二十一章 (1) 再会と情報交換
「あのさ……若旦那、もしかして女より男の方が好きなのかい?」
コップの水を口に含んだ時にいきなり訊かれて、カゼスはゴフッとむせ返った。咳き込みながら、人を殺す気か、と向かいのナーシルを睨む。だが相手はいたって真面目、どころか、なにやら不安げかつ申し訳なさそうな風情。次に言い出すことの予想がつき、カゼスは気管が落ち着く前に言葉を押し出した。
「そんなことはありませんし、だとしてもあなたに色目を使ったりはしませんからご安心を!」
自棄気味に言い、またげほげほとむせる。どうやら昨夜ケイウスが廊下でカゼスの額に口付けしたのを見ていたらしい。サクスムでのことと言い、ナーシルが自分の雇い主について、ある判断を下したとしても責められない。
「取り越し苦労ですよ。あなたが可愛い女の子だったら話は別でしょうけどね」
フィオを思い出しながらカゼスはぼやいた。ああ、あの笑顔と元気な声と、腕の中にすっぽりおさまる華奢な体の温もりが懐かしい。
そんなことを考えてからふと、カゼスは眉を寄せた。確かに自分は今でもアーロンのことが心にあるぐらいだが、だからと言って、それがいわゆる女としての愛情なのかどうかは、自信がない。
それに、今ナーシルに言われて初めて気がついたが、カゼスとて女に優しくされるのは嬉しいんである。フィオやシーリーン然り、キリリシャ然り。男に親切にされるのとは、なにか違った感情が湧くのだ。それが、男が女に対して抱く感情なのか、それとも女同士がつるんではしゃぐのと同じなのか、というと、これまたカゼスには分からないのだが。
「……私だって、たまには女の人にモテてみたいですよ」
ちぇっ、と愚痴っぽくつぶやいて、カゼスは匙をくわえる。向かいでナーシルが失敬にも大笑いした。
そんなどうでもいいような一幕の後、カゼスは長の部屋へと向かった。堂々と青い髪を晒したまま歩けるのは、実に気持ちがいい。驚きの目やざわめき、ひそひそささやく声などは無視して、当然の顔をして扉を開ける。リュンデとヴァフラムは流石に少しは眠るべく自室に戻ったようである。机の上では二人からの書き置きと、書類の束が少しだけ、行儀良く待っていた。
しばらく指示通り、必要な箇所に署名したり、告知文書に目を通したりしていると、誰かが部屋をノックした。どうぞ、と応じたカゼスの声を受け、入室してきたのはエクシス――では、なかった。
「逃げたぁ!?」
疲労の残る様子のヴァフラムから知らされて、カゼスは愕然とした。
「そんな、どうして……私はただ話を聞きたかっただけなのに」
「彼はそうは取らなかったのでしょうな。私もですが」
ヴァフラムは眉根を揉みながら唸るように答えた。
「さよう、カゼス様が話を聞きたかっただけというのは、真実でしょう。しかし、聞いて、その後どうなさいますかな? もし彼が、レント王に内部情報を流すだけでなく、王国にとって不都合な魔術師を、ただそれだけの理由で破門していたとしたら?」
「えっ……」
「いや、証拠はありませんが」
「…………」
証拠はない、が、そうと推測する根拠はある。そういうことだろう。ヴァフラムは不確かな憶測で誰かを罪に陥れるほど、軽率ではない。カゼスにもそれは何となく分かった。
カゼスはため息をつき、弱ったな、と頭を振った。
「サクスムに親類がいないか、訊きたかったんです。あの人の親戚や家族のこと、誰か知ってる人はいませんか?」
「書庫で入門時の記録を探せば、見つかるかもしれません。しかしなぜそんなことを?」
「サクスムで、あの人によく似た魔術師に出くわしたんです。どうやらその人が、つまり……一連の出来事に一枚噛んでいるようなので」
カゼスは転移装置のことを隠して曖昧に言ったが、ヴァフラムはじっとこちらを見つめながら身を乗り出し、うんと声を低くしてささやいた。
「失踪にですか。それとも、転移装置の欠陥にですか」
「――!」
ぽかん、と口を開けたカゼスに、ヴァフラムは、やはりかという顔をした。
「気付いていたんですか」
「ゆうべ、リュンデ君とあれこれ今までのことを話し合いましてな。そうではないかと結論付けたのです。三年前の一斉工事以来徐々に進行してきた力場の変調、カゼス様が装置を直したサクスム周辺でだけの力場の回復、と重なれば、推察できるというものです。そうでなくとも、あれを利用した時の不快感は……」
思い出しただけで、ヴァフラムは渋面になって首を振る。
「まったくですね」
カゼスは同情するようにうなずき、そうだよなぁ、などと内心で納得した。彼らとて耳目を塞いでいるわけではなく、現状打開に心血を注いでいるのだ。自然、目に付く現象から関連の糸が見えてくる。こちらが言わなければ気付くまいというのは、相手に対する軽侮にほかならない。
「ええ、お察しの通りです。転移装置に細工をしたのも、多分ラウシールだと思うんですよ。それも私のように、かなり……なんというか」
「優れた魔術師、ですかな?」
ヴァフラムが眉を上げ、茶化すように言う。カゼスは苦笑で応じた。
「そうではなくて……血が濃いというか、先祖に近い人でしょう。でなければ、とっくにこの世界の現在の魔術師たちが、異常に気付いて原因を突き止めているはずです」
レムルの見た目はラウシールらしくなかった。だが記憶を反芻してみると、彼が「血を引く者の魂とひとつになった」というようなことを言っていたのが引っかかる。
(もし、ファルカムとセレスティンが私の意識に語りかけてきたようなことが、レムルにも出来るのだとしたら……子孫の意識と融合することも可能かもしれない。だからあんな細工が出来たのかも)
「ともかく、この件についてはまだ公表しないで下さい。何しろ王国の国家機密が絡んでいるので、下手に刺激したら魔術師全体の立場がまずくなります。今は特に、魔術が使えませんし……大勢が失踪してしまっていますから」
「承知しました」
「あと、告知文書はあれでいいです。私はこれからエンリル様に会ってきますけど、帰ってきたら学府の人だけでも集めて、簡単に挨拶しておきますから、段取りをお願いします」
それじゃ後は宜しく、と言い置いて、カゼスはぱたぱた忙しなく部屋から出て行く。ヴァフラムは長の机に歩み寄ると、ぐちゃぐちゃに散らかった書類を眺めて目をぱちくりさせた。一応、すべて署名されているようではあるが……。
うーむ、と唸り、几帳面な右輔は整理にとりかかったのだった。
ナーシルを連れて総督府に行くには、転移装置を使うよりも魔術の方が手っ取り早いし面倒がない。カゼスは部屋にいたナーシルを捕まえると、ほんの少し精神を開いた。
相変わらず力場は荒れていたが、しかし、その中に一条の光が走っていた。以前カゼスが総督府からここに跳躍した時の痕跡らしい。
(こんなに長い間、残っているなんて……)
そこだけが異質な力に変化しているようだった。だが、それこそカゼスの求めるものだ。
「それじゃ、レムノスに行きますよ」
一言前置きすると、カゼスはナーシルの顔が不吉な予感に歪むのを見もせずに、相手の腕を掴んだ。力に触れ、自分が作った流れに乗る。
一瞬で、二人は大聖堂の中に立っていた。
訂正。一人は立っていたが、一人はしゃがみこんでいた。
カゼスはぐるりを見回し、ナーシルの姿がないことに気付いて、あれっと慌ててきょろきょろする。足元に丸くなっている背中を発見し、カゼスはあっと叫んだ。
「すみません、忘れてました!」
「……わざとじゃないかと恨みかけてたところだよ」
唸り声がゆらゆらと立ちのぼる。カゼスはおっかなびっくり気遣いながら、ナーシルの背中をさすってやった。とはいえ二度目なので、ナーシルもじきに立ち直り、皮肉を言う元気を取り戻す。
「で、今度は大聖堂にご降臨ってわけかい」
「人が少なくて良かったですね」
カゼスは苦笑し、改めて周囲を見る。前よりも観光客の姿は少なく、しかも二人はちょうど柱と壁の陰に出てきたので、幸い誰かに気付かれた様子はない。それでもカゼスは声を潜めて言った。
「それじゃナーシル、私はこれから総督府に行きますけど、その間あなたにお休みをあげようと思います。せいぜい数時間でしょうけど……役に立ちますか?」
束の間ナーシルは、カゼスが何を言ったのか分からないようだった。が、じきにその顔に理解の色が広がり、ついで不安が翳りを作る。
「あんた一人で大丈夫かい?」
「なんとかやりますよ。それに、前と違っていきなり首根っこを押さえられることもないだろうし」
まさに文字通りの目に遭ったのだ。あれは痛かった。思い出してカゼスはうなじをさすり、怪訝な顔のナーシルに苦笑して見せた。
「それじゃ、お互い用事が終わったら総督府のホールで落ち合いましょう」
「分かったよ」
ナーシルがうなずいたので、カゼスは小走りに聖堂の出入り口に向かい、人目を避けてちょっと外を覗いた。昼日中の旧都は相応に賑わっていて、たとえ青い髪をしていなくとも、総督府に辿り着くまでには揉みくちゃにされてしまいそうだ。いずれは新しい長がラウシールだと広く知らせなければならないにしても、今ここで何の準備もなく始める気にはなれない。
カゼスはまた少し力に触れると、扱えそうな大人しい流れを見つけて引き出した。ヒュッ、と一陣の風が駆け抜け、次の瞬間、カゼスは総督府のホールに移動していた。
妙な物音と気配に振り向いた職員や客たちが、揃ってぎょっと目を剥いた。もちろん受付の女も例外ではない。
目と口を真ん丸にしている受付嬢に近付き、カゼスは愛想良く尋ねた。
「エンリル様に取次ぎをお願いできますか?」
「…………」
一呼吸ほどの間、女はぽかんと絶句したままだった。が、あの粗忽な青年の代わりに入れられただけあって、数回瞬きした後ぱくんと口を閉じると、もうすっかり通常業務の態勢になっていた。てきぱきした受け答えでカゼスの名と用件を聞くと、目立たない場所にある椅子を示し、そこに腰掛けて待つよう言い残して取り次ぎに行く。
じっと待つ間に、半信半疑にこちらを見る目が増えてゆく。そろそろ誰かがライオンの檻に近付く決意をしそうだぞという頃になって、やっとお呼びがかかった。
カゼスは何食わぬ顔で立ち上がり、すっかり馴染みになった執務室に入った。ハキームの姿はなく、エンリルだけが窓際に立っていた。ちょうど、カゼスがかつて同名の皇帝に最後の挨拶をした時と、まったく同じ位置に。束の間の既視感は、エンリルが振り返ったために消えた。
エンリルはカゼスの青い頭を見てもまったく驚いた様子を見せず、ただうんざりした顔になっただけだった。
「せめて告知を出すまで、あの下手な小細工を続けようという根気はなかったのか。ホールで下らん騒動が起きたら、叩き出しているところだぞ」
「だってあれ面倒臭いんですよ。いっぺんやってみれば分かりますけど。それより、話を始めてもいいですか? 私に会わせたい人がいるとかおっしゃってましたけど、そっちを先にします?」
「同時にだ」
エンリルが答えた時、ハキームが戻ってきた。彼が連れて来た人物を見て、カゼスは、あっ、と声を上げた。
「ワルドさん! お久しぶりです」
「はぁい、久しぶり、元気そうね。聞いたわよ、あんた伝説の大魔術師サマなんですってね? 驚いたわ、ちっともそんな風に見えないのに。あ、そういえば結局手紙は一通もくれなかったみたいね。まぁそれで良かったんだけど。あたしもあの後すぐにサクスムから逃げなきゃならなかったし、郵便の転送なんか頼んだらきっと、あたしがここに連れて来られたってことがバレちゃうものね」
早速べらべらとまくし立てられ、カゼスは苦笑するしかなかった。エンリルは皮肉っぽい笑みを浮かべ、ハキームはただ天を仰ぐ。
「ばれたら困る相手でも?」
どうにかカゼスが質問を挟むと、ワルドは「それが問題なのよ」と深刻そうにうなずいて、微に入り細に入り、経緯を話してくれた。サクスムを逃げ出した時の段取りから、肝心な時に靴が駄目になって修繕を頼んだ靴屋は仕事が遅くて、といったことまで。臨場感溢れる語り口だったのがせめてもの救いで、でなければカゼスは言葉の洪水の前にあえなく溺死していただろう。
それだけで芝居が一本書けそうな逃走劇を聞き終えると、カゼスは「はぁ」と思わず嘆息してしまった。その頃には、ハキームが話の合間を縫って全員をソファにかけさせ、紅茶を配り終わっていた。さながら魔法だ。
「その……あなたを捕まえに来た人、その場ですぐにあなたを刺したりはしなかったんですよね。マントとフードで顔を隠していた……けど、男だった。目がちょっとぎょろっとした感じじゃありませんでした?」
「んー、まぁ、そう言われればそうかしらね。何しろ薄暗くてよく見えなかったから」
目だけで人物が判定できるわけがない。カゼスは、リトルがいればレムルの記録を投影してもらえるのにな、と惜しんだ。
「私の方は、サクスムで転移装置に細工していた人物を見かけたんですよ。その人もマントにフードで姿を隠していて」
「なぜその場で捕えなかった?」
阿呆かおまえは、とでも言いたげにエンリルが呆れる。カゼスは顔をしかめた。
「仕方ないじゃないですか。相手は誰だかわからないし、力ずくで止められるほど私は暴力的じゃありません。騒ぎを起こして人が集まってきたら困るし」
言い訳し、カゼスは肩を竦めた。もちろんあの現場でそこまで考えたわけではなく、単に相手の身柄を拘束するという考えが浮かばなかっただけなのだが、そうと言ったらますますエンリルに軽蔑されるだろう。案の定、エンリルはそれすら見透かしたように、やれやれとため息をついた。
「まぁ、今更あれこれ言っても仕方がない。そいつの身元につながりそうな手がかりぐらいは掴めたんだろうな」
「ええ。自分でべらべら喋ってくれましたよ」
カゼスはせいぜい皮肉っぽく言い返し、相手が毛ほども動じないことに少々落胆しながら、これまでの成果をまとめて報告した。
転移装置にはやはり細工がされていた事、それは自分のようなラウシールの手によるものであり――ここでカゼスはワルドのために、ラウシールという種族について説明しなければならなかった――その目的はどうやら特定の魔術師をあちら側へ呼びやすくすると同時に、残された魔術師による非平和的な魔術の行使を防ぐことにあるらしい、という事。
すべて話し終えると、流石にしばしの沈黙があった。それぞれなりに考えを整理しているらしい。ややあってワルドが「ンむ」と妙な声を漏らした。
「随分大掛かりな網を張ったのね、そいつ。道理で何かおかしいと思ったはずだわ。だけど、どうやってあの改良計画に加われたのかしら。あたしを捕まえに来た奴と同一人物なら、あんな胡散臭い奴を国家機密に関らせる馬鹿はいないと思うわね」
「あなたは当時の上役とか責任者の名前を、覚えていませんか。もしかしてその中に、エクシスって姓の人がいたとか……」
「『長衣の者』のスルフィ=エクシスか?」
確認したのはエンリルだ。どうやら彼は王国政府だけでなく、あちこちに名を知られているらしい。カゼスは首を振った。
「当人じゃありません。サクスムにいたそのレムルという人物が、彼に似ていたんです。それで、もしかしたら親類じゃないかと」
「うーん……覚えてないわねぇ。でもあの計画に関った偉いさんなら、まだレンディルにいるんじゃない?」
「だからとて、それを片っ端から当たるわけにも行くまい」エンリルが難しい顔で唸る。「技術長官の耳に入ったら、告発か造反を企んでいるとして、こちらが潰されかねん。国家反逆罪を宣告されたら問答無用だからな、私とて裁判なしで斬首だろうよ」
「……本当ですか?」
恐る恐るカゼスが問うと、エンリルは冷笑をくれた。どうやら過去にそうした事例があるらしい。カゼスは身震いした。
「じゃあやっぱり、あっちに知られる前に、レムルの身柄をどうにかして確保しなきゃなりませんね。でも、問題は彼が本当はなんていう名前で、どうして転移施設に自由に出入りできるのかも分からないってことです。魔術を使った様子はなかったのに」
そう、レムルはまやかしで姿を消してもおらず、去る時も普通に歩いて出て行った。転移陣に細工ができるのだから、魔術は使えるはずだが……。
「レーデンに行き、スルフィ=エクシスの親戚筋を当たるしかなかろうな」
エンリルはそう言ってふむと考え込む。私が行くんですか、とカゼスは問いかけようとして、彼の目が薄く紫色を帯びていることに気付く。カゼスが何か言うより早く、エンリルは淡々と続けた。
「そちらの調査は私が行う。おまえはレンディルに戻って人質の無事を確かめ、国王を安心させてやれ。それから長としての務めを果たすんだ……就任式典、その他諸々をな。せいぜい派手にやれ。王国の目がおまえを見ていたら、調査がやり易くなる」
「あ、なるほど」ぽんとカゼスは手を打った。「でもいいんですか? なんだか面倒なことを押し付けちゃうみたいですけど」
思わず問うたカゼスに、エンリルは眉を上げ、それから苦笑した。
「よく考えてものを言え。おまえの方がよほど危険で面倒だぞ。レムルとやらの居所あるいは正体を突き止められたら、おまえにも協力を要請する。首尾よく捕えられたら、わざわざ選挙を待つまでもなく議員の椅子が手に入るだろう」
「分かりました。せいぜい長らしくお仕事させて貰いますよ。ところで、技術長官っていうのは転移装置についても責任者になるんですか?」
「そうだ。水道以外の土木工事や施設の建設管理を一手に担う省でな。今の長官はトゥーシス=アペル。だが転移施設についてどの程度把握しているのかはわからん」
「じゃあ、そっちは王都に残っている人たちに、それとなく探ってくれるように頼んでおきます。私よりずっと、そういうことは上手ですから」
特にリトルは、とカゼスは内心で付け足しつつ、そろそろ行かねばと腰を上げる。ホールでナーシルが待ちぼうけを食わされているかもしれない。
「何か分かったら、また知らせます」
「ああ。……ところで、あの男はどうした?」
今更ながらに気付き、エンリルが問う。カゼスは一瞬きょとんとし、それから小首を傾げた。
「誰のことですか?」
「おまえの下男だ」
「ああ、ナーシルですか。いや、彼は下男じゃありませんけど……今はちょっと自由時間ってことで。前にエンリル様に言われてたこともあるし」
ね、と曖昧にぼかして答える。エンリルは無感情にうなずいた。
「そうか。……ご苦労だった」
下がって良い、とばかりに手で退出を促され、カゼスは眉を上げた。私はあなたの部下ですか、と言ってやりたくなったが、気の利いた洒落に出来なかったので、ぐっと飲み込む。折角ねぎらってもらったのに、下手なことを言えば叩き出されかねない。
「どういたしまして」
結局、皮肉だか本気だかわからない返事をして、カゼスはぴょこりと会釈すると、こそこそと逃げるように部屋を後にしたのだった。




