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VISITATION!  作者:
VISITATION!
8/12

008

 魔物や悪しき物、それらを払うには「退魔」と「抗魔」の二種類がある。

 まぁ「魔」をウィルスに例えれば「治療」と「予防」だと思ってもらえればわかりやすいと思う。

「殿下、ご無理は」

「いやっ!同調化さえ出来ればなんとかっ」

 そして両国国技館はどちらかと言えば「抗魔」に特化した施設になる。

 その昔、江戸城が築城された時代は今よりももっと、霊能者も異能者も多くて国内由来の魔物も普通に闊歩する時代だったんだそうな。

 当然、死霊や怨霊なんかだっていっぱいいた。

 そいつらが悪さしないよう地脈通路も守られてるけど、ここは築城時代の地脈口にあたっていて言わば防衛の要みたいな場所なんだ。

 一度大破して口が閉じてからは東京タワーに役目を譲ったものの「抗魔」の力は消えないで現在に至ってる。


「も、もう少し落ち着いたらリトライを…」

「流石に承諾しかねますな」

 まだやってたのか。結構、往生際悪いなアレスさん。

 遠巻きにも顔面蒼白なアレスさんを説得してるルイさんがめちゃくちゃ焦っていて、そっちはそっちで俺には驚きだった。


 つまり諸々の「良し悪し」で言ったら「悪し」にカテゴリーされる物を防ぐよう特化された詛である国技館の領域的に、本人自体は人畜無害でも「吸血鬼/闇カテゴリー」である以上、立入りお断り対象なわけでアレスさんは入り口を前にして排除力に弾かれ一歩も進めなかったんだ。

「力士さんの写真は撮れたではありませんか、それでご納得くださいよ」

「いや!私にも聖域であろうと人間と同じ振る舞いをしてきたプライドが」

 それプライドじゃねぇだろ。

 あきらめ切れずにアレスさんがウダウダ言ってるせいで、俺はお土産品買いにパシらされて帰ってきたわけだ。

 ベンチに座ったはいいが頭も上げられないほど消耗してんのに駄々こねんなっての。

「べっつにさー、今日中に入らないかんわけじゃないんだし。滞在中にまた試せばいいんじゃん?」

 だから思わずそう言ってしまった。

「ぶっちゃん良い事言った。そうですよ殿下!今日は無理でもゆっくり調整なさればいいじゃないですか!入場の折にはお供いたしますし。なっ、ぶっちゃん」

 へ?俺も?と思ったが、ルイさんの目が「話し合わせて!」と言っていた。

「あー、そーね。うん。それにさ吸血鬼の証明出来たようなもんじゃん?よかったじゃん。ほらお土産色々買ってきたから元気だしなよ」

 紙袋を差し出すと納得してない顔だったけど素直に受け取ってはくれた。

 力士Tシャツやら茶碗が受けるかどうかは微妙だったけど、ちょっと覗いてすぐに漢字のTシャツを取り出した顔が嬉しそうだったので二人でほっとする。

「そうだな、すまなかった。写真はたくさん撮れたし今日はあきらめるとしよう」

 こんだけ体調悪そうだってのに写真は撮ってたんだ。

「そうですよ次に行きましょう。そうだっ!ここからなら旧人外町近いんでご案内しますよ。そこで一休みしたらタワーに戻りましょう」

 畳み掛けてルイさんが力説すると、アレスさんはやっと頷いて重い腰を上げてくれた。


 三人で歩き始めると領域から遠ざかるにしたがって元気が出てきたのか、足取りも軽く和装束の店を冷やかしたがったアレスさんが気になった店を片っ端から覗くことになった。

 外人二人がはたから見ているとエセ執事と坊ちゃんにしか見えなくて、むちゃくちゃ目立ってるのが微妙なとこだったけど、俺一人だったら絶対に店なんてふらふらしないから結構楽しかった。

「そういえば人外町って、あそこって人間入っていいの?」

 人外町は文字通り人間以外の連中が住める国内唯一の居住地区で、一般人は立ち入り禁止の区域のはずだったんだけどなぁ。

 あ、俺関係者だしアレスさんも一応人外だからいいのか。

「法改正で許可取れた連中は普通にアパート借りられるようになったしね。一般開放してレトロ横丁としておじさんがプロデュース中なのよ。ついでだから観光客リサーチね」

 ほんっと、いつの間にそんなことになっているのやら。それか話は出てたのに俺が聞いてなかったかのどっちかなので話をそらす。

「ほんとアンタって商売好きだよな」 

「ネクロマンスが商売上手なのは当たり前ではないのかい?」

 買ったばかりの扇子を早速楽しそうにはためかせながらアレスさんが首をかしげて参戦した。

「彼らは町々を渡り歩いている以上、領主に利益をもたらして加護を得る。旅商人を兼ねているものと思っていたんだが」

「放浪はレイド家の特徴であって、ネクロマンスの特徴ではないんですけどね。まぁ、お上に上納する金額が高ければ高いほど無茶も無理も通るのは古今東西変わらぬ真実ですよ」

 大通りから右に折れて進むと空気が少し変わってくる。

 コンクリートから木と土の匂いに変わるって言うのかな、石畳の階段を下りるとそこから先の道は時間が止まっていた。

「人外町改め、小道通りへようこそ」

 板目の壁とつげの木が目隠しをする家並みが細い道に連なっていた。

 アスファルトは水を打った石畳の道路に変わり、道に面した戸口の前にいっぱいの花を飾っている家や、板塀の入り口に藍色の暖簾が揺れている光景は確かに懐かしくて綺麗だった。

「すげーーー」

「おおーーー!素晴らしい!」

「今も普通に住んでるけど暖簾や看板がある場所は全部店になってるのよ。いいでしょー」

「おっさんのセンスじゃないでしょ。コレ絶対エリカさんのセンスでしょ」

「しょうがないじゃん、うちの奥さん終の棲家は落ち着いたとこがいいって言うんだもん」

 やれば出来るんじゃんと、ちょっと感動した俺の感心を返せ。

 そう思いつつも昔の商店風の店が並んでる小道や、花だらけの下町小道にアレスさんと二人してルイさんの解説を後ろに見て回った。


 普通に人が歩いてて驚いたけど、口コミで近所の人が散歩がてら遊びに来てるんだって聞いて納得。

 公園じゃないけど生活感あふれてんのに落ち着く空気が漂ってるんだ。

「ここは精霊体系が主に住んでいたからじゃないかな」

「そんなの分かるんだ」

「ああ、体を持たない者が住みやすいよう地力が調整されている。つまりは体を持っている者にとっても居心地はいいはずだよ」

 のんびりと散歩を楽しみながらもスマホは手放さないのが可笑しかった。

 でも気持ちは分かる。昔の乾物屋風コンビニとか思わず俺も写真撮ったもん。

 冷蔵庫が昔の乾物入れるガラス箱風に床置きになってたり、店の入れ物は昔なのに入ってる商品が普通って気がつくとすごい面白くて意味なく何か買いたくなった。

 どの店も時代と中身がはめちゃくちゃなのにそれが妙にしっくりきてて、外人の癖にやっぱおっさんのセンスってどこか突き抜けてるんだなー。

「あ!リアル駄菓子や発見!アレスさんお菓子買おう!お菓子!」

「ダガシ?おお!可愛い店だね」

「それもいいけど反対の小道はお惣菜系店舗もあるよーん」

「うっ、そっちも捨てがたいけど…お土産買ってくし」

 本当にアンタ外人なのか?と問いたいが、店の中から手招きしてるような駄菓子やおもちゃ類にあらがえずお店の軒をくぐった。

 愛想よく迎えてくれた店員さんのおばちゃんは一見すると分からないけど人間じゃない。

 確かにここは人外町で就職先としても機能してるのか。ほんと胡散臭いんだかやり手なんだかわかんないおっさんだと改めて思った。


「そろそろ一休みしない?」

 駄菓子屋で俺からの梅ジャム・ニッキ水攻撃を受けて、店先のベンチで轟沈したアレスさんと爆笑してた俺にルイさんがそう提案してくれた。

「この先に和風喫茶あるのよ、焼きたてドラ焼きと最中食えるよー」

「ほんとあんた外人じゃねーだろ。下町のおっさん決定」

「失礼なちびっ子だねー。オーストリア帝国が生んだ稀代の天才に向かって」

「あんたがじゃなくて、あんたの家がでしょーが。ま、いいや。アレスさん大丈夫っすか?ぷふっ」

「君には私が無事に見えるのかい?」

 口直しに飲んでいたラムネのビンをケースに戻しながらジトーっと睨んでくるが文句を言えるのは平気な証拠だと思うことにした。

 だって俺はコレ好きだし自己責任っつったのに自分で試してつぶれてんだもん。俺のせいではない。

「はいはい、行くよー」

「はーい」

「あっ、待ちたまえシノブ!まだ苦情は終わっては」

 ブツブツいいながらもついて来るアレスさんをほっといてしばらく進むと和菓子屋が見えてくる。


 暖簾とガラス戸をくぐると和菓子の並んだガラスケースの横に、「涼風亭」の看板と「いらっしゃいませ」と染め抜いた暖簾がかかった入り口から地下へと下りる階段が見えた。

「ここねー半地下の喫茶店になってんのよ。いいでしょ?」

 手招かれるままに降りていく。

 薄暗い階段の先にあったガラスの引き戸を引くと、黒い木の梁と床に白壁の喫茶室が現れた。

 天井の丸いガラス窓から差し込む光は夕方の物に変わっていて、梁からぶら下がったランプがあちこちでオレンジ色の明かりで店内を照らしてる。

 半円状の店内は席が向いてる方がほぼガラス張りで、大きなガラス窓の向こうは

竹林に囲われた築山に鹿威しの水音がサラサラ聞こえてくるし、コーヒーの良い匂いと静かなざわめきがなんか大人空間だった。

「はいはい。立ち止まってないでさっさと来る」

 ルイさんがあいていた窓際の席にさっさと陣取って、気後れしたわけじゃないけど入るのを躊躇した俺に手招きしていた。

「落ち着く良い場所だ」

「お褒めに預かり恐縮です。ここは私も会心の出来だと思っています」

 和やかにくつろいでる二人を尻目に改めて店内を俺はぐるりと見回す。

 和洋折衷な家具といい、絶対ルイさんの奥さんの趣味だよな。

「なんだいチビちゃん?言いたいことがあるなら言ってもいいんだよん?」

「べっつにい?」

 メイド喫茶の方も風俗店じゃないんだからって、怒られてインテリアは最終的にエリカさんがやったって東京組みが言ってたし、おっさんのお手柄だとは思わん。

 そう開き直ったらちょっと落ち着いた。

「ふふん、そう言う生意気な態度は食べてから言って貰おうかなあ」

 そういや注文は飲み物しか聞かれなかったんだよね。

 涼風亭甘味コースとか勝手に頼まれたんだが、焼きたてどら焼き食べられるならなんでもいいやって思ったけど、どや顔されるとなんか不安になってくる。


「来たようだよ?」

 藍色のエプロンをしたお姉さんが最初に持ってきてくれたのは最中だった。

「おぉ!!美しい!」

「殿下、写真でしたら溶けますのでお早めに」

 黒塗りの皿には、ほんのり紅色の鯉のぼりの形をした最中と、ガラスの小鉢に丸くなったあんこと抹茶とバニラのアイスが別に載っていた。

「これ自分で入れて食うの?」

「そ、最中も焼きたてだから美味しいよ。おじさんはあんことバニラ推しね」

「止めて!迷うじゃんか」

「最中もね~、季節で変わるんだよ。5月だし、みんな男の子だから鯉のぼりだけど、女の子なら花菖蒲になるんだよ」

 それって金かかってないか?

「シノブ!並べて撮りたいんだがいいだろうか」

「はいよー」

 俺のは赤かったけどアレスさんのは青で、ルイさんのは緑だった。

 青赤緑に三皿並べてやってアレスさんが写真を撮るの待って早速食べてみた。

「うまっ!」

 よくある最中より少し厚いのにサクサクしてて、漉し餡と抹茶アイスに滅茶苦茶あった。

 そんで口直しにバニラか。悔しいけどこれはルイさんに完敗だ。おっさんのくせに甘いものが大好きで、この人が薦めて外れた甘味ないんだよね。

「アレスさん?溶けるよ?どれ入れるか悩んでんの?」

 一人、皿を前に長考しているアレスさんに気がついた。

「先ほどの例もあるからね、ここは慎重に行かねばと思ってね」

 木の匙のさきっちょに少しだけ餡子をのせて恐る恐るなめる。もしかして餡子初体験なのか。

 ついでにさっきの駄菓子屋で、味も教えないで食べさせたのを根に持たれたらしい。

「これは!」

 嬉しそうに俺を見た後、嬉々として餡子とバニラを最中に入れて口にする。

 嬉しそうに幸せそうが加算された顔に、美味しいもの食べた時の反応は世界共通なんだなーと実感した。


 次に出てきたどら焼きには、もはや何の警戒もせずに手に取った。

 では俺も、うおっ!本当にあったかい。

「あんこは粒餡か漉し餡かが選べるんだけど、どら焼きはやはり粒だよね」

 その意見には同意だな。

 あったかくて外がちょっとカリッとしてんのに内側フワフワで、漉し餡じゃ物足りないと思う。決して俺が粒餡派だからではない。

 そしてルイさんチョイスでみんなコーヒーにしたんだけど、餡子ってコーヒーにあうんだと初めて知った。

 最後に季節の上生が出ておしまいらしい。本当に和菓子のコースでやんの、美味しかったからいいけど。

「ルイ!これは溶けるものなのかい?」

「いいえ。こちらも餡子でございます」

 腹も落ち着いてふっと周りを見回すと、店内のおばちゃんがたとちらちら目が会ってしまった。

 のんびりコーヒー飲みながら答える黒ずくめと、うっれしそうに写真撮ってるラフな王子系コンビはここでも目立たないわけが無く、チラチラ感じる視線に俺は思わずメニューに顔を落としてしまった。

 なにこのドラ焼き辛党コースって、おにぎりランチも美味そうだな…

 せっかくメニューに夢中になってるふりをしているのに、隣からつつかれる。

「これも並べて取りたいのだが」

「好きにすりゃいいじゃん」

 生菓子って季節の花をあしらうもんだけど、また全部違う花だったからアレスさんはしゃぐはしゃぐ。

 それでも周りに配慮してるのかちゃんと小声なのがおかしかった。


 ふいにどこかで携帯のバイブ音がした。

「おっと、失礼」

 ルイさんのスマホだった。メールだったのか軽く一瞥してすっとしまった。

「この花にも意味があるのかい?」

「いやーただの季節の花だと思うよ。さっきの鯉のぼりもそうだけど季語ってのがあってさ、本物を目で見て、模ったものを食べて楽しむみたいなのがあるんだよ」

「なるほど、日本人はこの餡がとても好きなのだというのは分かったよ」

「いやいやいや、ここ和菓子だから餡子メインなだけで、それだけじゃないよ」

「殿下、日本人は総じて美味しい物や美しい物が好きなのですよ。色々とこれからの旅で探索して見てはいかがでしょう」

「そうなのか。…そうだな」

 アレスさんはふっと窓の外の築山に目を向けて納得したみたいに頷いてコーヒーに手を伸ばした。

 店内には水の音を邪魔しない程度に小さく音楽がかかっていて、それが耳に心地いい。ぼんやりと鹿脅しを眺めていたらカップをテーブルに戻したルイさんが俺達を促した。

「さて、そろそろタワーに戻りましょうか」

「タワーかい?あそこは先ほど行ったし、私としてはここをもう少し探索したいのだが」

「いえね、殿下がおいでと聞いてタワー管轄の神社に「祓い」の儀が見せられないか打診してまして許可とれたものですから」

「マジで?あれってそんな簡単に出来るもんなん?」

 東京タワーは便宜上、テレビなどの電波塔として登録されているが、実際は帝都内の地脈力を広く浅く集めては、1つの地脈に集約して江戸城へと注ぐ役割をしているんだ。

 だから地力を集める吸収力に引きずられ何らかの理由で上がりきれなかった霊や、留まるだけの力が無い弱い精霊態なんかも集めてしまうんだ。

 「祓い」の儀ってのは、一応観光地なだけに訪れる人に憑いてしまうとまずいので、それらのもの達がたまると行う御祓いの儀式だ。


「今週末にやる予定だったのよ、前倒ししてくんない?って聞いたら良いって言うからサー」

「なんなんだいそれは」

「えーと、タワーで巫女さんって言う赤い昔からの着物着た綺麗なお姉さんが儀式すんの」

「こらこらこら間違ってはいないが、流石のおじさんも不謹慎だと思うよ」

「だって観光客にどう言えと、あーそうだ、アレスさんみたいに東京タワーって吸収系なんだよ。だから必要ない霊とかも引っ張っちゃうから上げたり、住んでる連中だったら返してあげたりしてんの。で、どーよ」

「…桐ちゃんに再教育するよう言っとこうかなぁ」

「なんでさ!我ながら分かりやすかったと思ったのに」

「つまりは伝統服を着た女性が見学できるのかな?伝統儀式つきで」

「そんなとこ」

「それはぜひ見学せねば。ルイの好意は無駄には出来ない」

「そーそー!めったに見られるものじゃないし、レアよレア」

 一気にテンションが上がって喜色満面のアレスさんに二人で親指上げて合図しあうと、ルイさんが演技ががって顔を片手で覆った。


 路地を抜けて驚いたのは、日が隠れたのに空は明るいし人がいることだ。

 山では日が落ちれば電灯の使えるエリア以外は夜の世界に変わるし人も夜行でもない限り眠りに付くから、すごく不思議な景色だった。

 伸ばした手の先も消える闇の濃さに慣れてるからかな、時間は確かに夜なのに車内から見る景色は人工の光にあふれていて昼間よりチカチカして見えた。

「俺、夜の方が落ち着かないかも」

 見慣れなさ過ぎて山の闇が少しだけ恋しくなった。

「意図して闇を作ってる聖域と日常空間を一緒にするんじゃありません。忍ちゃんは神域が実家だから麻痺してるけど、現界してる神様が鎮座してる聖域なのよ?キミんち」

 ルイさんは嗜めるみたいに言うけどさ、特殊な場所だってのを忘れるくらい普通に生活してるからいまいちぴんと来ないんだ。

「神様って言ったって、寿人にぃの事じゃん!ありがたみがあんま無いって言うかさ、こう讃える気になんないんだけど」

「気持ちはわかんないでもないけどねー」

「ヒサト?誰だい?」

 こうぼんやりと車窓を眺めていたアレスさんに聞かれて思わず困る。

「俺の兄貴分1号で山神替わりに祭られてる人。国内じゃ3本の指に入る能力者だし尊敬してないわけじゃないんだけど色々問題も多い人なんだよ」

 いい感じにぼかしてしゃべったけど、けして俺は寿人さんは嫌いじゃない。むしろすごく好きだし仲も良いと思う。

 だけど「神は古来より幼女が好きだから俺がロリを愛でるのは定められし運命」とかリアルで公言して桐さんにぶん殴られるような人でもある。だから、今いち畏敬の念がわかないんだよなんて部外者に言えた事ではない。

「俺は親がいない分、山のみんなを兄弟みたいに思って育ったから、今日から俺を神様と思えとか言われてもピンとこないだけ」

 我ながら良く適当に言ったもんだよな。ま、嘘は言ってないからセーフだセーフ。空気読んだのかルイさんもニヤニヤしているが追撃はしてこなかったし。

 アレスさんもなんとなく聞いてみたかっただけなのか「そうなんだ」と返して深くは聞いてこなかった。

「あ、あれはタワーでいいのかな?」

「ん?」

 運転席と助手席の間から乗り出すように、顔をのぞかせたアレスさんの目線の先に赤い光が空へと突き抜けている。

「そうですよー。夜の東京タワーへようこそーってね」

 気がつけばそこはもと来た道だった。

 駐車場で車を降りるとうす暗い夜の空にそびえる鉄の塔は、昼の蒼天に鉄塊の威風と打って変わった柔らかい朱の光を空へと発していて、なぜか懐かしい気持ちにさせた。

「綺麗だな」

 そのまま空高く見上げたアレスさんの言う通りとても綺麗だった。

 二人してポカンと光の塔を見上げる。

「昼間には わからなかったが確かに力が集まっているね。だが…」

「なんか変?」

「いや、こんなに穏やかに集める事が出来るのだなと感心したんだ。確かにこれでは場所憑きではない浮遊霊は寄ってきてしまうんじゃないかな」

「だよね。俺もそう思う」

 惹かれる様に寄り添い漂うおびただしい霊子の光が、タワーの光をより強く感じさせる気がした。

 電子の無機の光と霊子の有機の光が一体となって見える…言葉では知ってたけど、こんなに綺麗に見えるだなんて思っても見なかった。


 でも、どんなに綺麗でも上がれず漂う霊の光だって事には変わりはないんだな。

 漂う霊は上がれなかった理由すら薄れてくると、いつか魂核ごと風化して霊子に返って散り散りにほどけてしまう。

 それまでは行きたい場所も思い出せないまま、それでもどこかに行きたい一心だけで漂い続けるんだ。

 地力を緩やかに集めるためとは言えタワーから発せられる優しく手招く光と波動は、生きてる俺達がみても心揺さぶられるんだ、闇雲に漂う彼らにはやっと見つけた灯台の光みたいに感じるんじゃないだろうか。

「ほらほら、子供みたいに見とれてないで行きますよ」

 入場ゲートから大声で呼ぶルイさんの言葉で我に返る。

「引率かよ」

「保護者ではないのだから」

 思わず二人して文句を言いかけてやめると、人気もないゲートまで走ってルイさんを追いかけた。


 上がった展望台からの景色は夜の道路を流れる光の束であふれていた。

「べっつに普通なんじゃね?京都タワーとあんま変わんないかな」

「はいはい。行った事も無いのに見栄はらない」

「ははは。京都タワーと言う物もあるのか、ぜひ行ってみたいな」

 外で見た感動と打って変わって、中はお客はまばらだけどそれなりにいる普通の観光地だった。

 昼との客層の違いは夜はカップルがほとんどなのが観光地らしいっちゃらしい。

「ルイさん、何時から始まんの?」

「んー。さっき下に到着ってリプあったからもう来るんじゃない?」

 展望台を一周ぐるりと回り終えると、スマホを片手にエレベーターホール前に陣取り、ソワソワしてるアレスさんを二人で生暖かく見守りながらそんな話をしていたときだった。

 エレベーター前にいた係員のお兄ちゃん達がエレベーター前へと立つと、それに気がついたカップル達も何人か集まってきた。

「ご来場の皆様にお知らせいたします。ただいまより、大隅神社によります月祓祭が行われます。祭事が始まりましたらカメラ、携帯等電子機器での撮影はご遠慮くださいますよう宜しくお願いいたします」

 狛犬宜しく立つ彼らが頭を下げるとエレベーターの扉が開く。

 烏帽子に白の礼装をまとった斎主が神饌を携えた二人の巫女さんと現れると展望台は歓声に包まれた。

 あっと言う間にできた人だかりに深々と一礼すると、最初から仕込まれていたみたいに道が開く。

「なんかすげぇ」

 最前列でスマホを構えて巫女さん撮りまくってる吸血鬼ってのも意味が分からんが、人だかりといってもまばらな隙間から見え隠れする彼らの姿にも脱帽した。

「あんたら撮られ慣れてるだろと突っこみてぇ」

「野暮は言わないの。ある意味プロよ彼ら」

 なんちゅうか、カメラどころか観客の存在すら目に入ってないかのような静かな佇まないといい、一瞬一瞬が絶対に絵になるような角度といいプロのモデルかよと突っ込みたい。

 こんな派手な観光地で月1,2回のペースで祭ってんだもんな意識してないわけないか。

「美しい!!」

 そんでもってあーいう外人が喜ぶと…

 神事ではあるけれど、ある意味お祭りみたいなもんなのかもなぁ、などと感心しつつ金魚のふんみたいにゾロゾロと参進について行けば、中空神殿こと天照大御神のおわす社についた。

 いつの間にやったのか四方を縄で区切り円座が置かれてる。

 斎主が座して笏を置いて一礼したら始まりの合図だ。

 いつの間にか戻ってきたアレスさんと三人並んで、観光客の背中越しに儀式を見守った。

「巫女さんいるのいいなー」

 神饌を献撤してる姿に思わずボソッとつぶやくとルイさんが小さく噴出した。

 うちは昔からの呪いがいくつも重なってる仕様で、何代か前の呪詛に「山の主と同じ性別しか山には入れず」ってのがある。

 目下の山の主はうちの変人兄貴なので当然野郎しかいない。うちに来ざるを得ないような女の人は別の修行場なんだよね。だからちょっとだけうらやましい。

「確かに緋色の服がよく似合う。そうだ君ならどちらがいいんだい?」

「えー俺?左かなぁ。アレスさんはよ」

「どちらもすばらしく美しいと思うよ」

「これが正しいリア充の模範解答ってやつだね。ちなみに個人的に聞かれたら君だよって答えるところまでテンプレだよー。覚えておきなさいな」

 余計なお世話である。

「ちっとはマジメに見てろよ。マジメに」

 睨んでやったがリア充と元リア充はニヤニヤするだけで、これっぽっちも睨みは聞いていない模様である。

 世の中は不公平だよな。

 ふいにアレスさんが左腕をあげて手首を見た。うっすらとパスが光っている。

「ああ。精霊態の所在を確認しているんですよ。許可証持ちで吸着してしまった者は救い上げて影響の無い場所まで連れて行くことになります。殿下ほど密度が濃ければ引っ張られることも、連れて行かれることもまず無いのでご安心を」


 儀式自体は簡単だ。

 タワーに寄り添う霊を神の社の前に集め、魂として鎮魂し上がる手助けを祈るんだ。

 祈祷の静かな声が展望台に響く。

 祝詞に合わせて魂の光が集まってくるのが、多少でも霊力があるなら見えるだろう。開帳された社の前に呼ばれ吸い込まれては、祝詞に応じた神と呼ばれる力に背を押されてさ迷い続けた霊が空へと返っていく。

 ゆっくりと光が減っていくと祝詞は終わりだ。

 最後の斎主坐礼に合わせてタワーの職員も頭を下げると、一様にみんなが頭を下げた。

 強力で上がらないような霊はこんなとこ来ないが、上がれない事情は色々あるだろうけど、霊核が磨り減って風化してしまえば上がれないどころか魂の輪廻には帰れなくなる。

 それを良しと出来ないのは生きてる側の気分と事情だって分かってるけど、それでも神様に慰撫されて天に帰してもらうんだと聞けば神妙に頭を下げてしまうから不思議だ。

 社が閉扉されると見守った観光客に一同が礼をして、またそれに合わせてみんながお辞儀を返す。

 オッサンはそれに合わせていつもの十字を切っていた。

「一応、あれはありなのかい?」

 神事に教会式の礼の事を言ってるのかな?なんとなく聞いて見ただけなのか、撮影OKになった空気にしまっていたスマホを取り出しながらそんなことをアレスさんが俺に聞いた。

「いいんじゃない?日本は神様一人じゃないし。つか、なんにでも神様いるし気分の問題だよ。言葉で言うなら安らかにってことじゃん?だったら祈る相手ややり方なんてどんなのでも一緒だし」

 とまあ、普通に答えたつもりだったのだけど…

 目を見開いて巫女さんの帰る姿撮るのも忘れてこっち見るようなことだろうか。てか、驚くことか?

「日本式の考え方は欧州じゃ一般的じゃないって教えたでしょうが」

 ルイさんに小突かれたがここは日本だっての。日本式?考え方で何が悪いのか問いたい。

 なんだか微妙に微笑まれた後、構えそびれたスマホをポケットにしまうとアレスさんは満足げに笑った。

「とても良い物が見れたよ。ありがとうルイ」

「いえいえお礼でしたら彼らに。元々、不定期イベントなんでスケジュールには載りませんが、タワーの隠れ人気イベントなんですよ」

「本当にこの国は心霊事に大らかなんだな」

「そうでもないよー。普通にビビられたり怖がられたりするし」

「殿下、忍ちゃんの普通は一般の普通ではありませんので本気になさいませんよう」

 なんでだよと言いたいが、微妙に自覚があるだけに言い返す言葉がない。ほんとにやなとこついてくるおっさんだな。

「さて、では下で休憩したらホテルまでお送りしましょう。忍ちゃんはおじさん家泊まっていきなさいよ」

「…店舗を見ても構わないだろうか?」

 どうぞとばかりにルイさんが店へ連れて行くと、物珍しそうに奥へと進むアレスさんについていこうとしたルイさんを引き止めた。

「時間的に帰れない?俺」

「ああ、帰れないこたないけど。たまにはいいんじゃない?泊まっていきなよ」

「えー、ヤッパリ帰りたいよ。夜がこんな明るいと落ち着かないし」

 店のそばの手すりでアレスさんを待つ。

「そうかー、なら忍ちゃん最初に降ろすか。殿下もホテルは品川だって言ってたし」

「駅まで送ってくれんの?ラッキー優しいじゃん珍しく」

「お前さんは本当に一言余計なちびっ子だね」

 ニヤニヤしながらどつかれても痛くもないわけで、ここは大人しく甘えて送ってもらうことにした。

「…待たせてすまないシノブ、ルイ。…その」

「あ、おかえりーす。面白いもんみつかりまし…た?」

 戻ってきたアレスさんは困り顔で少女を一人つれていた。

「でっ、殿下!」

「待て待て!あんた何憑けてんだよ」

「その、気がついたらここに居て」

 アレスさんのジーンズをギュッと握ったまま女の子は俯いていた。

 時おりかすかに輪郭のぶれる体、表情のない目、そしてなにより汚れた裸足の足、どう見ても幽霊です。

 吸血鬼が幽霊に憑かれるなんてありなのか?呆然としてるルイさんを見る限りアリじゃないんだな。

 お祓い終わってなお姿を現すとか、どういうことよとか言いたい事はいっぱいあったが、俺達はとりあえずタワーを速攻で連れて降りることにしたのだった。

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