002
駅の構内を埋め尽くす人、人、人。
「階段上がったら乗り換え13番、階段上がったら乗り換え13番」
手渡されたメモを呪文のごとく繰り返し、たどり着いた人生初の関東は目眩がするほど人で溢れていた。
どっからあんなに沸いて出てくるのか問いたい。
本当に問いたい。
駅の改札を通るところでうろたえた俺に不安を覚えた伊神のじいちゃんが、京都の新幹線乗り場まで送ってくれなかったらたどり着けなかったかもしれない。
一応俺の名誉のために言っておくが電車くらい乗ったことはある。
ただ忘れていたんだ。
京都も奈良も観光地だったってことを、テレビの向こうの関東はいつだって人にあふれていたことを。
デカい鞄と人混みに挟まれ、押し流されるままたどり着いたホームでへたり込まなかった自分を誉めてやりたい。
立ち止まる隙もなく流されただけともいうが。
でももう無理。人ごみに息が詰まりそうだ。
一度ベンチででも落ち着こう。
「平坂君!」
キョロキョロと空いた椅子を探すうちに幻聴まで聞こえてきた。
成田空港なんて、こんな場所で知ってる奴なんていないはずなのにヤバイのか俺。
幻聴に頭を振ってなんとか顔を上げると、視界の端に手を振っている男が見えた。
「こっちだよ。本当に君が来たんだなあ」
改札から逆走して走りながら手を振るスーツのおっさんには見覚えがある…
けど誰だっけ、まさか幻覚じゃないよな?そこまで消耗してるわけじゃないよな?
幻覚は俺の前まできちんとやってきて消える気配は無いようだ。
「磯谷だけと覚えているかな。本社で一度会ってるんだが」
「えーと、もしかして入国管理局の人?」
「そうそう。犬塚君から岩邦君の代わりに君が来るって連絡貰ったんだ」
うぉぉぉぉっ!知ってる人だぁぁぁ!
奇跡だよ奇跡! ヤバイよマジで感動で泣きそうだ。
回数自体は本当に2,3回しか会ったこと無いけど、この人間ジャングルの中で知っている人に出会えるなんて本当に思っても見なかった。
「ん?桐さんが?」
「あぁ。駅まではたどりつけても事務所までたどり着ける保証が無いから拾って欲しいと」
なんだよもう、なんだかんだ言って桐人さんはおっかないけど優しいよな。
緊張がゆるんで本気でへたり込みそうになったが足に気合入れて我慢する。
さすがにこれ以上あの人の顔をつぶすのは俺だって嫌だ。
「それで早速ですまないが、君については死者が専門と聞いていたんだが大丈夫かい?」
「はい。上位レベル帯は全員、覚えるまで審査と許可は練習させられるから出来ます。身内以外に実践するのは初めてだけど」
ここは胸を張って答えておく。
磯谷さんの息をついて安堵した顔に、俺はちょっと得意になった。
「では早速ですまないが、飛行機が到着してしまっているんだ。事務所に戻る暇が無い」
「大丈夫です。ダウンジングとかしなくても構内の地図さえあればなんとかいけます」
「分かった。とりあえずコレで」
小走りに改札を抜け、そのまままっすぐに進みながら途中のスタンドからパンフを抜き取り渡された。
何人が座るのか知らないが、ずらりと並んだソファ郡まで来ると俺はいったん座って貰った地図を広げる。
荷物なり、人間なりを特定するにはいくつかの方法がある。
一番誰でも出来る方法がダウンジング。ちょっと時間がかかるし、大まかな場所しか特定できないので飛行機の座席で特定するときにしか使わない。
通常、俺達が一番良く使うのはアンカーソナーと言っている探査術で、広範囲にレーダー探査を行いその場で一番高出力の力を見つけて追跡する方法だ。
探査用の神体に力を通してレーダー領域を地図上に展開して、地図上に能力値の高い魂を視認できる状態にする。
そこから、許可証持ちと低出力者を消して高出力者のみを残して、一番出力の高いのが犯人ってわけだ。
「サテライトの範囲ならいいんだか、本館の手荷物は少し遅らせてもらえるよう手配はしたから、到着ロビーも範囲に入れてくれ。入国の審査は始まってしまっている」
「了解」
本当なら飛行機の場合は到着する前に範囲を張って待ち受けて、入国審査のときに別室に呼んで処理をするんだけど、到着してるってことは探査が間に合わなかったら、最悪出口で確保だ。
そうなると人目もあるし、理由付けて連れて行くのは大変らしいんだよね。
鞄からセットを取り出してさっそく神体を抜き出すと膝にバサッと何かが落ちた。
なんだこのパンフ邪魔だな……
それは今俺が手にしている成田空港のフロアガイドと同じものだった。
それさえあれば事前に範囲を張って置けるわけで、俺の範囲指定距離は地図式なら30kmまでいけてたはずで………
「いますぐやります!だからこれはっ」
「…確保さえ出来れば当局の関知することではないでしょう」
「ありがとうございますっ」
ぐっと握りつぶして見なかったことにしておこう。
磯谷さんありがとう。
桐人さんに移動時間中に鞄チェックしたのか聞かれたらもちろんって答える為だったら、全身全霊でレーダー飛ばすぜ。
親指サイズの神体を握りこんだ拳を腹に押し当てる。
魂を心臓に循環している霊力を流し込むと、神体が結界侵入時に残された霊体紋痕にアクセスする。
霊体紋は魂の指紋みたいなもので個体毎に違う。
結界の突破痕に霊体紋はっきり残ってくれれば結界に特定させるとかも出来るんだろうけど、そこまで精密じゃないから手作業で発動する前に処置するしかないんだ。
膝に広げた地図の上に楕円形の光が広がり一瞬光の点で埋め尽くされた。
一つ一つが魂だ。
調整して感度をあげていけば光点は数えるほどに減っていく。
まずは許可証持ちのリンクを解除。
霊体紋でサーチをかけるとページ上すべての光点が消える。
「サテライトにも二階にもいないです」
「なら一階か。現在位置を特定してくれ。本部より到着ロビー班、対象確保準備」
小声で無線に指示を飛ばすのを聞きながら、俺はめくったページで見つけた光る点を目で追いかけた。
「いました!ここです」
「構内確保出来そうだな」
該当を示す光点が一つだけ、パンフレットの税関検査の文字を隠すように光っていた。
俺の指さした先を一瞬凝視して磯谷さんが固まった。
「いかんっ出口だ。ロビー班Bゲート急げ」
「待った磯谷さんっ」
弾かれるように走り出した磯谷さんに釣られて俺も立ち上がる。
特定もしてないのに行ったって誰か分かるはずもないのに待ってくれ!
「疲れるとか言ってる場合じゃねぇ」
俺は目を閉じて探索モードを地図から感覚に切り替えた。
検索結果が一度廃棄され体全体を覆う霊体をレーダー変わりに新たに広げる。
自分の体が急激に広がっていく感覚に吐き気がするが無視だ無視。
有機物、無機物が広がる俺の霊体にぶつかっては取り込まれていく。
「くっそ何処だ」
神体の霊体紋に集中してエリアに入り込まれた霊体を選定していくが人が多すぎる。
違う、こいつも違う、こいつも!こいつも!こいつもっ!
ええええい!何人いるんだよ!ここにはっ!
「いってぇ!」
広がり続ける霊体を邪魔するようにガリガリと塊が先端にぶつかった。
魂の密度が濃い高レベル霊能者の特徴だ。
「こっちだ」
痛みを感じた場所から拡張を止めて方向を確認すると、俺は大きくBと書かれた看板に向かって走り出した。
濃い灰色の服を着た人を目が視認すると手の中の神体が一気に震えだす。
「ちょっと待って!」
掴んだ腕から確かに感じる霊体紋、手の中で照会を終えた神体が塵に帰った。
よっしゃ!ビンゴだ!
「あのっ、あの、悪いんだけど」
なんとか声をかけて見上げたそこには俺を見下ろす灰色の瞳。
金髪だったりなんか全体的に白っぽい顔の若い男が不思議そうに俺を見ていた。
「………」
「………」
やばい、めっちゃ見られてますが俺。
いやいや落ち着け俺。
妙な色の目や髪やら白い顔なんてよく見てんだろ俺。
いやまて、あいつら全員、死人か人外だ。
もしコレが生きてる人間だとしたら…
まさか、外国人?英語とかで喋るあの?
「何か?」
うぎゃー!なんかしゃべった!コレどーすんだよおいっ!
焦りも頂点の俺の口から馬鹿丸出しの言葉がこぼれていった。
「あー、えーと、ハ、ハロー?」
「ひっ、平坂君!日本語だよ日本語っ」
へ?
いつのまにか俺の後ろに息を切らした磯谷さんがいた。
「英語の方がよければ変えますが」
「いえ、それには及びません。突然申し訳ありませんでした」
到着Bロビー。
出迎えと到着が入り乱れる人ごみのど真ん中で、俺の頭は機能を停止した。
「日本の空港では客引きはそれほどいないと聞いていたのだが」
「客引きではありません」
磯谷さんがポケットから証明証を差し出してみせる。
「私は入国管理局の磯谷と申します。お客様の手荷物の事でお聞きしたい事があり声をかけさせていただきました」
「声?」
俺に掴まれたままの腕を上げて男は面白そうに磯谷さんに見せてそう言った。
あわてて離すとつかの間、気まずい沈黙。
「ゲートではなにも言われなかったのだが」
「……本来でしたら入国審査の際にお声をかけさせていただくのですが、手違いがありまして申し訳ありませんでした」
スルーしたぞこの人、てかこの状況で普通にしゃべれるとか社会人すごい。
「あくまでお荷物の確認だけなのでお時間は取らせません。ご同行いただけないでしょうか」
外人さんは少しだけ考えた後、疑うでもなく笑って快諾してくれた。
「まぁいいでしょう。特に急ぐ旅でなし、それに少し面白そうですしね」
「ありがとうございます」
もうさ二人して90度お辞儀したよ。
外人さんいい人だ、そして磯谷さん本当にありがとう。