二十三章 (1) 思いに区切りを
草の海が波打ち、うねり、ざわめいた。強い風が地平の彼方から駆け抜けてゆく。
目を閉じると、そこは五百年前と変わらないように感じられた。草と木のざわめき、乾いた風と日向の匂い。
風化して端の崩れた墓標の前に、カゼスは一人じっと佇んでいた。
偉大な皇帝とその片翼が眠る場所にしては、それらしい建造物もなければ庭園すらもない。だが空気は寂寥というよりも静穏であった。泉からこぽこぽと流れ出るせせらぎの歌、風にそよぐ大樹の梢、それに、山のように供えられた花々のおかげだ。
この環境も、生前の彼らが望んだ形のままに残そうという、土地の者たちの断固たる決意の賜物だった。その証拠に、今カゼスが振り返って目をこらせば、後にしてきた賑やかな街の影が小さく見える。そこからここに通じる道は、昔ながらの羊飼いの小道だけだが、“聖域”の外には、土産物屋だの宿屋だの飯屋だのが立ち並び、参拝客と物売りと詩人たちでごった返していた。
今は、新しい長が挨拶に行くのだからと、街の警備兵に人払いを頼んであった。いささか後ろめたくはあったが、せっかくエンリルが話を通しておいてくれたのだし、こんな時にこそ使わないで何の特権か、とケイウスが手配してくれたのだ。それに、一部にはもう新しい長がラウシールだと知れている。墓前で、そこに眠る者そっちのけの大騒ぎになっては、異世の二人に申し訳が立たない。
実際、人がいないと墓所はとても静かだった。
「……来るのが遅くなって、すみません」
小さく、ほとんど聞き取れないほどの声でつぶやく。風の音がそれに応えた。
膝をついて花を手向け、碑文の薄れた墓石に触れる。何かを思うよりも早く、涙が溢れて頬を伝った。二度と会えない人への愛しさがこみ上げ、カゼスはじっとうつむく。様々な思い出が次々に蘇っては消えていった。
やがて顔を上げた時、カゼスの口元には微笑が浮かんでいた。小さく吐息をもらし、地べたにぺたんと座り込む。
そのまま彼は、長い間、ただ黙ってじっとしていた。風の音に耳を澄ませ、時折ふと遠くに目をやったり、空を仰いで瞼を閉じたりする。
最後にひとつ、うんと深呼吸をして踏ん切りをつけ、小さくよしと気合を入れて立ち上がった。もう一度だけ墓石に手を触れ、それからゆっくり踵を返して歩き出す。
街の近くまで戻って来ると、仲間たちが出迎えてくれた。エイルとアーロン、それにケイウスだ。ナーシルはここでも『自由時間』を与えられてどこかへ姿を消しており、リトルはまだ王都で技術長官の住まいを監視している。
『人質』のはずの二人までいるのは、エイルの必死の説得が奏功したからだ。ここまで来ていながら皇帝の墓所に詣で損ねたとあらば、死んでも死に切れない。理を説き情に訴え、サクスム絡みの恩を着せ、挙句泣き落としまで利用したのには、見ていたアーロンが呆れたが、エイルにしてみれば一生の問題である。土下座でも泣き落としでも、三回まわってワンでも、彼は平気でやっただろう。
そんなわけで、待っている間もエイルは上機嫌で辺りを見回していた。横にいるアーロンが、代わっておずおずとカゼスに問う。
「……もういいんですか?」
ええ、とカゼスがうなずくと、エイルは早速「それじゃ今度は私が」と悪戯っぽく笑い、いそいそと歩き出した。すれ違いざま、カゼスの肩をぽんと叩く。
楽しげな背中を見送ってから、カゼスはアーロンに向き直ると、何も言わずに両手を差し伸べ、しっかりと抱き締めた。予想外のことにアーロンが慌てる。
「あ、あああの、カゼスさん? 大丈夫ですか?」
アーロンの心配をよそに、カゼスは落ち着いた様子で腕を緩めて微笑んだ。
「ええ。ちょっと……色々思い出している内に、しまったなぁと思ったんですよ」
「……何が、です?」
「もっとしっかり触れ合っておけば良かったなあ、って。思い返すことは出来ても、もう直に手を触れることは出来ないから……もし、もう一度会えたら、なんて考えてしまって」
そんなことを言って、カゼスは少し照れ臭そうに笑った。フィオぐらいなら抱きしめたことはあるが、かつてのアーロンには自分から抱きついた覚えがない。むろんエンリルには、流石に畏れ多くて出来なかったことだ。けれど今は、そうしておけば良かったと悔やまれた。
アーロンは黙ってそれを聞いていたが、カゼスが言葉を切ると、寂しげな表情になった。
「だから、今度は悔いが残らないように、ってことですか。やっぱり……帰ってしまうんですね。今度のことが片付いたら」
「ここに残るっていうのも、魅力的な考えではあるんですけどね」
カゼスは苦笑し、遠く墓所を見やった。別れは辛いが、帰らなければならない。自分の居場所はここではない。エイルが調査成果を発表するのも、本来の居場所でなければ意味がないことだ。
「まあ何にしろ、まだ厄介事が残ってますから。あとどのぐらいかかるか、分かりませんし」
だからそんな顔をしないで、とカゼスは笑って見せる。と、横からケイウスが片腕を伸ばしてカゼスを抱き寄せた。
「では俺も今の内に」
「うわわ、いやあの、それは勘弁して下さい」
途端にカゼスはあたふたと慌てる。アーロンが笑い、カゼスは相手を傷付けない程度にそそくさと逃げた。以前ほど大騒ぎせずに済んだのは、流石にいくらか慣れたからだろう。
(あ、そうか)
カゼスはケイウスの笑みを見て、ふと気付いた。五年前は、他人に触れられることがひどく嫌で、恐れてさえいたのだった。アーロンが例外で、やがてフィオのような子供なら平気になり、そしていつの間にか――
(抱きしめておけば良かった、なんて、とても考えられなかったのになぁ)
あのアーロンに抱きつくことなど、考えただけで顔が火を噴く。だがそれでも、触れておけば良かったという思いは消えない。それは、好意を率直に行動で表すケイウスの態度に感化されたからだ。彼の何分の一かでも、あの頃に行動出来ていれば……。
一人で赤面したカゼスに、アーロンとケイウスが揃って小首を傾げる。カゼスは慌てて「何でもありません」と手を振った。
「それより、ケイ、少し……片付けてしまいたい事があるんです。ちょっとじっとしていて貰えますか?」
「片付ける、ですか?」
ケイウスは怪訝な顔をしながらも、素直にうなずいた。カゼスはその足元にしゃがみ、左足に手を触れ、目を閉じる。一瞬で感覚が切り替わった。
ゆっくりと、精神の糸を紡ぎ、送り込む。カゼスの精神はティリスの風と大地に満ちる力を感じ取っていた。いつも魔術で利用している力とは少し性質の違う、何か自分に――自分の一部にだけ、共鳴するような力。
その力の助けを借り、カゼスは複雑な作業を丁寧に確実にこなしてゆく。次第に疲労が集中を乱し、感覚を鈍らせはじめたが、それでもカゼスはやめなかった。
(あと少し……)
自分の中から生命が吸い出されて行くようだ。かろうじて意識をつなぎとめ、最後の仕上げをする。
終わった、と感じると同時に意識が拡散し、暗転した。
一瞬後、カゼスはふっと目を覚ました。実際にも気を失ったのはわずかな間だったらしく、自分が草の上にひっくり返っていると認識した直後に、誰かの手が肩に触れた。心配そうに名を呼ぶ二人の声が聞こえる。カゼスは目をしばたたき、物質世界に感覚を戻すと、なんとか自力で身を起こした。
「……どう」
言いかけた声があまりにしゃがれていたので、カゼスは自分でびっくりしてしまった。咳払いし、唇を舌で湿してから言い直す。
「どうですか? すっかり治ってますか」
「カゼス……」
ケイウスはカゼスを凝視し、呆然と絶句する。その左足は何の支障もなく曲げられ、地面に膝をついていた。
「こんな……なぜ、」
ケイウスは混乱気味に言い、頭を振った。なぜ今頃、という意味か、それとも、こんな奇蹟があって良いのかと驚いているのか、あるいはその両方か。
カゼスは地べたに座ったまま、ケイウスの顔をじっと見上げた。
「どうするべきか、ずっと迷っていたんです。何とか治せたみたいですけど、でも実際、出来るかどうか怪しかったし……確実に出来ると分かっていても、治せば……あなたはまた、戦に出てしまうんでしょう?」
はっ、とケイウスが息を呑んだ。カゼスはその鳶色の目を見据えたが、責めることも、恩を着せることもなく、ただ真摯に言った。
「けれど、さっき、決心がつきました。私はあなたに、完治したその足で戦場に立ってほしくはありません。でもそれと同じぐらい、あなたから多くを奪ったままにしておくのも嫌だったんです。自由に歩いたり走ったり出来る喜びや、人生の選択肢を」
よいしょ、とカゼスは立ち上がる。ふらついた体を、ケイウスが支えてくれた。そう、今は彼が支えることも出来るのだ。不安定な体で自分も一緒に転ぶ心配をしながらではなく、しっかりとした両足と、杖を持つ必要がなく自由になった両手で。
そのことに、彼自身がまだ面食らっているようだった。カゼスはにこりとして、ケイウスの腕をぽんと叩いた。
「それに、もし――もしまた兵役に就くとしても、一度不自由な思いを味わったあなたなら……何か、違う戦い方を選ぶかもしれない。未来はまだ分からないから」
「それは……俺を信じるということですか」
「うーん、そう言うとなんだか勝手に期待してるみたいで嫌なんですけど」
カゼスは小首を傾げて難しそうに眉を寄せた。
「そうですねぇ……治さずに敢えて放っておく、っていうのも、確かにありだとは思います。怪我しないように、子供から尖った玩具を取り上げるようなものですよね。子供は泣くかもしれないけど、それで不幸のどん底に落ちるわけじゃないんだし、何より子供のためです。でしょ?」
分かりやすいたとえ話に、ケイウスがほろ苦く微笑む。カゼスもちょっと笑ってから、真顔に戻って続けた。
「だけど、あなたの場合は違う。片足がどうだろうと関係なく、あなたの前には同じぐらいの選択肢があるんです。国を守るために戦うにしても、その方法は色々で……どれを選ぶかは決まってない。変わるかもしれない」
カゼスは顔を上げ、ケイウスの目をまっすぐに見据えた。
「足を治せば、戦場に立つという選択肢を採りやすくはなる。でもね、ケイ、同時にほかにも出来ることは増えるんです。必ず戦を選ぶと決まったわけでもないのに、その選択をさせない為にほかの幾つかの未来まで一緒に潰し、あなたに苦痛を一生背負わせる、そんなことは、私はしたくない。たとえやっぱりあなたが戦を選び……あるいは、選ばざるを得なくなって、殺したり殺されたりするはめになるとしても」
そこでカゼスは少し言葉を詰まらせた。かつて直面した死の記憶をなんとか飲み下し、最後まで続ける。
「それでも、選択と決定はあなたに託すしかないんです。私に出来るのは、少しでも苦痛を取り除くことだけだから」
カゼスが言葉を切ると、ケイウスは曰く言い難い表情のまま、しばらく無言だった。長い沈黙の末に彼が発したのは、既に何度となく口にした言葉だった。
「……参りましたね」
言ってから彼はようやく少し笑みを浮かべたが、それもまた複雑な心情の窺えるものだった。
「そんな風に理と情の両面から攻められたのでは、迂闊な選択が出来なくなる。まったく、あなたには本当に参りますよ」
ややおどけた口調でそこまで言うと、彼はふと真顔になった。
「この先、事あるごとにあなたの顔がちらつくでしょうね。……決して忘れないと、神々にかけて誓いましょう。俺の未来が拓かれたのはあなたの力と信頼があってこそだということ、そしてあなたの望みが決して流血の争いではなかったことを」
そこまで厳かに述べたものの、ケイウスは苦笑して肩を竦めた。
「それに基づいて賢明な選択をなす、とまで誓えたら格好がつくところですが、生憎と確信は持てません。そう出来るよう願うばかりですね」
つられてカゼスもちょっと笑い、「ありがとう」とささやくように応じた。そして、無意識に小声で言い足す。
「皆そう思ってくれたらいいんですけど」
「……皆?」
「あ、いえ、なんでも」
カゼスは口に出したつもりでなかったので、慌ててごまかした。が、ケイウスの表情がごく微かながらも警戒の色を浮かべたので、なんとか答えざるを得なくなった。転移装置のことは伏せたまま、曖昧に一般化した説明をひねり出す。
「ええと……つまりね、忘れがちですけど、どの時代の人間も、後世の人々から世界を託されているわけですよね。過去に先祖がいたから今の世界があるのと同様に、後の誰かが受け取ってくれるから、今の私たちにも未来がある。そのことを忘れずに行動するなら、少なくとも破滅は避けられるんじゃないかと……そう思ったんですよ」
納得してもらえましたか、と問うようにカゼスは小首を傾げる。しかしケイウスは、やはり厳しいまなざしをしたままだった。カゼスが居心地の悪さに身じろぎすると同時に、彼は小さくため息をついた。
「陛下があなたを警戒するわけだ。正直なところ、あなたがそう長くはこの地に留まらないだろうと知って、今は少しほっとしていますよ。むろん寂しくはありますが」
意外な言葉にカゼスは目をぱちくりさせた。
「今のは別に、ただの一般論ですよ?」
「あなたには解らないかもしれませんね」
ケイウスは面白そうに意味深長な答えをすると、それ以上は説明せずに墓所を見やった。エイルがいつもの飄々とした足取りで戻ってくる。
「古の皇帝と、何を話していたんですか」
ケイウスがややおどけて問うと、エイルは猫のように目を細めて応じた。
「色々とね。相変わらずのラウシール様の粗忽っぷりを報告したりとか」
「ちょっ……それはないでしょう!?」
カゼスが反射的に抗議の声を上げる。アーロンがふきだし、一同は笑い崩れた。
――と、そこへ。
「あれ? なんだろう、街の方から誰か来る……」
ふと見やって気付き、カゼスは目陰をさす。人払いも限界だから早く場所を空けてくれ、と警備兵の一人でも走ってきたのだろうか。――いや、違う。
「うわ、嫌な予感がしてきた」
カゼスが顔をしかめると同時に、他の面々も向き直って眉を寄せた。
「緊急の知らせに、ろくなものはありませんからね」
ケイウスが低くつぶやく頃には、駆けてくる人物の姿がはっきりと見分けられた。ナーシルとラジーだ。
あちゃあ最悪、とカゼスは顔を覆う。半ばナーシルに担がれるようにして到着したラジーは、既に泣き顔だった。
「す、すみ、すみませんっ、カゼス様!」
「エクシスさんに逃げられた、でしょう。それとも、もっと悪い知らせですか?」
カゼスが先回りしたので、ラジーは首を縦と横のどっちに振るか迷ってカクカクさせた。ナーシルが少年の背中をさすり、なだめる口調で言う。
「落ち着きなよ、焦っても何も変わらないんだから。ほら、ゆっくり息をして」
「すみま、せ……はぁ……あ、あの、カゼス様、本当にすみません」
それはもう分かったから、と言いたいのをぐっと堪え、カゼスは苦笑した。
「あなたが謝ることはありませんよ。それより、何があったんですか?」
「あの……ちゃんと監視はしていたんです。ただ、今は魔術が使えないんだし、いくらなんでも、ってことで手枷とか足枷とかはなしで……それに、全然そんなことしそうには見えなくて……なのに」
うっ、とラジーはまた涙ぐむ。いったい何があったのか、とカゼスが不安にかられた直後、聞かされた言葉は。
「カゼス様たちが発たれた後で、クルクス様が朝食を持って行ったら、お盆ごと投げつけて、体当たりしたんです! それで、その隙に逃げ出したそうです。クルクス様はその時に頭を打ったらしくて、しばらく気を失ってらして……そのことがわかってからすぐに皆で捜したんですけど、もう見付からなくて」
「…………」
流石に束の間、全員が絶句した。魔術師が脱走するといったら、普通考えるのは転移や跳躍ではないか。しかも、到底そんな過激な脱走劇を敢行するとは思えない、亡者めいた風貌の男とあっては。
「えーと」カゼスはごほんと咳払いした。「それで、リュンデさんの具合は?」
「あ、はい、幸いあまりひどいことにはならなくて、もう手当ても済んでます。カゼス様のおかげで、ちょっとした怪我の治療なんかは、皆、出来るようになってますから」
「それなら良かった」
ほっ、とカゼスは息をつく。と、その時になってやっと、ケイウスが不審げに問うた。
「……エクシスが、何か問題を起こしたのですか?」
あっ、とまたカゼスは『部外者』の存在を思い出して慌てた。ああ、うう、ええと、などと意味もなくもごもご言いながら頭を抱えてしまった。
「ああもう、なんだってこう面倒臭いことになるのかなぁ」
それは己が粗忽だからなのだが、今更言っても詮無いことである。言い訳を捻り出している暇もない。ええい、とカゼスは思い切ると、顔を上げて言った。
「あのですね、長衣の者でありながらひとつの政府のために働いていたっていうだけでも、処罰相当なんです。しかもあの人、どうやらあなたが知ってるように王様にあれこれ注進していたってだけじゃなく、高官の一人と、もっと密接な繋がりがあったみたいなんです。それで、裏付調査の間、監禁しなくちゃいけなくなって」
「それが逃げ出した、ということは、その高官に警告しに行くと見て良いでしょうね」
ふむ、とケイウスはさして驚いた風情もなく応じた。
あまりにあっさりした反応に、暴露したカゼスも、それに焦っていたエイルとアーロンも、揃ってぽかんとする。
「……あんまり驚かないんですね」
カゼスが目をぱちくりさせると、ケイウスは肩を竦めた。
「珍しい話ではありません。相手が正規の長衣の者という場合は少ないものの、もぐりの魔術師と政治家あるいは軍部との癒着は、日常茶飯事ですからね。我々の部隊も利用していたぐらいです。で、その高官とは誰です?」
無造作に聞かされた事実に、カゼスは愕然とした。もぐりの魔術師とて入門の誓約は立てるのに、それが破られるのが日常茶飯事とは。
(駄目だ、そこまで誓約が形骸化しているのなら、もっと別の手を考えないと)
力場が正常に戻った時、とんでもないことになるだろう。もぐり魔術師の摘発を強化するか、逆に、特定の政治勢力に助力することをある程度認めることで、互いに抑止力となることを期待するか、何らかの対策を講じないことには……
「カゼス?」
不審げに声をかけられ、カゼスは我に返ると、慌てて首を振った。
「すみません、それはまだ言えません。間違いだったら大変だし、それに王国にとって重要な人物だったら、あなた方が彼を庇ったり匿ったりすることも考えられますから」
「少し率直に言いすぎですよ」ケイウスが苦笑する。「この際ですから、はっきりさせておきましょう。俺は元軍団兵で国王陛下の友人で、レント王国の安定と繁栄を願う立場ですが、政治家ではありません。少なくとも今のところはね。汚職があるのなら、痛みを伴おうとも浄化することが望ましい。内部で自浄できないことを外部から指摘されたからといって、それを揉み消したりはしませんよ」
そこまで言って、彼は一同のためらい顔を見回した。
「もう少し、俺のことを信用して貰えませんか。一口に王国人と言っても、色々います。あなた方が追い詰めようとしている相手が誰であれ、その敵対勢力もあれば、中立の勢力もある」
「でもあんたが味方になるって保証はないだろ」
すかさずナーシルが切り返した。険悪になりかけたところで、エイルがとぼけた口調で言葉を挟む。
「敵味方はともかく、せっかく我々があれこれ調べたっていうのに、横から手柄を取られるのはちょっと楽しくないねぇ」
「なるほど」
ケイウスは納得したようにうなずき、同じく茶目っ気をまじえて応じた。
「しかし返り討ちに遭ったのでは元も子もない。違いますか? あなた方をないがしろにするつもりはありません。ただ案じているのですよ、何を相手取っているのかあなた方が本当には解っていないのではないかと」
言葉が切れて沈黙が降りる。誰もが次の一歩を踏み出すことを恐れて、身動きが取れなくなったかのようだった。




