終章
「奴らはどこにいった!?」
「はっ……」
「フランソワ・ダルラン」船倉で爆弾がないことを確認したリューゲルは苛立ちを隠せず声を荒げる。
「兵士2名が体調不良を訴えボートで「ふゆづき」に帰還しましたが、それ以外は……」
「よし、「ふゆづき」のクルーにボートも何もかも捜索させろ。その2人も尋問しろ。」
了解、とシェルディア兵はうなずき連絡を入れる。すると別のシェルディア兵がリューゲルの前に現れ報告を入れる。
「フィスカとクレア達が艦尾のヘリ甲板で戦闘しています!スナイパーを送り込みましたが返り討ちにあいました!」
「我々が出るぞ。奴らを絶対逃がすな!」
リューゲルは配下の、同じような鎧を着こんだ兵士を連れて艦尾へと向かう。
「み、見つかった?」
「明らかにな。」
不安げにロッカが「フランソワ・ダルラン」の後部艦橋を見つめながらクレアにたずねる。天井がない、ヘリコプター用のエレベーターが80cmほど下がっており簡単な遮蔽物として使えるようになっている。彼らはエレベーターにいてそこから動こうともしない。クレアはバレットM82狙撃銃のスコープを覗き、誰もいないことを確認する。
「発炎筒を炊け、フィスカ。モールスで「はつゆき」に連絡しろ。」
「了解……スナイパーは……?」
傷口を押さえながらフィスカは真っ青な表情でたずねる。イリスとソーマは不安げにフィスカを見つめてしまう。
「フィスカは大丈夫なのか……?」
「銃が握れるだけならそれでいい。ここに篭城してどちらかが全滅するまで戦い抜く。弾薬切れの心配はないからな。」
クレアはイリアーを見て表情を緩める。弾薬箱2個分の5.56mm弾や9mm弾があり、軽装の兵士ならいくらでも相手できる。船室からあらかじめ持ち込んだ武装も取り戻し、普通に撃ち合うなら負ける要素はない。フィスカが流れ弾に当たらないよう気を使う程度だ。
「感謝の気持ちはリネージュからふんだくることにしよう。文句ないか?」
「おっけー。」
イリアーが冷静に答えると、フィスカは元気のない声で返事をする。モールス信号をイージス艦「はつゆき」に送っているのだ。
「……あの艦の連中と知り合いなのか?」
イリアーが首をかしげると、フィスカは首を振る。
「ううん。でも前の依頼で知り合ってさ。だから顔見知りだし、話もわかると思う。」
「なら幸いだったな、俺はあの艦の艦長と一緒に仕事をしたことがある。無線に出たら俺が連絡をしよう。」
それを聞き、全員がイリアーに視線を集めるがイリアーは苦笑する。
「まともに話もしたことはないんだぞ?でも話を聞くきっかけくらいにはなりそうだからな……」
「何にしても助かる。フィスカ、無線の周波数は送れたか?」
クレアの問いかけに、こくりとフィスカがうなずくとそこで力なく倒れてしまう。
「フィスカ!?」
ソーマが駆け寄るが、フィスカは笑みをこぼす。
「ちょーっと寝かせて…敵が来たら起こして。すぐ銃は撃てるから……」
「あぁ……無理すんなよ。」
そういってソーマは89式小銃を構えダットサイトを覗きながら警戒する。するとシェルディア兵達が駆け寄ってくるのが見える。
「どうする、撃つか?」
「いや、身を伏せろ。」
ソーマはクレアに確認を取ると、クレアは銃をしまいかがみこむ。ソーマも身を伏せ、じっと待機する。シェルディア兵の足音が近づいてくると、いきなり止まる。
「大丈夫なの?」
イリスが小声でクレアに話しかけるが、クレアは首を振る。
「よくないな。連中は無線機で増援を……見つかったな。」
大勢のシェルディア兵がヘリ甲板に向かってくるのが見えたため、クレアはバレットM82狙撃銃を構えると発砲する。まとめて数人を吹き飛ばしたが、鎧を着こんだ兵士が両手に89式小銃を持って向かってくる。
「さっきの鎧兵か……!」
クレアはバレットM82狙撃銃を鎧兵に発射するが、鎧兵の装甲は12.7mm銃弾をはじいてしまったのだ。
「バカな……!?12.7mm弾をはじいたのか!?」
「嘘でしょ!?」
分厚いシールドでも貫通可能な12.7mm弾をはじく鎧を見てクレアとイリスは呆然としてしまうが、ソーマは首を振る。
「パワーアーマーって奴だろうな、あれ……多分装甲車並みの装甲をまとっている。」
「おいおい、そんなの開発してるなんて初耳だぞ?」
イリアーもため息をつきながらSG552突撃銃を鎧の関節部分にセミオートで打ち込む。この部分は弱いのか鎧兵は倒れこみ、動けなくなってしまう。
「やっぱり関節が弱点らしいな。クレア、いけるか?」
「当たり前だ。」
むすっとした表情でクレアは答えつつ、バレットM82狙撃銃を発砲する。一撃で鎧兵の脚を吹き飛ばし、鎧兵は起き上がれずにいる。
「いいじゃん!」
イリスは笑みをこぼすが、途端に猛烈な射撃を受けて身を伏せる。鎧兵が89式小銃を両手に持って猛烈な射撃を浴びせてくる。そこにシェルディア兵も射撃を加えてくるのだ。
「っ……」
「数で押し込むつもりか……援護射撃頼む。」
「援護?」
ロッカが首をかしげると、クレアはショートソードを抜き外の様子を伺う。それをみてロッカは必死の形相で押しとどめる。
「だ、ダメ!あんなのに突っ込んだらクレアが死んじゃうっ…!」
「お前達が傷つき、倒れるよりは数段マシだ……ロッカ、頼むぞ。ソーマとイリスも。」
それだけいうと、クレアは身を乗り出して剣を構えるとシェルディア兵の集団に突撃していく。すぐにロッカはファマス突撃銃を構え援護射撃を行う。イリスもAA12散弾銃を発砲しクレアを援護する。
銃弾をはじきながらクレアはシェルディア兵に接近し、ショートソードで次々に切り裂いていく。混乱した合間を狙いソーマとイリアーが正確な射撃を加え、シェルディア兵の数を減らしていく。
「何をてこずっている!パワーアーマーまで投入してこのザマか!?」
後部ヘリ甲板に到着したリューゲルが檄を飛ばすが、上手く連携の取れた相手にシェルディア兵が次々に倒れていく。
「し、しかしあいつら……本当に強いんです!精鋭部隊みたいに……」
「くっ!パワーアーマー兵を全て機関銃装備で投入しろ!俺も準備をする!お前達はここで食い止めろ!」
それだけ言うとリューゲルは艦内へと戻っていく。クレアはショートソードがボロボロになったのを見ると銃弾をはじきながら後退しエレベーターに戻る。
「だいぶ切ったが……数はどうだ?」
「いや、艦内から増援が次々に来ている。」
ソーマは首を振りながらもマガジンを交換、セミオートでシェルディア兵を狙う。すると艦内から鎧兵が追加で出てくる。両手にアメリ軽機関銃を保持しているのだ。
「おいおい、ちょっと待て……!」
イリアーが目を見開いた途端、猛烈な射撃が浴びせられる。毎分1200発もの発射速度を持つアメリ軽機関銃を持った兵士が5人もいる上に両手に保持しているためとんでもない量の5.56mm弾の攻撃を受けてしまう。まともに顔すら上げられないのだ。
「どうしたらいいのよ、あれ!」
「リロードの隙を狙えば……!」
クレアはそういうとP250拳銃を構える。一斉射撃が終わり、鎧兵はバックパックからアームを伸ばしアメリ軽機関銃のリロードをしている。その合間にクレアがP250拳銃を鎧兵の関節部分に打ち込む。膝を折って鎧兵が倒れこむが、他の鎧兵がアメリ軽機関銃を連射してくる。
「どうしようもないな……!近づいてきてるぞ!」
「そうだね……」
ロッカはため息をつく。動きは遅い上に試作品なのか関節部分に打ち込むと中の人が動けなくなり、それにより無力化することもできる。だが適当に乱射して狙える部分でもないし、相手の火力も高い。手詰まりと言ってもいいほどだ。
その間にシェルディア兵が側面に回りこもうとしてくる。すぐにロッカがファマス突撃銃を発射してシェルディア兵を倒すが、左右からもシェルディア兵が回りこんでくる。1人が軍刀を振り上げ、イリスに切りかかる。
「きゃ……!?」
「っ……!」
イリスが短く悲鳴をあげ、目をつぶるがフィスカがPP28短機関銃についた刃で軍刀を受け止める。
「あんた達に……傷つけさせやしない!」
フィスカは必死の形相を見せながら軍刀をはじき返し、PP28短機関銃を両手で連射する。多数の銃弾を受け、シェルディア兵は倒れこんでしまう。
「フィスカ……!」
「起こしてって言ったじゃんか……ぐっすり眠ってたんだよ……」
フィスカは左から来るシェルディア兵にPP28短機関銃を連射する。イリスは右側に移り、ロッカをサポートする。しかし鎧兵に対抗する手段が少なく、4人からアメリ軽機関銃の連射を受けている状態では手出ししようがない。
「どうしたらいいのよ、クレア……!」
「考える時間をくれ、必ず何か……」
クレアが何か言いかけると、突然「フランソワ・ダルラン」の後部艦橋に設置された対空用20mmF2機銃が稼動し始める。彼らが気づかないうちに大量の20mm銃弾が浴びせかけられ、鎧兵やシェルディア兵は次々に倒れていく。
「な、何で!?」
イリスは戸惑ってしまう。本来艦橋からの操作でなければ20mmF2機銃は操作できず、手動操作にしなければ甲板上の敵兵を掃討するという使い方は出来ないはずだからだ。
『遅れてすみませんね。皆様。』
「リシュア……!」
『艦橋は制圧しました。銃弾が続く限り援護します!』
20mm機銃の重い発砲音が鳴り響き、次々にシェルディア兵が倒れこんでいく。いくら頑丈な鎧でも20mm銃弾を防ぐことは出来ず、鎧兵も次々に倒れていく。しかしすぐにシェルディア兵がパンツァーファウスト3を持ち出し、艦尾の20mm機銃に直撃させてしまう。
「ちっ……都合よくは行かないな。」
20mmF2機銃が炎上し、銃撃もやむと再びシェルディア兵が向かってくる。それでも何とか応戦できるためソーマが89式小銃で応戦。イリスとロッカも的確に射撃を加えていく。クレアはバレットM82狙撃銃を構え、パンツァーファウスト3を向けてくる兵士を次々に打ち抜いていく。
「押し返せそうか?」
ソーマが声をかけると、クレアはスコープを覗きながら笑みをこぼす。するとリューゲルがアメリ軽機関銃を両手に持ち、パワーアーマーを着こんで突撃してくる。
「まったく……おとなしくしてればいいのに……」
フィスカは青ざめた表情で答える。具合が悪いのか照準もぶれており、PP28短機関銃をまともに構えていられないようだ。リューゲルはアメリ軽機関銃を連射しながら近づいてくる。
「またか……」
クレアはため息をつく。顔を出せば5.56mm銃弾に貫かれるため応戦することすら出来ない。多少の銃撃をものともしないだけの装甲をまとっているのだ。しかし援護に来るシェルディア兵も殆どいない。
「何かないのか!?」
「ないな……手榴弾なんて奴に効くと思うか?」
ソーマが周囲を見渡すが、打つ手がなく全員が沈んだ表情をしてしまう。イリアーも首を振り、何も出来ずにいる。
「奴がじれて近づくまで待つしかない。そうすればチャンスはある。」
じっとクレアは息を潜め、ショートソードを抜く。切れ味は鈍くなっているが、それでもまだ使えないことはない。
「……誰か死ぬかもね。」
フィスカも表情を暗くしながらぼやく。全員が表情を引き締めるとヘッドセットから明るい声が届く。
『お待たせ。あんた達にいいもの持って来たわよ。』
「何?対物火器か!?」
シェルミナの声がヘッドセットから聞こえてくる。クレアは一気に表情を明るくするがイリスが首をかしげる。
「いつこっちに転移したの!?」
『細かいことは後にして頂戴。今ヘリで向かってるわね。』
ローター音が響き渡り、SH60Jが「フランソワ・ダルラン」後部甲板へと向かう。リューゲルはそれを見てアメリ軽機関銃を連射するが、SH60Jはコンテナを多数投下してそのまま飛び去っていく。
『赤いロープを巻いてるのが対物火器入りだから、あとは頑張って?』
「感謝する!」
そういうとクレアはエレベーターからぱっと出てコンテナの裏に隠れる。高さ80cm程度、横幅2.5m近くある代物でクレアはコンテナを開ける。
「いけそうだな……!」
中に入っているスポンジを投げ捨てると、ダネルNTW対物狙撃銃が入っていた。20mm銃弾を使う強力な火器であり、装甲車ですら粉砕可能な代物だ。その代わり重量は26kgもあり到底1人で運搬、射撃できる代物でもない。
「誰かもう1人来てくれ!こいつを撃つ!」
クレアが呼びかけるが、誰も行こうとしない。するとイリアーがSG552突撃銃だけを出しながらリューゲルめがけ射撃する。
「援護する、誰か行け!」
「解った……俺がいく。」
ソーマが89式小銃を両手に持ちながら答えるが、イリスが止める。
「あ、危ないわよ!ここで死んだら……」
「クレアとかフィスカの考えが移ったのかもな……ここで誰かが行かなきゃ、全員が死ぬことになる。イリアー、援護できるか?」
こくり、とイリアーがうなずくとロッカもファマス突撃銃だけを上に出しながらリューゲルに発砲する。もちろん目くらまし程度にしかならないが、それでも注意を引くだけの効果がある。その間にソーマはエレベーターから飛び出し、クレアのところまで一直線に駆け抜ける。
幸いにもリューゲルはイリアー達に釘付けになっており、クレアとソーマの動きを察知できていない。その間にクレアはダネルNTW対物ライフルを両手で抱え射線を確保する。。
「引き金を引いてくれ、ソーマ。」
「む、むちゃくちゃするなクレア……」
本来こういった20mm級の対物ライフルは伏せて使うものであり、いくら2人いるからと言って1人で抱えもう1人が発砲するという使い方はしない。
「あいつの目の前でいちいち設置して伏せて撃つなんて真似ができるか?これが最良だ。」
「あ、あぁ。解った。」
同意するとソーマはスコープを覗き、照準にリューゲルを捉える。
「よし、撃つぞ。」
「あぁ……早くしろ。奴が気づいたぞ。」
「あぁ!」
うなずくと、ソーマは引き金を引きダネルNTW対物ライフルを発射する。すさまじい轟音と共にダネルNTW本体が後ろに押し出され、ソーマはスコープに目をぶつけてしまう。クレアも倒れこみ、ダネルNTW対物狙撃銃の下敷きになっていたが何とか払いのける。
20mm銃弾はリューゲルの胴体を貫通し、パワーアーマーに小さな穴を開けていた。そこから血があふれ出し、リューゲルは膝をつく。
「くっ……貴様ら……」
「裏切った相手を間違えたんだよ、リューゲルさ……」
フィスカがよろけながらも、リューゲルに近づきアメリ軽機関銃を奪い取る。
「命ってのは重いの。軍人が私達より命を軽く見てどーすんのよ。たかが6人程度ってさ。」
「貴様らに俺の理想がわかるか……!」
「わかんないよ。私達もそうだけど、ソーマとかイリスにロッカが何をしたっての?あいつらは……リネージュ兵を倒してきたし、シェルディアに何も悪いことはしてない。」
フィスカはPP28短機関銃の銃口をリューゲルの頭に突きつける。
「……お前らなら、多額の現金が入った財布を前に手を伸ばし、他人を押しのけるだろう……?」
「押しのける手に武器は持たないよ。いくらなんでも……じゃあね、リューゲル。」
フィスカは引き金を引き、銃弾をリューゲルの頭に打ち込む。リューゲルは倒れこみ、フィスカはそっと祈りの言葉をかける。
「武器を取るもの、死を覚悟せよ。汝命の重みを知れ……魂に安らぎあれ。」
厳しい言葉でフィスカは締めくくり、そのままクレア達のところに向かう。
「……終わったな。」
ほっと一息ついた様子でイリアーは座り込む。シェルディア兵の死体だけが残っており、ヘリ甲板は血まみれになっている。
『シェルディア兵が投降してきましたが、大丈夫ですか?』
「大丈夫だ。」
クレアがリシュアからの無線に応答すると、そっと声をかける。
「……向こうの価値で100万円くらいの財宝を3人分用意して、ヘリも用意してくれ。お前の家から帰すのがいいだろう。後始末も頼めるか?」
『解りました。しばらくお待ちを。』
クレアが無線をきると、ソーマがクレアをさびしげな瞳で見つめる。
「ここでお別れか、クレア。」
「そうなるな。お前達とここでお別れだ。銃を置いて、またいつもどおりの生活に戻ればいい。」
「いつもどおり、か。」
ソーマはため息をついてクレアを見つめる。
「そのいつもどおりが、つまらなく感じそうだな……クレアもフィスカも帰ってしまって、二度と会えないかもしれないんだろ?」
「それでいい。刺客は一般人がかかわるべき人物でもない……お前たちにはすまなかったと思っている。その手を血で汚してしまった原因は私達にあるからな。」
「……」
じっとソーマは両手を見て、それからクレアに向き直る。クレアは落ち込んだ表情をしているが、そっとソーマが肩に手を置く。
「……気にするなよ、クレア。俺は大丈夫だ。」
「夢に出ないか?」
「……何とか受け止められるくらいにはなった。クレア……ありがとな。これで俺達の世界も救われるんだよな?」
「あぁ。幹部も抹殺し、向こうの世界で軍事力以外のよりどころがなければ撤収せざるを得まい。」
ソーマはほっと一息つき、クレアの手を取る。
「よかった……クレア、ありがとな。」
「私は……リューゲルの依頼でやっただけだ。もっとも、リューゲルはお前達の世界の金を丸ごと頂こうとしてたようだが……その結果というだけだ。このサーバーのデータはすべて消す。あんなデータ上の金など消えたところで何も問題ないだろう。せいぜい独裁者と金融関係者が泣き喚くだけだ。」
そうだな、と軽くソーマがうなずく。イリスとロッカにフィスカもクレアに近づいてくる。
「少しは良くなるかな?俺たちの世界も。」
「それはないな。お前が良くするんだ。」
その言葉を聞き、全員が目を丸くする。
「良くするって……私達で?」
「お前達以外に誰がいるんだ?どこかおかしいと思った奴から世界を変えなければいけないんだ。歴史に名を残す奴はそういう奴らばかりだ。」
ロッカは不安げな表情をするが、フィスカは優しく声をかける。
「あんまり難しく考えないで生きたいように生きればいい。でも自分のやりたいこととか自分がやるべきだと思ったことをあきらめたらダメ。生きることは何とかなるけど、夢を追う事は何とかならないから。」
「覚えておくよ、フィスカ。」
ソーマがそっとうなずくと、SH60Jが艦尾のヘリ甲板へと着艦する。シェルディアの兵士が降りると全員に敬礼をする。
「お迎えか?」
クレアが表情を曇らせるが、シェルディア兵は生真面目な口調で答える。
「雷雨が接近中との報告がありまして、すぐにでも移送して欲しいと。」
そうか、と短くクレアは答える。
「……猶予は。」
「発着時間を考えると5分程度かと……」
ため息をつくと、クレアはソーマ達に向き直る。
「本当にお別れだ。ヘリに乗ったらこいつらの指示に従うことだ。この世界は物騒だ、市街地ではぐれたら何をされるかわからん。後でリシュア達も合流する。」
「わかった……さようなら、クレア。」
名残惜しそうにソーマはクレアを見つめる。ロッカはそっとフィスカに抱きつく。
「ん……?」
「忘れないでね?私も……イリスもソーマも。友達、だよね?」
ロッカに潤んだ瞳で見つめられ、フィスカは静かにうなずく。
「もちろん。忘れないよ。ロッカも良く頑張ってくれたね。」
「うん……恐かったけど……でも、頑張ったよ?」
自然と涙をこぼしながらロッカはフィスカを見上げる。優しくフィスカはロッカの頭を撫でるとポン、と背中を押す。
「お別れはここまで。じゃあね?私だってさ……辛くなるよ。これ以上話したらさ。結構あっちの世界は居心地もいいし、ずーっとそっちにいたいけど無理…」
「無理、なの…?」
「無理。あっちじゃ銃火器で派手に暴れて悪人を倒したり出来ないしさ……私もクレアもそういうほうがすきなの。」
ロッカの表情は沈んでしまうが、フィスカはかすかに笑みをこぼす。
「…また会う機会だってあるかもしれないし、ね?」
「うん、またね……」
ロッカもヘリに乗り込む。その後ろにイリスも続き、無言でヘリに乗り込む。
「……お別れはいいのか?イリス。」
「いいわよ、そんなの……さびしくないんだから。いつもどおりに戻るだけなんだから……!」
イリスは顔を抑え、泣きながらSH60Jの座席に座り込む。それを確認しシェルディア兵がSH60Jを発進させシェルディアへと向かっていく。
「お別れ、かぁ……」
「そうだな。さて、成功報酬をたっぷりといただいて帰るとするか。」
「成功報酬ね……」
リューゲル達がまとめてくれた、ソーマ達の世界にあるはずの財産や資金がまだ艦内に残されているため、他のシェルディア兵が来る前にフィスカとクレアはそれを取りに行く。
ラッタルを降りて、船倉に到着するが多数のコンテナは運び出された後だった。それを見てフィスカとクレアは顔を見合わせる。
「ど、どうしてないの!?何一つ……リシュア!」
『何でしょうか。そんな大声を出して。』
「ソーマ達に渡した後、船倉のお宝貰ってないよね!?」
フィスカは早口でまくし立てるが、リシュアの返事は気の抜けたものだった。
『貴方達の報酬分を貰った後、イリアーさんにもいくらか渡したあとは何もしてませんが……』
「何?じゃあ誰が……」
クレアが首をかしげると、いきなり無線にシェルミナが割り込んでくる。
『生還おめでとう。それに彼らも無事帰れるのよね?』
「そうだが……」
『代金は全部回収したから今回はタダにして置いてあげる。じゃあね。』
やけに浮かれた声で話すシェルミナの様子を聞き、クレアはすぐにヘリ甲板へと出る。艦尾側に、航跡をなびかせて航行する1隻の輸送船が航行している。
「全部持っていったのか!?」
『当たり前でしょ?1人が一生かかっても使い切れない金でも企業は一瞬で使っちゃうもの。貴方達の報酬をリシュアが取ったんだからいいでしょ?』
「ちょっ……」
フィスカがヘリ甲板から飛び込もうとするが、クレアがそれを止める。
「ふざけんじゃないよシェルミナ!あんた次あったら覚えてなよ!」
『はいはい、またねー。』
軽い調子でシェルミナは無線を切る。フィスカは怒りが収まらないのかじたばたともがいているがクレアはがっちりとフィスカを抑える。
「お前は何をやりたいかわからんが、落ち着け。タダでさえ鎮痛剤と傷でまともに動けないだろうが……」
「そうだけどさ……悔しいよ。何かカレーででっかい肉乗ってたらそれをつまみ食いされた感じで。」
「カレールーだって美味しいだろうが。ご飯も食えるし文句を言うな。」
そっとクレアはフィスカを抱き寄せ、支えるようにして艦内へと向かう。
「私としては、お前が無事であいつらも無事に生還できただけでも嬉しいがな。大切なお前が生きてるだけで…」
「え……?」
じっとフィスカはクレアの表情を見つめるが、クレアはそっと顔を背ける。
「行くぞ。お前の怪我を治さないと。」
「はいはい……」
軽く返事をすると、フィスカはクレアに身を任せる。こうして、彼女達は二度と行かないであろう世界を救い、依頼主なき依頼を完遂した。
Fin