第2章
今回はやや過激な描写が含まれます。
それでもいいというかたはどうぞ。
第2章
「…ふああ。」
ソーマが目を覚まし、自室のタンスを開けて着替えを終えると無造作にいつもの癖で部屋の扉を開けようとする…が、全然開く気配が無い。
自室側からは押す扉であり、ドアノブを回せば簡単に開くはずなのだが開く気配が無い。
「どうしたんだ?夢か…?」
夢では有り得ないシチュエーションが数多くある。そう思ったソーマはふとあることを考える。もしかしてこれも夢なんじゃないだろうか、と。
「よし…」
それなら手荒な手段で扉を開けても問題ないだろうと判断したのか、ソーマはドアノブを回すと全体重を扉にかける。
その途端に扉が開き、ソーマはリビングへと転がり出るが・・・そこでフィスカが着替えをしていたのだ。
「…あ、あのねあんた…」
「え、あ…」
わなわなと震えるフィスカに、ソーマは何かいいわけをしようと思ったが何も言葉がでずにいた。
「どうした、フィスカ…なっ!?」
クレアも下着姿でバスルームから出てくるが、ソーマが居ることに気づくと早速首筋を掴んで立たせる。
「あ、あの、俺はその…」
「言い訳できると…思うな…!」
顔を真っ赤にしながら全力でクレアはソーマを壁に叩きつけ、気絶させる。
「…悪かったけどさ、ここまで全力で叩きつけることも無いだろ!」
「…すぐに目を伏せるなり状況への対応をしろ、お前は。」
朝食の焼きベーコンとご飯を食べながらソーマとクレアは不毛ないい争いを続けている。フィスカはといえばそ知らぬ顔でニュースを見続けている。
「…テロとの戦い、ねぇ。」
フィスカがそんな事をつぶやく。また中東でテロが起こり、アメリカの国務長官がテロとの戦いを強調している演説だ。(笑)とでも語尾につけるかのようにフィスカはにやけている。
「どうしたんだ?」
「バカじゃないの、って思ってさ。」
「バカって、国務長官か?」
ソーマが首を傾げるが、フィスカはまぁね、とうなずく。
「武力でテロリストを殲滅できるわけないじゃんか。まぁそれに追随しちゃう日本も日本だけどさ。」
「そうか?」
「そうだよ…え、何気づいてないの?」
ソーマは何がなんだかさっぱりわからない様子だが、クレアは仕方ないなと思って解説する。
「元凶となる国家の体質を改善しなければテロは根絶できないって事だ。敵対国の傀儡から抜け出した政権を作り、マトモな国家運営を行えて初めて殲滅できる。テロリストは元々は民間人だ。彼らの願いを聞き入れることが第一だろう。」
「けど、それじゃテロリストに譲歩したってことになるんじゃないか?譲歩したら際限なく要求を突きつけてくると思うけどな…」
ソーマが反論するが、クレアは首を振る。
「連中の基盤にある住民の願いをかなえるんだ。囚人を釈放しろとかそんな願いはとにかくとして、清潔な水や食料の供給体制を確保しインフラを整備すれば大抵不満は収まる。後は不当な住民の抑圧をやめ不当に搾取する企業や地主を排斥する。この地域で利益を出すものがあればある程度でも地元に還元する。これで8割は解決だ。」
「え…そんな単純なことか?」
そんなことなら簡単に出来るだろ、とソーマが突っ込むがフィスカは首を振る。
「企業や地主を法律抜きで排除するのは難しいし法律もすり抜けてくるし最悪政治家に賄賂渡してダメにしてしまう。食料やインフラ整えるのをテロリストも妨害するだろうしね。だから難しいけど。」
「だよなぁ。」
そう簡単にいかないよな、とソーマもため息をつくがやろうとしないのもやはり疑問を抱いてしまう。
「でもそんなことなら何でやらないんだ?ちょっと裕福な国なら出来るだろ?」
「一度にかかる費用が大きいんだ。もっともこれで兵士や国民の犠牲をなくし治安維持の費用を削減できる。長期的に見てコストは安くつくはずなんだが。」
なるほどなぁ、とソーマは納得する。そしてこの2人が思っていたよりも先を見ていることに驚いてしまう。
もっとも先を読み国際情勢を読めなけければ刺客など出来ないのだろうとも思ってしまう。そういう国際情勢の暗部につけいって日々の糧にしているのが刺客なのだから。
「…何だこれは。」
クレアが次に見たのは原発のニュースだった。今いる市・・・石函市だがここに被害半径がかぶる原発を建てることを問題にしているニュースだ。ソーマもこれをみて表情を暗くする。
「どしたの?」
フィスカが明るい声で訊ねるが、ソーマは対照的に暗い表情をしたままだ。
「困っているんじゃないのか?こいつで。」
「あぁ。この原発…大真原発って言うんだがこいつが厄介なんだ。隣の青森県にあるんだけどな…ここに思いっきり被害が来る。」
え、とフィスカは首をかしげる。ソーマの言葉に何か引っかかったようだ。
「そういうのって普通、最初に住民に説明しない?」
「いや…原発の被害半径が30km半径って解ったのが2年前なんだ。しかもここにあるのはプルトニウムっていうもっと危険な物質の原子炉だから…細かいことは解らないけど、多分この石函市も被害半径に入るんじゃないかって。」
参ったなぁ、とフィスカはため息をつく。クレアもこれは深刻だと首を振ってしまう。
「…で。北海道側は青森に何か抗議でもしたのか。」
「これが何もな。道知事はどうも北海道を道庁のある町だけが北海道だと思い込んでて遠隔地に何もしないことで有名なんだ。一応弱小政党に依頼はしたけど義務を果たしただけ、って感じだな。」
へー、とフィスカは笑みをこぼす。クレアも何か思いついたのかこくり、とうなずく。
「訴訟とかやってんの?」
「やったけど完成してからじゃ遅いからな…後2~3年で完成するが控訴されたら5、6年かかって無理だろうし。」
「ふーん…2年って事はまだ燃料棒も入ってないよね…」
そうだな、とクレアも納得するとソーマは何となく2人の思惑が見えてきた気がした。まさかと思って表情をこわばらせながら2人に話しかける。
「…あの、な。まさか建設責任者とか暗殺するんじゃないよな?」
「違うよ?ぶっ壊してくる。」
予想の斜め上をいく答えにソーマは呆然とする。確かに出来そうだがそんなことやっていいのかとか何とか考えてしまう。
「そうだな。ここが放射能汚染されると近づくことも難しくなる。依頼に万全を期すという意味でも破壊すべきだな。そうすれば訴訟まで丁度いい具合になるだろう。」
「で、でもそれってテロ行為じゃ…!?」
ソーマがそんな事を言った途端、いきなりテレビに地震警報が鳴り響き家全体が大きく揺れる。すぐにクレアがテーブルの下に隠れるが、フィスカは平然と笑みをこぼしている。
「じ、地震か…」
慣れているのかソーマは警戒しつつも平然とご飯を食べ終えて食器を片付ける。地震が収まるとようやくクレアがテーブルから出てくる。
「大丈夫?」
「あ、あぁ。問題ない。」
声に震えは残っているがクレアは強がって見せる。ソーマがチャンネルを変えるとあちこちに地震の震度が乗っている。北海道中央部の地震だったが、大真原発のある付近も震源地と同じくらい揺れているのが確認できた。
「こんなに揺れてるってことは地盤やばいじゃんか。津波もきたらもっとやばいだろうし…」
「けど俺は何も協力できないからな!?」
声が裏返ってしまうソーマをみて、フィスカは笑みをこぼしながら唇を指でつん、とつつく。
「沈黙ほど強力な味方はないの。黙っててくれるよね?」
「…あぁ。」
ソーマがうなずくとフィスカはダンボール箱から黒い箱を取り出す。これを窓枠のように組み立てスイッチを入れると窓枠内部の風景が一瞬で大量の武器が置かれている場所へと変わる。
「これって何だ?」
「転移装置だ。向こうの世界に通じている。」
そういうとクレアは重そうなケースを両手に持って転移装置をくぐってくる。ソーマは持って来た物資の量に目を丸くする。自分が両手で抱えてようやく持てるようなほど大きく、重そうなケースなのだ。
「お、おい戦争でもするつもりか!?」
「これは隣の県が吹っかけた宣戦布告にも等しいだろう。心配するな、作業員や警備員は必ず全員生かして原発だけを破壊する。」
クレアも自信満々に答えながら、バッグに隠していたバレットM82狙撃銃を取り出す。ソーマはそれを見て目を丸くする。
「そんなもの隠してたのか…!?」
「あぁ。」
10kgは超える対物狙撃銃を軽々と持っていたことをソーマは思い返し、改めて刺客は凄いのだと実感する。
フィスカは重いケースを室内に持ってくると、部屋の中でケースを開ける。その中には梱包されたC4爆弾が大量に入っている。
「映画みたいだな…」
「映画以上のことやってあげるよ?」
フィスカは笑みをこぼすとポーチからPP28短機関銃を取り出す。柄がサブマシンガンと剣のグリップを兼ねている構造になっていて、鋭い刃を備えている。ソーマは映画の小道具でも見るような表情で見つめているとフィスカが笑みをこぼす。
「持ってみる?」
「あ、あぁ。」
早速ソーマが剣を持ってみるが、思っていたよりも重かったのでびっくりしてしまう。ぱっとフィスカがそれを取り、ベルトに鞘を引っ掛ける。
「こいつは重いよ?刀身部分はレニウムとタングステンの合金で出来てるから。」
「そ、そっか…」
あんまり聞いたこと無いな、とソーマは思ってしまう。実際にも高級な工具に使われていることの多い金属で少々重いが抜群の硬度を持つ。あらゆるドリルが貫通できなかった金属、と言えば解る人もいるだろうか。
「私達は準備をしてから行くが…お前はどうするんだ?もう0745時を回っているが?」
「まるなな…?」
ソーマが首を捻って考えるが、1分位してから海軍流に時刻を言ったのだとわかりすぐにサイフをポケットにしまうと扉を開ける。
「ちゃんと鍵かけて行ってくれよ!?ポストに入れとくからな!」
それだけいうとソーマはアパートを飛び出し大学に向かう。残されたクレアとフィスカも準備を整え、すぐに無線で連絡を入れる。
「リューゲル。青森の地図が欲しい。」
『どうした、唐突に。』
「作戦遂行に邪魔なものを1つ見つけた。放置すると厄介なことになる。この大真原発と言う施設らしいが…」
クレアがソーマに言われたことをそのまま説明すると、リューゲルは驚いたのか声を裏返しながら答える。
『お、おい待て!我々はテロリストではないぞ!何でそうなる!』
「なんでって、ソーマって人が住んでてそれで邪魔するのもあれだし、そいつのためにちょっと何かしようってことで。」
『ちょっとのレベルをはるかに超えているだろう!少し待て、調べてみる。』
そういうとリューゲルからの通信が途絶え、代わりに別の人物が無線で応対する。
『相変わらずむちゃくちゃしますね、貴方達は。』
「リシュアか。」
クレアの知り合いであろうリシュアという女性が落ち着いた声で応答する。
『えぇ…リネージュ軍の動向ですがそちらの世界におそらくですが機動艦隊を丸ごと転移させたと思われます。戦艦2、空母2、巡洋艦15を含む艦隊です。』
「こっちの軍が勝てると思うか?」
『リューゲルさんから見せてもらったデータを見る限りそちらの艦艇は第4世代型が殆ど…勝てないと思います。航空機はほぼ同じタイプなので互角と思われますが…とにかく、貴方達の世界にあるどの国家とも手を結ばせてはいけません。同盟を妨害するなりいろいろとしてください。』
「わかった。」
状況が深刻だな、とクレアはため息をつくとリューゲルが調べ終わったのか声をかける。
『調べ終わったぞ。ソーマって奴のいうとおり石函市と青森で確かにもめているな。想定被害半径は50km程度。専門家がいろいろと調べている間に完成してしまいそうな勢いだ。燃料は確かに入ってないらしいが…』
「だったら今やれるだろう。大真原発周辺の地図をよこせ。後交通手段もわかるか?」
『フェリーと鉄道だ…どうするつもりだ?』
「まだ、な。」
フィスカとクレアは地図を見て考え込む。どうやってこの原発を破壊するべきか、そのプランをパソコンで確認しながら考え込む。
「……」
クレアとフィスカの作戦が上手くいくのかどうか不安でソーマは講義も身につかず、悶々とスマートフォンでニュースを見たりしている。
「どうしたんだ?ニュースなんか見て。」
「何でも。」
小学校からの友人である痩せ型の青年であるヒナタに横から尋ねられ、ソーマは眉をしかめた表情のまま振り向く。フィスカやクレアが何をするのか本当に気になってしまうのだ。
「いーや、そんな顔してるって事はちょっとやばいんだろ。」
「あぁ、とてもな。それもどう対応したらいいかわかんないんだ。」
ソーマはため息をつきながら事情を説明する。ヒナタはあぁ、なるほどと納得して確かに複雑だと同意する。
「暗殺者って奴だしな。見た目はどうなんだよ?」
「フィスカは可愛いな。クレアはスタイルがいいけどちょっと表情がきついし……大きかったな、胸……」
「へぇ……」
ヒナタは笑みをこぼしぽんと肩を叩く。
「今度紹介してくれよ?な?」
「どうかな…それより今週末集まれるか?そのフィスカとクレアに紹介したいんだ。」
「ん、わかった。じゃあ連絡しとく。」
そういうとヒナタは早速携帯で連絡し始める。いまだに旧型の携帯を使っているらしいが本人は気に入っているようだ。
ソーマはどうやって2人を紹介しようか、などと考えつつそれまで何も面倒なことが起こらなければいいな、と願うほかなかった。
「さーて、ここまでは難なくいけたね。」
「意外と警備が手薄だな。」
夜半にフィスカとクレアは下北半島まで到着、乗用車に乗りながら原発へと向かっていく。運転は主にクレアが行っていて、フィスカは助手席に座りフェリー内部で買ったお菓子を食べている。
何も無いだだっ広い平野が広がる場所ではあるものの、雨天のため視界も悪く潜入には絶好の機会といえる。
『もう一度作戦を確認するぞ。建設中の大真原発基部にC4爆弾を仕掛け完全な破壊を目指す。クレーンも確認できるからこれを横倒しにすれば復旧には相応の時間がかかるだろう。起爆装置は先日のバージン諸島襲撃で使われた基盤のコピーを使っている。公安が出てきても連中はリネージュの雇った刺客がやったと判断を下すだろう。』
「あぁ…しかし随分乗り気だな。」
『私の故郷は爆撃によって破壊された工場の近くにあって、そこから流出した汚染物質のせいで1年は戻れなかった。何となくだが危険物が近くにある恐怖は解かる。住民の理解なく建設されるなら尚更、だ。』
そうだったのか、とクレアは軽くリューゲルに答える。フィスカはリューゲルの意外な過去を知れて少し嬉しいのか微笑みを浮かべる。しかしある可能性にフィスカが気づくと微笑みを消し、低い声でリューゲルにたずねる。
「リネージュの連中が妨害してくる可能性ってあると思う?」
『わからんな。連中は日本に人員を送り込んでいるんだが目的が不明だ。お前達の同業者の動向もまったく不明だ。それはお前達の方が専門だろう。』
だよねぇ、とフィスカはため息をつく。先日フィスカは2人を殺したが、そのニュースだけでフィスカだ、と断定するのは難しい。殺人事件も時々といえども起こっている日本で警察関係者でもない限りフィスカの手口だと断定することは難しい。
といっても、警察内部に潜入したりするくらいはたやすくやっているのが刺客だ。万一に備える必要もあるだろう、ということでPP28短機関銃は携行している。
『…しかし相変わらず、そちらでも癖は直さないんですね。先日も2人を…』
リシュアがため息を交えながらフィスカに無線を入れる。それに対し、フィスカはこともなげに答える。
「こっちは悪事をやってる連中も多いしやりがいがあるけどね。今日のニュース見たけどまた自殺者とかいるじゃん。学生でさ…しかしさ、金品の強盗とかやっても平然と許されるのね。この世界。カツアゲとか言ってさ。」
『そういうわけではありませんが…フィスカさん、任務の性質を解かってますよね。私達の存在をなるべく秘匿する必要があるんですよ?』
「わーってるよ、それくらい。とりあえずそういう奴見かけたら早速やっちゃうよ。」
ため息が無線機越しに聞こえ、リューゲルがフィスカに言う。
『一応上官の果たす義務を果たすために言っておく。任務以外の殺傷は控えろ…とな。警告はしたぞ。もし警察に捕まっても政府からの支援は無いからな。』
「まぁそういうときのために相棒がいるわけで。」
フィスカはくすり、と笑みをこぼしながらクレアを見る。クレアはぽんぽんと片手でフィスカの頭をなでる。
「そうだな。フィスカのことは安心して構わない。節度はわきまえてるし万一があってもそのときの対策はしている。」
『頼むぞ。』
リューゲルはそういうと無線をきる。大真原発の敷地に近づいたためだ。一旦乗用車を止め、フィスカが乗用車から降りるとバラクラバを被る。
「守衛所を制圧するのがお前の役目だ。警報システムをきったのを確認してからフェンスを突破する。その後は爆弾を仕掛けておき、乗用車を放置する。」
「放置すんの?」
「リネージュ軍の仕業に見せかけるためだ。連中の古い軍服を車内に放置し、乗用車に爆弾を仕掛ける。と言っても爆弾は内部をある程度焼くだけだ。リネージュ軍がやったという証拠を残しておけば充分だろう。」
りょーかい、とうなずくとフィスカは早速フェンス沿いに走る。クレアは車内でリューゲルらと連絡を取り合うために待機する。
「ここ、ね。」
フィスカは早速守衛所の天井に駆け上がるとまずはそっとジャミング装置を取り出し、スイッチを入れる。これで携帯の電波や無線機等の妨害が完了し、外部にはまったくと言っていいほど情報が漏れる心配は無い。
続いて有線電話のケーブルもPP28についた剣で切断し、連絡手段を完全に遮断するとスタングレネードを片手に持つ。
「殺すなって言われてるしね、面倒だけど…」
もう一度フィスカは壁を伝うと今度は窓の前にぶら下がり剣を引き抜く。そしてすっぱりと窓ガラスを切断すると物置に入り込む。すると、足音が聞こえる。
「まずは1人…」
掃除用具でも取りに来たのか、物置の扉を開けて若い守衛が1人入ってくる。フィスカは守衛が入ってくると口元をハンカチで押さえる。麻酔薬入りのハンカチだ。
「んっ!?んー!?」
「おやすみ。」
守衛は睡眠薬の効果で眠ってしまう。フィスカは守衛の上着を引っぺがすと口元にまき、持って来たバンドの手錠で手足を拘束する。
「後は眠ってる連中を無視して、と…」
フィスカはそのまま足音を立てずに階段を降りて1階へと向かう。1階にモニタールームがあり、そこには守衛が何人かいるようだ。
「なぁ、別にテロとかの標的にならないだろ?建設中の原発なんて…いくら石函とかが反対してもまさかテロまでやるとか…」
「そうだが仕事があるだけいいだろ?どうせ誰も来るはずなくても給料が出ればいいんだ。」
すっかり油断しきっている守衛をドアの隙間から見て、フィスカはPP28短機関銃にサプレッサーを取り付けると扉を開けモニターめがけ発砲する。それから口調を変えて守衛達に要求を突きつける。
「な、何だお前は!?」
「動いたら全員射殺する。大人しくいうことを聞け。まずは両手を背中に回して後ろを向くこと。大人しくしなかったら撃つ。」
守衛達は武器を構えるまもなく、おとなしく言うとおりに従う。するとフィスカはすぐにバンドの手錠を両手と両足にかけていく。フィスカの声はボイスチェンジャーで変えられており、男性か女性かも判別はつかなくなっている。
すると、1人の若い守衛が振り向いてPP28を奪おうとしてくる。
「好きにさせるか…!」
「……」
フィスカは落ち着いてまずは守衛の足を踏むと、力が弱まった隙を狙いすぐに振り払う。
もう一度守衛はフィスカに掴みかかろうとするが、フィスカは守衛の顔面を殴りひるんだ隙に壁に押さえつけると口元を手で押さえてから銃を発砲する。
「んっ!?んー……」
「痛みくらいなんてことも無い。」
フィスカは守衛の頭を壁に叩きつけそのまま気絶させ、それから銃弾を受けた場所に布を巻いておく。すると他の守衛が尋ねてくる。
「な、何なんだお前!?中東系のテロリストか?だったらこんなところより…」
「そんなものは知らない。それより…」
全員をフィスカは拘束し終えるとポケットから手榴弾と適当な電子機器に取り付けたタイマーを接続する。そして、時限爆弾っぽく仕立てたものをテーブルの上におく。
「音響で爆弾を爆発させることも出来る。大声を出せばこの建屋すべてが吹き飛ぶからそのつもりで。」
もちろんこれは嘘で、手榴弾もスタングレネードなので直接飲み込んだりしない限り害は殆ど無い。フィスカは警報装置を解除するとそのまま扉を閉めておく。守衛達は声も出せず、震えながら夜を過ごすほかなかった。
フィスカは警備員のシフト表を確認してから外に出るとボイスチェンジャーを切り、クレアに連絡を入れる。
「準備完了。通っていいよ。」
『予定通りだ。交代要員の時間まで何時間ある?』
「あと2時間程度。場所どおりに爆弾を仕掛けて撤収ね。」
『想定どおりだ。今向かう。』
クレアが乗用車で正門まで来るとフィスカもそれに乗り込む。ふぅと一安心したらしくフィスカはバラクラバを外して一息つく。
「守衛はどうだった?」
「楽勝。どんなのがいるかと思ったけど銃も持ってないし。ああいう手合いは通信手段奪って拘束すれば大丈夫。」
「そうか…情報どおりだな。」
日本の警備員は武装や戦闘訓練の類がほとんどなく、通信手段を無力化すれば簡単に制圧可能とリューゲルやリシュアから情報を得ていたのでフィスカは情報があっていたことに安心する。
「だね。万一の際は痛い目見てもらおうと思ったけど…到着、っと。」
「よし、後1時間45分だ。それまでに仕掛けてここに合流、いいな?」
建屋の前に到着すると、クレアが乗用車をとめてトランクを開ける。袋詰めしたC4爆弾が大量にあり、それぞれに起爆装置がつながれている。
「おっけー。仕掛ける場所も覚えてるよ。」
「開始だ。」
それだけ言うと、フィスカはクレアと分かれてC4爆弾を仕掛けに向かう。クレアも建屋内部に入ると重量のかかるであろう壁を見極めて爆弾を設置する。
あっけなく片付くだろう、と楽観視していたクレアは対物ライフルも持たずショートソードのみを持ち歩いている。普段なら拳銃や手榴弾の類も持ち合わせているのだが、大量の爆弾を仕掛けるため重武装だと都合が悪いようだ。
「これで最後か。」
順調に仕掛け終わり、残り30分程度と言うときに肩に激痛を覚えクレアは顔をしかめる。右肩に銃弾を受けたらしく、すぐに振り向くと顔を軍用ヘルメットとバラクラバで隠した人物が立っている。
「恨みは無いが、賞金がかかっている…消えてもらおう。」
「ちっ、リネージュの刺客か…!」
左手でクレアはショートソードを抜くと同時に刺客がサプレッサーつきのP226拳銃を発砲。40S&W弾がクレアの頬を掠めるがクレアはかまわずに突撃する。
銃弾をショートソードではじきながらクレアは接近するが、刺客もそれを読んでいるらしくマチェットを抜くと片手で構えショートソードを受け止める。
『クレア、仕掛け終わったよ?』
「後にしろ!」
フィスカからの無線をつけたままにしながら、クレアは刺客のマチェットをはじき返し袈裟懸けにショートソードを振るう。
それを刺客はバックステップで回避、マチェットを突き出すがクレアは斜め前に前転してなんとか回避する。
「片腕だが侮れんな。」
冷淡に刺客がつぶやくとP226拳銃を取り出し発砲しようとするがクレアが拳銃を蹴り何とか射線をそらす。
拳銃をはじけなかったがその隙にクレアが刺客に脚払いを仕掛ける。刺客はすかさず後ろに飛びのいて回避するが、その間にクレアが立ち上がる。
「片腕でも貴様を倒すくらいの余裕はある。」
「言ってくれるな。だが出来るわけないだろう?」
刺客はP226拳銃の弾が切れたのかホルスターにしまうとマチェットを構えクレアに突撃する。クレアは刺客のマチェットを受け止めるが、じりじりと刺客に押されていく。やはり片腕では分が悪いようだ。
そのまま窓際まで押し込まれ、クレアは背後を一瞬だけ振り向く。がけになっている場所であり、落ちたら岩場に落下する可能性が大きい。
「く…!」
「これで終わりだ。」
刺客がもう一度P226拳銃を左手で構え至近距離で発砲するがクレアは寸前で横に回避する。ガラスが砕け散り、クレアはそのまま押し込まれてしまう。刺客はマチェットで剣を押さえ込みながらP226をクレアの顎に叩きつける。
「言い残すことはあるか?」
刺客は勝ったと思ったのか警戒もしていないが、クレアは顔を上げて笑みをこぼす。
「後ろに注意、だ。」
「何…?」
刺客はすぐに銃を構え振り向くが誰もいない。顔を正面に戻すとクレアの姿すらなくなっている。
「バカな、どこに!?」
「大声出しちゃうと居場所ばれちゃうよ?」
フィスカが扉を開けると同時にPP28短機関銃を両手に持って連射する。刺客はすぐに割れた窓からぶら下がって銃弾を回避しようとするが、クレアも同じ場所にいたのだ。
「なっ!?」
「悪かったな。」
片腕でクレアが壁にぶら下がっていて、同じように窓にぶら下がろうとした刺客を横に蹴飛ばす。刺客は成すすべなく、がけの下に転落してしまう。
「クレア、大丈夫!?」
「安心しろ…
フィスカがPP28短機関銃を収め、クレアを引っ張りあげる。クレアの怪我はいいとも悪いともいえない状況で、応急処置が必要なのは確かだった。
「怪我のほう、治療しないと…」
「後でいい。脱出して予定通り列車に乗り込もう。」
うなずくとフィスカはクレアの手を引いて発電所内部から脱出する。建物の外にはフィスカが調達したであろう建設会社の軽トラックが止まっている。
クレアは上着を脱ぎ、包帯をフィスカに巻いてもらってからもう一度上着を着てトラックに乗り込む。
「…本当にこれしかなかったのか。幹部用の乗用車とか…」
「無いよそんなの。あったら持って来るよ?」
仕方ないな、とクレアはため息をついてシートに身を任せる。するとフィスカが大真原発の敷地を出たところでスイッチを入れて爆弾を爆発させる。
途端に警報が鳴り響き、大真原発は一瞬で崩壊し瓦礫の山になってしまう。
「おっけー。任務完了。早速ソーマに連絡する?」
「帰ってじかに連絡しよう。ここの携帯電話はセキュリティが低い。警察に盗聴されると厄介だ。それに起きていると思うか?」
クレアが腕時計を見ると、すでに午前3時を回っている。このためにフェリー内部では寝ていたので2人とも特に眠気は感じていない。
「だね…そういえば列車ってこんな深夜に到着する?」
「……」
率直なフィスカの疑問にクレアは黙ってしまう。それを聞いてフィスカは表情をこわばらせる。
「…あのさ。駅が開くまで待つつもり?」
「そうだが。近くの駅まで運転すれば5時間程度でつくだろう。丁度いい。」
はぁ、とフィスカはため息をつく。さすがに5時間も運転し続けるのはキツイ様子だ。
「考えるだけで憂鬱になりそう…」
「途中でコンビニでも寄って夜食でも食えばいい。うまいもの選び放題だぞ。」
フィスカは急激に元気が戻ったのか、明るい笑顔をクレアに向ける。
「それじゃあ行きますか!疲れた分も補充していっぱい食べないとね。」
「あぁ、怪我の治療分も含めて大目に頼む。夜食に弁当2個とおでん、朝は後で考える。」
了解、とフィスカは短く答えると徐々に車のスピードを上げていく。このまま近くのコンビニまで一気に突っ走るつもりだ。
『…応答しろ、イリアー。応答しろ。』
無線機の声を頼りに、イリアーは目覚めると無線機を取りうなずく。空が暗いせいで夜明けかどうか判別がつかないが、雨が降り注いでいることだけは解かった。
「こちらイリアー…本部か。」
『フィスカとクレアを発見したというのは本当か?』
「した。」
短く答えるとイリアーは痛む体を起こして周囲を確認する。先ほどクレアから落とされて我ながらよく無事だったなとがけの上を見上げる。
既に原発は崩壊しており、復旧すらめどが立ちそうにない状況となっている。放射能汚染はないが建屋は完全に崩壊。瓦礫の除去だけで相応の月日がかかりそうなほどだ。
『よし、連中はどこにいるか探れ。他の刺客達も呼び寄せる。』
「了解。」
本部からの通信を受け、イリアーは立ち上がると無線をきる。それでもまだ足元はおぼつかない。
「…簡単に言ってくれるな…」
フィスカに受けた銃創と体の痛みを癒すほうが先かと思いながらもイリアーはよろよろと歩き始める。近くの店で食べ物を買い、雨露さえしのげれば何とかなるだろうと思いながら歩いていく。
続く