弾する危険もある。控えろ。』
「了解だ。」
ため息をつくと、クレアはバレットM82狙撃銃を取り出す。
「援護するぞ。お前に合わせて標的を撃つ。」
「わかった。じゃあやってくる。」
フィスカは裏口へと周り、突入のタイミングを待つ。
「到着しましたよ。」
リシュアとソーマは塀に囲まれた大きな施設の裏口に到着する。黒いSUVが2人の後ろに停車すると、シェルミナが運転席から降りてくる。
「武器は全部そろえたわよ。お好きにどうぞ。」
「あぁ。」
ソーマはトランクから89式小銃とマガジンを取り出す。慣れた手つきでダットサイトも装着しセーフティを解除するとコッキングレバーを引きいつでも銃を撃てるようにしておく。陸上自衛官の平均身長や体格に合わせた設計のため非常に扱いやすく命中精度が高く信頼性もほどほどにある優秀な銃だ。
「リシュアは何にしたんだ?」
「これでかまいません。いざと言うとき貴方の援護をするくらいなら、これで。」
リシュアはスタームルガーP9短機関銃とマガジンをトランク後部から取る。彼女の世界の国家であるシェルディアでの制式採用短機関銃だ。法執行機関向けモデルのためクローズドボルトを採用し、命中精度がある上コンパクトで扱いやすい。
鞘にホルスターを取り付け、そこにP9短機関銃をしまうとリシュアはシェルミナを見つめる。
「な、何よリシュア…」
「シェルミナさん、追加料金を支払うので脱出をお願いできませんか?私達4人では殲滅できません。」
はぁ、とため息をつくとシェルミナはしぶしぶうなずく。
「…貴方と仲良くしたらしたでこうなんだから、まったく。いいわよ、2人位なら乗れるから。」
「感謝します。ソーマさん、行きましょう。」
リシュアはそういうと裏口の扉を蹴破る。塀の内部は広い中庭に通じている。湖まで
ファマス突撃銃を持ったリネージュ軍の兵士は真っ先にリシュアに気づくが、彼女は一瞬で兵士の目の前まで接近し、細身の剣を抜くと一薙ぎで兵士を倒してしまう。
ほんの一瞬の出来事をソーマは目を見開いて見つめていた。あまりに無駄がなく、鮮やかだったので心を奪われていたがリネージュ兵の声で正気に戻る。
「敵だ!」
とっさにソーマは声のした方向に89式小銃を向けセミオートで発砲する。5.56mm銃弾を受けてリネージュ兵は倒れこむが、騒ぎを聞きつけ建物の扉を開けてリネージュ兵が出てくる。
「援護してください、突撃します。」
「あ、あぁ!」
リシュアはソーマから援護射撃を受けつつリネージュ兵の集団に突撃する。細身の剣で銃弾を弾きながら至近距離まで接近し剣をリネージュ兵に突き刺す。
素早く剣を引き抜き、リシュアは扉を占領しているリネージュ兵に突進する。リネージュ兵は銃剣つきのファマス突撃銃で応戦、2人がかりで細身の剣を受け止める。
「少しはやりますね…」
リシュアは剣を引くと後退。リネージュ兵が前に出ようとするがソーマはすぐにリネージュ兵めがけ89式小銃を発砲。リネージュ兵の1人が足を打ちぬかれて転倒する。リシュアはもう1人のリネージュ兵に剣を突き出すが、リネージュ兵も剣をはじく。
『大丈夫か…!?』
「貴方はほかの敵に射撃を。側面をお願いします。」
ヘッドセット越しにソーマの声を聞き、リシュアは冷静に返すと左手でファマス突撃銃をつかむ。それから右足でリネージュ兵に蹴りを入れる。
「ぐっ!?」
「申し訳ありませんね。私のほうが仲間と技術に優れていただけです。」
細身の剣をリシュアはリネージュ兵の胴体に突き刺し、すばやく引き抜く。そして側面の敵兵にP9短機関銃を発砲する。
ソーマも89式小銃をフルオートで連射、リネージュ兵は散開し壁や庭石に隠れる。
「行きましょう。援護しますよ。」
『わかった。』
いったん物陰に隠れ、2人はマガジンを交換するとまずリシュアがP9短機関銃を連射し始める。それにあわせ、ソーマも物陰から出て、89式小銃をリネージュ兵のいるほうに連射しながら横に進む。
リネージュ兵は物陰に隠れたまま出てこず、ソーマはリシュアと合流し建物の中に入る。広いロビーから脇の廊下に入るとリシュアはすぐに防火シャッターを閉め、火災報知機を鳴らす。
「火災報知機なんかどうして鳴らすんだ?」
「脱出の際、消防車が貴方達の逃亡を援護してくれるでしょう。リネージュ兵でも、敵意のない消防隊員まで殺すとは思えません。」
「そうなのか?」
「リネージュ軍は一応軍人、規律はあります。命令がなければ民間人は殺しません。それに、公的な機関を刺激したくないというのもあります。買収をするのは、相手が敵意を抱いてない場合に限りますから。警察署の襲撃は民間の部隊にやらせているようですし。」
スプリンクラーの水がかかる中、2人は先に進んでいく。その間にもリシュアはあちこちの防火シャッターを手動で下ろしていく。
「大丈夫か?そんなにおろしたら脱出のとき…」
「帰りは切り裂いていきますから。」
こともなげにリシュアは答え、ソーマはあっけに取られながらもついていく。内部のリネージュ兵が槍やAA52軽機関銃を持ち出してくる。
「着剣して応戦してください。突撃銃のままで接近戦を戦えません。」
「あ、あぁ。」
以前、銃弾をはじいて接近してくる刺客の姿を見ていたためかソーマはうなずくと銃剣を89式小銃に装着する。その合間にもリネージュ兵が槍を持って向かって来るが、ソーマは何とか装着した銃剣で受け止める。
「……!」
リネージュ兵の形相が必死であり、力も強くソーマはどんどん押されていってしまう。その間にリシュアはAA52軽機関銃を持ったリネージュ兵を一撃で斬り倒しAA52軽機関銃を奪う。
「援護しますよ。」
AA52軽機関銃を腰のあたりに構え、リシュアは槍を持ったリネージュ兵めがけ射撃する。背後から銃弾を受けてリネージュ兵は倒れこむが、胴体を貫通した銃弾がソーマの横を通り抜けて壁に命中する。
「大丈夫ですか?」
『た、助かったけど…危なかった。』
AA52軽機関銃を放り出し、リシュアはソーマに近づく。
「すみません、銃弾が貫通するとは思わなくて…」
「…いいんだ。いや、いいってわけでもないけど、気にしなくていい。大丈夫だ。」
冷や汗を流しながらソーマはうなずく。リシュアはそれを聞き、曇らせていた表情を少し明るくする。
「よかった…」
リシュアは倒れた敵兵の目をそっと閉ざすと、階段を上がっていく。ソーマも後に続くが、リシュアは道を知っているかのように一直線に進んでいく。
「ロッカの監禁場所を知ってるのか?」
「えぇ、まぁ。」
あいまいに答えつつリシュアは2階に到着する。両側に廊下が伸びているが、リシュアは安全を確認し左側の通路を監視する。
「後方からの襲撃に備えます。ソーマさんは前に進み、最初の角を曲がって真っ直ぐ進み、突き当りを右に行ってください。」
「あ、あぁ。」
複雑な道順どおりにソーマは進んでいく。リシュアはソーマの後ろからついてきて、背後を警戒しつつ随伴する。すると、突然のようにリネージュ兵は廊下の角から飛び出しサーベルを両手で振り下ろす。ソーマはとっさにバックステップで回避し89式小銃を突き出す。
銃剣がリネージュ兵のわき腹に突き刺さり、その状態でソーマは89式小銃を連射する。銃弾がリネージュ兵の胴体に突き刺さり、力なく兵員が倒れたのを見てソーマは住建を引き抜く。
「…大丈夫ですか。」
「……あぁ。」
動きが止まったのに気づき、リシュアは声をかける。ソーマの顔は青ざめており、今にも吐きそうな表情をしている。それを見てリシュアが声をかける。
「…やむをえないんです。貴方の友人を救うため、ですよ。」
「わかってる、けどな…」
「…ロッカさんもこうなる可能性があるんです。それに…進まなければいけません。ここで引き返せば、この兵士は何のために命を落したことになるんですか?」
リシュアに真剣な表情で言われ、ソーマはリネージュ兵の死体から目を離すと先に進む。2階部分も廊下が続いており、床は人工素材の硬いじゅうたんが敷かれている。
周囲を警戒し、扉を開けつつソーマは先に進んでいく。リネージュ兵の姿はなく、リシュアも背後でカバーしているため特に問題もなく部屋の前までたどり着く。扉のノブにソーマが手をかけようとすると、リシュアが止める。
「私が先に入ります。」
扉のノブをリシュアはゆっくりと捻る。そして、軽く押すと罠がないことを確認する。
「行きます。援護射撃を。」
「わかった!」
リシュアは勢いよく扉を開け細身の剣を抜く。テーブルなどがそのままの会議室の隅にロッカが椅子に座ったまま手錠をかけられ気絶しているが、刺客も待機していた。
「こいつはとんだ大物が舞い込んだな。リシュアか…」
「刺客、ですか…」
ミケロットが銃剣をつけたM14EBR自動小銃を構えている。リシュアは剣を抜いたまま片手で構え、慎重に間合いを測る。
「お前も殺せと命令されている…命令しなくてもやるがな?リネージュから賞金がかけられている。それも高額でな…」
「……では、高額な賞金をかけられている理由を教えてあげましょう。」
リシュアは真正面からミケロットに突撃するとソーマに指示を出す。
「すぐに救出してください。手錠は銃で破壊してください。」
『わかった。』
ヘッドセット越しに指示を受け取り、ソーマは身をかがめテーブルに隠れるように進んでいく。リシュアはミケロットに細身の剣で切りかかるが、ミケロットはM14EBR自動小銃につけられた銃剣で受け止める。
「ちっ、そっちにも……」
力任せにミケロットはリシュアを振り払い、M14EBR自動小銃を連射する。リシュアは会議室のテーブルに背中を打ち付けるが、すぐに座り込んだまま横へと転がって銃弾を避ける。
「まぁいいぜ?俺だけじゃねぇんだ。」
ミケロットが指をぱちん、と鳴らすと会議室奥の物置から全身黒ずくめの刺客が飛び出してくる。リシュアは一瞬そちらに気を取られてしまうが、その隙にミケロットはM14EBRを連射する。銃弾が腕を掠めるが何とかリシュアは銃弾をはじききる。
その間に刺客は大柄な体に見合った2mの長さを持つ大剣を構えソーマへと突撃する。リシュアは一瞬だけ刺客を見るとソーマに通信しつつミケロットに細身の剣を突き出す。
「いいですか、大剣をまともに受け止めないでください。絶対に回避して、隙を見て射撃してください。貴方の腕前では白兵戦に持ち込んでも真っ二つにされるだけです。」
『わかった…リシュア、任せとけよ。』
「了解。」
ソーマは強がりを言いながらも応答する。リシュアは胸をなでおろすが、ミケロットにM14EBR自動小銃の銃剣で細身の剣を受け止められている。
「会話するほど余裕か?なめられたなぁ、俺も。」
「いえ……」
リシュアはすぐに剣を引くと、今度は横から剣を払う。ミケロットもすばやくM14EBR自動小銃で剣を受け止めるがどんどん押されていく。
「ちっ、このバカ力が…!」
ミケロットは近距離でM14EBR自動小銃を発砲する。狙いはそれていたが銃声に反応しリシュアはとっさに飛びのく。その間にリシュアはソーマのほうをちらりと見る。ソーマは刺客に追い立てられ、大剣をよけることに必死になっている。
「……」
状況は悪化しつつある。ミケロットが存外に強くリシュアはかすり傷も与えられていない。それにソーマのことを考えればすぐに決着をつける必要があるが決定的なものがない。
渋い表情をしながらリシュアは周囲を見渡す。しかし会議室に武器や消火器の類はなく、戦局を一変させるのは難しい。
「どうした?早くしねぇと仲間が死んでしまうだろうなぁ?」
「っ……」
リシュアが唇をかみ締めると、いきなり会議室脇の小部屋から人が出てきて酸弾を連射する。リシュアはすかさずソーマに飛びつき伏せさせる。
散弾を受けて刺客は倒れこみ、ミケロットもとっさに伏せる。散弾で壁がぼろぼろになったころを見計らい、射手はロッカを拘束していた手錠を破壊する。
「イリス、どうしてここに……!?」
ソーマがイリスの存在に気づく。普段着の上に軍用の防弾ベストを着込みドラムマガジンつきのAA12散弾銃をスリングにかけている。連射可能な割りに反動もある程度軽く、ドラムマガジンを使えば32発装填可能なため汎用性も高い。
「電話で呼び出されたのよ。ロッカから…そしたら外のシェルミナだっけ?あの人から「それは罠だから救援に行って」って。」
「…助かりました。脱出しましょう。」
リシュアはすぐに出口まで行くと手招きをする。ソーマがロッカを背負い、リシュアはミケロットのほうをにらみながら最後に撤収する。ミケロットは伏せて銃を構えたまま笑みをこぼしている。
「……」
リシュアはミケロットを一瞬だけ見て、それから廊下へと出る。イリスが先頭に立つとAA12を腰だめに構えながら進んでいく。しかしシャッターに阻まれてしまう。
「……な、何で防火シャッター閉まってるのよ?」
「敵の侵入を阻止したかったんです。あけますよ。」
「あけるって、相当な力が必要なのに・・・」
イリスが言いかけたとたん、リシュアは剣を振るいシャッターを切断してしまう。四角形に切り裂くと、その穴から先に入る。
「来て下さい。」
冷静にリシュアが答える。イリスは呆然としていたが、ソーマに腕を引かれてすぐに穴を抜けていく。リネージュ兵は別ルートを探しているのかシャッター裏にはいない。
「な、何なのよあのローブの人……」
「俺も良くわからないけど、なんだろうな……」
シャッターを潜り抜けながらソーマとイリスは顔を見合わせる。
「まるで安っぽいRPGのコスプレみたい。」
そんなことを言いながらイリスは最後尾でAA12散弾銃を構え後方をカバーする。リシュアは淡々とシャッターを切り裂き、裏口へと向かう。
裏口まではリネージュ兵もなく、普通に撤収することが可能だった。どうやら彼らは防火シャッターの開放をあきらめ、他の区域から迂回しているようだ。裏口の扉をリシュアが開けると銀色のSUVが止まっている。
「運転は私がやります。路面電車の電停で下ろしますので各自帰還してください。」
「大丈夫か?敵に追いかけられたら……」
リシュアは運転席に乗り込み、中部の座席にソーマが座ろうとする。ロッカはシートベルトで固定して寝かせている。
「貴方達は後部座席にいてください。」
「どうしてだ?」
「おそらく敵も追跡してくるでしょう。その車両を破壊します。人通りの少ない場所を通るので迎撃しましょう。」
迎撃、と聞いてイリスとソーマは顔を見合わせる。
「で、でも銃弾が家に当たったりしたらどうするのよ!?流れ弾とか…それにロッカも載せてるのに銃撃戦なんて…」
「具合は大丈夫みたいですし、このまま病院や家に乗せて行っても追跡されてしまいます。空港行きのルートに見せかけて山間部へと入りそこに誘い込んで撃破します。後ろにある銃なら十分でしょう?」
イリスが後部座席を倒すと荷物を置く場所にセトメ・アメリ軽機関銃がおかれている。第二次世界大戦のMG42を5.56mmにコンバートしたもので非常にレートが高く、軽装甲車両でも簡単に破壊できる火力を持っている割に比較的軽量で扱いやすい。
SUV後部の窓は完璧に開放されるタイプなので軽機関銃を出すのもたやすい。ソーマはアメリ軽機関銃を窓から突き出し、様子を伺う。
「十分だ…もうここまで来たらやるしかないよな。」
「はい。それと私はここ最近車を運転したことがないのでそこは勘弁してください。」
イリスが首をかしげると、急激にリシュアはアクセルを踏み発進させる。その勢いでイリスは後ろに転んでしまう。
「ちょ、ちょっと気をつけなさい!」
「難しいですね。あくまでも普通に逃げているように見せかけなければ…」
イリスはあわてているが、リシュアは表情を変えずに運転する。SUVは市街地を抜けて空港方面へと向かっていく。その後ろからP4軽車両が追跡してくる。
「PMC法案が通ったから堂々と追いかけてくるな…」
「えぇ。」
SUVを追跡するP4装甲車の数がどんどん増えていく。リシュアはかまわずに空港方面から山間部へと向かう。リネージュ側も発砲するどころか車をぶつけさえしてこない。
「おとなしいな…」
「そろそろ撃って下さい。」
民家が見えなくなったところでリシュアが射撃命令を出す。とたんにイリスがアメリ軽機関銃を連射し始める。ソーマも続いてアメリ軽機関銃を連射。電動ノコギリのような連続した銃声が途切れることなく響く。
5.56mm銃弾がP4の車体に当たり火花を散らすが、防弾ガラスを一瞬ではじけさせP4の車体に搭載したAA52軽機関銃を発射しようとした乗員を一撃で吹き飛ばす。あまりに連射速度が速いため腕や頭なら簡単に吹き飛ばしてしまうのだ。
「ひっ……!」
イリスが思わず悲鳴を上げてしまうが、リシュアは強い口調で呼びかける。
「ああなるまえに、ああするしかないんです!射撃を止めないでください!それと弾装を交換するときは交互にお願いします!」
「わ、わかってるわよ…!」
その間にソーマはアメリ軽機関銃をしまい、89式小銃をセミオートで発射する。イリスはすぐにアメリ軽機関銃上部のカバーを持ち上げ、250発入りマガジンからベルトにつながった銃弾を取り出すと持ち上げた部分に銃弾を配置、すぐにカバーをおろして射撃を再開する。
銃撃を受けた1台がスピンすると、後に続く車両が道路わきに横転したりぶつかったりして次々と離脱してしまう。やがて、誰も追跡してこなくなった。
「もう、追いかけてこないみたいだ。」
ソーマが表情を緩ませながら答えるが、リシュアは冷静な表情を変えないでいる。違う道から引き返すがリシュアは目を丸くする。バックミラー越しに視線を見たソーマは首をかしげる。
「どうしたんだ?」
「前、見てください…みたらすぐに何かにつかまってください。」
リシュアの言葉を聴き、2人が前を見るとVBCI装甲車が対向車線にいる。そしてSUVが通り過ぎるとVBCI装甲車もUターンして追いかけてくる。しかも12cm砲を搭載しているタイプだ。
「あ、あれってやばいんじゃないの!?」
「えぇ、非常に危険な状況ですね…すみません。アメリ以外の火器はないんです。」
リシュアは表情を沈ませながら答える。いくら火力があるとは言え軽機関銃では装甲車の装甲を貫通することなど不可能だ。
「じゃあどうするんだ!?」
「窓を閉めて、手近な場所につかまってください。」
リシュアはアクセルを踏み込んでVBCI装甲車を引き離しにかかる。最高速度では乗用車のほうが勝っているため、無理をすれば引き離せないこともない。ただし、VBCI側が何もしないという状況下でのみその理屈は通る。
「伏せてください!」
鋭く、重厚な砲声が響き12cm砲弾がSUVの手前で着弾する。幸いにも狙いがそれており爆発の衝撃も軽く済んだが、サイドガラスに細かいひびが入る。
「お、おい大丈夫か?これ…」
「何とか持たせます。市街地に戻ってフィスカさんとクレアさんに撃破してもらいます。」
リシュアはヘッドセットのスイッチを入れてフィスカとクレアに通信を入れる。その間にもVBCI装甲車がもう一度12cm砲を発射する。リシュアはハンドルを切って何とか回避するが、コンクリートの破片がフロントガラスや車体を掠める。
「それまで持たないだろ!直撃したら…」
「間違いなく死ぬでしょうね。他に方法があるなら聞きます。」
ソーマとイリスは伏せながら考え込む。するとVBCI装甲車が機銃を連射してくる。狙いは甘いが、道路や車体に当たるたびに不気味な音が鳴る。するとソーマが助手席に入り込み、ダッシュボードの下を探る。
「…何かあるんですか?」
「いや…あった、発炎筒だ。こいつで少しは時間稼ぎできるんじゃないか?」
リシュアはちらりと発炎筒を見て、それから前を向く。
「すぐに投げ込んでください。1発きりですからね…大事に扱ってください。」
「わかった。」
ソーマは発炎筒を受け取ると後部トランクの扉を開け、左手で車内の取っ手をつかむ。右手に発炎筒を握ると説明書きを見ながら炎をつける。しかし、ほぼ同時にリシュアが急激にハンドルを切ってしまう。
「あ……!」
ソーマは車体に体をぶつけ、そのまま発炎筒を落してしまう。発炎筒は車外に転がり出てしまう。
「ど、どうするのよこんなときに!」
「……」
リシュアはため息をつき、無言でアクセルを踏み込む。石函の市街地が近くなってくるがVBCIは追跡を止めようとしない。砲撃こそ控えているが、7.62mm機銃を発射してくる。
「伏せてください。」
リシュアは後部トランクの扉を閉める。ソーマとイリスはすばやく伏せるが車内にまで銃弾が飛び込んでくる。2人は思わず頭を抑えるがリシュアは平然と運転している。銃弾が車内も貫通すると、いきなり血が飛び散る。リシュアの腕に7.62mm銃弾が当たったのかローブの袖が赤く染まっている。
「リシュア!?」
「私のことは心配しなくてかまいません。」
リシュアはハンドルを握り続ける。しかしVBCI装甲車が発射した銃弾がタイヤに当たり、スピンしてしまう。ゆっくりとVBCI装甲車は砲身をSUVへと向ける。
「中部座席から出てください、来ます!」
逃げ切れないと判断したのか、リシュアはブレーキをかけると後ろの座席に戻りロッカのシートベルトを外すと抱える。
「武器を放棄して出てください!」
「あ、あぁ!」
リシュアが外に出るとソーマとイリスも両脇の扉から外に出る。とたんに爆発音が響き、3人は身を伏せるが熱風も破片も殆ど飛んでこなかった。リシュアが目を開けて周囲を確認すると、VBCI装甲車の左側が大きくえぐれそこから炎が上がっている。続いて放蕩が吹き飛びVBCI装甲車は黒焦げになってしまう。
「お前達、大丈夫か?」
空のパンツァーファウスト3対戦車ロケット砲の筒を投げ捨て、クレアが近づいてくる。対向車線にはトラックが止まっており、フィスカも一緒にいるようだ。
「すみません…急に呼び出したりして……」
「気にするな。こいつが役に立つとは思わなかったが…」
クレアはパンツァーファウスト3の照準装置をスキーバッグにしまう。フィスカも降りてくるとイリスに駆け寄る。
「大丈夫だった?」
「何とか…も、もっと早くこれなかった?」
フィスカはくすり、と笑みをこぼす。
「そういうこと言えるなら大丈夫そう。あんたらは大丈夫?」
「何とか、な…VBCIが嫌いになりそうだ。」
ソーマはため息をつく。今日、2度もVBCI装甲車に追いかけられればさすがに嫌いにもなってしまうだろう。
「…そういうな。兵器は人に使われてるだけだ。それよりリシュアは大丈夫か?」
クレアはそっとリシュアに近づき、怪我の様子を見る。
「このくらいの怪我、よくあることです…それより申し訳ありません。ソーマさんとイリスさんを作戦に巻き込んで。」
クレアは表情を曇らせ、リシュアをにらみつける。
「…何故わざわざ巻き込んだ?あいつらを…」
「私だけでは手が足りませんでした。しかし軍は動かず知り合いも仕事で呼び出せなかったんです。あちこちに従者を展開させ刺客達をおびき寄せても、私だけではどうにもならなかったので…」
リシュアは顔を伏せながら弁解するが、クレアはリシュアのあごを持ちじっとにらむ。
「理由は分かる。だが目を見て話せ…あいつらにだけは本格的な戦闘を経験させたくなかった。もう、戻れないんだ…!一度戦闘に参加し、人を殺せばな…!」
必死の形相でクレアはリシュアに詰め寄るが、リシュアは冷静に睨み返す。
「こうするしか方法はなかったんです…貴方達は民兵部隊の襲撃に気を取られ人質を取られたことにすら気づかなかった。私は予算も設備も、何もかも限られた状況で貴方達を支援してきたんです。」
「こういうやり方があるか!戦闘に巻き込むなど…死んでいたらどう責任を取るつもりだった!?VBCIなんか引き連れて…」
「それは…」
リシュアが言葉に詰まると、フィスカとソーマがクレアをリシュアから引き剥がす。
「…もういい。ロッカを失わなくてすんだのはリシュアのおかげだ。クレアも…落ち着けよ。」
「そうだよ。全員無事…って、リシュアさんが無事じゃないけど、それでもみんな生きてるわけだし、ね?」
2人に説得され、クレアはしぶしぶ引き下がる。変わりにフィスカがポーチから包帯と消毒薬を取り出すとリシュアに応急処置を施す。
「…何でそこまで怒るのよ。」
「いや、平気ならいい。気分が悪くなったら無理せず言ってくれ。」
それだけ言うと、クレアは荷物をまとめてトラックに載せ始める。イリスは首をかしげるとフィスカにたずねる。
「あの2人、どういう関係なの?」
「元戦友なんだけどさ。ちょっと意見が食い違ったみたい…まぁ気にしないで。さっさと帰ろう?」
フィスカは笑みをこぼすと、クレアを手伝いに向かう。イリスはイマイチ納得できないのか複雑な表情を浮かべる。
「…行こう。」
ソーマはイリスの手を取り、そのままトラックへと乗り込む。すでに夕方になっており、日も沈み始めていた。
「…お前に重要な任務を与える、フィリップ。」
夕日が沈む太平洋上に浮かぶ戦艦フランソワ・ダルランの甲板に2人の人物が現れる。1人はソレンヌであり、もう1人、フィリップと呼ばれたリネージュ軍の兵士がかしこまった様子で命令を聞いている。
「少佐、私に何を命じるのです?」
フィリップは息を呑むが、ソレンヌは楽にしろ、と短く告げる。
「フィスカとクレアに接触しろ。その後のことは一任する。」
「一任?」
「彼女達なら転移装置も持っている。リネージュに帰還するといい。家族が待っているのだろう?」
フィリップはその報告を聞き、じっとソレンヌを見返す。
「…万一尋問されたらどうします?つかまったら・・・」
「情報は洗いざらい言ってかまわない。ただし、どうやって入ったかは確実に言うこと。」
「それって…」
フィリップは表情をこわばらせるが、ソレンヌはすぐに指示を出す。
「生鮮食料を運搬してきたコンテナに隠れろ。番号はB05、急げ。」
「了解…幸運を。」
敬礼をするとフィリップは倉庫へと急いで向かう。ソレンヌはそれを見送ると敬礼をして艦内へと戻っていく。