第6章
第6章
「あー。」
フィスカはため息をつきながら病室へと杖を突きながら戻ってくる。ある程度は歩けるほどにまで回復し腕の怪我も何とか治っているがリハビリが大変なようだ。
「だるそうだな…まぁ、2週間でここまで回復できたからまだいいだろう。」
「まーね。」
病室でほぼクレアは付きっ切りの生活をしている。武器弾薬の類をフィスカのベッド下に隠しているためいざというときにも対応できるし、近くのコンビニで食料の調達も出来るため問題ないようだ。
フィスカのやわらかい笑みを見て、クレアはほっと一息つく。ここ最近だるいとかそういう言葉を聞いて心底疲れた表情しか見せてなかったのだ。
「しかし体を動かすのは好きなのにリハビリが苦手か?」
「半端で退屈なんだよ。同じ動作しかしないし、こっちも体が鈍ってるから激しいこと出来ないし。昨日病院の壁夜中にこっそり登ったら通報されたんだよ?警官に謝り倒して何とか開放してもらえたけど。」
「まったく……」
クレアはあきれ果てた表情でため息をつく。それから厳しい口調でフィスカに注意する。
「お前は少したるんでいるぞ。連行されて偽造パスポートとかばれたら大事だぞ?刺客とばれたら最悪FSBに消されるかも知れないんだからな。」
「ごめん…」
フィスカは思わずしょげてしまう。かの伝説的な諜報機関であるKGBはFSB(ロシア内務省)と名称が変更されているものの、フィスカやクレアでも侮れない諜報機関だ。
「わかったらもっとマシなこと考えろ。私だってずっと近くにいるんだ、相談に乗る。」
「じゃあパルクールしたい。」
率直かつ困難な願望を言われクレアは表情を曇らせる。外でパルクールのような激しい動きをすれば傷口も開く恐れがあり、引き止めなければならなかった。
「…できればそれ以外で何かないのか。」
「マジですか。それ以外足りてるんだけど。食事は私たちの世界に比べてそこそこ美味しいしクレアもおやつと雑誌買ってきてくれるし。テレビも携帯で見られるし…あ、もう1つあった。誰か悪い奴ぶっ殺す。」
「それもやめろ!病院内で事件起こったら大きく報道されるんだぞ!」
思わず大声をだすクレアに周囲の視線が突き刺さる。クレアは咳払いをしてそっとフィスカに語りかける。
「退院するまで我慢しろ。後1週間すれば……」
「1週間ここにいろって?これなら刑務所のほうがマシなんですが。好きなだけ動けるし安全だし。ここにいるってリネージュの連中にばれたらさ……」
フィスカが不安げな声を上げると、ソーマとロッカ、イリスの3人が部屋に入ってくる。
「大丈夫か?フィスカ。」
「あんたら…よく来たね。幌板から石函まで3時間くらいかかるってのにさ。」
フィスカが軽口を叩くと、イリスがじっとフィスカを見る。
「少し酷いんじゃなくて?せっかくここまで来たのに。」
「感謝する。」
クレアはいすに座ったままソーマ達に礼を言う。ソーマは石箱から持ってきたお菓子を棚に置き、イリスはフィスカを覗き込む。
「…ちょっといい?」
「何?」
「その、最近問題じゃなくて?オスプレイとか。それについて意見を頂戴。レポートに書きたいの。」
フィスカはきょとんとした表情でイリスを見つめる。クレアはわかった、と軽く言うとすぐに答える。
「正直に言うとそんなに信頼性は高くないだろう。マリーン・ワンに使ってないからな。」
「マリーン・ワン?」
「大統領専用ヘリだ。新型の機体で乗り心地がいいというネットの評判どおりなら使わない手はない。今は選定中らしいが、それでもヘリがオスプレイを差し置いて採用されたということを考えると良くないな。」
冷静にクレアが状況を言う。フィスカも渋い表情をするとソーマがベッドそばの壁に寄りかかりながら尋ねる。
「事故率が低いって話もあるが?」
「経年劣化したりハイテク電子機器のない時代のヘリとごっちゃにしたら当然低いに決まっている。事故への経験があり熟練パイロットも多くいる分事故で被害を与える確率は同じくらいだろう。オスプレイに関して、それくらいの熟練パイロットがいるかどうか怪しいものだ。黎明期のヘリよりは安全だろうが。」
イリスは真面目にレポートを取っていく。するとフィスカが首をかしげる。
「あれが安全?事故起こしてるのに。」
「新兵器のカテゴリーに入るものならたいてい事故は起こす。今信頼されてるハリアーだって、自衛隊の戦闘機だって事故は起こすものだ。問題は日本に配備されるパイロットの質と運用次第だ。」
一旦クレアは間をおくと、近くにあったペットボトルの水を飲んでから続ける。
「まぁ、新兵などの訓練に使うなら反対だが兵員の士気や練度維持の訓練なら問題はない、とは言える。」
「ん、それじゃあ普通の機体と変わらないってこと?」
「いや、習熟してる人員が足りないのは難点だな。一応圧力をかけて、精鋭が来るように嘆願しておく必要はある。それに扱いが難しい…と同様の兵器を作ってる連中から聞いたこともある。」
「クレアの世界にそういうのがないの?」
立て続けにロッカは質問をぶつけ、クレアは複雑な表情をしながら答える。
「そうだな。私の世界では海軍や一次産業関連の技術は大幅にこの世界を超越しているが航空機や陸戦に関して言えば大して違いはない。」
「世界?」
イリスがロッカとクレアの話に入れず首をかしげてしまう。するとロッカがそっと耳打ちする。
「な、何でそんな大事なことを言わないのよ!他にも何か隠してないわよね?」
「隠し事大量にあるから気をつけなよ?」
フィスカがクレアを見て、半笑いで答えるがクレアはため息をついてイリスに答える。
「いきなり「異世界から来た」と言っても信用されないだろう?まして、あちこちのタックスヘイブンを襲撃している犯人を抹殺しに来た、などとな。」
「そ、そうかもしれないけど…あのタックスヘイブン襲撃の連中を抹殺するつもり?」
「そうだ。」
こくり、とクレアがうなずくと複雑な表情をしながらイリスが答える。
「彼らのやってる行動を見て少しは文明も進んだと思ったのだけど…」
「どういう意味だよ、それって。」
横からソーマが口を挟むと、イリスは何食わぬ口調で話す。
「現代の怪盗が生まれた、と思ったのよ。今の盗賊と名のつく人達なんて100年前の方法を現代のテクノロジーで行っているだけじゃない。税金を納めない連中の隠し財産をごっそりといただけば誰も迷惑しないしスマートに終わるから…」
「まぁ、そこは私も同意。」
フィスカもこくり、とうなずくがソーマはびっくりした様子でフィスカを見る。
「じゃ、じゃあ何でリネージュの連中を止めようとしてるんだ?」
「あいつらは異世界の人がどうなろうと知ったことじゃない。自分達の利益だけを考えて共存も何も考えてないのよ。そりゃあまぁ、この世界の住民は弱腰で…」
話を続けようとして、イリスの鋭い視線を見てフィスカは咳払いしてから話を続ける。
「ま、まぁ何人かを除いて強気の連中がいてもそいつらを抹消しようとしても法律で罰せられる。法的な手続きをふみ、やったことを隠せば何してもいいと思ってるのよ。」
「…酷いな。」
ソーマはため息をつく。実際、刺客達に襲撃されたときも容赦なく攻撃されたためここにいる全員が納得した表情を浮かべる。するとロッカがフィスカに疑問符をぶつける。
「それで、どうやってリネージュの人たちを倒すの?」
「戦略を考えてる指導者を倒せば、リネージュの人たちは散り散りになる。いやおうなしにここになじむかリネージュ本国に戻るか、どっちかになるからそれで問題ないよ。」
なるほどね、とロッカが納得する。しかしクレアはどこか浮かない表情をしている。
「どうかしたか?クレア。」
「いや、この作戦を聞いてみて上手くいくか不安になっただけだ。もっとも私達は依頼をこなすだけだからな…依頼主の指令があるなら、そのとおりやればいいだけなのだが…」
沈んだ口調でクレアが話す。するとソーマはそっとクレアの背中を叩く。
「無理するなよ?クレアは真面目だから依頼主のことも考えてるんだろうけど、あんたが無理なら依頼主だってわかってくれるはずだ。」
「そういうものかな。だとうれしいが…」
クレアは少し表情を緩め、窓の外を見る。自動車が多く走っているが、バンが連続して病院に入っていくのを見て表情を険しくするとベッド下のケースを引っ張り出す。
「どうしたの?」
「…杞憂であってほしいが…」
クレアはシャツの両袖からプレッシンを出し弾薬を装填、予備の弾丸をポケットにつめ腕時計のような装置を腕に取り付けると病室を出る。
「ちょ、ケースはしまわなくていいの?」
「必要とあれば好きに使え。ただし病院関係者には隠せ。」
それだけ告げると、クレアは駐車場のほうへと向かう。黒いバンは隊列を組むように走っていく。
「連中、ここを襲撃するつもりか…」
黒いバンは病院の敷地には入らず病院前で駐車する。すると窓から日本人らしい男性がおびえた表情で周囲を確認するとクレアの顔を見て別方向に向かう。
「…人質をとって運転させているのか?」
クレアは眉をしかめるとすぐに手を上げてタクシーを引き止める。中年男性のタクシー運転手が扉を開けるとクレアは後部座席に滑り込む。
「お客さん、どちらまで?」
「あの黒いバンを追跡してくれ。前金だ。」
1万円札をクレアが財布から取り出すと、運転手はこくりとうなずく。
「何か、お嬢さんは探偵でもやってるんですかい?」
「まぁそういうことにしてくれ。」
うなずくとタクシー運転手は早速黒いバンの一団を追跡していく。クレアもバンをじっと見つめているが、その反対車線を救急車が何台も通り過ぎていくことに気づかなかった。
「何かあったんですかね?」
「さぁな…それより見失わないでくれ。」
バンに集中しているため、クレアは救急車を無視して運転手にはっぱをかける。
「こちらシュヴァル、作戦領域への到着を確認。」
救急車の運転手が無線機で作戦の報告をすると、司令部は満足げな声色のフランス語で応答する。
『よくやったぞ。ムートンも順調だ。病院を制圧しろ。』
「了解。」
運転手が駐車場に救急車を止めると、完全武装のリネージュ兵が後部扉を開けて病院へと入っていく。
「な、何だ…ぐっ!?」
本物の医者や救急隊が駆けつけてくるが、リネージュ兵はサーベルの柄や突撃銃のストックで殴って気絶させると拘束する。
「よし、30分で制圧を終えろ。」
「了解!」
リネージュ軍の隊長が指示を出すと兵員は次々に病院へと入り込んでいく。悲鳴は聞こえるが銃声はほとんど聞こえない。
『よし、ソレンヌ少佐。よくやったぞ。』
「必ずフィスカとクレア、および関係者の抹殺を遂行します。」
ソレンヌと呼ばれたリネージュ軍の女性士官はうなずくとMAG軽機関銃を持ち病院内部へと入っていく。
通用口からロビーに出ると、すでに人質を集め全員を拘束している。吹き抜けの構造のため中2階に兵員を集めファマス突撃銃やグロック17拳銃を人質に向けている。そして中2階の手すりに人質を吊り下げて人間の盾にもしている。すると兵員が報告に来る。
「制圧完了です、大尉。犠牲者は敵味方双方皆無。今病室を探っています。」
「それでいい。警察の動向は?」
「警察無線を傍受しましたが、おそらくここに来るのに1時間はかかるかと。」
「わかった。交渉役はお前に任せる。マスコミを遠ざけさせろ。さもなくば射殺するといえ。ヘリには警告し、それでも逃げない場合は機銃かSAMで追い払え。後、敵の狙撃主は配置につく前にカウンタースナイプで無力化しろ。」
了解、とリネージュ軍兵士は短く答え無線機で各部署に指示を伝える。そしてソレンヌは館内放送のスイッチを入れる。
「立てこもっている看護師および患者諸君に告げる。扉を開き白いシーツを掲げるなりして無抵抗であることを示せ。重症患者の処置に必要な看護師は見張りつきでの医療行為を許可する。必要とあれば病院からの脱出も許可しよう。ゆえに指示に従い無抵抗で出てきてもらいたい。さもなくば貴君らを発見次第射殺する。」
「…い、今のって何よ…」
フィスカの病室でイリスは不安げな声を上げる。フィスカのいる病室にももちろん声は聞こえ、周囲の看護師などはあわただしく出て行く。
「リネージュの連中、病院を占拠して私たちを殺すつもりなんだ…!」
「嘘!?」
ロッカが思わず大声を出してしまうが、フィスカが口に指を当てる。
「聞こえたらまずいよ…いい。絶対あんたたちも狙ってくる。だから応戦するの。ケースにいっぱい武器があるから適当なの使って戦って。」
「戦うって…」
「銃弾を当てようなんて考えないで。相手に武器を持ってるということがわかればいいから…発砲して応戦するくらいでいい。近づかれたら銃剣突き出して脅せばいい。」
不安そうな声を出すソーマをフィスカが励ますと、イリスもうなずく。
「ただ黙って殺されるくらいなら戦うわよ…サバゲーでの経験も役立つはずよ。」
「で、でも相手は…」
ロッカは声を震わせてしまうが、フィスカはベッドから起き上がるとPP28サブマシンガンをケースから取り出す。
「今は泣き言いってる場合じゃないよ…私が万全ならあんた達を脱出させるなんてたやすいけど、今は頼るしかないの。」
「警察とか、どうごまかすんだ?」
「警察になんて頼れない。機動隊とかSAT呼んだって勝てやしないよ…実戦経験もあるし日本の警察は軽火器主体だもの。私たちでこっそり脱出する。なるべく敵の士官にも出会わないようにね。」
ウルティマックス100軽機関銃を持つソーマは不安げな声を上げるが、フィスカはふらふらになりながらも立つと扉にトラップを仕掛け始める。
「引っかかったら一斉に射撃して。情けは無用よ。」
「え、えぇ。」
ロッカはP229拳銃を構え、リネージュ兵が来るのをじっと待つ。すると外からサイレンの音が鳴り響く。
「意外と早かったね…けど、あいつらじゃ無理。」
フィスカは窓の外を見て、ため息をつく。黒塗りの装甲車両が病院近くの道路に配置されいっせいに機動隊やSATと言った警察の突入部隊が降りてくる。
『SATおよび機動隊の到着を確認。こちらもスナイパーを配置しました。全周囲、2名ずつです。』
「よし、周辺警戒を怠るな。それと一部兵員を地下の巡回に当てる。連中のことだ、下水道から来るかもしれん。」
『了解。』
ソレンヌは配置が終わったことを確認すると入り口に兵員を集め正面の扉を開ける。入り口正面はガラス張りで、リネージュ軍が白い布を張って内部の様子を見えなくしている。
入り口の柱に隠れつつ、拡声器を用いて包囲した警官隊にソレンヌが通告する。
「警察諸君、ご苦労だな。」
『要求があるなら言え!それとお前は誰だ!?』
「少佐、と名乗っておこう。まずは警官隊以外の人員が病院の包囲に加わることを禁止する。ヘリも近づけるな。さもなければその人物と人質が死ぬことになる。」
警官隊の中から司令官らしい人物が拡声器で応答するが、ソレンヌは平然と応対する。
『どういうことだ…少佐か!?』
「マスコミを遠ざけろ。報道ヘリもだ。それとスナイパーも命が惜しければ撤収させろ。我々を単なるテロリストと侮られては困る。その証拠を見せてやろう。」
ソレンヌの言葉に警官隊は首を傾げるが、いきなり銃声が聞こえる。警官隊が大慌てで何に命中したのか確認すると、あるテレビ局のカメラに銃弾が命中していたのだ。
『何が目的だ!?』
「実力はわかったはずだ。命が惜しければマスコミとヘリを撤収させる準備をしろ。次ははずさん。」
ソレンヌが一方的に通告し、警官隊はすぐにマスコミを撤収させる。しかし民間ヘリを使って中継している1社のみ撤収するつもりはなく中継を続けている。
「ヘリが1機残っているぞ。後5秒で撤収の気配がなければ撃墜する。」
『ま、待て!警察だ!すぐにヘリは退散しろ!』
司令官が大声で拡声器をヘリに向ける。警察が無線を使って呼びかけるがまったく応答がない。
『少佐、こちらの呼びかけも無視されています。報道協定がなんだのかんだので…』
部下の報告を聞いたソレンヌはため息をつく。
「警告はした。撃ち落せ。」
『了解!』
屋上にいるリネージュ兵がミストラル対空ミサイルを発射。報道ヘリに命中し爆発を起こす。燃え盛るヘリの残骸が雑居ビル前の道路に落下し周囲が騒然となる。
『なんて事を…!』
「軍事ジャーナリストでも警告に従わなければ拘束、最悪射殺されて当然だ。マスコミ各社もわかったらこの事件を放送しようと思わないことだ。」
警察は前代未聞の事件に対応も出来ないらしく、距離を置いて包囲するだけとなっている。
すると、再び銃声が聞こえる。病院屋上からの銃声でリネージュ軍が警察のスナイパーを狙撃したのだ。司令官は無線を聞き、表情を青くする。畳み掛けるようにソレンヌは拡声器で声を出す。
「幸か不幸か貴様らのスナイパーは負傷で済んだようだな。スナイパーを配置すれば彼らは死体袋に入って戻ることになる。わかったら包囲している人員以外の余計な邪魔を撤収させろ。それと突入しようとバカな事は考えるな。葬儀屋を喜ばせたくなければな。」
ソレンヌはそういうと、部下を引き連れて戻っていく。
「……」
フィスカ達は扉の前で緊張した面持ちで待っている。軽口を叩くことも、雑談をする余裕もなくそっと息を潜めている。
外で足音と、扉を開ける音が聞こえる。時折銃声が聞こえるが、おそらく患者か看護しが白いシーツなどを用意し忘れたか抵抗しようとして射殺、あるいは捕獲されたようだ。
そして、足音が扉の前で止まるとリネージュ兵が扉を開けずに立ち去っていくのが聞こえる。
「もう行ったようね。」
そっとイリスが扉に手をかけるが、いきなり扉が押し開けられる。リネージュ兵が無線で連絡を入れようとする間にソーマとロッカが引き金を引く。
大量の5.56mm弾と357SIG弾を受けリネージュ兵は血を流して倒れこむ。するともう1人のリネージュ兵が振り向くと手榴弾のピンをはずす。
「させないよ!」
フィスカがさっと外に出るとPP28を手榴弾めがけ射撃。銃弾が手榴弾に直撃し爆発。リネージュ兵は倒れこむ。
「…ふぅ。」
ソーマは一息つくと座り込む。ロッカは目を覆ってしまうが、そっとイリスがロッカをなでる。
「…それでどうするのよ、フィスカ。」
「別の病室に移動しよう。2階の部屋にね。」
フィスカがよろけながらも歩いていこうとすると、ソーマが肩を貸す。
「…こういうことなら、なんとか役に立てそうだ。」
「ありがと。」
フィスカは片手でPP28短機関銃を構え、周囲を警戒する。ロッカはショックを受けたのか目を覆ってしまうが、イリスが手を引いてフィスカの後に随伴する。
「それにしても、どうして2階なのよ。どうせなら上に…」
イリスが行き先に疑問符を抱くが、フィスカは首を振る。
「2階からじゃないと脱出できないの。まず外部との連絡手段をとって、クレアを呼んでから武器を持って脱出する。発砲した銃器もあるし、いまさら警察の保護は無理だろうから…硝煙反応でいろいろと訪ねられたら貴方達もまずいでしょ?」
そうね、とイリスもうなずく。するとソーマが首をかしげる。
「クレアだが、どこにいったんだ?」
「たぶん陽動に引っかかって時間稼ぎされてると思う。だから連絡手段を何とか見つけないといけないし…わっ!」
フィスカの足がもつれて転びそうになるが、しっかりとソーマが支える。
「これじゃあ歩くのも難しいな…」
「リハビリ中であんまり動けなくてね…みんな悪いね、迷惑かけちゃって。」
何とかソーマに支えられ、フィスカ達は別の病室に入る。フィスカがいたのと同じ個室であり、幸いにもリネージュ兵に見つからずに済んだようだ。
「…しかし、貴方のせいでこうなるなんてね。」
「ほんとごめん…連中も病院は襲ってこないと思ったんだよ。街中の総合病院を白昼襲撃するなんて…シェルディアの感覚で考えてたのが間違いだったみたい。」
フィスカはイリスに責められ、申し訳なさそうに謝る。するとロッカがぽん、とフィスカの背中に手を置く。
「あの時、フィスカがいなかったら助からなかった…ありがとう、ね?」
「自分でまいた種をしっかりと刈り取っただけよ。正直あんた達に迷惑かけっぱなしで悪かったと思ってる。今回だって…もう追い出されてもいいくらいのことやっちゃったし…」
まだフィスカの口調が沈んだままなのを聞き、ソーマはフィスカをベッドに座らせてから言う。
「追い出さない。リネージュを追い出すなら、な。」
「ありがと…」
フィスカはそういうと、口に指を当てる。リネージュ兵の足音が聞こえたため、全員で息を潜めじっとしている。
今度見つかればまず間違いなく戦闘になる。そうならないことを全員で祈るほかなかった。
『少佐、機動隊の動きがあわただしくなっています。先ほどの銃声のせいでしょうか。』
外を警戒しているリネージュ兵が、双眼鏡で状況を報告する。警官隊はスナイパーを排除され、さらに銃声も聞こえた上にソレンヌも呼び出しに出ないため強行突入の準備をしているようだ。
「突入が想定される箇所は?」
『古い下水道があるので地下と裏口でしょう。どうします?』
「地下への階段は1箇所を残し封鎖。想定される出入り口に警報用のトラップを設置、病院の警報システムも掌握した。フィスカ達の捜索を続けろ、いいな?」
『はっ。』
ソレンヌは退屈なのか病院の自動販売機にあった炭酸飲料の缶を開けて飲み始める。少し表情を緩ませると、捜索中の兵員が情けない声を出す。
『少佐、フィスカ達が見つかりません。ひょっとしたら脱出したのかもしれません。』
「本当か?」
『はい、巡回の兵2名が殺されていました。銃声を聞きつけて部屋に駆けつけたのですが、すでに連中の影も形もなく、軍事用のケースにトラップが仕掛けられていました。簡単なものだったので解除し、負傷者はいませんでした。』
兵士の報告を聞き、ソレンヌは表情を曇らせる。
「一度戻って銃にサプレッサーをつけろ。これ以上銃声がしたらまず間違いなく警官隊が突入してくる。そのドサクサにまぎれて脱出されては意味がない。」
『しかし、時間をかけては不利なのでは?』
「仕方ないだろう……忌々しい連中め。」
ソレンヌは首を振るが、端末のメモを見てこくり、とうなずく。
「これもミラージュが想定した作戦の一部だというから、恐ろしいが…刺客2名のためにここまでする価値があるか?」
『我々の計画のためにはイレギュラー要素を排除する必要があるかと。』
ちなみに「ミラージュ」とはリネージュ軍のこの世界にある司令部が使うコードで、作戦中はそう呼んでいる。
「民間人を殺すのは不本意だが…仕方あるまい。この場合の指示は?」
『クレアの陽動を適度に切り上げ監視、指示があるまで待機と。』
「よし、例の仕掛けを解除。ミラージュに転移装置稼動の準備をさせろ。偵察部隊は人質にまぎれて離脱だ。予備の患者衣と包帯に血糊をまぶしておけ。」
『了解。』
ソレンヌは指示を出し終え、購買にあったパンを食べる。
「ミラージュも、計画を進めるなら少しはこの世界に配慮すべきなのだが…」
表情ひとつ変えずにソレンヌはパンを食べ終えるが、口調はどこか困り果てたようだった。
「ほ、本当に助かるのか…?」
「あぁ、絶対助ける。待っていろ。」
クレアは黒いバンの運転手につけられているベストを必死にはずそうとしている。爆弾つきのベストであり、導線を切る方法でクレアは解除している。
「冷却スプレーでもあればすぐなんだが…悪いな。」
「わ、分かった…しかし本当に大丈夫なのか?」
「あぁ、お前で最後だ。時間制限も妙にゆるいから、何とかなるだろう。」
制限時間はまだ2時間も残っており、爆弾も解除に手間取るが出来ないことはない代物だ。リネージュ軍がこんな手の込んだ時限爆弾を作る理由を気にすることなく、クレアは解除し続けている。するといきなりタイマーのスイッチが消える。
「……?」
「ど、どうしたんだ?」
男性が首をかしげると、クレアは乱暴にベストを引きちぎる。男性は驚くが、クレアは何も気にせず男性に質問をする。
「このバン、お前のか?」
「いや、運転してくれと言われて押し付けられたものだが……」
「借りるぞ。お前はさっさと逃げた方がいい。爆弾はもう大丈夫だが、いつ爆発するかも分からん。」
こくり、とうなずくと大急ぎで男性は走り去っていく。クレアはバンのエンジンを入れるとそのまま運転、病院へと向かう。
病院の周囲は騒然となっており、機動隊が突入準備を進めている。クレアは驚いて携帯をかける。
「フィスカ、応答しろ。」
『クレア?声小さくしてよ。今リネージュ兵から隠れてるの。』
状況が状況だけにクレアもすぐ納得する。怪我が治りきらないフィスカと民間人3名では逃げようもないからだ。
「そうか。今はどの病室にいる?」
『良く見てなかったけど2階で、さっきまでいた病室から左前の方向に行った場所。突き当たりの1個手前かな…』
「わかった。そこに向かう。」
クレアはうなずくと病院の裏手へと回りこもうとするが、あちこちが警察に封鎖されていてうかつに近づくことが出来ない。
「……これはどうするか……」
直接救急車で乗り入れるのは難しい状況となっている。クレアはもう一度状況を確認するためにフィスカに携帯で連絡する。
「ヘリとかは使えないか?」
『無理。リネージュ兵が屋上にもいて対空ミサイルを報道ヘリに発射したんだよ?クレアが用意したヘリなんか近づけないよ……』
「そうか…」
渋い表情を浮かべながらクレアはリューゲルにも連絡を入れる。
「リューゲル、対策はないか?4人が閉じ込められてどうにも出来ない。」
『とは言われてもな…』
リューゲルも困り果てた様子で、クレアはため息をつく。何もいい案が思いつかないのかいらだってしまう。
「何とかしないとあいつらが捕まるんだぞ!」
『大声を出すな!まったく…こうなったら武器をお前が回収して、あいつらは丸腰で人質のふりをしてこっそり脱出させるしかないだろう。』
「それしかないが…リネージュ兵が武器を持って襲撃してきたらどうする?フィスカは隠し武器の類は持ってないぞ。」
クレアはあまりいい表情をしないが、リューゲルがある提案をする。
『お前が機動隊にまぎれて突入して保護してはどうだ?』
「正気か?この短時間で服などが手に入るとは思えん。」
『だから、誰かを締め上げて…』
リューゲルがそこまで言うと、クレアはため息をつき表情をしかめる。
「さすがにこれから臨戦態勢の兵員を締め上げて気絶させるのは難しいだろう。実戦経験の少ない警察特殊部隊と言っても侮るわけにはいかない。」
『そうだな。ではどうする?』
「封鎖している警察官を何とかして陽動しよう。出来なければ強行突破すればいい。突入の際にバンで突破しよう。」
クレアの案を聞き、リューゲルは驚いたような声で返す。
『そんなことをすれば警察に追跡されるぞ?』
「何、対策はある…上手くいくかどうかはわからんがな。」
『上手くいくか?』
不安げにリューゲルがたずねるが、クレアはこくり、とうなずく。
「上手くいかせるだけだ。」
「脱出方法ってどうしようか…」
フィスカ達も病室内部で考え込んでいる。外に警官隊がいて裏口を包囲しているためなかなか出ることも出来ない。リネージュ兵も巡回しており、そうそう簡単に脱出できるものでもない。
「やっぱり窓だよな…」
ソーマが窓の外を見下ろす。路地に通じておりリネージュ兵の歩哨もいない。建物内部と屋上をリネージュ兵は確保しているが、周辺道路は特に警戒していないようだ。
しかし警官隊が道路を封鎖しているのが一番の問題だ。バリケードと車両を使って厳重に封鎖しているので下手に脱出できない。
「私が無事なら先に飛び降りて、下でシーツ固定するんだけど…」
「それじゃあ、私が行く…」
ロッカの提案にフィスカは表情を真っ青にして首を振る。
「無理無理!下コンクリートじゃん…!パルクールの訓練やってないと無理だし、戦闘に巻き込まれたらどうするつもりよ!?」
「そうだけど、誰かがやらないと…」
ロッカとフィスカがもめていると、ソーマがあることを思いつき部屋を出る。
「ちょ、ちょっと!?」
ロッカがとめようとするがソーマはすぐに隣の部屋から布団を持ってくる。病室にあったのを持ってきたようだ。
「こいつを落とせば、クッション代わりになるんじゃないか?折りたたんで落下する位置を正確にすれば…」
「ナイスじゃん…じゃ、そいつをシーツにくるんでおいて。警官隊が突入すると同時にそいつを窓の下に投げて脱出、いいね?」
フィスカは親指を立てて満面の笑みをこぼしながら答える。脱出手段が見つかったので全員が安堵の表情を浮かべるとクレアから連絡が入る。
『フィスカ、脱出手段は大丈夫か?』
「大丈夫。クレアはどう?」
『警官隊が突入すると同時に脱出しろ。裏路地まで黒いバンで入るからそいつに乗るんだ、いいな?』
「了解。」
フィスカはうなずくと、疲れたのか壁に寄りかかってしまう。ソーマやロッカ、イリスは緊張した面持ちで警官隊が突入するのを待つ。
暇そうにソレンヌがシェーキを飲みながらエントランスの中二階で待ち構えていると、兵員から無線がはいる。
『敵部隊、攻撃を開始してきます。擲弾発射機を持った兵員が前衛に出てきました。』
「応戦はするな。人質はつるしているか?」
ソレンヌは連絡を聞き、シェーキを流し込んでからガスマスクをつける。間をおかずに警官隊がLL06擲弾発射機を発射。エントランス内部に煙が立ち込める。
『もちろんです。しかし勢いがありませんね。突入もしてきません。』
「相手もある程度は状況をつかめている。人質を大勢エントランスに集めているのに銃撃戦などやらないだろう。」
ソレンヌはあきれた様子で答える。何度か交渉役の人物に内部を見せて状況も報告させたため、警官隊も状況は把握している。まともな人間であれば人質を盾に使っている相手に真っ向から銃撃戦を挑もうとは思わない。
実際、警官隊もLL06擲弾発射機を発射しているが突入の様子は一切無い。するとどこからか爆発音が響く。
「来たか。突入ポイントは?」
『食堂から窓を突き破って来ました!今防衛線を構築し押し返しています!敵軍はシェルディア警備局と同じ武装です…!やや練度は連中の方が上ですが…』
弱気な声を発する無線機に、ソレンヌは落ち着いて返す。
「油断はするなと言っただろう。押し返せそうか?」
『士気は旺盛ですが、何とかなります!』
兵士の報告を聞き、ソレンヌは満足げにうなずく。口調も幾分か余裕がうかがえるものとなっている。
「警察の部隊なら一定の犠牲を出せば退却命令を出すだろう。いつもどおり戦えば勝てる相手だ。油断はしなくていいが変な警戒もするな。せいぜいシェルディアの一般兵かそれ以下だ。」
『了解!』
銃声を響かせながらリネージュ兵が無線を切る。自信に満ちた兵士の声を聞き、ソレンヌは一息つく。
「この調子なら、軽く撃退してくれるか……」
『準備が出来たぞ。すぐ行く。』
「了解。」
フィスカがそっと携帯で応答すると手で指示を出す。予定通り縛っておいた布団をイリスが窓の外に投げ落とす。
「まずイリス、次にロッカが行って。それと…ちょっと窓際に座らせて?」
「あ、あぁ。」
ソーマがフィスカに手を貸し、そのまま窓辺に座らせるとフィスカはPP28短機関銃を両手に持ち構える。
「万一敵が来ても発砲できるようにさ。さっさといきなよ。」
「えぇ、下で会いましょう。」
イリスは真っ先に布団の上に飛び降りる。次にロッカが窓辺に出るが、なかなか飛び降りようとしない。小刻みに震えているのをみてイリスが呼びかける。
「早く来なさい!」
「ちょ、ちょっと声出さないで!」
フィスカが思わず大声を出してしまうが、その声を聞きつけ複数の足音が近づいてくる。
「来るぞ…ロッカ、早く飛び降りるんだ!」
ソーマはウルティマックス100軽機関銃を構えながら入り口を警戒しているが、ロッカは震えているため降りられない。
「こ、怖いよ…!」
「もういいから突き落として!ソーマ!」
フィスカがいらだった様子で声を荒げるとリネージュ兵が扉を開ける。間髪いれずにフィスカはPP28を連射し、ソーマもウルティマックス100を連射する。
銃声は警官隊とリネージュ軍の交戦にかき消され、まったくと言っていいほどばれていない。ロッカは銃声に驚き落下するが、上手く布団の上に降りられたようだ。
「急いで!」
「あ、あぁ!」
フィスカはソーマをせかしつつ軽く引き金を引き、顔を出そうとするリネージュ兵を牽制する。その間にソーマも飛び降り、布団の上におちる。
「よーし…」
上手く飛び降りれたのを確認して、フィスカも布団のあるところまで行こうとするがリネージュ兵が手榴弾を投げ込んでくる。
「こ、コンボラー!?」
アラビア語で「爆発物」という言葉を反射的に叫びながらフィスカは背中から飛び降りる。衝撃を予想したのか目をつぶっていたが、無事に着地した。
「大丈夫か?」
「…ありがと。」
ソーマが両手でしっかりとフィスカを受け止めていたのだ。フィスカがほっと一息つくとバンが路地の手前に到着する。クレアが運転席から顔を出して手招きをする。
「行こう?用なんてないし。」
「あぁ…そうだな。」
フィスカが話しかけると、ソーマはうなずいてフィスカをお姫様抱っこしたまま走っていく。ロッカはイリスに手を引かれバンまで走っていく。緊急事態のためフィスカは文句1つ言わない。
バンの扉をイリスが開け、全員が乗り込むと扉を閉めるとクレアがアクセルを踏み込んでハンドルを切る。バンはUターンしてスピードを出しながら現場から逃亡する。運転席からクレアは振り返って全員の安否を確かめる。
「無事か?」
「あぁ。」
軽くソーマが答える。後ろからパトカーが追いかけてくる様子もなく、難なく警察を振り切ったことを確認しクレアはかすかに笑みをこぼす。
「このまま石函まで行くぞ。」
「えぇ…クレア、どうやってここに?周囲は封鎖してたはず…」
イリスが率直な疑問をぶつけると、クレアは笑みをこぼす。
「昔ながらの確実な方法でやったんだ。」
遠まわしな言い方にイリスは首を傾げるが、フィスカがそっと耳打ちをして納得する。
「リネージュ兵対策に無線妨害装置を持ってきて助かった。それで無線を妨害しつつ突破したから報告は後でされるはずだ。」
「凄いもの持っているんだな…そんなのチートだろ…」
呆れたようにソーマがぼやくが、クレアは首を振る。
「有利な状況は自分で作り出すものだ。ゲームのように決められたシチュエーションなどない。」
「でもECMなんてどっから持ち出したの?」
「こいつだ。」
クレアは左腕につけた腕時計のような装置を見せる。一見すると銀色のデジタル式の腕時計に見える代物だ。
「あぁ、これ。」
「あれ、腕時計は反対の腕…?」
ロッカが首をかしげると、クレアは首を縦に振る。
「左利きなの?クレア?」
「いや。右利きだ。養成施設で右利きに矯正された。」
クレアは運転しながら平然と答える。なるほどね、とイリスも納得する。
「軍用銃は右利き専用が多いから、そうしたのよね?」
「勘がいいな。左利きだと相手のファマスが使えないからな。」
ファマスなど、一部のブルパップ式突撃銃は頬に機関部が来るためどちらに空薬莢を飛ばすかというのは非常に大事なことだ。軍ではそのために右利きに矯正され、刺客達も同じような訓練をされたようだ。するとソーマが首をかしげる。
「…じゃあなんで右手に腕時計を?」
「癖だ。」
あっさりとした答えにその場の全員があっけに取られるが、フィスカは1人笑みをこぼしながら答える。
「ずーっと変えないんだよね。何か書くときに邪魔だと思うんだけど。」
「実際そうでもない。それより…お前達が無事で良かった。」
「いまさら?」
フィスカがそっと笑みをこぼすと、落ち着いたのか眠ってしまう。クレアはバンを運転し、難なく石函まで戻っていく。
「撃退に成功しました。負傷者は多数。しかし戦死者はいません。敵軍は多数の犠牲者を出して撤収しました。」
「よくやった。」
ソレンヌは直接報告しに来た部下をほめると、そのまま指示を出す。
「全員を屋上に集めろ。撤収……任務は失敗だ。連中は突入の際の混乱に乗じて脱出してしまったらしい。」
「了解。」
兵員が無線で各部署のリネージュ兵を集めていく。ソレンヌも武器や荷物を持ち、そのまま屋上へと向かう。ソレンヌは全員を確認すると、無線機で司令部に連絡を入れる。
「ミラージュ、回収を頼む。」
『了解。1分後に回収する。』
救急車のサイレンが鳴り響く中、リネージュ兵が全員集まると警官隊の司令官から連絡が入る。
『何をするつもりだ!?』
「用事は済んだ。これより撤収する。」
『撤収だと?一体何故…?』
司令官がいぶかしげな様子で尋ねるが、その間に転移装置が稼動し無線が途切れる。ソレンヌたちの周囲の空間がゆがみ、ある空母の格納庫へと出る。司令官がソレンヌたちを出迎える。
「よくやったぞ、ソレンヌ。それと兵士諸君。目的は達せられた。」
明るい表情の司令官に対し、ソレンヌは怪訝な表情を浮かべる。部下2名を失い、さらに負傷者も出したのに何の成果も挙げられていないのだ。
「フィスカとクレア、そして協力者を取り逃がしましたが……」
「場所はすでに特定できた。次の指示を待て。」
「はっ。」
ソレンヌは任務成功と聞いても複雑な表情を崩さず、個室にはいると戦死者の遺族に対する手紙を書き始める。
「軍人の常とはいえ・・・許せ。」
表情は沈み、涙を浮かべながらもソレンヌは手紙を書き綴る。