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第7章

「……」

複雑な表情を浮かべながらクレアは本を読んでいる。朝7時と、そろそろソーマやフィスカが目を覚ます頃であり朝食の準備もあらかた済ませている。

しかし、目つきが悪く足も良く動かしていて落ち着かないようだ。15分ほど経過してもまだソーマが起きないのでクレアは立ち上がると転移装置を稼動させる。

「ん…?」

フィスカがうっすら目を明けるとクレアは片手に手榴弾を持っている。そしてソーマの部屋の扉を開けるといきなりピンを抜く。閃光手榴弾と言うことはすぐフィスカにもわかったが、それでも驚き駆け寄る。

「な、何やってるのクレア!?」

「目覚ましだ。」

「それ目覚ましってレベルじゃないよ!手榴弾って…」

フィスカが何とかクレアの手から手榴弾を取り上げようとする。クレアも手榴弾を握ったままでいるとソーマが騒ぎを聞きつけておきてしまう。さっとクレアは手榴弾を持った手を後ろに隠す。

「……騒がしいな、朝からどうしたんだよ……」

「あぁ、なんでもない。」

クレアは首を振ると早速作っておいた料理を出す。ベーコンとレタスのサンドイッチであり、早速フィスカが食べ始める。クレアも片手を後ろに隠したまま食べ始める。

「ん、クレア片手を怪我したのか?」

ソーマが何気なくクレアのしぐさを見ながらたずねる。クレアは平然とうなずきサンドイッチを器用に食べていく。フィスカは笑いをこらえられないのか顔がにやけてしまう。

「フィスカもどうしたんだ?」

「な、何でも…それよりさ、ニュース見ようよ。」

フィスカがテレビをつけるとちょうど良くニュースがやっている。先日の立てこもり事件のこともやっているが怪奇な事件だけに報道も少ない。それと平行して1票の格差の問題を多く報道している。

「またこれか…」

クレアはうんざりした様子でため息をつく。ソーマは首をかしげる。

「そんなに大事じゃないのか?」

「どこの選挙区に人が集中するとか何とか言う問題などくだらん。そこの国民が選んだ奴が当選するだけだ。」

ざっくりとした意見にソーマはいぶかしげな視線を送る。

「けど、しょっちゅう報道してるが…」

「欺瞞情報だ。大事なことを国民に隠しておきたいからこんなくだらんことを報道する。こんなものどうでもいい。」

クレアは苛立ちを隠せず軽く足をゆすっている。フィスカも同感、とつぶやきながら次のニュースまで待つ。

「大事なことってなんだ?クレア。」

「消費税の増税に反対している国民は多いのにそれを報道しないだろう?他にも表現の規制を行う法案を作ろうとしたりな。変なことに関心を向けさせ、大事なことを隠してしまおうとしている。」

「そうなのか?」

ソーマが首をかしげると、フィスカも同意する。

「まぁね。日本はマスコミが国家の言いなりになってるから。国民の代弁者とかいうのが本当なら世論を盛り上げて消費税をやめろとか、そういう意見が出てもおかしくないんだけど…」

「だよな。ほとんどそんな話出てこないし…」

「だからニュースなんて事件の顛末程度しか気にしたらダメ。どんどん本を読むほうがいいの。図書館で世界情勢の本を借りてくればおっけー。」

「フィスカ、図書館に行くのか?」

意外なことを聞きソーマは目を丸くするが、クレアはむすっとした表情をしながら答える。

「情勢を知らなければどこに依頼を持ちかけたらいいかもわからないだろう?外国企業が土地を収奪したり、地元の人から仕事を奪ったり…それが、どこの国で行われているかが大事だ。ネットもいいがデマも多いし、そのために旅費を無駄にするのもいやだからな。」

「考えてるんだな……」

「自分達で依頼を探すのが私たち刺客だ。殺し屋とわけが違う。」

自信を持って言うクレアにソーマは複雑な表情をする。

「…ごめん。俺から見ると殺し屋と刺客が同じに見えるんだ。」

「殺し屋は何も考えず依頼をこなすだけの連中だ。こっちの世界では蔑称にも近いから絶対そう呼ぶな。刺客はこの前も言ったが規範を守って行動する暗殺者だ。政策のみで政治家を殺さない、依頼に関係しない限り民間人に手出しをしない、権力闘争には加わらない…とな。」

フィスカもこくり、とうなずく。ソーマは意外な内容に首をかしげる。

「それって、俺がイメージしてる暗殺者の依頼の中でもかなり多い気がするんだけどな…」

「政治家を政策のみで殺せば誰もこの世界の政治に口出ししようとしなくなる。それは国家にとって不利益だ。民間人については…巻き込むことはあってもなるべくは生かしたい。刺客は民衆のために存在するからな。権力闘争に参加しないのはそんな程度でいちいち呼び出されては厄介だし、組織が硬直化する原因を作る。それは避けたい。」

「深いな……」

ソーマが感心した様子で話を聞き入っている。フィスカはくすり、と笑みをこぼす。

「案外詳しく教えたね?クレア。」

「…なるべく聞かれたら答えただけだ。」

むすっとした表情を浮かべるクレアを見てソーマが首をかしげる。

「妙に不機嫌じゃないか、クレア。今日は本当にどうしたんだ?」

それを見て、フィスカはソーマの耳に顔を近づけてそっとつぶやく。驚いたのかソーマは飛びのいてしまう。

「そ、そういうことってありなのか…?実際に…」

「あるんだなぁ。世界も違うし、こっちの世界は領土も狭いけどそれ以上に人口不足が深刻でね。だから…」

フィスカは笑みをこぼしながら答えるが、クレアの鋭く殺気を帯びた視線を感じて縮こまってしまう。

「何を聞いたかは知らないが特に気にするな。数日くらい経てばいつもどおりだ。」

「あ、あぁ。」

ソーマもクレアの鋭い視線を受けて、たじたじとなってしまう。するとフィスカが無線機のコール音に気づき無線機を稼動させる。

『大変だぞ、お前達。リネージュ軍が石函をかぎつけたらしい。』

「嘘!?」

フィスカはびっくりして無線機を落としそうになってしまう。代わりにクレアが応答する。

「リューゲル、本当か?」

『あぁ。先ほど装甲車両が何台か市街地に入るのを見つけた。おそらく先遣隊だろう。』

「…指揮官を倒して出鼻をくじいた方がよさそうだな。しかし何故ここまで早くわかったんだ?」

刺客に追跡されていた気配もないのに、とクレアがつぶやくとリシュアからも通信が入る。

『先日使った黒いバン、あれはどうしました?』

「あれか?駐車場にとめているが…」

『何か機材でも積んでいるんですか?電波が発信されているようですが…』

はっと気づき、クレアは扉を開けると外の通路から直接下の階へと降りる。その様子を見かけた中年の女性が目を丸くするが、クレアは無視して一目散に駐車場へと向かう。途中でスタングレネードにピンを刺し、ポケットにしまいこんでおく。

そしてバンの車体下を調べると、装置のようなものを発見する。

「こいつか……私の失態だな…」

『どうする?』

「先に見つけたほうの勝ちだ。こちらから指揮官を暗殺しに向かい、データを破棄すればいい。フィスカには運転をかねて陽動に出てもらう。私が単独でしとめる。」

『手が足りないだろう。それでは…』

リューゲルはため息をつくが、クレアは大丈夫だと自信を持って答える。

「単独での任務も多い。何とかなる。大体中隊規模の司令官を殺せずして刺客が勤まるか?」

『そうだったな。何とかなると信じよう。』

リューゲルは不安げな声で同意する。クレアはすぐに階段を駆け上がるとフィスカとソーマのところに戻っていく。フィスカはクレアの足音を聞くと立ち上がり、準備を整える。

「フィスカ、行くぞ。」

大きなスキー用品でも入れるためのバッグを持ちながらクレアがフィスカに声をかける。フィスカも武器を点検し、準備は整っているようだ。

「行くのか?」

「あぁ。夕飯はいらん。」

そっけなくクレアはソーマに答えると、フィスカを連れて外に出る。ゆったりと階段を下りながらクレアはフィスカに状況を説明する。

「なんつーか、刺客の本領発揮って感じだね。司令官の暗殺なんて。」

「そうだな。お前は発信機をつけた車を運転し、適当なところで適当なものに発信機をつけろ。その後でバンを適当に捨てて合流だ。いいな?」

「了解。クレアは?」

あっさりとフィスカは指示に従ったのを見て、クレアはほっと一安心する。

「リューゲルとリシュアの誘導を元にリネージュ軍の動きを見る。その上で作戦を立てる。なるべくならまとまった間に何とかしたいが、この世界で敵の車両を吹き飛ばすという手段は控えたいからな。」

「どうして?」

「テロリストが潜伏しているとかそんな情報が警察に流れると厄介だ。少しくらい考えられないのか…」

苛立ちを隠しきれない口調でクレアが答えると、フィスカは敏感に口調の変化を感じ取る。

「今日のクレア、いらついてない?」

「そんなわけないだろう。さっさと行くぞ。」

はーい、と軽く声を出しながらフィスカは階段を駆け下りていく。クレアはバス停の方へと向かっていくがフィスカは駐車場に行くと黒いバンに近づいて車体下の発信機を剥ぎ取ってから乗り込みエンジンをかける。キーは先日から挿しっぱなしになっていたようだ。

『フィスカさん。』

「リシュア?お、おどかさないでよもう…」

唐突に無線を入れられてフィスカは目を丸くするが、リシュアは気にしてないのか平然と報告を続ける。

『すぐに発進してください。電波はリネージュ側に届いているはずです。』

「わなに引っ掛けられた…ってわけね。」

 フィスカは気にも留めていないように答えるが、リシュアは沈んだ口調で答える。

『すみません…刺客2人のためにここまでするなんて思ってませんでした。』

「それよりこっちの世界にある各国政府でリネージュ軍に圧力かけられないの?」

『難しいところです。なにせ転移装置と言うものがあり本拠地をたたけない、たとえ防衛体制を敷いていても強行突破してくるんです。また今日も米海軍が敗北したんですよ。』

はぁ、とフィスカはため息をつく。この世界では最大の戦力を持つ米海軍でもリネージュの海軍に次々とやられているようだ。

「米軍って最強って言ってたじゃん、リシュア…最強って名ばかりなの?」

『私達の世界が進みすぎているんです。この世界では長く海戦と言うものがなくミサイル万能論すら出ている有様…つまりミサイルの撃ちあいで勝敗を決めるような世界です。30年か40年前は私達の世界でもそんな風潮もありましたが、迎撃ミサイルや火器管制システムの発達でミサイルの迎撃率が95%以上になると廃れ砲撃や魚雷を交えた海戦になったんですよ。』

「…じゃあこの世界の軍じゃ対応できないってこと?」

はい、とリシュアは軽くうなずく。

「じゃあさ、敵の指揮官しとめたらどうすんのよ?他のリネージュ兵や艦艇とか。そっちはまだ動かせるんじゃないかな。」

『いえ、それはないでしょう。リネージュ軍もそんなに事態を大きくしたいとは思ってないですし、司令官が殺されればやめるでしょう。』

「殺すの、私だけどね……」

しょげた様子でフィスカがハンドルに寄りかかるとクラクションがなってしまう。あわててシートに寄りかかるがロックが外れていたのか思いっきり後ろに倒れてしまう。

『ふぃ、フィスカさん…』

「リシュア、笑わないでよね…あー最悪。」

笑いを必死にこらえているリシュアの様子を感じ、フィスカは声を低くする。

『す、すみません。でも…この世界へのダメージを減らすためにも貴方の行動は必要なんです。がんばってくださいね?今日もまたタックスヘイブンが1つやられたようです。』

「また……」

あーもう、とフィスカはシートを浅い角度に戻しシートにもたれかかる。各国軍は連携をとって軍事行動に当たっているようだが、やはり海軍力の差が開きすぎていて相手にならないらしい。

「でもさ、全部襲撃してしまえばこっちの世界もちょっと良くならない?税金逃れの連中が大損する程度で。」

『そうですね…しかし、その結果日本がどうなるかもわかりません。とんでもない金額の資金が流入して経済が破綻しても困ります。』

「それもやだね…危機感沸かないけど実際やばいかも。」

表情を真剣なものへと変え、フィスカはアクセルを踏み込んでバンを発進させる。発信機は助手席に置かれている。どうやら内部電源で稼動しているらしく、まだランプがついている。

『どうするつもりですか?その発信機。』

「どこに捨てようかな…」

『あんまり迷惑にならないところに投げてくださいよ?』

わかってるよ、とフィスカはうんざりしたような声で答える。といってもうかつな場所に捨ててしまうと住民に迷惑がかかってしまう。

「…といってもなぁ。」

そんな都合のいい車は見つからない。暴走車両でもあればそこに投げ込んでもいいだろうか、と思いながら車を駅前に走らせていると何かの演説をしているところに行き着く。

「…演説かぁ。へぇ…」

他国の民族を批判しているような抗議デモをしているらしい。フィスカはちらりと見たが、すぐに車を走らせる。それにリシュアは疑問符を抱く。

『民族批判は気に入らないでしょう?何故投げ入れないんです?』

「確かにあいつらはやなことは言ってるけどさ…相手の国がやってることを考えるとやめたくなるよ。1世代くらい前のことで国家そのものを悪く言う教育をしてるって、一時のスピーチより酷いことだと思うんだ。そういう連中は非難されてもしゃーないよ…」

『そうですね…』

リシュアは沈んだ口調で答える。今直面しているリネージュと、フィスカ達の依頼主であるシェルディアも似たような状況にあるからだ。リネージュは敗戦の恨みをシェルディアにぶつけようとシェルディアに敵対心を抱くような教育をしている。

『世代を超えて恨みが引き継がれるというのは…酷いものです。両親や教師の言葉は人に大きな影響を与えるんです。直接の被害を受けたり、現状を見て批判するならまだしも、行き場のない恨みと国民をまとめるためだけにどこかの国家を敵とみなす教育をするなんて許せない行為です。』

「…一度そいつらを暗殺しようか、リシュア。」

低い声でフィスカがたずねると、リシュアは否定する。

『この世界に深入りする必要もないでしょう?危険を犯し報酬もないことをする必要性はありません。』

「そう、だね。」

自分に言い聞かせるようにフィスカは同意すると、車をさらに走らせる。


「……」

クレアはバスで予定のポイントまで到着する。停留所を降りてから歩いて10分ほどの廃校であり、到着するまで軍用のトラックや装甲車ともすれ違った。明らかにリネージュ軍が駐屯しているようだ。

『作戦はあるか?』

「まずは状況を探る。潜入して敵の様子を探り、脱出してから改めて暗殺だ。」

『潜入してそのまま暗殺しないのか?』

リューゲルが首を傾げるが、クレアは武器の入ったバッグを木の近くに隠しながら答える。服も防弾ベストなどの重い装備を取り、私服だけで済ませている。

「その場合脱出が困難になる。それに、できる限りどういう相手かを探りたい。我々は敵が何を考えているか、何一つわからないんだからな。」

『そうだったな。敵の計画を知っておくことも必要だろうな。』

納得した様子でリューゲルが答える。クレアはスタンガンを片手にこっそりとリネージュ軍の駐屯地である廃校の敷地へとはいる。

裏口を警備している歩哨が1人だけでいるのを発見すると、横を向いた隙に一瞬で歩哨に接近し相手の口を手で塞ぐ。

「んっ!?」

「あいにくだが殺しはしない。安心しろ。」

スタンガンを首筋に押し当て、クレアは歩哨を気絶させると服を奪う。そして歩哨を抱えると裏口の近くにあったロッカーの扉を開け、縛って口にテープを張ってから歩哨を押し込む。

「これであとは……」

人目がないことを確認し、クレアは服の上から軍服を着込む。幸いにも持ち主はある程度大柄な男性のため十分クレアでも服の上に着ることができた。

「……胸の辺りがきついな……」

『だからといってはずすなよ。軍は規律にうるさいからな・・・服装の乱れでも見つけたら叱責されるぞ。』

「解っている。」

少しくらい胸がつぶれ、クレアは顔をしかめるが多少の不快感以外には行動に支障もなく戦闘を行う任務でもないので歩いていく。

ヘルメットとバラクラバ(目だし帽)も拝借しているのでリネージュ兵は姿を見ても無視するか、軽く挨拶をする。クレアは挨拶には軽くうなずくだけで通り過ぎていく。安易に声を出すわけにもいかないが、かといって無視すると何をされるかわからないのだ。

「こっちか……」

リネージュ兵の階級章に視線を向け、上級将校が多く出入りしている部屋をクレアは発見する。視聴覚室と書かれたプレートが張りっぱなしになっており、クレアはいったん外に出る。

『どうした?クレア。』

「ここでは聞き取れない。防音の壁だ。」

視聴覚室は防音構造になっているものが多い。指向性マイクでも盗聴は難しいのでクレアは学校の外に出ると視聴覚室の下まで来る。

「さて……」

周囲に誰も居ないことを確認すると、クレアは壁を登り始める。廃校のため手を引っ掛ける場所も多く、パイプがかかっていたであろう金具に手をかけ窓にぶら下がる。

『確かにそこから聞こえるかもしれないが……体力は持つのか?』

リューゲルは不安げに声をかける。クレアはリネージュ軍の武装をしているため普段より装備品の重量がかさんでいる。しかしクレアは何とか片手でぶら下がると窓にマイクを貼り付ける。

「大丈夫だ、問題ない。」

ヘッドフォンにマイクをつなぎ、クレアは壁をつかんだまま将校の話を聞く。ちょうど良く敵の司令官と将校が話をしているようだ。

『刺客2人にこの人員は多すぎませんか?』

『それがミラージュからの命令だ。異論を挟むな。』

『はっ。しかし装甲車やトラックまであると住民が不審に思うかと…』

そっとクレアは司令官と将校の話に耳を傾ける。

『ここ1ヶ月か2ヶ月で状況は好転する。それまで警察をうまくごまかしつつ物資を蓄えるのだ。いいな?』

『解りました。それでフィスカとクレアは見つけしだい殺すのはいいのですが、彼女達に接触した住民まで殺すというのは…』

『我々の計画を日本国民に広められたらどうなる?それで失敗だ。この世界も我々の世界同様ネットが浸透している。一般人といえども口は塞がねばならん。』

『軍人として、してはいけないことであってもですか?』

『計画が失敗すれば我々はただの罪人だ。誇りも何も、組織そのものがあってこそ維持されるのだ。解ったら部下に命令を徹底させろ。銃を持ってなくても撃て、とな。』

『はっ!』

軽く服がこすれる音がした後、部屋の扉を開け立ち去る音が聞こえる。クレアはだまってぶら下がり続ける。

『大丈夫か?』

小声で、心配そうにリューゲルがたずねるがクレアは額に汗をにじませながらうなずく。

「心配するな。このくらい何度もやっていることだ。」

『解った。あまり無理をするな。』

もちろん、とクレアは小声で返す。司令部だけに人の出入りは激しく、その会話1つ1つにクレアは聞き耳を立てる。兵員の状況や資材、兵器の搬入方法などを兵員が司令官に報告しているようだが目当ての情報をリネージュ兵はなかなか喋ってくれない。

『もう喋らないだろう、クレア。とりあえず日本国民に知られてはまずい計画であることはわかったんだ。ここまでにしないか?』

「そうだな。予定通りフィスカが到着次第司令官を暗殺する。いったん戻るぞ。」

クレアは窓から降りると服を脱ぎ捨て、校舎の敷地外に向かう。そこでしばらく待機しているとタクシーでフィスカが到着。予定通りクレアとの合流地点に到達する。

「発信機は?」

「大丈夫。信号待ちの間に高級車にとっつけてきた。ガラの悪そうな連中が乗ってたし、あいつらならいいでしょ。」

クレアは表情を緩め、そっとフィスカを抱きとめる。

「よくやった。この世界で言うヤクザという連中だろう。問題はあるまい。」

「だね。」

フィスカも軽く抱き返すと、さっと離れてスコープをクレアから受け取り廃校を眺める。あちこちに警備兵が巡回しており、生半可な装備では突入も難しい。クレアが真剣な上表をして、声を潜めながら状況を説明する。

「敵軍は視聴覚室を司令部として使っている。もちろん防御は手薄だが……問題は発信機の記録だ。こいつはなんとしても消去しなくてはならない。お前が何とかしてほしい。」

「でも真っ向勝負ってのもなぁ……」

フィスカは複雑な表情をしてしまう。多く敵軍が巡回しており、相手にすれば大騒ぎになりかねない。倒すにも相応の時間と弾薬を必要とし、無傷ではすまないだろう。

「なら今回は私が司令官を狙撃して敵を混乱させよう。」

「あれで大丈夫?」

ブラインドがかかっているのを見て、フィスカが首を傾げるがクレアはバッグからバレットM82狙撃銃を取り出すと大型のスコープを銃の上に取り付ける。

「赤外線探知可能なスコープだ。これでブラインドも役に立たないだろう……裏口付近に脱ぎ捨てた服があるからそれを着て内部に入りデータをクラッシュさせろ。物理的に破壊してもいい。」

「りょーかい。それじゃあ行くね。」

フィスカは早速裏口へと向かい、クレアの脱ぎ捨てた服を着込む。服の上から着たが少しぶかぶかであり、動きは鈍くならざるを得ないが我慢して裏口で待機する。

クレアは伏せた状態でバレットM82狙撃銃のスコープを覗き、司令官が座るのを待つ。立って本棚から本を探しているらしく、赤外線画像でくっきりと見える。

「まだか……」

なるべくであれば座った状態のほうが狙撃しやすい。急な動きと言っても立つくらいであり、その場合頭を狙ったとしても胴体に銃弾が当たる。しかし立っている場合だと不規則に動くことが多いので逃げられる可能性も高い。

足を小刻みに揺らしながらクレアはじっと待つが、司令官がようやく本を選び終わりいすに座ったのを見逃さず引き金を引く。

銃声が響き、赤外線画像の人物はぐったりと倒れこみ画像が薄れていくのが判断できる。クレアは狙撃銃をしまい、PP19ビゾン短機関銃を取り出すと廃校めがけ発砲し始める。

敵襲と勘違いしたリネージュ兵は右往左往し、その合間にリネージュ兵の変装をしたフィスカが廃校内部に入り込む。

「こっちかな……」

天井や壁に這う配線をフィスカはたどっていき、それらが集まっているサーバールームへと向かう。兵士は不審な行動をしているフィスカに気づかず、それぞれの配置へと向かっていく。

「楽勝じゃんか。さーて。」

難なくフィスカはサーバールームを見つけるが、鍵がかかっている。引き戸の鍵なのでうかつに破壊するとあけられなくなる心配がある。幸いなことに兵員はサーバールームそのものを見張っている様子もない。

サーバールームは教室1つを丸ごとつかっており、周囲を鉄板で覆い補助の換気システムもつけて冷却にも配慮されている。いくつもサーバー用の機械が乱立しているところを見ると、本当にこの施設を司令部として使うつもりのようだ。

「うーん……」

ピッキングには時間がかかり不審に思われる可能性もある。フィスカは少し考え込むと窓に着目する。木枠にガラスをはめこみ十字の形に仕切られているタイプだ。

「こいつならいけるかな。」

PP28を抜いて構え、フィスカは木枠に発砲すると廊下の反対側の壁まで下がる。そして腕で頭を覆うとそのまま窓へと飛び込む。

派手にガラスが割れる音がするが、敵味方の銃声に紛れまったくリネージュ兵には聞こえていないようだ。フィスカはサーバーを見て顔をしかめる。

「どうするかな……クレアならどうするか解りそうなんだけど。」

サーバーをどうしたらいいのかフィスカにはわからないようで、頭を抱えてしまう。それでも解決策が見出せないのか、観念した様子でリューゲルに無線を入れる。

「しゃーないや、リューゲル。」

『どうした?』

「サーバーをぶっ壊したいんだけどどうすればいい?」

『どうする、か。手持ちの武器は?』

確認のためリューゲルがフィスカに武装を確認させる。フィスカが武器を数え、落胆してしまう。

「プラーミア2丁と9mm弾、4マガジン分しかないね……」

『仕方ない。こちらの電子戦部隊にウィルスを流し込んでもらおう。無線機からケーブルを延ばして接続してくれ。』

了解、とフィスカは首を振りながら答える。依頼主からの支援を使う場合、報酬がその分引かれてしまうこともあるのだ。

「報酬は?」

『安心しろ。この程度で引くほどケチではない。』

表情を緩め、フィスカはヘッドセットを外すとそこからUSBケーブルを延ばしサーバーの接続部分に接続する。

この間は音声機能をシャットダウンしなければいけない。音声データは膨大なので通信を落とさないといけないし、ヘッドセットをつけたままソケットを差し込んでおくわけにもいかない。

「……」

フィスカはプラーミアを構え、じっと周囲を警戒する。するとリネージュ兵の足音が聞こえてきたのでフィスカは表情を変えずにさっとプラーミアを隠す。SPAS15散弾銃を構えたリネージュ兵が2人入ってくるが、バラクラバをつけているフィスカを味方と認識したようだ。

「ここに刺客はいたか?」

「いないけど、どうしたの?」

「刺客の1人を見つけて今追撃している。このデータサーバーを襲撃したんじゃないかと思ったが……この扉は?」

壊れている扉を見て、リネージュ兵はいぶかしげな表情をしながらフィスカに尋ねる。

「あぁ、刺客が多分入ってきたと思うけど……私が来たときにはいなかったよ?」

「そうか。念のため調べるぞ。」

リネージュ兵はサーバールームをクリアリングするが、同僚を疑う気配もなく何も見つからずにため息をつく。フィスカはこの間抜けっぷりにほっと胸をなでおろす。

「いないようだな。よし、次に行くぞ。お前はここを守れ。」

「了解。」

リネージュ兵2名は駆け足で廊下に出て次の部屋の探索へと向かう。フィスカはほっと一息つくとヘッドセットのところに向かう。

「ウィルスは流し込めた?」

『セキュリティが邪魔をしている。5分後に引き抜け。』

了解、とフィスカは短く答えるとプラーミアを構える。銃口の先にはククリと呼ばれる湾曲した剣を持った敵が立っている。顔は迷彩を施しており、迷彩はリネージュ軍の物ではない。

「刺客……やっぱり気づくよね。」

「当然だ。」

フィスカと同じくらいの小柄さで、ククリを振り回すと刺客は素早く踏み込んで切りかかってくる。フィスカが両腕を構えプラーミアの刀身で受け止めるが、力も強く押し込まれてしまう。

「っ……!」

フィスカは表情を引き締め刺客をにらみつける。刺客が着用している軍服の迷彩パターンからフィスカ達の世界にある国家に所属していた軍人のようだ。刺客は出自を示す衣服を好まないが、彼はこの軍服に誇りを持っているようだ。

「どうした?」

挑発的な口調で刺客はフィスカを壁に押し付けようとするが、フィスカはプラーミアのトリガーを引き反動でククリを押し返す。

刺客はすぐに距離を置くとサーバーの裏に隠れる。フィスカが銃撃を加えるが9mm弾はサーバーに直撃してしまう。

「まったく…!」

すぐにフィスカは刺客の後を追うが、刺客はどこにもいない。しかし気配を背後に感じるとさっと前に飛びのいてから振り向く。

目の前にククリの切っ先が迫り、フィスカは頭を動かしてよける。耳をかすめククリが壁に突き刺さるが、平然とフィスカはプラーミアの引き金を引く。

刺客はぱっと飛びのいてまたサーバーの裏に隠れる。何発か命中したようだが相手のベストは強化されているらしく、9mm徹甲弾の手ごたえも薄い。

「冗談じゃないし…!」

接近して剣で切らない限り致命傷は与えられないらしい。フィスカは苛立った表情を見せるが、いきなり横から刺客が突撃してくる。

フィスカはとっさに剣を構えククリを受け止めようとするが、反応が遅れ片腕を切り裂かれてしまう。

「……っ!」

右手のプラーミアを落としてしまい、フィスカは顔をしかめるが拾っている時間的余裕もない。ふらふらとフィスカが前に出ると彼女の背後から刺客が襲い掛かる。

「もらった…!」

勝ちを確信し刺客はククリを振り上げるが、彼の動きは止まってしまう。深々とプラーミアの刀身部分が刺客の腹に突き刺さっている。

「甘かったね…大体後ろからくるってこと解ってれば楽勝。」

フィスカは左手のプラーミアを離し、落としたもう1つのプラーミア短機関銃を拾い上げるとそのまま刃を刺客の喉に突き刺す。

軽いうめき声を上げて刺客はぐったりと力を失ってしまう。プラーミアを引き抜くと血が大量に噴出すが、フィスカは軽くプラーミアを払い血を落とす。

そして鞘にプラーミア2つをそれぞれ収めてから軽く祈りをささげる。

「依頼なれば刃を交え、殺めるほか道はなし。汝、まれに見る勇士にて我、汝の血を剣に吸いしことを誇りに思わん。魂に安らぎあれ。」

言葉をつぶやき終えたあと、フィスカはヘッドセットをつける。リューゲルが真っ先に応答するが、ウィルスを流し込めたようだ。

「リューゲル、終わった?」

『終わったぞ。これで解析はされないはずだ…それと日本政府から事情を聞きたいと通達が来た。』

「事情ね。話すことないんじゃないの?」

フィスカは先の戦闘で切り裂かれたリネージュ軍の軍服を脱ぎ、扉を開けると窓を突き破って茂みへと駆け込む。リネージュ兵はクレアに気を取られ、まったくフィスカの動向に気づいていない。

『そうもいかんな。私のミスでもあるのだが警視庁が話を聞きたいと言ってきたのだ。それも直接だ。』

「警察?冗談でしょ…」

うんざりした様子でフィスカが声を上げる。リネージュ兵は追いかけてこないようなので一息ついて道沿いに走っていく。

『すまなかったな。一応変な真似をしないよう兵員数名をつけておく。お前達と警察の監視のためだ。』

「はぁ…最初に話つけたんじゃないの?」

『シェルディアと同じ感覚で自衛隊に武装の許可などについて話を通しておいただけだ。どうも日本では警察と軍が別々の組織で動いているようでな…すまない。』

リューゲルのミスにフィスカは頭を抱えてしまう。軍の下部組織として警察がある国家はフランスなどがある。武器の融通や戦闘訓練の一元化ができる、警察組織の浄化などいろいろとメリットは多いが、軍関連の犯罪が見逃されやすいというデメリットもある。

リューゲルが所属するシェルディアも海兵軍の下部組織として警備局があり、それと同じ感覚で幕僚長や防衛大臣に話をしただけだというのだ。当然警察はフィスカとクレアをマークするだろう。

「…とりあえず警察に行けばいいんだよね。逮捕とかしないよね。」

『万一のために兵員を配置すると言っただろう。安心しろ。』

少し表情を緩め、フィスカは道路に出る。するとフィスカの目の前にリネージュ軍の軽偵察車両である屋根の無いプジョーP4が停車する。運転席にクレアが乗っており、フィスカは早速助手席に乗り込む。

「大丈夫だった?クレア。」

「なんとかな。」

クレアの服はあちこち焼け焦げたり、擦り切れたりしているが本人はかすり傷程度で済んだようだ。しかし彼女の表情は厳しいままだ。

「警察の話だが、行きたくはないが…武器をいったん預けてから行くか?」

「だね。拳銃程度にしとこう。返してもらえないとかなったら大変だし。本当は非武装で行きたいけどリネージュがね…」

「そうだな。」

フィスカとクレアは顔を見合わせ、ため息をつく。リネージュ軍が警察署に乱入した際、警察内部にどれだけの武器があるかもわからない以上武器は携行して行きたいのだ。当然、リネージュ兵を警察が追い返せる可能性はない。拳銃とショットガン程度しか武装していない警察ではこの世界に戦車を持ち出すことすら出来るリネージュ兵にはかなうはずもないのだ。

クレアはソーマのアパートまで車を走らせ、駐車場に車を止めてから部屋に戻る。ちょうどソーマがイリスと一緒にレポートを書いていたところだ。

「ただいま。」

クレアがすんなりと挨拶を口に出したのを見てフィスカは目を丸くするが、続けて「ただいま」と言う。ソーマも何気なく答える。

「おかえり、どうだった?」

「連中の拠点を襲撃してきたが警察に行けといわれた。これから行ってくる。」

クレアが無愛想に答えながら転移装置を稼動、弾薬箱を引っ張り出してくる。イリスは身を乗り出してコンテナの中身を確認すると拳銃と予備マガジンが入っている。

「警察?ヘマやらかしたの?」

「そんなわけないじゃんか。上官がバカやって警察に話しつけるの忘れたの。」

フィスカが苦笑すると、イリスもなるほど、とうなずく。するとクレアが首をかしげる。

「ロッカはどうした?」

「最近部屋に閉じこもってばかりだ…なぁ、クレア。」

ソーマが、クレアに緩く視線を向けて頼む。

「警察の一件が終わってからでいいから、ロッカに会いに行ってやれないか?」

「解った。」

クレアは厳しい表情を変えずにうなずくと、P250拳銃をホルスターにしまう。フィスカもMP443拳銃にマガジンを装填し、スライドを引いてからホルスターにしまう。そして、武器の箱を置いたまま2人が出て行こうとするのをイリスがとめる。

「武器はしまわないの?」

「お前達に預けておく。万一リネージュ兵が来たら自衛のために好きに使っていい。」

クレアはそう答え、フィスカとともに警察署へと向かう。


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