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二章 (2) 力場の嵐



 イブンが商人だというのは、思った以上にありがたい幸運だった。二人が持参した砂金や銀を、出所を明かさずに貨幣に替え、新しい服を調達してくれたのだ。もっとも、ちゃっかり手数料は引かれたが。

 イブンの娘たちは物陰からこそこそと様子を窺っていたが、誰も客人に近づこうとはしなかった。髪の色で騒がれないことをカゼスが不思議に思っていると、イブンは笑って種明かしをしてくれた。

「朝、起きたらおまえたちが居間にいたんでな。夜中に訪れた魔術師の友人だと説明しておいたんだ。あの青い髪はまやかしで、ふざけて術をかけたはいいが解けなくなっただけだから、訊いたり言い触らしたりしてやるな、ってな」

「……そりゃ確かに私はへぼですけど」

「気にするなよ。昨今魔術がうまく働かないことは、子供でも知ってるさ」

 とまあ、そんな次第で。

 服を着替え、作法を教わりながら夕食を共にし、その後エイルと二人でひとつの広い客間に通されてから、ようやくカゼスは「さて」と次の問題に向き合うことが出来た。

「何から手をつけますかね」

 そう言ってから、ふと、『狭間』での出来事を思い出す。それをエイルに告げようとしかけ、思い直して口をつぐんだ。

(あの大魔術師ファルカムが、私の人生の裏で糸を引いていた、とでも言うのか?)

 我ながら信じられない。突拍子のない幻想のように思える。天の啓示を受けたと吹聴する誇大妄想の病人にでもなった気分だ。いっそ夢だったと思いたいが、記憶はくっきりと鮮明だ。あの老人の穏やかだが鋭い目、何かを知っているような微笑、そしてこちらに手を挙げた時の『力』の動き。

 意識の楔を砕かれた時の衝撃がまざまざと蘇る。今のカゼスの魔術をああも容易く打ち消すなど、並の魔術師では不可能だ。即ちあれは本物のファルカムに違いない。とすれば、五年前のあの遭遇と言い、彼がカゼスの人生に深く関っていると考えても無理はない。

(でも仮にそうだとして、いったい何の益があるって言うんだ? 彼はデニスの人間じゃないんだから、こっちの歴史に関与させて何になる?)

 考え込んだカゼスに代わり、「何はともあれ」とリトルが提案した。不測の事態に備え、声量は聞き取れるぎりぎりまで小さく絞っている。以前のように精神波で会話すれば安全なのだが、エイルにも聞き取れないのでは不自由だから、仕方がない。

「まずは状況把握からでしょう。今現在の政治形態や各国の情勢、それに魔術が使えないと言っていたことも気にかかります。エイルさんには好きなように歴史を調べて頂いて構わないでしょう。カゼスの監視は私が行いますから」

「そうだね」エイルはあっさり同意した。「私が四六時中張り付いていては奇妙だし、何がどう転ぶかなんて分からない。むしろ君の方がこうした異世界でのやり方に慣れているんだから、私が君に見張っていて貰わなきゃならないかも知れないな」

 言葉尻で苦笑し、エイルは丸眼鏡を押し上げた。フレームを古い時代のものに作り替えてあるので、ずり落ちやすいのだろう。カゼスはそれを見やり、不可解だとばかりに言った。

「視力矯正を受けてから来られたら良かったのに」

「それも考えたんだがね。私の顔というのはどうも、眼鏡がないとしまらないんだ」

 冗談なのか本気なのか、エイルはそんな答えではぐらかす。カゼスは目をしばたたいたものの、まあいいや、と話を戻した。

「それじゃあ、しばらくはクシュナウーズ……違った、イブンさんから、その手の情報を聞かせて貰いましょう。外をうろうろするのはまだ危ないでしょうからね。それで、帝国時代について勉強しているっていう人が見付かったら、エイルさんはそちらから話を聞いて下さい。何か、私がここに呼ばれることになった原因の手掛かりが見付かるかもしれない」

 そこまで言ってから、カゼスはふとリトルを振り返った。

「魔術が使えないって? そんなこと言ってたっけ?」

「言ってましたよ。まったくあなたときたら迂闊なんですから。注意力散漫ですね、人の話はちゃんと聞きなさいと……」

 小言を繰り出しかけていたリトルは、そこで不意に黙り込んだ。いつものように苦い顔で聞き流していたカゼスは、はてな、と目をぱちくりさせる。それからあっと思いだし、エイルの顔色を窺った。そうだった、ここにいるのは禁制新種取締委員会の一員だったではないか。その眼前でリトルヘッドらしからぬ言動を露呈するなど、命取りになりかねないというのに、なんたる迂闊。

 さすがにエイルも驚いたらしく、目を丸くしてリトルを見下ろしていた。が、ややあって彼はふきだし、肩を震わせてくすくす笑い出した。

「いつもこうなのかい」

「ええ、まあ」

「このリトルヘッドが君につけられてから、およそ二十年もの間、ずっと?」

「……ええ」

「一日中?」

「…………」

 カゼスは答えず、ため息をついた。他人事なら笑い話だろうが、二十年近く小言の波に洗われ続けてきた浜の小石としては、まさに身の擦り減る思いをしてきたのである。少しは同情して貰いたい。

「面白いね」エイルは目尻の涙を拭って言った。「私はそちらの専門家ではないが、リトルヘッドがこれほどの個性を、しかも精神素子の母体である人物とはかけ離れた性質を示すというのは、珍しいだろうね。あるいは君の内にもこうした面があって、それがたまたま眠っているだけなのかも知れないが」

「やめて下さい。私はこんなに口うるさくありません」

「可能性としては否定しきれませんが、しかしカゼスに一万分の一でも私と同じ素質があるのなら、もう少し私も言語回路にかかる負荷を減らせる筈です。何かの手違いで実際には別人の精神素子が使われたという可能性の方がまだ高いでしょう」

 カゼスの三倍長い台詞でエイルの仮説を退け、リトルは合成ボイスでため息をついた。毎度のことながら、カゼスは奥歯を噛みしめ、このいまいましい機能をつけた開発者を心底呪った。妄想の中でリトルを大砲に詰めてぶっぱなし、青空の彼方にきらめく真昼の星に変えてから、カゼスはせいせいした気分で座り直した。

「とにかくまぁ、そういうことなら、ちょっと力場を調べてみるよ」

「……カゼス。今、変なこと考えませんでしたか」

「まさか。精神統一してただけさ。はいはい、邪魔しない邪魔しない」

 手を振って軽くいなし、まだ何か言いたそうなリトルを黙らせる。珍しくもささやかな勝利感を味わったのも束の間、カゼスはすぐに自分で言った通り、精神を鏡のように静かに落ち着かせ、目を閉じた。

 物質界を意識から締め出し、精神界に潜る。第四惑星の高レベルな力場には馴染みがあるが、なにしろ五年ぶりだ。用心は怠らず、そっと静かに、少しずつ精神を開いて力の流れに乗せていく。

 ――が。

(何だ……いったい、何がどうなってる?)

 カゼスはぎくりとし、ぐるりを見回した。以前あれほど輝きに満ち、力強く拍動し、澱みなくうねり流れていた力が、今はまるで様変わりしていた。

 のっぺりとして、何の動きも、一筋の光さえもない。油絵具を幾層にも重ね塗りして作られた闇のように、真の闇でさえなく、深度がまちまちの暗さがそこかしこに澱んでいる。目を凝らすと、おびただしい生物の死骸が上にも下にも果てしなく続いているのが見えてきそうな、不吉な闇と静寂。

(信じられない……)

 カゼスはおののき、我知らず己の身を守る防壁を厚くした。と、直後、キラリと意識の隅で何かが閃いた。

 あっと思う間もなくすべてが崩れ、猛烈な嵐がカゼスを打ち倒した。

 輝くのは稲妻。風は吼え、波が猛りおめきながら砕け散る。

(何なんだ、これは! こんな状態……これじゃあ、魔術なんか使えっこない)

 自我を吹き飛ばされないよう、力を振り絞って意識をつなぎ止める。いくら自分の精神が高レベルの力を扱えると言っても、ここまで暴走しているものを利用することなど不可能だ。カゼスはなんとか自分の立つ場所を確保すると、ほっと息をついて、暗い世界を眺め渡した。

(このせいなのか。だから、呼ばれたのか)

 頭痛がした。ファルカムでも誰でもいい、人生の裏で糸を引いている誰かは、これをカゼスに何とかさせようとしているのか? 死ねと言うも同然ではないか。

 鈍い怒りが込み上げる。だが、それ以上自分のことにかまけてはいられなかった。

(助けて!)

 悲鳴が聞こえ、カゼスはハッと我に返った。同時に精神の手を伸ばし、暗い波の間に一瞬浮かび上がった意識を素早く捕まえる。魔術師長だった五年の間に身についた、条件反射だった。『狭間』に呑まれた新米魔術師たちを、数え切れないほど救助してきたからだ。

 カゼスの作る安定した『場』に引き上げられたのは、少年の意識だった。

(ごめんなさい)

 謝罪した声は弱々しく、姿は今にも消えてしまいそうに薄くなっている。すぐにも肉体に戻さなければならないが、この力場の荒れた中で帰り道を開くのは困難だ。

 カゼスは瞬き一回の間だけためらい、すぐに心を決めた。他者の精神に無断で潜り込むようなものだが、この際細かいことを言ってはおれない。精神の糸を手繰り出し、少年の意識をしっかりとつなぎ止めていく。素早く、精緻に。

 じきに少年の精神はしっかりと安定しはじめた。輪郭がはっきりし、色彩と光が戻ってくる。カゼスが様子を見ながらゆっくり自分の精神を引いていくと、少年はゆっくり瞼を上げ……そのまま、限界まで目を見開いた。

(ラウシール様!?)

 カゼスはどう答えたものか迷い、曖昧な表情になる。この少年は、ここに精神があるということからして入門を済ませた魔術師だろう。そうでなくともラウシール伝説が健在であるのに、『長衣の者』が抱く始祖への先入観はいかほどだろうか。

 カゼスが何とも応じないので、少年は不安げな表情になった。カゼスはちょっと頭を掻いて、さてどうしようかな、と明後日の方に意識をそらす。

 幸い丁度良い具合に、嵐の向こうから少年を呼ぶ声が届いた。

(……ジー……)

 若い女の声。少年がぱっとそちらを振り返る。カゼスは周囲の力場の荒れ具合を確かめ、よし、行ける、と判断した。相手が呼んでいるのなら、一方だけから道を開くよりはずっと楽に済む。

(もってくれよ)

 祈りながらカゼスは、呼び声に向かって手を掲げた。防壁がわずかに開かれ、その隙間をめがけて激しい力のうねりが襲いかかる。カゼスはそれらの流れにまともに立ち向かうことはせず、素早く流れを逸らせていった。

 瞬く間に、まっすぐな光の道が暗雲を割って伸びて行く。少年が感嘆するだけの猶予も与えず、カゼスは彼の精神をそこに乗せて飛ばした。

(ラジー!)

 呼び声の主が手を伸ばし、少年を引き寄せる。光の道が消える寸前、カゼスは相手の姿を見た。

 目と目が合い、意識と意識が瞬間に共鳴する。

(知っている)

 互いを。何かを。過去、現在、未来を。

 だがそれは刹那にすぎなかった。雷雲が再び世界を閉ざし、黒い海が不機嫌に唸って渦巻き始める。

 これ以上は危険だ。カゼスは軽く頭を振って再び精神統一し、素早く物質界へと戻って行った。


「大丈夫?」

 毛布にくるまって熱い茶をすすっている弟子の横に座り、セレスティンはそっと相手の肩に手を置いた。ラジーはようやく赤みのさした頬に、申し訳なさそうな微笑を浮かべてうなずく。

「すみませんでした。僕……」

「気持ちは分かるわ。魔術が使えない魔術師なんて、あまりに辛いもの。あなたと同じように、少しでも何とかならないかと、危険を承知で『力』に触れようとする人は少なくない。あなたよりもっと、分別があって然るべき人であってもね」

「……すみません。本当に、無分別でした」

 萎れてしまったラジーに、セレスティンは優しい笑みを見せた。

「反省しているのなら、もう二度と無謀なことはしないと約束して。少なくとも、私の目を盗んで魔術を使おうなんてことはね。無事だったのは奇蹟的なことよ」

「はい。僕も、もう駄目だと思いました。あれは……セレスティン様、あれは本当にラウシール様だったんですよね?」

 ラジーは顔を上げ、すがるようにセレスティンを見た。死の一歩手前まで行ってしまったものだから、自分の頭がおかしくなったのではないかと恐れているのだ。

 セレスティンは弟子を安心させてやりたかったが、彼女自身もかなり、自分に対して懐疑的になっていた。

「分からないわ。確かに、精神界での姿を偽装することは難しいし、私もあれは……ラウシール様なんだと思うけれど。でも、確証はないから」

「あんなことが出来るのは、ラウシール様しかいないと思うんです」

 ラジーは無意識に胸に手を当てていた。力の波に翻弄されて消滅しかかっていた精神をつなぎ止めてくれた、温かく優しい精神の糸。まだその切れ端が自分の中に残っているような感覚がした。

 問うまなざしを向けたセレスティンに、ラジーは苦笑で応じる。

「ラウシール様にしては随分、なんて言うか……普通の人みたいな感じでしたけど」

 精神界での遭遇は、物質界でのそれよりも、互いの本質を察知しやすい。だが、あの時同じ『場』にいた青い光をまとった人物は、決して伝説の聖人には見えなかった。思い描いていたどんなラウシール像とも一致しない、ただ当たり前の存在。セレスティンも失笑し、ごまかすように咳払いした。

「そうね。とても身近な……よく知っている人のような感じがしたわね」

 そこでふと、遠い目をする。

(知っている)

 目が合った、あの一瞬は何だったのか。

(あの感覚は……そうだわ、いつか嵐の晩に感じた気配と同じ。でも、もしそうなら、ラウシール様が私個人に何らかのかかわりを持っている、という事になる。そんな話、到底信じ難いわ)

 奇しくもカゼスがファルカムに対して抱いたのと同じ疑問を、セレスティンもまた、カゼスに対して抱いていた。伝説的な大魔術師ラウシールが、現状に何ら打つ手を持たない憐れな後継者に力を貸してくれるというのなら、歓迎すべきではあるのだが。

 考え込んだ師の横顔を、ラジーがじっと見つめている。セレスティンはそれに気付くと、微笑みを浮かべた。

「もし本当にあれがラウシール様なら、私たちはとても貴重な経験をしたと言えるわね。でもまだ、誰にも話しては駄目よ。救い主を求める人が早合点したら困るから」

「そうですね。エンリル総督の耳に入れたくもありませんし」

 ラジーの返事に出てきた予想外の名前に、セレスティンは一瞬、たじろいだ。ラジーはそれには気付かず、言葉を続ける。

「この前も皇帝の墓所での集会に『長衣の者』が出ていたってこと、わざわざ言いに見えられたぐらいですから、ラウシール様が現れたなんて言ったら、僕らが反逆者扱いされかねませんよね。総督はデニス帝国再建の動きにピリピリしてらっしゃいますから」

 そこまで言い、ラジーはふと首をひねった。

「不思議ですよね。どうして総督はあんなに歴史や伝統を毛嫌いされるんでしょう? 皇家の生まれで大エンリルのお名前を貰って、総督の地位にあるのに、デニスの土地そのものを憎んでいるみたいに見えます。だからって王国に忠誠を誓っているようにも見えませんけど」

「だからこそ、かもね」セレスティンは肩を竦めた。「自分が『小エンリル』呼ばわりされるのが嫌なんでしょう。あるいはデニス人が皆、過去の栄光にしがみついているように見えるのかも。とにかく独立心が強くて、他人にも厳しい人だから」

 矜持の強い幼なじみを見ていると、時折ふと、レントでもデニスでもない新しい国を作ろうとしているのではないかと思わされる。自ら皇帝たらんとしているかのように。つまりはそれだけ、己が己の運命の主でありたいと望んでいるのだろうが、それが自分一人の身の上で完結せず、他者をも巻き込むのが厄介なところだ。

「まあ実際のところ、デニス独立運動が現実味を帯びてきたら、私たちもいい迷惑ですものね。エンリルが頑張るのを止める必要はないわ。ただ……本当にラウシール様がこの地にふたたび降り立たれているのなら、なんとかしてお会いする方法を探らなくてはね。私たちだけでは、現状をどうすることも出来ないんだもの」

 そこまで言い、セレスティンはふとため息をついた。彼女自身はレント王国に征服されたレクスデイル王国の出身であり、デニスというこの土地にはあまり思い入れがない。ラウシールがその創建に力を貸したという点を除いては。

 レクスデイルでさえ、生まれた時にはもうレントの属州であったし、幼くしてエデッサに連れて来られたため、自分の帰属する故郷だとは思えなかった。強いて言うならば『長衣の者』というつながりそのものが、彼女の血肉をなす故郷だ。

 だからこそ、その存続が危ぶまれる現状の打開は何にもまして重要な課題であり、各国の独立を求める声などは、騒音以外の何物でもなかった。

 知らず眉間に皺が寄る。その物思いを破ったのは、ラジーの素朴な質問だった。

「でも、どうすればお会い出来ますか?」

「そうなのよね」

 意気込みで膨れ上がった袋が楊枝の一突きで弾けたように、セレスティンは思わず苦笑をこぼした。

「それが当面、一番の問題になりそうだわ」


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