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第8章

「……」

ソーマがベッドから身を起こし、そのまま扉を開ける。フィスカとクレアは戻っていないようだが、まだ警察にいるらしい。

「…少しさびしいよな。」

ここ数日間、一緒に生活し飯も支度してもらっていたことを考えソーマは少し表情を曇らせる。フィスカとクレアが来る前の日常に戻ったとも言える。

朝食を作り、食べ、テレビを見るがリアクションを取ってくれる2人はいない。自然と座りながら足を動かしていると携帯に着信が入る。

「もしもし?」

『ソーマ…さんですね。リシュアといいます。フィスカとクレアの支援をしているものです。』

直接リシュアとソーマは会話したことがないため、ソーマは目を丸くしつつ話を聞く。

「どうしたんだ?」

『朝食を食べ終えたら直ちに場所を移動してください。武器としてフィスカさんとクレアさんの残した弾薬箱からPMM拳銃を回収してください。』

「おいおい、いたずらは勘弁してくれよ…」

うんざりした口調でソーマは携帯をきろうとするが、リシュアはそれを察したのか強い口調で答える。

『いたずらではありません。ロッカさんに危機が迫り、フィスカさんとクレアさんは動けない状況にあります。しかし朝食を食べないと判断力も低下する恐れがあるのでまずは適当に腹が膨れる物を食べてください。』

「本当か?」

目を見開いてソーマは携帯を握り締めるが、リシュアは付け加えるように続ける。

『えぇ。それと携帯は切らないでください。連絡手段が必要です。銃器はポケットかバッグ、どちらでもいいので隠せる場所に入れて必要以外では出さないでください。マガジンはいくら持ち歩いてもかまいません。』

「わかった。」

すぐにソーマはバッグを取り出す。肩掛けの黒いバッグでDVDのケースが5本ぎりぎりはいるくらいの大きさで、その中に財布とPMM拳銃、予備のマガジンを放り込む。

それから先日のおかずを電子レンジで温め、ご飯と一緒に食べる。リシュアはその合間黙っているとソーマが話しかける。

「フィスカとクレアはどうなったんだ?」

『今、警察で尋問を受けています。暗殺者だから何かここ最近の殺人事件にかかわっているんじゃないかと…もっとも物証は出ないでしょうし大丈夫と思いますが。』

「本当か?フィスカとか…」

そこまで言って、ソーマはフィスカのことを思い返したのか口をつぐむ。リシュアは特に気にしていないのか平然と話をつなげる。

『悪人と見れば、殺して回ることでしょう?大丈夫です。一回ごとに手口を変えて、手段も様々。ですが使用した薬莢は全て回収しています。指紋を残すこともありませんし、目撃者も出ないように細心の注意を払っています。』

「…あんたはそれでいいと思ってるのか?リシュア。」

怪訝そうな表情をしながらソーマがたずねる。リシュアの口ぶりからして、フィスカの行為を容認しているようだ。

『そうせざるを得ないときもあるというだけです。不用意に武器を抜いた方が悪いのですよ。ましてそれで暴力行為を働こうとするから。』

「だが…だからって殺すこともないだろう?」

『武器を向けたとき、死を覚悟しなくてはいけません。私達の世界ではそれが普通です。』

冷静にリシュアが答える。ソーマは朝食を一通り食べ終えてから携帯を片手に立ち上がり、靴を履きながら話を続ける。

「そうかもしれないけど、な…」

『私達の世界では、武器はそれだけ重みのあるものです。人の命を奪う物だから、安直に出したり振り回してはいけないものです。私でもナイフを突きつけて強盗をするような相手を見れば、その腕を切り落としますが。』

一瞬ソーマはかすかに震えるが、靴を履き終えると立ち上がる。彼女への返答にも声が裏返ってしまったようだ。

「そこまでするか…!?」

『…それが私達でありリネージュ軍やフィスカさん、クレアさんの思想なんです。この世界は武器から人を遠ざけた結果、その重さを忘れたように思います。そして相手に傷を負わせることの意味も。』

ソーマはまともに反論できず、言葉を詰まらせながら答える。

「それは…」

『貴方は今、銃を持っています。それが何を意味するか解ってほしいのです。全て受け止めてください…貴方が、相手に与えた結果を。そしてロッカさんを救出するためにしていることも忘れないでください。ロッカさんはリネージュ軍に見つかれば射殺されるでしょう。暴行されるかもしれません。』

冷静かつ、的確な事実を言い当てられソーマは口をつぐんでしまう。それでも大通りに出て路面電車の電停まで来るとそこで待機する。

『家には行かず途中の電停で降りてください。海鮮市場前です。そこにロッカさんを呼び出しました。』

「もう、か?」

『リネージュ軍がいつくるかわからない以上、呼び出したほうが安全と判断しました。彼らはフィスカさんとクレアさんがいないとはわかっていますが、人通りの多い場所で襲撃はしないでしょう。まだ法案も通っていない以上装甲車も使えません。』

「法案?」

目を丸くしながらソーマがたずねる。

『先日法案が提出されました。武装企業規制緩和法案、通称PMC法案です。日本国内でPMCの設立を許可し、その申し出を受けた企業に限り武装を許可すると。』

「リネージュって連中、そんな簡単に法案を出させたのか?」

『彼らは無限大とも言える資金を持っているのですよ。1兆円程度政治家と党首にちらつかせ国債を一気に買い取るとちらつかせれば簡単に落ちるでしょう。そして次の参議院選挙に協力するとも言えば。』

スケールの大きすぎる話をソーマは息を呑んで聞くほかなかった。以前フィスカやクレアが話していたタックスヘイブン襲撃で溜め込んだ膨大な資金を使えば日本を操る程度は簡単にできるようだ。

「けど、そんなことをしても選挙戦で負けるんじゃないのか?国民が…」

『賛成に転じる可能性が高いです。ソマリア沖などの海賊に対応するドキュメンタリーや紛争地帯で働くNGOについて、そしてPMCについての特番が今週の番組に組まれています。現状、日本の警備員は非武装にも近いものがありますし、その状況を変えるためといえば支持率への影響も少ないでしょう。』

「じゃあ、リネージュをとめる方法って無いのかよ!?」

声を荒げてソーマが毒づくが、リシュアは軽く「しーっ」と言ってたしなめる。

『そのためにフィスカさんとクレアさんにシェルディア軍が依頼したんです。』

「そうだよな…けど武装できる法案とかどうして必要なんだ?」

『一番の問題だからです。武器の保持だけで捕まるようではリネージュ軍も活動をしにくいんです。何の活動をするかはわかりませんが。』

「そこが重要じゃないのか!?」

ソーマが声を抑えつつリシュアを問い詰める。

『今回の依頼は、その偵察もかねているんですよ。リネージュ軍がこの世界の脅威たりえるのであれば壊滅させろと。相手の意図をつかむなんて非常に難しいことですから・・・』

「そ、そうだよな…ところでリシュア、あんたはリューゲルとか言ってた奴の部下なのか?」

『私は正確に言えばアドバイザーです。軍所属ではありませんがどうかしました?』

関係ない質問をされ、リシュアは戸惑った様子を見せるがソーマは首を振る。

「いや、気にしなくていいんだ。ただ、口ぶりからして軍の人間っぽくないから気になってな。」

なるほど、とリシュアは短く答えると説明をしはじめる。

『今回の騒動には私もある程度かかわっているので…去年あたりですが、刺客が私の家を強襲し、軍関連の研究をしていた妹のところから転移装置の設計図を盗み出したんです。』

「妹が研究者を?」

『はい。幸い妹は無事でしたが、設計図のいくつかが盗まれました。その中に転移装置の設計図もあり…それをリネージュ軍が実用化してしまったのです。ただし技術力不足で大規模なものしか転移させられませんが。』

「技術力不足って、十分凄いように思えるけどな…」

怪訝そうにソーマが首をかしげる。物質を転送できる装置など理論すら開発されていないのだから十分凄いように思えるのだ。

『フィスカさんやクレアさんが使っている、ドアの感覚で簡単に転移できる装置が妹の作ったオリジナルです。リネージュ軍の転移装置はいちいち艦隊を1kmの範囲に集めてまとめて転移させないといけないものです。』

自慢げにリシュアが答える。ソーマはまったくわけが解らないのか、表情を緩ませながら話を戻す。

「…それで、ロッカを守るにはどうしたらいい?」

『まずは刺客1名を追い払う必要があります。私の指示通り動いてください。』

刺客、と聞いてソーマが周囲を探そうとするがリシュアはそれをたしなめる。

『変な動きを見せれば気づいたと思われます。貴方は素人ですし、気づかれてないふりをしてください。』

「けど、誰か解らないと…」

『解ったら、貴方は刺客に視線を向けてしまいます。そんなまねをしたら、おそらく貴方はこの車内で殺されるでしょう。落ち着いてください。』

ごくり、と息を呑みソーマはじっと固まったように身動き1つとらなくなった。リシュアはその様子に満足したのか、しばらくは落ち着かせるための言葉を優しく並べ立てた。


「おい、いつまで拘束するつもりだ…?」

クレアは苛立ちを隠せない様子で取調室に待機している。武器は携行しているがそれで扉をぶち破るつもりはまったくない。すぐ抜け出せるが、日本の警察と話をつけなければいけないためうかつに抜け出すわけにも行かない。

何分かすると、スーツ姿の男性が入ってくる。黒い、整ったスーツを着用した中年の人物がそっとクレアに向き直るように座る。

「さて、遅れて申し訳ない。あなたの上官と思しき人物と連絡を取っていたが・・・確認のためもう一度話を聞かせてもらいたい。」

無駄な時間を使うことに、クレアはさらなる苛立ちを表情に表しつつも説明する。

「ふむ。」

報告書を見ながらスーツ姿の男性はクレアの話を聴き終えると首をかしげる。

「それで、貴方の上官は我々に超法規的措置を取れと要求してきている。貴方と相棒の犯罪を見逃せ、と。」

「そうだ。基本的に殺傷するのはリネージュ軍兵員のみだ。ただし日本の武装勢力…ヤクザか?あるいは任侠と言ったか。そいつらが加担した場合殺傷もやむをえなくなる。それにリネージュ軍は突撃銃などを平気で持ち出す連中だ、武装の許可がほしい。」

真剣にクレアは訴えるが、スーツの男性は首を振る。

「許可できることではない。警察は法を破る者を見逃すことはできん。」

「状況がわかってないのか?武装した連中が国内にいるのは大問題だろう。それに警察がこの事件に対応できると思えん。」

「そんなことはどうでもいい。貴方が法律を犯していることが問題だ。」

スーツの男性は首を振ると、逮捕状と書かれた書類を机の上に出す。クレアはスーツの男性をにらみつける。

「逮捕するつもりか?」

「そうだ。銃刀法違反だけでも重罪だが殺人の疑いが濃厚だ。相棒の方も特にそうだな。」

「状況を把握しろ!装甲車を持ってる連中なんだぞ、それがわからないのか!?」

あまりの無神経ぶりにクレアは激怒し、ヘッドセットでリューゲルに連絡を取る。

「目の前の奴は誰だ?叩きのめして終わらせたいんだが…!」

『落ち着け。奴は道警の本部長だ…一応こちらの味方のはずだが。』

「あれで味方か!?」

『一応、だ。後で信頼を勝ち得ればいいだろう。』

面倒ごとはごめんとでも言いたげにリューゲルはすぐに無線をきってしまう。クレアは表情を曇らせると本部長を見つめる。

「それで、何故殺人の容疑がかかっている?私はとにかくフィスカに、だ。」

「あいつか。前の殺人事件に目撃証言が寄せられて背格好が似ている。」

話を聞き、クレアは静かにうなずく。

「それだけだろう…待て。」

クレアは本部長の瞳を覗き込む。相手も同じようにクレアの瞳をじっと見つめる。ガラスのようなクレアの瞳は、くたびれた色の本部長の目をしっかりと映し出す。

何かを察したのか、クレアは軽く笑みをこぼしながら挑発的な言葉を放つ。

「私からリネージュの情報を聞くだけ聞いて、自分の手柄にするつもりならやめておけ。今の警察の実力ではリネージュ兵相手に戦っても全滅するだけだ。刺客1人すら倒せまい。」

「何!?」

本部長の瞳が一瞬で見開き、表情がゆがむ。しかしクレアはかまわずに続ける。

「この世界に来るときに警察の武装を調べなかったと思っているのか?連中と戦うなら突撃銃程度は必須だ。警察の持ってる豆鉄砲…32口径(7.62mm)でどうにかできる相手ではない。」

「いいたい放題言ってくれるな。」

本部長はクレアをにらみつける。

「当然だ。今刺客が襲撃してきたらどうしようもない。」

「プロの殺し屋とどう違う?」

「近接戦闘に優れ、普通の警官隊を殺して逃亡するだけの実力がある。追跡者を皆殺しにできるだけの銃弾と武器、および技術がある。武器と言っても映画で出てくる安っぽい爆発を起こすレーザー兵器ではないのが唯一の救いだが。」

本部長はまだ疑いが残っているらしく、頬杖を付きながらクレアの話を聞いている。

「…で、何が言いたい。」

「釈放と、リネージュ軍が沈静化するまでの武装の許可、私達の逮捕の禁止をお願いしたい。終わったら速やかに出て行く。」

本部長は渋い表情を見せ、クレアも一拍置いてから同じような表情をしてため息をつく。


路面電車を海鮮市場前で降りたソーマは落ち着かない様子で周囲を見渡す。2、3度首を動かしたところでリシュアがその動きをたしなめる。

『自然体でいてください。不自然な動きをすると怪しまれます。』

「あ、あぁ。しかし動きとか見えてるのか?」

『ある程度は見えています。右折して路地に入ってください。追跡している刺客を排除します。』

ソーマはうなずき、路地に入っていく。すると金属音が鳴り響く。

「さっさと行って。」

「…な、何…?」

女性の声がしたのでソーマが振り向くと、後ろに真っ白なローブを羽織った女性が立ている。剣を構えて、サプレッサーつきの銃を構えた刺客と対峙しているようだ。

「早く。食い止めるからリシュア様の指示に従って!」

「あ、あぁ!」

ソーマはうなずくと女性の声にしたがって走り始める。わき目も振らずに路地を抜け、グリーンベルトのある通りを海のほうへと向かう。

『追跡者はいません。普段どおりでかまいませんよ。』

「さっきのは誰だったんだ?リシュア様って…」

息を切らせながらソーマはリシュアにたずねる。

『私の従者です。今回ばかりは急を要するので出向いてもらいました。』

「…いい身分なんだな。」

皮肉るようにソーマがつぶやくと、リシュアは否定する。

『想定される作戦範囲が広域のためやむを得ず全員で作戦に当たっているだけです。私が銃弾におびえるような人物だと思ってもらっては困ります。』

「じゃあ、どこにいるんだ?指示を出すだけで姿を見せないなんて…それに、ロッカは無事なのか?」

『確認が取れません。今従者を向かわせましたが、刺客の妨害にあっているため不明です。貴方が直接出向いてくれないと困ります。』

はぁ、とソーマはため息をつきあるいていく。

「刺客って、どれだけ紛れ込んでいるんだ?」

『わかりません。この世界に来たリネージュ軍の全体規模も1個艦隊と言うだけで詳細はわからないんです。人員をどれだけ裂いて、刺客をどれだけこの世界にまぎれさせたか、そして石函全体に何人いるかも。』

「じゃあ、シェルディアとかそっちは支援してくれないのか?」

『軍の方針が固まらないんです。総帥や統合軍本部は介入すべきと判断しているんですが、海軍は慎重で海兵軍は真っ向から反対しています。刺客も行きたがらなくて…信頼できる数名の刺客とは連絡が取れないんです。』

「援軍は期待できないってわけか…」

沈んだ声でソーマは答え、表情も自然と曇ってしまう。ソーマは合流ポイントであるグリーンベルトに存在する神社へと到着する。

『だから私も介入しこうして危機を伝えました。貴方の協力も必要です。』

「それで…ロッカは来るのか?」

『…予定時刻をすぎていますが…応答がありません。』

不安げな声をリシュアが上げる。

「おい、計画を立てたのはあんただろ!?まずいんじゃないのか!?」

『はい、とても危険です。』

リシュアはこの時点でも動じることなく落ち着いた対応をする。その様子を聞いてソーマはさらに声を荒げる。

「どうしてこうなることくらい想定しなかった!?」

『極秘でリューゲルさん以外に指示を出して秘密だったのですが…計画は貴方達を従者達に護衛させ、ここの刺客を私が一掃するつもりだったんです。この辺をうろついている刺客は邪魔ですから、排除しようと思って…本来であればこの神社に来たところで襲撃してくるはずだったんです。』

少しリシュアの口調が弱気になる。ソーマもこれ以上口調を荒げることはせず、こくりとうなずく。

「…で、どうすればいい。」

『ロッカさん救出です。無線機が傍受されている可能性を配慮し、私が直接向かいます。貴方はそこで待機してください。ピクシア、スフィレ。無線機をプライベートにしてください。』

聞きなれない2人の名前を聞きつつ、ソーマはうなずくと神社で待機する。神社と言っても小規模な社の周囲に樹木が生えており、その周囲を石造りの塀でかこっただけのものであり銃撃戦には不利な状況ではある。

携帯からは音声が途切れ、ソーマは携帯をしまいすぐにPMM拳銃を取り出す。装甲車が周囲を巡回しているようだ。

「VBCIかよ…」

8輪の直線で構成された、いかにも頑丈そうな軍用車両と言うふうぼうの装甲車が平然と道路を走っている。細い銃身をつけているため、25mm機銃を搭載した歩兵にとっては一番厄介なタイプだ。いまいましそうにソーマがつぶやくと木の陰に隠れる。


「おい、何かいたぞ?」

VBCIの砲手が何かを見つけたらしく、車長に報告する。

「地元住民だろう。ほうっておけ。」

車長はため息をつき、運転手に発進を指示しようとするが砲手が画像を見て首を振る。

「赤外線画像確認…おい、銃を持ってるぞ。」

「…銃だと?」

「判別は出来ないが拳銃だ、どうする?」

同期のためか砲手は上官とも思えない口調で車長に話しかける。このやり取りが苛立つのか、渋い表情をしながら車長はモニターを見る。白い人影が灰色の拳銃らしい物体を持っているようだ。

「…銃を持ってるな。例の奴だろう…25mmで吹っ飛ばしてしまうか。」

「しかし、それでは騒ぎになります。さすがに爆発を聞きつけられては…」

運転手がため息をつきながら答えると、車長は気にする様子も無く指示を出す。

「なら機銃を打ち込めばいい。いいか、確実にしとめろ。」

「了解。」

砲手が指示通り、照準をあわせるがとたんに人影が移動する。あわてて砲手が7.62mm機銃を連射する。

土ぼこりが舞い上がり、木にも命中するが人影はまだ立っている。苛立った車長が声を荒げる。

「さっさとしとめろ!騒ぎになるぞ!」

「移動目標に当てれるなら当ててみろ!」

砲手が乱暴な口調で答えると、車長が砲塔のコントロールを奪いモニターを覗く。それから25mm機銃のトリガーに手をかける。

一撃でコンクリートブロックも破壊できるため、当然人に向けて撃てば木っ端微塵に吹き飛ぶだろう。

車長がトリガーに手をかけた瞬間、一瞬で高熱の熱風が車内に入り込い彼らの会話や反応もそこで途絶えてしまう。


「な、何なんだ?」

いきなりのようにVBCI装甲車が爆発し、ソーマは呆然としている。煙が少し晴れると真っ白なローブをまとった細身でロングヘアーの女性がソーマに近づく。M72ロケットランチャーの筒を肩に担ぎ、腰に細身の剣をつけている。

「お待たせしました。」

「あんたが…リシュアか?」

こくり、とうなずくとリシュアはロケットランチャーの筒を投げ捨てる。

「その通りです。すぐに場所を移動しましょう。」

「そうだよな…」

装甲車の残骸が炎上しており、2人は警察や消防が来る前に神社を駆け足で離れる。しばらく走り、離れた場所の路地裏まで出て2人はいったん休憩する。

「…以外だったな、ロケットランチャーもって装甲車を吹っ飛ばして来るなんて。そんなイメージなかった。」

落ち着いたところでソーマがリシュアを見て目を丸くする。見た感じは華奢で、戦場とは程遠い存在に見えたようだ。

「今回の依頼…あるいは任務に私が不向きと言うだけです。潜入や破壊工作と言うことでは。ですが戦闘は出来ます。オペレーターか何かと勘違いしてたんですか?」

「アドバイザーって言ってた気がしたんだが…」

「えぇ。ですが戦場に出てはいけない規則もないでしょう?軍にもオペレーターくらいはいますし…ロケットランチャーくらいは扱えます。本来の武器は剣ですが。」

こくり、とソーマは頭を縦に振りながら話を聞くが剣を見て、思い出したようにたずねる。

「そういえば、前ヒナタが槍で刺されて重傷負って今も入院してるんだったよな…剣や槍って一般的なのか?リシュアたちの世界で。」

「一般的かどうかはわかりませんが多くの兵員が使っています。素人は防弾特化型の盾と組み合わせて使いますが、慣れれば剣や槍だけで突撃できます。爆発物には弱いですが、銃弾をはじいて前進できます。」

以前フィスカやクレアから聞いたことと同じであり、ソーマはそのときいえなかった質問をぶつける。

「どういう原理ではじいてるんだ?銃弾を。」

「銃口を見て、銃の種類によって武器を射線上にかざし受け止めるんです。戦闘データの蓄積により銃口の向きと銃の種類により弾道がわかるようになったんですよ。ですが銃で受け止めれば銃は使い物にならなくなる。だから頑丈な近接武器や盾で受け止めるんです。もっとも、それでも重機関銃は受け止められません。」

黙って話を聞いているソーマを、リシュアは微笑みながら見つめる。

「…どうしたんだ?」

「いえ、随分落ち着いてると思いまして。普通IFVに襲われた後でそんな話は出来ませんよ?」

「こんなときだ、落ち着きたいんだよ…IFVに襲われたんだからな。雑誌で見たことはあったけど、襲撃されるなんて思わなかった。」

IFV(歩兵先頭車両)とはキャタピラつき装甲車に対空機銃クラスの大型機銃、対戦車ミサイルを搭載している車両で戦車とよく間違えられやすい戦闘車両である。大型の機銃は榴弾を装填することも可能なため、歩兵にとっては戦車よりも厄介な敵である。

「…それより、どうしたらいい?IFVの奴、俺を見るなり撃ってきた。」

「まずはここで待ち、情報を待ってください。リネージュ兵が最近装甲車でうろついてますから…警察も手出しできず、自衛隊を要請しようにもどの法案で動かすべきかもわからないんです。おまけにリネージュ軍が資金を流した政治家や官僚が多く、まともに動かない状況です。」

「けど、リネージュ軍のやってることは…!」

「警察で対処は出来ません。自衛隊も動けないのでは…せいぜい米軍の特殊部隊が動く程度でしょうけど、それでも危険です。1つでも拠点を潰したら、徹底的な報復行動に出るでしょうから。」

何もできることがないため、ソーマは言葉に詰まってしまう。そして近くの家の壁に寄りかかってため息をつく。するとリシュアがヘッドセットをソーマに渡す。

「連絡用につけてください。司令部を通さずに話が出来ます。」

「わかった。それで次は?」

「今回の作戦に2人ほど人員を裂いて情報運用をしてもらっています。彼女達が話をしてくるはずなので、少し待っていてください。ジュース買ってきますよ。」

ジュースと聞き、ソーマは少し表情が緩む。リシュアはそっとソーマに手を差し出すと、ソーマは握手だと思ったのかそっとリシュアの手を握り返す。


「何度も言うが、本当にやってないんだな?」

「当たり前じゃん。目撃証言といってもそこにいたというだけ。最初からその辺ぶらついてたらここに来たっていってるのに。」

刑事2人とフィスカが取調室でやり取りをしている。かれこれ2時間ほど同じようなやり取りを続けているためフィスカは怒りをあらわにしている。

「…それはそうと証拠とかないの?」

「怪しい人物といえばあんたしかいないんだよ!物騒な武器持ち歩いていて、本当は銃刀法違反で捕まえるところなんだぞ!」

刑事は強い口調で反論する。刑事ドラマに出てくるような強気の刑事で取り調べも厳しいが、フィスカはうんざりした表情をしながら答える。

「目撃されてない人物だっているかもしれないし、指紋や薬莢の類もない。使われた凶器だってさっき聞いたけど鋭利な刃物ってだけでまったく不明でしょ?うんざりなんだけど、さっさと帰して。」

「だが銃刀法違反の容疑があるんだぞ!それだけで…」

「ならさっさと逮捕状とること。今は任意なんだから…」

そこまで言ってフィスカは言葉を途切れさせる。とたんに鉄格子を切断してバラクラバをかぶった黒ずくめの刺客が入ってくると腰に刺した剣を抜き真っ先に刑事を狙って剣を袈裟懸けに振るう。

回避すら出来ず刑事はあっさりと切り殺されてしまう。もう1人、書き物に徹していた刑事は書類も放り出して扉を開けて逃げてしまう。

「へぇ…武器を持ってないときを狙いに来たってわけ?」

「そうだ。」

冷静な声で刺客が答えると総身80cm程度の剣を縦に振りかざす。フィスカは横に回避するとMP443を背中から取り出すが表情は曇っている。

敵は刺客、剣だけを使っている。シェルディアでこういう敵は近接戦闘のプロか予算不足の兵士であり、そのどちらかをすぐに判別するのは難しい。

「豆鉄砲など効くかよ!」

刺客は剣を突き出すが、フィスカは真横によけると同時に刺客のすねを蹴り飛ばす。うめき声をあげながら刺客は転がり、壁に衝突してしまう。すかさずフィスカはMP443拳銃を発砲、刺客の手足を打ち抜く。

「やっぱ素人か…楽しませてくれると思ったんだけど。」

「ぐっ…こ、殺せっ…!」

「やだ。」

刺客の懇願をフィスカは笑みを浮かべながら跳ね除け、剣を鞘ごと奪うとベルトに取り付ける。タングステン製の軍払い下げ品であり切れ味はそこそこで頑丈だが重い。

フィスカは違和感を感じつつも切られた刑事の死体を探るが、武器らしいものも持っていない。刑事手帳も見るが情報は何一つない。

「これで本当に警察なの?信じられない。武器1つ持ってこないなんて。」

失望した様子でフィスカが取調室の外に出る。警報が鳴り響いており、スピーカーからは「銃器を所持し応戦せよ」と女性の声でアナウンスがされている。

とたんに銃声が響き、正面から黒ずくめの刺客が迫ってくる。フィスカは剣を右手に、MP443拳銃を左手に持つとまずは拳銃を発砲。

刺客は手にした銃剣付きG36突撃銃の銃剣で銃弾をはじき、突撃銃を突き出すがフィスカは剣で銃剣をそらすとMP443拳銃を至近距離で4発胴体に叩き込む。

ボディアーマーすら着込んでいないため、銃弾が刺客を貫通し倒れこむ。フィスカはすぐにG36突撃銃を奪い取り、予備のプラスチック製マガジンも奪い取る。スイスのSIG550、日本の89式小銃に並ぶ20世紀の傑作突撃銃を偶然手に入れフィスカは笑みをこぼす。

「…そっか。ヘッドセットが…」

フィスカは通信を聞くためのヘッドセットが没収されたことに気づき、ため息をつく。外の状況も何もわからないので自分で確かめるほかない。

ふらふらとフィスカは窓際まで到着して外の様子を伺うと黒塗りでAA52軽機関銃を上部ハッチに搭載したVBCI装甲車から黒ずくめの兵員が降りてくる。服装以外の装備はばらばらで、指揮官らしい人物の指示に従っているだけだ。警官もSIGP230拳銃で応戦するが、当然突撃銃を持った相手には分が悪くあっさりと倒されてしまう。

「全滅するっぽいなぁ…」

フィスカは一瞬だけ窓に手をかけるが、すぐに手を離しクレアのいる部屋を探しに向かう。しかし刑事や内勤の職員が逃げ出したりしているのでぶつかることもあり、なかなか先に進めずにいる。銃声が絶え間なく響き、一部は壁を貫通してくる。


「…まだ出さないつもりか。本部長はおそらく戻るまい。」

「そうだが……」

銃撃が激しくなり、流れ弾が窓から飛び込むような状況になっても刑事はクレアを取調室から出そうとしない。本部長は警官の指揮を執るために外に出て行ったきり戻ってこない。2人はテーブルに向かい合って座っている。本来ならクレアも刑事も逃げ出している状況だが、鍵がかかっているため脱出できず、窓には鉄格子がはまっている上に外には兵員がたくさんいるのだ。

「ここにいればお前も死ぬぞ。鍵を渡して出すだけでいい。」

「それは本部長の命令で許可できない。」

クレアの担当刑事はかなりの堅物で、まだ若いがしっかりとした人物ではある。ただしイエスマンでもあり本部長の言うことは絶対らしく意見を曲げようとしない。苛立ったのかクレアは立ち上がり刑事に近づく。

「…命を落としてもいいのか。」

「命令は命令だ。」

「そうか。」

クレアは冷たく言い放つと、隠し持っていたSIGP250拳銃を取り出し刑事の頭に突きつける。刑事は目を見開き、クレアの行動に対応すらできずにいる。

「な、何をする!?」

「緊急避難という特例があって、死の危険があった際には人を殺しても認められるんだそうだ。それが刑事でもな。鍵をよこせ。」

「そ、それは……」

まだ迷っている刑事を見て、クレアは刑事のあごを殴りつける。ある程度手は抜いたが、それでも強烈な一撃らしく刑事は椅子から吹き飛ばされ床に叩きつけられる。クレアは倒れた刑事の胸倉をつかみ、壁に押し付けて頭にはSIGP250拳銃を突きつける。

「もう一度いう。鍵をよこせ。ここで撲殺されるか敵兵に銃殺されることになるぞ。」

「ひ、一思いにやるってことはないのか……!?」

「貴様相手に銃弾を使うほど金に余裕はない。それとも5.56mm弾を食らってみるか?あれは体内で回転してあちこちをぐちゃぐちゃにする。拷問よりも酷い痛みを感じて死ぬことになるぞ。」

経験を語るクレアの目は真剣で、刑事もたじろいでしまう。すかさずクレアは片手で刑事を引っ張ると窓に刑事を押し付ける。

「早く選択をするんだな。私は銃弾でお前が死んでから鍵をとってもいいんだ。流れ弾で死んだことになるからな。」

「わ、わかった…!右のポケットだ、そこに入れている!」

クレアはうなずくと刑事を倒し、銃を構えたまま右手で鍵を探ろうとする。すると刑事がいきなり銃を持った手をつかみクレアを引き倒す。

「何をするっ…!」

「出すわけには行かない!」

あわててしまいクレアがP250拳銃を手放してしまう。このまま腕を関節技でへし折ってしまうつもりらしいが、クレアは寝技に付き合うつもりもなく袖に隠したプレッシンを取り出して発砲する。

1発は刑事の顔をかすめ、もう1発は胴体に命中。激痛のために刑事が手を離した隙にクレアはP250拳銃を取ると刑事の脚を打ち抜く。苦痛のあまり刑事は悲鳴を上げるが、クレアはコートから鍵を取り出すと取調室から出て行く。

「抵抗しなければ少しはマシだっただろうな。」

若干、表情を沈ませ目を細めながらクレアは刑事に言い放つと、廊下に出る。廊下は大混乱で市民や警官が入り乱れているが敵兵はかまわずにG36突撃銃を連射する。映画のワンシーンのように血しぶきをあげ、ばたばたと人が倒れていく。

そこにクレアが表れると敵兵はクレアに照準を合わせるが、続いて357SIG弾を胴体に受けて後ろに吹き飛ばされる。一般的に強力な弾丸でリボルバー専用と認知されているマグナム弾だが、357SIG弾はそれと同等の威力を持ちつつ自動拳銃での発砲が可能だ。

「遅い敵兵だ……もっともこの程度の民兵に倒される方もどうかしているが。」

ため息をつきながらクレアは愚痴をこぼす。突撃銃を連射した程度で全滅するような警察は彼女達の世界にいないのだ。

次々と敵兵が乗り込んでくるがクレアは落ち着き、P250拳銃を両手で構え射撃する。先頭の1人は体を「く」の字にして後ろに吹っ飛んでいくがもう1人は槍を構え、穂先で銃弾をはじきながら突撃してくる。

落ち着いてクレアは刺客の足元めがけ射撃。357SIG弾が敵兵のすねに命中し前のめりに転んでしまう。そこにクレアはP250拳銃を片手で構え、表情1つ変えずに敵兵の頭めがけ引き金を引く。

銃声とともに、敵兵の頭から血が流れ出る。クレアは気にせずに槍を奪うとそのまま先に進んでいく。警官や警察に来た一般住民もお構いなしに殺されている。殺傷方法は様々で刃物で切り裂かれたり突き刺されたと思われる死体や5.56mm弾や拳銃弾でぼろぼろにされたものなど様々だ。廊下は血の海となっており、下手をすると脚を取られかねない。

「…酷いものだ。」

表情をこわばらせながらクレアは先に進んでいく。すると近くの階段を急いで降りてくる足音がする。クレアはとっさに槍を構えるとフィスカが階段を下りてくる。

「クレア?無事だったんだ!」

「お前こそ。」

フィスカは笑みを見せるがいつもどおり飛びつこうとしない。クレアが少しさびしそうな 表情をしつつ状況を尋ねる。

「外はどうだ?」

「包囲されてる…司令官のいないほうを突破するしかなさそう。」

そうだな、とクレアはうなずく。彼女達の世界では司令官だととんでもない強さを持った人物も多くいる。民兵部隊や刺客の司令官だとまず間違いなく強いので極力司令官との戦闘は避けたいようだ。

「裏口か窓だな。敵軍が手薄なところを見て回るぞ。」

「了解。」

クレアはフィスカをつれて外を見ながら走っていく。敵軍は包囲網を形成し警察署周囲を取り囲んでいる。それでも必ず包囲網に隙はある。あからさまに扉を開けているのは罠だが、よじ登れそうな壁なら安全に脱出できる可能性は高い。

壁があると安心してしまうと、その場所は比較的手薄になりやすいのだ。するとフィスカが笑みを浮かべて足を止める。窓の外に生垣がある場所で、歩哨の気配もない。

「ここならいけそうじゃない?」

「そうだな…フィスカ、ヘッドセットはどうした?」

「…没収されちゃった。」

てへっ、とでも言いたげにフィスカは笑って見せるがクレアは表情を曇らせる。

「あれには我々の世界にしかない機能が数多くあるしハッキングされる危険性もある。必ず回収しろといわれたはずだ。」

「あ…」

「証拠保管室か?鑑識か…とにかくどこかにおいてあるはずだ。もし引き渡しに警官が応じなかったら何とかして無力化するんだ。」

「おっけー。それじゃあ保管室を調べてみる。鑑識の方よろしく。」

うなずくとフィスカはクレアにG36突撃銃を渡しておく。それから2手に別れ、フィスカは建物南側の証拠保管室へと向かう。角で止まって証拠保管室のある廊下の様子を伺うと警官が何人か銃器を持って警戒している。黒ずくめの兵士が2人倒れているところを見ると幸運にも銃撃戦で勝利できたのだろう。

フィスカは剣を鞘に収め、拳銃を腰にさして両手を挙げながら出てくる。警官の1人が必死の形相を浮かべながらG36突撃銃を向けるが、女性警官が押しとどめる。

「動かないで…一体誰?」

「さっきまでつかまってたけど今は協力することにしたの。それより…あんた達を外に出そうか?条件付だけど。」

笑みをこぼしてフィスカが女性警官に話しかける。女性警官が持っているのはP230ではなくどこかの犯罪者から押収したと思われるPM拳銃だ。威力はせいぜいP230よりわずかに上と言う程度でコントロールはたやすいが威力が低く、最大9発という装弾数では連射できるものではない。

「条件って…?」

「ここに来たときヘッドセットを没収されたから、返してほしいんだけどどこに保管してるわけ?こことか?」

女性警官は黙ってしまう。フィスカは彼女の表情を覗き込み、なるほどと納得する。

「じゃあ、犯罪者からいろいろなものを取り上げたとして、どこに保管する?」

「多分、鑑識に回してるはず…」

フィスカはほっと一息つく。クレアの方が正解だったらしい。

「そっか、ありがと。じゃあ外に出るからついてきて。」

「いいの?」

「相棒が向かってるから…さ、早く。」

フィスカは女性警官と、もう1人の警官を外へと誘導する。先ほどクレアと一緒に下見した脱出地点へと来るとフィスカは窓を開けて2人を外に出す。すぐ先に生垣があり、そこをかきわけて進んでいけば十分脱出できる場所だ。

フィスカは軽く脱出手段を説明すると、2人はうなずいて生垣へと向かっていく。安心したところにフィスカの背中に硬いものが突きつけられ、冷徹な声が響く。

「動くな。」

「銃が本物か偽物かわからない限り降伏しないよ。」

にやり、とフィスカが笑みを浮かべるとすかさず左足を軸にして振り返る。そしてMP443拳銃を発砲しようとするが刺客は素早く後退する。

「…イリアーじゃん。何してんのさ。」

「お前を殺しに来た。賞金のためにな。」

イリアーは剣とP226拳銃を構え、フィスカにP226拳銃を発砲するがフィスカはすかさず剣を抜いて銃弾をはじく。

「賞金、ね。」

フィスカは真剣な表情をしながら短く答え、このまま近接戦に持ち込もうと突撃する。イリアーも剣で応戦し、フィスカの剣を受け止めるとP226拳銃を発砲する。フィスカは頭を傾けて9mm弾をかわし、イリアーのわき腹にMP443拳銃を発砲するがイリアーはP226拳銃をMP443拳銃に押し当て、射線をずらす。

銃弾は床に命中し、イリアーはすかさずP226拳銃をフィスカの胸元に向けるがフィスカは剣の柄を斜線に割り込ませる。銃弾が剣の柄に命中し、フィスカは後ろによろめくがとっさにMP443を連射する。

イリアーは銃弾をはじき、剣を突き出すがフィスカも剣で受け止め横に受け流す。そして至近距離でMP443拳銃を発砲。銃弾はイリアーのわき腹に命中する。イリアーは顔をゆがめつつも近距離でP226拳銃を発砲する。

「ちょっ…!」

フィスカの肩に40S&W弾が食い込み、フィスカは剣を落とし仰向けに倒れてしまう。イリアーも血を抑えるためにP226拳銃をしまい、片手をわき腹にあてがっている。

「いたぞ!」

敵兵から奪ったであろうG36突撃銃を構えながら警官がイリアーめがけ発砲する。イリアーはとっさに窓を突き破って脱出する。フィスカも起き上がると、警官が突撃銃を突きつける。

「怪我をしているのか!?」

「そうだけど…」

「連れて行ってやるから、おとなしくしてろ。」

フィスカはかくかくとうなずくと、警官に肩を貸されてそのまま連れて行かれる。無事な左手が肩にかかっているため、この状態だと武器で応戦するのは難しい。

「つれてくって、病院?」

「いや、外に脱出するんだ。放棄してSATの到着まで逃亡する。」

はぁ、とフィスカはため息をつく。やはり最大でも38口径のリボルバーしか持っていない警察では中規模の武装勢力にも負ける有様だ。SATならこのくらいの敵部隊を制圧できる力はある。

「結局逃げるしかないんだ…」

「あぁ…悔しいが、装備が劣る俺達ではどうしようもない…あいつら、防弾チョッキを簡単に貫通する銃を撃ってくるしこっちの銃弾なんて効かないんだ…」

だろうね、とフィスカもうなずく。敵兵の武装は対警察仕様であり最低でも突撃銃を使っていた。

「…あいつら、私たちの「警察」とやりあうつもりでこっちに来たから仕方ないよ。あんたたちはがんばったと思う。生き残っただけでよしとしないと。」

「……気遣いどうも。」

慰めるような口調でフィスカが警官に語りかけ、警官は沈んだ声で答える。フィスカ達の世界にいる警察は軍から爆発物を抜いた程度の武装をそろえているので敵部隊もかなりの重武装をしていたのだ。実際はAP弾を装填したサブマシンガンで十分だったのだが。

「私の銃を使いなよ…絶対役立つから。」

フィスカは警官の持っているP230拳銃をみてぼやく。しかし警官は首を振る。

「やめておく。信頼できない代物には頼りたくない。」

「あぁそう。」

ため息をつき、フィスカは周囲を見渡す。すると廊下の突き当たりから敵兵が出てくるとAR18突撃銃を構えて飛び出してくる。とっさに警官はP230拳銃を発砲するが、銃弾はボディアーマーを貫通できず敵兵はひるみもしない。

フィスカはとっさに左腕を離し、MP443拳銃を片手で発砲。敵兵の右腕と胴体を9mmAP弾が貫通するがそれだけでは倒れず、敵兵はAR18突撃銃を軽く発砲しただけで物陰に隠れてしまう。

「まったく…ん?」

「うぅ…」

フィスカがうめき声に気づいて見下ろすと、先ほどの警官がわき腹を撃たれて倒れこんでいる。一瞬だけ悲しげな表情をしてフィスカはMP443拳銃を片手にそっと廊下の角へと近づいていく。敵兵はまだ飛び出てこない。

呼吸を整え、片手で拳銃を構え角に出るが敵兵は後ろを見せている。にやり、と笑いフィスカはMP443拳銃を発砲する。銃弾は敵兵の背中に命中、ボディアーマーを貫通し敵兵は倒れこみ動かなくなる。


P226拳銃を発砲し、イリアーは警官を倒してそのまま外へと脱出する。作戦そのものの進捗状況は順調で、フィスカをしとめそこなったこと以外は成功したともいえる。外に出て路地に入ってからイリアーは無線機を本部へとつなぐ。

「ミラージュ、作戦は成功した。警察署を制圧できたぞ。」

『通信機のハッキングは?』

「順調だ。俺はフィスカに妨害されて脱出したが、味方は作戦を実行できた。警察署のパソコンにいくつか機材を仕掛け終わった。これで連中の行動も筒抜けに出来る。後、先行作戦でつかまった仲間の居場所も、だ。」

『お前は傷を治し次第、すぐに救出に向かえ。フィスカとクレアはこっちに任せろ。』

「任せる?俺ですら倒せなかったのに…刺客を排除するなど難しいぞ。」

イリアーはため息をつくが、司令部は小ばかにしたように答える。

『お前が無能なだけだろう。リネージュ軍には優秀な人材がもっといる。今度からはそいつらにやらせるとしよう。邪魔をするな、いいな?』

「邪魔はしないでおこう。出来る限りな。」

イリアーは表情を変えずに答え、無線をきる。こんな嫌味など刺客と言う商売をしていれば何度も出会うことなのだ。

「…俺がいないとどうにもならないということにならなければいいが。刺客の手口に疎い正規軍が勝てるものか。」

無線をポケットにしまい、イリアーはリネージュ軍に協力する医者の場所まで戻っていく。


「よし……」

ヘッドセットを鑑識から奪い返し、クレアは早速無線機を稼動させる。リューゲルが早速無線に出る。

『通信が回復したようだな。様子はどうだ?』

「警察署が襲撃された。敵兵の数は不明、警察官多数が射殺されている…ここまでこの世界の警察が武力に対して弱いとは思わなかった。」

『そうだな。ショットガンすらないのでは勝てまい…が、警察はある程度の力と権威の上に成り立っている。リネージュ軍にはどちらも通用しないだろう。』

リューゲルも呆れた様子で答える。警察がまとまった軍勢から攻撃を受ければひとたまりもないのだ。

「…どうする。」

『とにかく脱出しろ。武装を整えてから戦えばいい。敵から奪った銃だけでは分が悪いぞ。』

「わかった。」

軍払い下げの槍とG36突撃銃だけで戦うのは分が悪い。もちろん戦えないことはないが、槍はクレアの扱いなれている武器でもないし、G36突撃銃も状態が判別しにくいので連戦に持ちこたえられるかどうかもわからないのだ。

「……」

クレアは槍を構えながらフィスカとの合流地点に向かう。そしてメモに「先に脱出しろ」と書いておくとポケットにしのばせる。すると外に黒いバンが到着するとたくさんのボディアーマーを着こんでMP5短機関銃やUSP拳銃を持った兵員が降りてくる。SATと呼ばれる日本の警察特殊部隊だ。

「ようやくSATのお出ましか。勝てそうか?」

『20人くらいはいる…さすがにこれで勝てなかったら俺はここの警察を二度と信用しないぞ。』

「そうだな。」

リューゲルの言葉を聴き、クレアは安心した様子で一息つく。

「それより、敵軍の情報はわからないか?」

『こちらの刺客が情報をつかんだ。数日前にリネージュ側で傭兵部隊を募集していたらしい。現地民兵と傭兵の混成軍だろう。作戦内容まではつかめなかったが……』

「大体わかる。警察…ことに日本のはよく言えば生真面目、悪く言えば柔軟さに欠ける。リネージュ軍の協力要請を蹴ってこうなったんだろう。」

『もしそうだとすると、協力を取り付けるのは絶望的だぞ。』

「下手な支援などないほうがいい。武器は隠して持てばいいだけのことだ……最初からそのつもりで行動している。」

『そうか……』

リューゲルはショックを受けたのか声を落とすが、クレアがフォローする。

「そう落ち込むな。自衛隊に協力してもらえたおかげで一部の銃器パーツをここで調達できるだけでも嬉しいんだ。お前のおかげだ。」

『…悪いな。敵勢力だが、SATが突入してくるとなると撤収準備を整えるか何もわからず戦って全滅するかどちらかだ。さっさと脱出するべきだろう。』

「そうだな…ん?」

クレアがすぐにG36突撃銃に武器を持ち替える。生き残った警官が集まり、敵兵から奪ったAR18突撃銃やP230拳銃を構えて誰かを廊下の端に追い込んでいる。

「いいか、俺を無事に逃がさなかったらこいつの命はないからな!道を開けろ!」

「銃を捨てて本部長を解放しろ!」

警官と敵兵がにらみ合っているらしい。敵兵が本部長の首に銃を突きつけ、顔を出しながらわめいている。警官の1人がクレアを見つけて声をかける。

「助けてくれないか…あ、あんたプロなんだろ?」

「…どうして私を知っている。」

「廊下であんたが簡単にこいつらを倒すのを見ていたんだ…正直どうしようもなくって…」

クレアは人の間から敵兵と本部長の位置関係、そして警官を確認するとこともなげに答える。

「簡単だ。奴がお前か仲間に銃を向けた瞬間にかがんで奴の頭にぶち込め。」

「え!?」

「銃を向けないようだったら軽く接近してみろ。そうしたら銃を向ける。かがめば相手は簡単に反応できない。そのときに奴の腕か頭を狙え。」

「だ、だけどそれで撃たれたら!?本部長に当たったら…」

弱腰の警官を見て、クレアはいらだったのか声を強くする。

「武器を持っておいて撃たれないとでも思ってるのか!日ごろの訓練は何のためなんだ!?」

「そ、それは…」

ダメだ、と思いクレアは苛立った様子でG36突撃銃を構えながら警官を左手で押しのける。敵兵は驚いたのか目を丸くする。

「く、来るな!来たらこいつを殺すぞ!」

「人質が死ねばお前の盾はなくなり射殺される。投降しろ、死にたくなければな。」

少しずつ、クレアは距離をつめていく。恐ろしくなったのか敵兵はグロック17拳銃をクレアに向ける。その動きを見て、すぐにクレアは片膝の状態になってからG36突撃銃をセミオートで発射する。

1発で敵兵の腕を貫き、敵兵はグロック17拳銃を落としてしまう。そこに警官が群がり、敵兵を押さえつける。クレアはため息をつくとG36突撃銃を持ったまま外へと向かう。

『…何故救ったんだ?クレア。報酬にはならんだろうし、あの程度で態度を軟化させるとは思えんぞ。』

「いや、後々我々のせいだとか何とか言われるのを抑えるためだ。警察に協力関係を築くことは出来なくても変に敵対はさせたくない。ここで助けておけば、変に悪く言われて妨害されることもあるまい。」

なるほど、とリューゲルも納得した様子で答える。クレアは脱出地点まで行くと、フィスカが待っている。

「終わった?」

「あぁ、ヘッドセットだ。」

フィスカもヘッドセットを付け、ようやく安心したらしく武器をしまってクレアに飛びつく。クレアもぐっと抱き返す。

「帰ろうか?」

「そうだな…」

ほっと安心したのか、クレアはフィスカをつれて外に出て行く。するとリューゲルが通信を入れてくる。

『いったん帰還して、武装を整えたら連中を捕まえてきてくれ。何人かでいい。』

「了解。」

2人はうなずくと、武器を調えるため自宅まで戻っていく。


『リシュア様ぁ、行き先がつかめましたぁ。』

「ご苦労様です、クラリス。」

リシュアはヘッドセットで従者からの報告を聞きながらジュースを飲んでいる。ソーマにはスポーツドリンクを飲ませ、ずっと路地裏で待機しているようだ。

「ようやくわかったのか?」

「わかりましたよ。ロッカさんの居場所が…刺客が拉致し、ある場所に監禁しているようです。今からそこに向かいます。」

ぐっと拳を握り締め、その手を震わせながらソーマはうなずく。リシュアも真剣な表情をすると早速ソーマをつれてクラリスが探ってくれた場所へと向かう。

「…リシュア、助け出せるのか?相手は…」

「私が何とかします。貴方の協力さえあれば、確実に何とかできますよ。」

自信にあふれた笑顔を見せながら、リシュアはソーマを先導する。


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