書く恋慕
下駄箱の中に便箋が入っていた。
可愛らしいピンクの便箋で、ハートのシールで封がされている。
差出人の名前は分からない。
形状からして…、ラブレターだ。
本物だろうか?誰かのいたずらじゃないだろうか?
キョロキョロして周りを窺う。
誰かが隠れて俺を見ている、というわけでもなさそうだ。
だが何時までもこれを持っているのはまずい。
そう思って俺はその手紙を鞄に仕舞った。
家に帰って中を見る。やはりラブレターだった。
内容は「手紙でごめんなさい」から始まった。
窓からいつも俺を見ていたという内容が書かれている。
何時の日からか、俺の事が気になり始めたとのこと。
そして、少ない友人を頼って俺のところに手紙を出した、ということだ。
…なんかストーカーっぽい。
そう思って手紙をたたむと裏面になにか書いてある。
私の事を知らないとお返事が頂けないでしょうから文通をしませんか?
返事を出す場所は俺の下駄箱だった。回収するところを見ないでほしいとのこと。
文通って…。いや、まあいいんだけどさ。メールでもいいんじゃね?とは思う。
あと俺の下駄箱に自分で手紙入れるのも恥ずかしい。
いたずらの可能性もあるがそれはそれで良いだろう。話しのネタにもなるし。
と言うことで文通が始まった。
内容は他愛もないこと。今日何があったとか、何をしたとか、何を食べたとかだ。
返事は楽しそうとか、私も行きたいですとか、そう言った相槌ばかりだった。
相手の情報はあまり来ない。でも、嬉しそうに手紙を書いてくれているのがなんとなくわかる。
一ヶ月も文通は続いた。三日坊主の俺がこんなに続くなんて思わなかった。
そして俺は相手の事が知りたくなった。いつのまにか手紙の相手が俺も気になり始めていたのだ。
だから手紙を出す時、隠れて見ていることにした。
部活が終了する時間になってもまだ手紙は回収されない。
もしかして先生なのか?と疑念を抱き始めたころだ。
女子生徒が手紙を回収した。俺のクラスメイトの女子だ。
あの子が?と思い声を掛けようとするがその子は走り出した。
俺も急いで後を追いかける。
見つからないようにある程度距離はとる。この暗くなってきているので変質者に思われかねないからだ。
そうして尾行した先は俺の通学路の近くにある病院だった。
なぜ病院?と首を傾げる。
受付での会話に耳を済ませる。どうやら常連らしい。でも規則だからと、一応案内している。
ありがたい、おかげで目的地が分かった。部屋は401号室だそうだ。
俺はその子の後を追いかける。さも面会者ですよ、という顔をして。
401号室に着く。中からは女の子の声だけが聞える。
どういうことだ?と考えている内に「じゃあね!」と声が聞えた。
俺は慌てて隠れる。足音が聞こえなくなるまで物影に潜む。
エレベーターの開閉音が聞えたので俺は物影から出る。
401号室。そこには女の子の名前が書いてある。
コンコンっとノックをするが返事はない。
ゆっくりと俺は扉を開けると女の子がベッドからこちらをみて驚いていた。
顔を赤くして口をパクパクしている。
そしてバタバタし始めて、最後に紙とペンを取り出して「見つかってしまいましたね」と書いた。
少女の喉を見れば手術痕がある。
最近手術したんだそうだ。もう二度と声が出せないらしい。
声は出せないけど、色々な話をした。
俺のどこが好きなのかとか。
何処に住んでいるのかとか。
好きなものはなにかとか。
面会時間が大幅に過ぎている上げく、無断で着た俺は看護師さんにこっぴどく怒られた。
次からはちゃんと受付を通って来い!と言わた。
俺は思うのだ。
普段は言葉で意志の疎通をしている。そのせいで見えない何かを見落としているのではないかと。
言葉では伝わらないものって言うのは沢山ある。人はなまじ言葉があるから見落としてしまうのだ。
相手の仕草とか表情とか。そう言った物をだ。
俺は文字で相手を知った。文字にも色々ある。嬉しそうに書く時、哀しそうに書く時。
文字にも表情はあるのだ。メールでは分からない。そういった類のものが。
そう言った物は隠れている。しっかりと探さないと見つけ出せない。
それを見つけ出すのはかくれんぼみたいなものだ。
俺はそれを見つけることが出来た。自分の中の恋心も見つけ出した。
文通から始まった恋。隠れた恋を見つけ出した恋。
最初は好きな人の事を人に隠すもんだろ?
面と向かって言える奴と違って恋文を書く奴は恥ずかしいのだ。
だから隠れる。手紙に思いを乗せて隠れるのだ。
俺はそれを書く恋慕。
なんて勝手に呼び始めた。
ま、文字に限らず隠れた想いを見つけてやれってことだ。