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十八章 (2) 先走る者達



 長の部屋にヴァフラムとリュンデが揃うと、カゼスは一同を見回してゆっくり話を始めた。ケイウスに聞かせるためと、自分のためにも、まずこれまでのまとめをする。

「以前に話したのは、レーニアという青い髪の人物が、魔術師を呼び寄せているということでしたよね。ヴァフラムさんも彼とは話をされた。彼の言い分は、かつて向こうにいた“ラウシール”の同胞達を呼び戻しているだけだ、救いたいのだ、と……。それ以後にセレスティンから何か、進展を知らされましたか?」

 カゼスの問いに、リュンデとヴァフラムは顔を見合わせ、それぞれが首を振った。

「何も。精神を開く方法をあなたに教わって、度々それによって魔術師を引き戻したりはしていましたが、レーニアと接触してはいなかったのでしょうな」

 ヴァフラムが言うと、リュンデが「それはどうでしょうか」と疑問を呈した。

「私達に何も言わなかったのは確かですけど、もしかしたらセレスティンは、既にあちら側から呼ばれていたのかもしれません。精神を開けば、あちら側からも接触しやすくなるのでしょう? カゼス様が発たれてからだんだん口数が少なくなって、多分疲れているのだろうと思っていましたけれど……もしかしたら」

「彼と会っていた可能性は高いですね」

 カゼスは渋面で同意した。何しろ、向こうでセレスティンは彼を伴侶に選んだのだ。根気よく優しく、こちらにおいでと招かれていたのなら、疲れきった彼女がその腕に飛び込んでも不自然ではない。

「私が昨日、あの部屋で精神探索を行った時に出会ったのは、ヴァフラムさんが会った相手と同一人物かどうかはわかりませんが、ラウシールにしてレーニアの一人、ファルカムという人物でした。……セレスティンの伴侶です」

 伴侶、と聞いてヴァフラムはぽかんと口を開け、リュンデは「あらまぁ」と小声をもらした。カゼスは曖昧な表情で続けた。

「彼は以前ヴァフラムさんにしたのと同様のことを言いましたけれど、今回は少し説明してくれましたよ。昔から、こちら側に渡るラウシールは少なくなかったそうです。実際に王都の図書館で調べてみたら、各地に『青き者』やそれに類する伝承が残されていることが分かりました」

 ファルカムのいるあちら側には、もうラウシールがほとんど残っておらず、力場も弱まって滅びかかっていたこと。それを防ぐために彼はあちこちに散ったかつての仲間や、その血を継ぐ者を呼び戻し始めた。そしてレントにおいては、ラウシールの血をわずかなりとも残す者たちが多数、魔術師になっていたがゆえに、失踪が目立ってしまったこと……

 すべてを聞き終えると、ヴァフラムとリュンデは愕然とした様子で、しばらく絶句していた。ややあってヴァフラムはのろのろと首を振り、眉間を押さえた。

「それでは……それでは、我々は彼の行為を認めねばならんのですか? 失踪した魔術師にとっては、拉致でも誘拐でもなく、喜ばしい帰郷であると?」

「そういうわけにもいかないでしょう」カゼスは応じた。「いくら最終的に行くか行かないかを決めるのは本人だと言っても、弱っているところに甘い誘いをかけられたら、ぐらつくのが人情ってものです。それにラウシールの血が濃ければ濃いほど……相手の望みに合わせようとする傾向が強まる。元々そういう種族なんです、彼らは」

 私も、と心中で付け足してカゼスは苦い笑みを浮かべた。リュンデが眼鏡を押し上げ、顔にかかった赤毛を払って「それに」と言葉をつなぐ。

「自発的な失踪かそれとも誘拐かというのは別としても、彼らがいなくなれば当然、こちら側にとっては人材の流出ですもの。確かに今は魔術が使えませんけれど、じゃあ魔術師は皆いてもいなくても構わないか、という質問にはいと答える人はいないでしょう。皆、魔術以外にも何らかの能力は持っています。たとえそれが美味しいお茶を淹れるというだけでもね」

「あるいは君のひっくり返した物を、手早く片付けられるというだけでも」

 ヴァフラムがおどけて付け足す。どうやら二人とも、ラジーのことを言っているらしい。カゼスは小さく失笑し、こほんと咳払いしてごまかした。ヴァフラムも真顔に戻り、ちらっとケイウスに目をやってから続けた。

「そう、それに、彼が言っていた『救いたい』というのも引っかかる。我々が置かれている苦境から救い出してくれるというのなら、それはまぁご親切にどうも、と言うところだが、もし何か……別の危難があるのなら、話は別だ。我々だけが救われて、呼ばれなかった残りの人々はどうとでもなれ、というわけにも行くまいよ」

 難しい顔で唸ったヴァフラムを見やり、ああ、とカゼスは納得した。こうした気質だからこそ、彼もまた呼ばれたのだろう。ラウシールの血を引いているか否かは、少なくとも外見からは分からないにしても。

「そのことなんですが……」

 カゼスが口を開きかけたと同時に、いきなり騒々しい足音が迫り、乱暴に扉が押し開かれた。室内の者が一斉に立ち上がる。

 内密の話ゆえ誰も入るなと、外には立ち入り禁止の札を立てておいた筈だが、そんなものでは止められない非常事態であるのは確かだった。乱入してきた魔術師は長の書簡係で、真っ青になってうろたえ、カゼスを見つけるとその足元に平伏すように縋りついた。

「ラウシール様、どうかお許しを、助けて下さい! なんてことだ、誓いを立てた同胞たちなのに」

「何事だ!?」

 ヴァフラムが厳しく質す。だが書簡係は振り向きもせず、必死の形相でカゼスを見上げていた。恐怖におののき、今にも泣き出しそうだ。

「サクスムで……サクスムの南岸で、魔術師が暴動を……兵営のまわりに、か、壁を築いて、王国軍は出て行けと」

「――!」

 皆が息を呑む。カゼスは反射的にケイウスを振り向いていた。さしもの彼も顔をこわばらせ、愕然と書簡係を見つめていた。

「どうして、そんな」カゼスは混乱し、それからはっと気付いた。「そうか、サクスムの近くでは、あの事故直後のまま、魔術が使えているんですね? サクスムの南……ということは、もしかして元レーデン領……」

 エイルに見せて貰った地図が脳裏に蘇る。大河はかつての国境だった。その南岸は元は別の国――そしてレーデンには、王国の支配によって旧い階級制度が破壊されたことを恨む人々がいる。

 カゼスはうめき、あまりの悔しさに歯噛みした。

「そんなつもりで転移装置を直したんじゃないのに!」

「お許し下さい、お許しを……っ」

 書簡係は床に這いつくばり、震えている。カゼスはその背を見下ろして、嫌な予感に顔をしかめた。

「なぜあなたが謝るんですか。まさか、あなたも関与して……?」

「そんなつもりではなかったんです!」悲鳴に似た叫びだった。「私はただ、ラウシール様がおいでになったと、じきに我々にも救いがもたらされるだろうと、ごく……ごく親しい、信用の置ける知人数人だけに、知らせただけです!」

「長があれほど秘密を守れと言ったのに」

 ヴァフラムが苦々しく唸り、リュンデがため息をつく。カゼスも堪えきれず、辛辣な言葉を投げつけた。

「どうやらそのお友達は信頼に値しなかったようですね。あなたと同じように。なんてことだ」

 やることなすこと裏目に出る。カゼスは眉間を押さえてうめいた。転移装置の欠陥をカゼスとワルドの二人で直してしまったがために、あの周辺だけは力の流れが正常に戻りつつあるのだろう。今なら自分達だけが魔術を使える、という優越感に加え、“自分達の”救い手が現れた、という情報が与えられて、勘違いした希望と楽観主義が弾けてしまった、というところか。

 その上さらに……彼らの周りからは、暴走を止められたかもしれない中立派の魔術師が、消えている。カゼスは絶望的に理解した。

(だから転移装置に細工したのか!? 平和主義と中立を守れる魔術師を連れ去るから、残った魔術師が暴走しないように無力化しようと?)

 いまやラウシールが、ファルカムではないにせよ一族の誰かが、転移装置にも関っていることは疑いようがなかった。カゼスは頭を抱え、それから罵声と共に壁を殴りつけた。

「何が『救いたい』だ、ふざけるな!」

 その剣幕に書簡係はさらに怯え縮こまり、他の面々も驚いた顔でカゼスを見つめた。彼らは転移装置の黒幕に気付いていない。カゼスはそれを言うことが出来ないので――エンリルとの約束もあったし、何よりケイウスの耳に入れるのは不安すぎる――正気を疑うかのようなまなざしをあえて無視した。

 深いため息をつき、カゼスは陰鬱にケイウスを見やる。

「こうなったら、王国軍が動くでしょうね」

「間違いなく、一番近い兵営から軍が派遣されます。『長衣の者』全体に対する王国の態度も変わるでしょう。……内部で事態が収拾されたなら、軍による鎮圧よりはましでしょうが」

 さらりと答え、ケイウスは感情の読めない目でカゼスを見つめ返した。しばしカゼスはケイウスの瞳の中に逃げ道を探したが、ほかに方法がないのは明らかだった。

 それでもカゼスはヴァフラムとリュンデを振り返り、往生際悪くあがいた。

「あなた方のどちらかが長に昇任して、説得に出向けませんか。何人か連れて行けば、あそこで魔術が使えるのなら条件は平等のはずですが」

「持ち回りの役員にすぎない長の言うことなど、聞き入れると思うんですか?」

 リュンデが首を振り、気の毒そうな顔で続けた。

「申し訳ありません、カゼス様。でもあなたに出向いて頂くしかないでしょうね。もちろん私とヴァフラムも参ります。最悪にして力ずくでの説得となったら、魔術であなたに敵う者はいないでしょうけれど」

「もちろん俺も行くよ」ナーシルが挙手した。「魔術はともかく、石だの槍だのが飛んできたら、守れる人間が必要だろ」

 ケイウスが何か言いかけ、口をつぐむ。伏せた目が見ているのは、己の左足だろう。カゼスはそれに気付くと、「ケイ、あなたも来て下さい」と声をかけた。

「元、とは言っても軍団兵でそれなりの肩書きがあって、しかも国王のご友人でしょう。軍団兵が動くのを抑えて下さい。お願いします」

「……やってみましょう」

 ケイウスは硬い表情でうなずいた。


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