第3章
「ただいま。」
クレアが家に戻ったのは午前7時くらいで、フィスカも一緒にいる。ソーマは大学に行くための準備を整えていたところだ。
「おう、おかえり。凄いニュースになってるぞ?」
「ほう?」
クレアが座卓の前に座りニュースを見ると、彼女達が破壊した大真原発のことがニュースになっている。
『…先日、何者かの襲撃により大真原発が破壊されました。犯人は未だ不明で、不審人物を見たとの目撃情報も入っています。日本国内にテロリストが入り込んでいたという事態に政府は対応に追われています。いずれの武装勢力も犯行声明を出しておらず、捜査は難航するものと思われます。なお、この大真原発は…』
「負傷者?」
ソーマが複雑な表情を浮かべるが、フィスカは笑みをこぼし軽い調子で答える。
「抵抗したんで撃ったの。大丈夫、足だし後遺症も残らないから。」
「おいおい…いいのか、それで…」
「いいの。死んでないし。」
フィスカが笑みをこぼすとソーマが朝ごはんを持ってくる。ハムチーズのサンドイッチであり今にもかぶりつきそうな表情を2人が見せる。
早速クレアがサンドイッチを食べる。しかし左腕だけしか動かしていないのを見てソーマが首をかしげる。
「どうしたんだ?右腕は。」
「撃たれた。」
「撃たれたって、病院とかいいのか!?」
不安げにソーマがたずねるが、クレアは平然と答える。
「このくらい、2、3日放っておけば何とかなる。」
「いや、銃創なんてそんなに…」
「大丈夫だ。お前達が殴られるくらいの頻度で銃弾を受けている。問題はない。」
サンドイッチを片手で器用に食べていくクレアをみて、ソーマが首を傾げる。
「前々から思ってたけど、あんた達の世界ってどんなところなんだ?」
「どんなところ?」
フィスカが質問の意図を測りかねて首をかしげると、ソーマはサンドイッチを置いて話を続ける。
「あぁ。何か現代っぽい感じがするんだよな。サブマシンガンとか対物ライフルとか…」
「そういうことね…まぁ、確かに私達の世界はこの世界と比較的文明の度合いや文化、言語などいろいろと同じだけどさ…違うのは海の面積くらいかな。ここより3倍は広がってる。」
「3倍?」
「まぁね。世界の9割以上が水没した世界なの。だから艦艇の技術はここより大幅に進んでいる。それ以外はここと同じだけど。」
映画みたいな世界だな、とソーマはつぶやく。以前そのような映画を見たことがあったようだ。
「食事とか大丈夫なのか?」
「まぁ何とかなる程度だ。国民全員を養う分は生産できている。味はとにかく、な。」
なるほど、とソーマは納得する。コンビニの弁当でとても美味しいとか言っていたのはこういう理由があったのだろうと実感した。
「…けど、そんな現代っぽい軍隊なのに剣とかどうして使ってるんだ?」
「この世界の軍だってナイフを使っているだろう。あれと同じだ。近距離戦ならリーチの長いほうが優位に立てる。」
「そういうものか?近距離で銃を発砲されたらどうする?」
剣のレンジだったら銃を撃つのに充分なスペースがあるとソーマは考えたようだが、クレアはそれを否定する。
「はじけばいい。銃弾など簡単に1マガジン分ははじける。」
「嘘だろ!?」
音速を超える銃弾なんか無理だろ、とソーマは思ったがフィスカは笑みをこぼす。
「嘘じゃないよ。銃弾の弾道を計算し、ある程度の予測を立てることが可能になったわけ。だから銃口を見て予想される射線に刀身を持って行ってはじくんだよ。軍隊でもこのくらいの訓練はやってるの。」
「なるほどな…」
またどっかの映画みたいなことを、とソーマはため息をつく。ガン・カタとでも呼べそうな戦闘術を覚えているらしい。
「だからこっちだと槍や斧とかも現役なの。タングステンやレニタンみたいなのを鋭く加工したものでめっちゃ強いの。」
「レニたん…」
「違うからね!絶対そのイメージと違うからね!」
ソーマが何かを妄想しているかのように頬杖をつくのを見て、フィスカが鋭く突っ込む。
「あぁ。レニウムとタングステンの合金のことだ。海底採掘技術が確立されてこの世界での希少金属も余裕を持って確保できるようになった…だから生活に不自由さはない。それほど一般人が困窮しているわけでもないしな。」
「そんな世界で…暗殺とか依頼されるのか?」
そんなことをソーマが訊ねる。聞いた限りだと、日本に近い平和な国家にも思えたのだ。
「するよ。上司にいびられ続けた部下とか、いじめられて自殺に追い込まれた子の両親とか、そうなる前の人とか…敵対企業のロビイストだったり、国家の邪魔をする活動家やテロリストの首謀者、集金を目的にしたカルト教団…いろいろとね。」
「ちょっと残酷すぎやしないか?それは…」
ソーマはまぁ気持ちはわからないでもないけど、と続ける。確かにそういった連中を深く恨む人は多そうだが殺してしまえ…という気にはならないのだ。
「残酷ではないだろう。他者の幸せを奪って生きている連中を倒して悪いことはない・・・まぁ、思想の違いではあるがな。」
「…じゃあ、一般の人が正しいことを訴えようとしても殺されたり口封じされるんじゃないのか?」
「その護衛をするのも私達だ。」
その言葉を聞き、ソーマは首をかしげる。一般的に言う暗殺者のイメージとどことなく違うようだ。
「…刺客って何か俺が思ってたのと違うイメージだな…なんか、誰かに雇われたり専属で依頼主に絶対服従とか…」
「時代が変わったんだ。昔はそういう専属契約をする連中も多かったが暗殺依頼の減少、そして住民からの依頼が多くなったから依頼を掲示板に張って私達が選ぶ方式に変わった。私達の世界の警察…警備局と言うが彼らもこれを格安で受ける代わりに掲示板のことを取り締まらないようにしている。」
クレアの答えにソーマは首をかしげる。闇サイトとかそういう類の掲示板があちこちにあるのはなかなか恐いと思ったようだ。
「いいのか?それで。」
「…規律を守る刺客が多いからな。政治家は殺さない。口封じの依頼はしない。妨害しない限り非武装の住民に手を出さないという刺客の規律がある。日本にも昔盗賊が同じような誓いを立ててるところがあっただろう。火付けと殺しは絶対しないとか。」
「まぁな…しかし詳しいな?」
「この世界の知識はある程度勉強した。リシュアやシェルミナ・・・私の協力者から予備知識を仕入れてたんだ。」
すごいな、とソーマは素直にクレアの知識に感心する。外国人が日本人の知らない日本のことを知っているケースは結構多いのだが、実際に目の当たりにすると感心せずにはいられない。すると違うニュースが流れてくる。
『・・・国が核実験を強行しました。これは国連決議に違反するものであり、日本はアメリカや韓国と共同で制裁決議を国連に提出しました。これには中国も・・・』
「危なっかしいもの作ってるんだね。おとなり。」
フィスカはため息をつく。既にサンドイッチは平らげており、そのまま皿を流し台に置く。続いてソーマとクレアも食べ終えたのか皿を流し台に置くとフィスカが皿を洗い始める。
「あ、ありがとな。」
「いいの。それより核なんてやばいじゃんか・・・」
皿洗いをしながらフィスカはニュースを見ているが、クレアは苦笑する。
「外洋国家にこういうのが時々いるな。即刻叩き潰されたが。こっちも後1年以内に攻撃だろうかな。」
「え!?」
驚いた表情をソーマはクレアに向ける。クレアはソーマが何故驚いたか解からないようだ。
「どうした。こういう危険な兵器を持っていて、しかも小型ミサイル弾頭として使えるレベルなんだろう?量産化される前に潰しに行くに決まっている。」
「いやいや、戦争しないだろそう簡単に…」
「随分と弱腰なんだな…日本だけではなく軍事力ではこの世界で最高というアメリカまで。」
クレアは首を振る。そして声を低くしながらため息をつく。
「リネージュもいい場所を選んだものだ…どんどん襲撃されるぞ。タックスヘイブンを吸い尽くしたら次は大企業だろうな。」
「何言ってるんだ?クレア。」
ソーマが独り言を始めたクレアを気遣うが、フィスカはそのままソーマを制する。
「やめときなよ。ああいうときは考え事に夢中だから。」
「だよな…でもそんなに弱腰に見えるか?」
フィスカはどうだろ、と軽い調子で答える。
「そりゃあ戦争となりゃ厄介だけど、そういうときのために刺客とかいるの。国家がかかわりたくない、けどやらなくちゃいけないことをやるためにね。まぁやるとしたらクーデターや民兵支援、最悪強硬派の暗殺かな…こっちでもそれくらいしてると思ったけど。」
「それって、どれくらいの金額で受けるんだ?」
「…依頼主次第としかいえないな。政府ならかなり吹っかけるよ。現地の人だったら払える範囲で払ってもらう。」
あっさりとしたフィスカの答えにソーマは首をかしげる。
「そんな簡単に引き受けていいのか?」
「簡単じゃないって。暗殺の依頼なら相応の金額は吹っかけるよ…相手次第で。安直に依頼をしようって気にさせないためにね。頻繁に頼まれるのは勘弁して欲しいしさ。」
「…じゃあ、仮に俺が依頼をするとしたらどうするんだ?」
少し考え込むと、フィスカはこれがいいかなと思ってうなずく。
「依頼完了まで家から出てってもらおうかな。そういうこと言うなら。」
「解かった。最初からやるつもりなんかないからな。」
よかった、とフィスカは安心する。依頼されたらどうしようかと思っていたところもあるようだ。するとソーマが時計を見上げてそろそろか、とうなずく。
「んじゃあ行って来る。あんまり騒ぎ起こすなよ?」
「もちろん。」
荷物を纏めてソーマは大学へと向かう。残されたクレアとフィスカは部屋の中でどうするかを考え始める。
「なんかさ、暇だよね。」
「…そうだな。しかし…2人同時に家からは出られんぞ。片方が残ってないと鍵を閉められない。」
だよねぇ、とフィスカはため息をつく。ソーマは鍵のことを言うのをすっかり忘れているようだ。万一空き巣に入られたら、武器弾薬まで取られる恐れもある…そうなれば依頼の完遂は難しくなるだろう。
「…ピッキングツールって、しめるのに使えない?どうせソーマって鍵持ってるだろうし。」
「お前、ピッキングで鍵を閉めるってどんな発想だ…まぁ、出来なくはないだろうが隣人に見られたら通報されるぞ。」
そうだよね、とフィスカもため息をつく。流石に通報されて捕まったりするのはまずいしなんて事のない隣人を口封じするわけにもいかない。するとクレアがため息をつきながらサイフを渡す。
「…仕方ない。お前に状況偵察をかねて何か買って来てもらおう。近くのスーパーマーケットでも探して適当に何か買って来い。」
「クレア、外でなくていいの?」
「ニュースを確認する。リネージュ軍の動向が何かつかめるかもしれないからな。安心して行ってこい。」
「りょーかい。」
そういうとフィスカは扉を開けて外に出て行く。クレアは扉を閉めるとテレビを見始める。ニュースを見るためにチャンネルを変えてみているが、なかなか海外情勢をやらない。
「…どういうことだ。リシュア、全然日本のニュースが海外情勢をやらないんだが。しかもジョークの1つも飛ばさないぞ。」
いらだったクレアはリシュアに無線を入れる。
『日本のニュースは海外情勢に疎いことで有名なんですよ。ニーズが解ってないんです。エジプトやリビア情勢も気になってるんですがなかなか放送してくれません…どうでもいいことは放送するんですけどね。』
「冗談だろ…」
どれだけ情報を重視してないんだ、とクレアはため息をつく。シェルディアのニュースは海外情勢を結構やってくれているので日本のニュースになれないらしい。
『冗談で済まされませんよね…貴方達にとっては。』
「あぁ、フィスカの食いつきそうなニュースばかりだ。こいつらが依頼完遂まで生きていることを祈ろう。」
『ですね…』
リシュアもそこは不安らしく、ため息をつく。彼女の性質を2人ともよく知っているらしく、それゆえに問題が多そうだと不安にもなっている。暗い雰囲気になったためか、クレアは話題を変えようとする。
「リシュア、リネージュ軍の動きはどうだ?そちらで何かつかめたか?」
『リネージュ船籍の輸送船が突如行方をくらませる事件が多いんです…おそらくそちらに物資を輸送していると思われます。中身等は追って報告します。』
「了解。しかし民間船舶まで転移できるのか?」
『旧リネージュ軍の技術者を集め、そこで転移装置を作っているようです…そのうちの1隻が石函港に接近しているので停泊したら調査をお願いできますか?』
そうだな、とクレアはうなずく。敵軍と接触しないことには何も始まりそうにないからだ。
「わかった。フィスカが戻り次第作戦を考える。」
『えぇ…え、フィスカさんを単独で…?』
リシュアは戸惑った様子でたずねる。さすがに1人で放り出したら大変なことになるんじゃないかと思ったのだ。
「そうだが。大丈夫だ…奴もあの時みたいな騒ぎは起こさないだろう。単独でギャングのところに突っ込んで皆殺しにして、大規模な抗争になったあのときほどは…な。」
『ですね。やるにしてもこっそりやってくれるはずです。』
「そっちか!?」
クレアが思わず突っ込みを入れるが、リシュアは微笑みながら答える。
『止めるつもりなんてありませんよ?刺客というのもそういう仕事でしょう?大勢の幸せのために、ダメにしている原因を殺す…一殺多生の精神でしょう、貴方達は。』
「そうだったな…」
基本、クレアは対物狙撃銃を使うスナイパーのために近接戦闘で相手を倒すことは少ない。それゆえに相手を殺す感覚を忘れていることも時々あるようだ。
『貴方達が何をするのか、何をすべきか…それを忘れてはいけませんよ。』
「あぁ。」
軽くクレアは答え、フィスカの帰りを待つ。その合間もニュースを見たりソーマのパソコンをいじったりして情報収集を続ける。
「さーてと。」
安易なパルクールは控え、フィスカは街中をぶらぶらと歩いている。近くの商店を見つけたり覗いたりして記憶すると地図に書き込んでいく。
シェルディアでは街中の高い場所に上り、そこから見渡すということもできたのだが日本ではどうやら違法になるらしいのでやめたようだ。
「ん、スーパーってこれだね。」
大通りから一本入ったところにスーパーがあり、フィスカは近づいてみる。しかしよく見てみてみると窓が割れていたり周囲の壁に落書きがある。
「うっわー…」
警戒したままフィスカが近づいていくと悲惨なのがよくわかった。一応今日は休業日らしく人がいないのだが、それでも何者かに荒らされているということは想像がつく。
武器を使う機会もあるかもしれないと思い、フィスカがそっと剣の柄に手をかけて近づく。駐車場のある表側に人はいないのを確認するが、裏手にバイクが止められてスプレーの音も聞こえる。
「ははーん…」
フィスカはそっと様子を見ると、いかにも悪そうな顔をした2人組みが落書きをしている。雑な字であり、アート性のかけらもない。おそらくギャングだろうと思いフィスカはまず片方に近づくといきなり壁に押し付け、スプレーを持っている手を剣で突き刺す。
「ぎゃぁぁっ!?」
「まぁ、運が悪かったと思ってあきらめなよ。」
軽くフィスカは剣を引き抜くと、もう1人のギャングめがけ発砲する。ただし狙いはスプレー缶である。
一瞬で爆発し、もう1人は火傷を負ったのか叫び声を上げながら顔をしかめている。
「て、てめぇ…!ここのジジイに雇われたな!?」
「だとしたら?まぁどっちにしてもあんたらを殺してやろうと思ってさ。」
フィスカは余裕を見せつつ、突進してくる相手を見てぱっとよけてしまう。シェルディアなら抜刀して切りかかってくるところだがギャングの2人はバイクに乗ってそのまま逃げていく。
「あら。意外…
「あ、あんた…
60代くらいの老人がいつの間にかフィスカの後ろに立っている。フィスカは何、と笑顔を見せながら首をかしげる。
「余計なことをしてくれたな…あの調子だと大勢仲間を引き連れてくるぞ。」
「大勢?」
「あぁ、あんたも逃げたほうがいい。自宅もここのようにされてしまうぞ。」
なるほどね、とフィスカはうなずくと老人に尋ねる。
「そういえばあんたってここのスーパーの人?」
「ここの店長だが…あいつらのせいで客足が遠のいてしまっている。連中は警察がきたらヘコヘコするなり逃げて、いなくなるたびにこんな感じで妨害してくる。最近では夜毎遊び場にしている有様だ。」
はぁ、とフィスカはため息をつく。他の店員でも大人数のギャング相手は厳しいだろうな、とも思ったようだ。そこである提案を持ちかける。
「…いなくなればいいと思わない、そいつら。」
「ま、まぁな。」
「どうだろ。みんないなくなったらお惣菜3人分ほしいな。肉系統でここで一番おいしいの。」
老人は目を見開いて驚いてしまうが、そんなうまい話があるわけないと思ったのか首を振る。
「私を騙そうというのだろう!?あるいは期待はずれに終わらせるか…」
「そんなことないよ。私の存在を秘密にしてくれればうまくやる。後から何も要求しないし…どう?」
「……」
老人はしばらく考え込むと、ぐっとフィスカの手を握ってくる。
「本当にやってくれるんだな?」
「もち、やっちゃうよ。条件とかはある?」
「なら、この店に迷惑がかからないようにやってもらえるか。連中がいなくなっても私の店は続けたいからな。」
了解、とフィスカはうなずくと笑みをこぼす。
「直ったらこのお店、当面ひいきにさせてもらうからね。普通のお客さんとして接してくれるとありがたいな。」
老人は狐につままれたような表情をしてフィスカを見送る。フィスカは周囲の地形などを見て、何か作戦を練っているようだ。
「…いつになったらフィスカは戻るんだ…!」
クレアはやることもないので苛立ちばかりが募っていく。バラエティもいまひとつ面白いものがないのがさらに苛立ちを募らせている。
『シェルディアのクイズ番組でも見るか?』
「遠慮する。それもそれでむなしいし意味がない。」
リューゲルの提案をクレアは拒否する。それでは何のためにこの日本にいるかがわからないからだ。
「…ん?」
ふと、クレアは部屋の片隅に箱が置かれていることに気づく。箱には大きく銃が描かれている。
「リューゲル、リシュアを呼んでほしい。」
『どうした?』
「我々の固定概念を覆す重要な案件だ。一般人が突撃銃を持っているぞ。」
箱に描かれているのはCZ805であり、どうやら電動ガンらしいのだがクレアはそのことを知るはずもない。
『映像を見ているが…それは玩具の類じゃないのか?』
「一応確かめてみる。」
慎重にクレアが箱を開けようとすると、チャイムが鳴る。すぐにクレアは拳銃を扉に突きつけながら様子を見る。
「ねぇ、ソーマいる?」
「何者だ。」
「ロッカだよ。開けて?」
クレアはソーマへの客人か、と思って扉を開ける。ソーマと同年代の女性が入ってくると靴を脱ぎ、無遠慮に床に座る。
「あんた、ソーマの言ってた人?元軍人とか。」
「元軍人?そもそも話が見えないがお前は誰だ。」
「私は六花 桐。サバゲー仲間でチーム組んでるの。」
まったくクレアは状況が見えず、CZ805の描かれた箱を見せながらロッカに状況を尋ねる。
「サバゲーというのは何なんだ。これを使うのか?」
「お姉さん、知らないんだ…サバゲーっていうのは電動ガンなりエアガン使って銃撃戦する競技なの。実戦方式で1発当たったら自己申告して倒れるっていうのかな…」
なるほど、とクレアはうなずきCZ805も電動ガンの類か、と納得する。
「…こっちで言う非実弾射撃訓練か。射程が足りないからCQBでしかこういう電動ガンは使わないんだがな。」
「訓練じゃないけど…お姉さんが教えてくれるんでしょ?立ち回りとか。」
「いつの間に…」
そんな話をソーマから聴かされていなかったのでクレアは困惑するが、退屈なテレビを見るよりはましなので話を続ける。
「銃器は専用の玉を使う模擬銃、ということでいいんだな。それと競技だからCQCは抜き、CQBも控えるべきか?」
「まぁそうだね。罠の設置はありだけど…お姉さん結構専門的だね。」
「まぁ、一応ロシア軍の元軍人…だからな。」
事前にリシュアから受けた説明から故国ヴェルガンドとこの世界のロシアの文化や言語はほぼ同じと聞かされていたため、クレアはロシア軍の軍人と名乗っておいた。
「そうなんだ。なんでここに?」
「食い扶持にはぐれて出稼ぎだ。それより…教えるとなると私とフィスカの銃も必要になるぞ。その電動ガン…金はあるが、組み立て方式と性能がイマイチわからないからな。教えてもらえると助かる。」
「それじゃあこれで説明しよっか。」
ロッカは箱からCZ805の部品を取り出す。クレアも一度か二度、本物を触って試射もしてみたがそこそこの評価にとまった銃だ。
ロッカがCZ805を説明書なしで丁寧に解説しながら組み立てていくのを見て、クレアもじっと見て覚えていく。
「なるほどな…大体は覚えた。今度購入するので組み立てを繰り返してみるとしよう。」
「本当?やっぱり物覚えいいんだ…」
まぁな、とクレアは短く答える。出来栄えは実銃に近く、頑丈でほとんど寸法も同じなので銃剣をつけていざというときは戦えるとか、そういうことも考えていた。
「そういえばお前は何を使っているんだ?」
「私はカービンとかサブマシンガンかな。SG556とか、時々M4も使うけど…」
「あの駄銃か。」
そんなことをクレアが言うと水道水をコップに注いで飲み始める。ロッカは首をかしげる。
「え、米軍とか使ってるのに…」
「予算が下りないから改造で使ってるだけだ。信頼性が低い代物に命を預ける気はない。戦場で私は5.56mmの銃を持ち歩くとすれば89だ。SG556かG36でもいい。」
「プロっぽいね…」
実戦経験の重みを感じる言葉にロッカはただただ感心してしまう。クレアはCZ805の説明書を見ながら話を続ける。
「プロだ…まぁ、元がつくが。」
「まぁね。でも統計学上問題ないっていう意見もあるけど?」
「統計学は触れ幅の中間点を取るものだ。連中はパラシュートのジョークを知らないらしい。」
「何それ?」
「「弊社のパラシュートは優秀です。一度も事故を起こしたという苦情が来ませんでした」というのと同じだ。」
ロッカはクレアの言っていることがわからずに首をかしげる。クレアはため息をつくと軽く説明する。
「パラシュートが壊れたらそのときは死ぬしかないだろう。」
「あ、そっか…」
「戦闘中において武器の損失は重大だ。まぁパラシュートと違って武器がなくなったら退却するなり仲間のカバーを頼ることもできるといえばできるがそれでも大きな痛手だ。何より、いつ故障するかもしれないという不安を抱えて戦えるか?」
深いねぇ、とロッカはうなずく。クレアは水を飲み終えると、せっかくだからと言ってロッカの隣に来る。
「もう少し話を聞くか?」
「あ、うん。参考になるからね。ちゃんとメンテナンスは欠かさないでやれってことね。」
「といってもメンテナンスに割く時間は多くないだろう。優秀な銃を持つことも重要だ。」
クレアはなんとなく話を続けてしまう。危険のない相手にのんびりした時間をすごすのも悪くないと思ったようだがいきなりリューゲルから連絡が届く。
『連中が運搬している品物だがやばいことがわかった。戦車だ。』
「戦車!?」
思わずクレアが大声を出してしまう。ロッカも驚いて飛びのくとクレアはロッカをなだめる。
「ちょっと仕事の話があるからそこで待っててくれ。」
「あ、いいよ。」
すぐにクレアはロッカをおいて部屋を出るとヘッドセットからリューゲルの報告を聞く。
「本当なのか。戦車だと…?」
『連中の輸送している物資の中に戦車があっただけだ。こいつはタックスヘイブンか大企業でも襲撃するのに使うんだろうが…リネージュのことだ、民間施設の破壊に使うかもしれない…停泊する前に何とかしたいところだ。』
「そうだな。輸送船の図面をダウンロードすると同時にフィスカを石函港に呼んでもらいたい。ことは急を要するな。」
『あぁ。』
すぐにクレアは部屋に戻ると、留守番してほしいと告げてすぐにバッグを持って外へと出る。自衛隊の駐屯地があるとはいえ戦車を揚陸させては甚大な被害を出しかねない。
バレットM82とショートソード、P250拳銃と予備マガジンを入れているためこれだけ持ち出せば作戦遂行は十分であり、ロッカにも武装していることは気づかれていない。すぐにクレアはバスで港へと向かう。
「…ったく、何だって言うのさ…」
フィスカは仕掛けを作り終わったところで呼び出しを喰らい、ぶつくさ言いながらも埠頭に到着する。まだ昼の1時であり、罠もたっぷり仕掛けられると思ったのだ。
少し遅れてクレアも到着する。対物狙撃銃を取り出し、ホルスターにP250拳銃も仕込んでいる。フィスカは相変わらずいつも装備しているサブマシンガンつきの剣、PP28のみでありサイドアームも何もない。といってもフィスカのスタイルには一番似合っているのだが。
「何って、リネージュだ。ようやく仕事だぞ。」
「そうだけど…夜までに終わるかな。」
「夜?」
クレアが首をかしげるとフィスカは申し訳なさそうにしながら状況を説明する。
「…大体はわかったが明日でいいだろう、今日中に終わらせることはない。」
「だけどさ、あいつら大人数でくるって!銃弾を安易に使えないしバイクで移動してるから罠張ってあちこちで殲滅しようと思ったのに…」
「あきらめろ。惣菜3個程度後で取り返せる。それに明日でも殲滅すれば同じことだ。そのときは協力するから…な。」
フィスカはしょげながらもうなずく。ここに来た目的は自分の欲求を満たすためではなく、リネージュ軍の野望を阻止するためなのだ。
早速モーターボートに乗り込むとリューゲルが状況を説明する。
『舷側から船に乗り込む。シェルミナに言って磁石つきのウィンチ発射機をつけてもらった。それでロープを射出、固定し舷側から上れ。ボートのことは気にするな。』
「了解。船内に入ってからは?」
『艦橋を制圧、帳簿を奪え。その後は脱出。輸送船はシェルミナの業者に物資ごと回収させる。必要とあれば撃沈しろ。』
了解、とフィスカはうなずくと輸送船舷側に接近する。すると甲板にいる兵員が銃口を向け始める。
「接近、ばれちゃってるね…」
「まぁわかっていたことだがな。殴り込みだ。」
リネージュ軍の兵員がファマス突撃銃を構え甲板上から連射してくる。同時にフィスカもPP28を連射する。
兵員はすぐに身を伏せて回避するが、その隙にフィスカはウィンチを艦尾に発射する。
「クレア、ちょっと食い止めてて!先に乗り移るから!」
「わかった。」
磁石式のウィンチがしっかり固定されたのを確認するとフィスカはワイヤーを切り離し、そのまま輸送船の壁を伝い艦橋手前の部分に上がっていく。
リネージュ軍の兵員が突撃銃であるファマスを構えて連射しようとするが、すぐにクレアがバレットM82を構え射撃。一撃で兵員は倒れ海に落下する。
「ビューティフォー…」
「さっさと上れ!」
しょげた声で返事をしながらフィスカはロープを上り、甲板に到達すると兵員が艦橋や甲板のラッタルから次々に甲板に出てくる。甲板上はハッチがある以外はかなり広く、遮蔽物も少ない。
「うわ、いっぱい出てきたし…!」
すぐにフィスカはPP28を両手に構えるとリネージュ兵めがけ発砲。的確に敵をしとめていく。その間にクレアも対物狙撃銃を背負い、片腕でうまくワイヤーをつかみあがっていく。
パイプ裏に隠れ、隙を見ながら銃撃しフィスカはリネージュ兵を倒していく。リネージュ兵が釘付けになっている間にクレアも何とか上りきると、リネージュ兵の落としたファマス突撃銃を拾い連射し始める。
「先に艦橋に行き艦長を倒せ。帳簿は焼かれる前に奪い取れ、いいな!」
「了解!」
クレアが銃を連射して時間を稼いでいる間、フィスカは艦橋の壁を上り艦橋の窓をぶち破ると艦橋要員の脚を銃でぶち抜く。
「艦長はどこ?」
「せ、船倉のほうに逃げた…た、助けてくれ!」
艦橋要員はおびえた瞳でフィスカを見つめる。仕方ないなと思いフィスカは見逃すと艦長室の扉をぶち開け帳簿をバッグにしまう。
「完了。クレア、後は脱出しよう!」
『その前に来てくれ、厄介な敵が出た!』
なんだろ、と思ってフィスカは艦橋の窓から外を覗くといつの間にか甲板上に戦車が出てきている。輸送艦の船長が戦車のハッチから顔を出して指示をするといきなり砲撃してくる。
とっさにフィスカが姿勢を低くするととたんに砲弾が爆発。艦橋に大きな穴が開く。フィスカはそこから降りると戦車がいる。リネージュ軍が昔使っていたAMX-30戦車だ。フィスカは船につけられたクレーンの裏に隠れているクレアに尋ねる。
「ちょ、クレア何あいつ…!?」
「船倉からエレベーターで出てきた戦車だ。このままでは脱出できんぞ…ボートで遠くに離れても狙い撃ちされる。」
だよね、とフィスカもため息をつく。あんな奴から逃げ切るのは難しい…といっても戦うのも無謀だ。
『出て来い!出たら真っ先にぶっ飛ばしてやる!』
船長が拡声器越しに威勢のいい声を上げる。戦車に乗っているためか非常に強気になっているようだ。
「あいつ、初期型だよね…同軸機銃が7.62mm弾程度なら何とかはじけるかも。」
「だったらどうするんだ。」
「私が出るから、その間に何とかして。」
フィスカの提案にクレアは首を振る。非常に危険な賭けであり、そんな危険を冒すわけには行かないと思ったのだ。AMX30の搭載している機銃は7.62mmか12.7mmであり、7.62mm弾なら歩兵用の機銃と同等の威力なので何とかフィスカでもはじくことが可能だ。
「無理だ。12.7mm機銃搭載型なら死ぬぞ!」
しかし12.7mm機銃では威力が高すぎて剣ごと体をへし折られて死ぬ可能性が高い。クレアは危険すぎると思ったのだ。
「やんなきゃ…クレーンに主砲ぶち込まれて終わりだよ。任せて!」
「…ちっ!」
危険にはさらしたくないがやるしかない。そう思いクレアがうなずくとフィスカはスタングレネードのピンを抜く。
クレアも何をやろうとしているのかわかるとすぐに狙撃銃を構える。そして停止している戦車のキャタピラに狙いを定める。
目で合図をすると同時にフィスカがスタングレネードを戦車めがけ放り投げる。同時にクレアはキャタピラのピンめがけ射撃し、目を閉じる。
『何っ!?』
船長の目がくらんだ隙にフィスカは真っ先に前に出る。赤外線照準装置がついているのと、中の兵員には効いていないのか戦車はフィスカに照準を合わせ機銃を連射する。
その隙にクレアも飛び出すと狙撃銃を背中に背負い、ショートソードを抜刀して走る。距離は150m程度であり車体上部の機銃に船長がいるのだが、スタングレネードで目がくらんだのか射撃できていない。
「素人が…!」
クレアは20秒くらいで戦車に到着すると船長に剣を突き刺し、ハッチから放り投げるとすぐに戦車に乗り込む。
「なっ!?」
戦車に乗っている兵員はクレアの乱入に驚くが、抵抗するまもなく背中から打ち抜かれて倒れてしまう。すぐにクレアが外に出るとフィスカが立っているのが見える。服はぼろぼろだが傷はなさそうだ。
『ね、うまくいった。』
「あぁ…うまく行ったな。」
クレアが外に出ると、ようやく一息つくと船長に近づく。まだ息があるらしく、船長は近づいたクレアに話しかける。
「…俺が刺客に狙われるとはな。」
「お前は仲間とする相手を間違えた。そして戦車なら安全だと思い込んだ…それが間違いだ。」
「少なくとも仲間を間違ったとは思っていない…祖国のためだ。お前はシェルディアの所属だろう…いずれはそちらのためにもなるというのに、おろかな…」
「どういうことだ…!?」
「…しゃべると思うか?理想が実現することはなくても…シェルディアに一泡吹かせるところは見てやりたい…」
「……」
船長が目を閉じたのを確認し、クレアは祈りをささげる。
「汝も我も責務なれば相容れず。せめて敬意を示すのみ。魂に安らぎあれ。」
「早く来てよ!モーターボートで戻んないとやばいよ!」
フィスカはあせった様子で声をかける。すでに日が沈みかけており、モーターボートでは急がないと間に合いそうにないからだ・
「そんなものよりいいものがある。」
落ち着いた様子でクレアがフィスカをつれてラッタルを降りると船倉にヘリが格納されている。AS332シュペルピューマだ。
「適当なグラウンドに着陸させてシェルミナに回収させれば間に合うだろう。急ぐぞ。」
「了解…!」
船倉の基盤を操作してクレアがシュペルピューマを表に出すと、ヘリに乗り込んで基盤を操作する。
ローター音を響かせながらヘリは離艦し、石函市へと戻っていく。
「ただいま。」
夜になってクレアが戻ってくるとソーマが1人で夕飯を食べていた。どうやらどっかでお惣菜を買ってきたらしく、ご飯と一緒にコロッケを食べている。
「おう、お帰り…依頼か?」
「あぁ。戦車1台つぶしてきた…フィスカは用事があるらしいから後で帰ってくる。」
そうか、とソーマはうなずくと話を切り出す。
「ロッカから聞いただろうけど、サバゲーのことでちょっと相談したいんだ。俺達のチーム、調子があんまりよくないんだ。」
「お前、それは依頼と見ていいんだな?」
ソーマは何、と首をかしげる。クレアはやれやれと思いながら晩御飯を食べ、その合間に話を続ける。
「新兵の訓練はそれほど得意ではない。それにリネージュ絡みの依頼となれば2人で出なければならん。それに実弾と訓練弾のみの戦いは勝手が違う。銃の射程もわからん私に頼むのは筋違いだ。」
「いや、だからそこを…」
「兵員として武器の性能を熟知し、適切な状況で使いこなせなければ教えることはできん。私も相応の時間を消費することになる。報酬抜きならやりたくはない。この前原発を破壊したことで借りは返したし、お前のためにタダで働く理由はない。」
「依頼」を断られ、ソーマは表情を暗くする。しかしクレアはそっとソーマの肩に手を置き、柔らかい表情を浮かべる。
「…が、遊びとしてお前達と一緒にやるくらいならいいだろう。ルールも銃の性能も知らない。だからお前が持ちうる限りの知識を教えてもらいたい。どこまで役立つかはわからんがな…フィスカにもいい暇つぶしになるだろう。ただ、やるからには真剣にやる。」
「本当か!?」
「本当だ。」
ソーマは力が抜けたようになりながら、満面の笑みを浮かべる。クレアもどこか気分が楽しくなったのか、自然と表情は緩んでいた。
「きたきた…」
フィスカはワイヤートラップを仕掛けて電柱の影で待ちわびている。夜の道を多数のバイクが押し寄せてくるのがはっきりとわかった。
想定される進路上にフィスカはトラップを仕掛け、じっと待ち構える。柄の悪そうな連中がバイクに乗っているのがはっきりと見える。
「それじゃあ、いっちょやりますか…」
タイミングを見計らい、フィスカがワイヤーを切ると電柱と電柱の間に細いワイヤーがぴん、と張られる。特に何の変哲もないが、バイクで走行している相手にこのトラップは脅威となる。
紛争地帯では細いワイヤーを道の両端にある建物に引っ掛けることがある。これで軽装甲起動車やハンヴィーのような軍用車両に乗っている機銃主の首を吹っ飛ばす仕掛けなのだ。フィスカはこれをギャング相手につかったようだ。
それも先頭車両をあえて残し、後続の面々に仕掛けたため後続車両の面子は回避できず、ワイヤーに体を切り裂かれ真っ二つになって倒れる。異変に気づいた先頭車両の面子が止まると、スプラッタ映画のような血だまりと胴体上半分を切断された仲間の死体を見ることとなった。
「な、何だこれは!?」
「後6人か…ぐっばい。」
相手が驚いている間にフィスカはピンを抜き、筒を壁に叩きつけてから手榴弾を投げ込む。シェルディア製の97式手榴弾であり旧日本軍が使っていたものと同様だ。
凄惨な光景を見ている間にギャング6名は爆発に巻き込まれ、多数の破片を受けて吹き飛ばされる。フィスカはそっと祈りをささげる。
「汝の罪に冥府で気づき、悔い改めることがあるよう。魂に安らぎあれ…」
手榴弾の爆破でバイクも炎上し、次々に余った燃料に引火し爆発していく。フィスカは長くとどまるつもりもなく、あちこちに仕掛けたトラップをすべて回収してから撤収する。