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十五章 (2) 交渉



 エイルが立ち上がって姿勢を正し、カゼスもそれにならう。だが頭は会釈程度に下げただけで、近衛兵やケイウスのような恭しい礼はしなかった。その代わり彼は、被り物を脱いで誇示するように青い髪を晒し、まっすぐに王の目を見据えた。

 レント王オルクスは不快げに眉を寄せ、じろりとカゼスをねめつけた。が、カゼスは怯まず視線を返してくる。オルクスは張り合うことの無駄を悟り、目をそらしてフンと鼻を鳴らした。

「分を弁えぬ愚か者に通じる理はない」

 独り言めかして聞こえよがしに厭味を投げつけ、彼はカゼスたちとは別の長椅子に腰を下ろした。座れ、と右手だけで合図し、左手は隣に座った后の腰に回す。

 全員が腰を下ろすと、オルクスはカゼスに傲慢な視線を向けて言った。

「ラウシールとやらは謙虚だと言われているようだが、所詮は詩人の粉飾か」

「相手によります」

 カゼスは冷ややかに応じ、無意識に膝の上でリトルを転がした。魔術は使えなくとも、リトルがいれば大抵の相手は無力化できる。たとえ単に鈍器として使用するだけであっても、だ。

「私はケイウスさんに丁寧に頼まれたから、ここまで来たんです。あなたの威光に恐れをなしたわけじゃありません。断ったり逃げたりしたら、他の人に迷惑がかかったでしょうしね」

 淡々と言って、カゼスはまた、オルクスにまっすぐ目を向けた。

「用件は何です?」

「あまり付け上がらぬ方が身の為だぞ、ラウシール」

「私を服従させたいのなら」カゼスは肩を竦めて威嚇をやりすごした。「王者の寛容というものを見せて貰いたいですね。持っている力を振りかざすだけなら、誰にだって出来ますよ」

 押し殺した失笑がこぼれ、オルクスは不機嫌にそちらを睨んだ。ケイウスが咳払いし、とぼけて明後日の方を向く。

 ややあってオルクスは盛大なため息をつき、うんざりした様子で頭を振った。

「では最初からやり直すとしよう。……ラウシール殿、急な招きにもかかわらずお越し頂けて痛み入る」

「こちらこそ、お目にかかれて光栄です」

 カゼスは白々しくにっこりと笑顔で応じた。ケイウスがぴくぴく肩を震わせ、エイルはなんとか真顔を維持しようとして奇怪な表情になる。キリリシャだけが辛抱せずに、柔らかな笑い声を立てた。

「殿、申し上げましたでしょう。ラウシール様は気安いお方です、王と臣民という立場を押し付けさえしなければ、打ち解けた話も出来ましょう、と」

「女のおしゃべりとはわけが違うのだ」

「あら、わたくしはお邪魔でしょうか」

「そうは言うておらぬ!」

 オルクスが本気で慌てたもので、笑いを堪えていた面々はとうとうふきだしてしまった。失笑を浴びてオルクスは苦虫を噛み潰し、不機嫌に腕組みをする。キリリシャが相変わらず音楽的な声で、カゼスに話しかけた。

「どうか気を悪くなさいませんように。陛下は少し気難しくなっていらっしゃいますが、それも心配事があれこれと山積しているがゆえなのです」

「あなたにそう言われたんじゃ、心配事をひとつでも減らして差し上げなきゃ、って気にさせられてしまいますね」

 カゼスは苦笑を返し、同情のまなざしでオルクスを見やった。あまり好きになれそうにないが、ケイウスの友人でキリリシャの夫なのだから、少しは良いところもあるのだろうと思いやる。もっとも、そんな内心を相手が知ったら、無礼者めと憤慨すること確実だろうが。

「ケイウスさんやキリリシャ様から話を聞かれていると思いますけど、私が政治にくちばしを挟む心配なら、無用ですよ。たとえ『長衣の者』の長に就くよう強要されて、それを引き受けることになったとしてもね」

「だがそなたはデニスに思い入れがある筈だ。長衣の者の本拠もエデッサなのだし、そなたがあの地に渡った途端に叛旗を翻すことがないと、どうして言い切れる?」

 オルクスはそう応じ、意味ありげな視線をナーシルに向けた。長椅子の隅で、ナーシルはぎくりと体をこわばらせる。カゼスはその様子を見て、小首を傾げた。やはり国王は、ナーシルの立場についても把握しているらしい。だからこそ、これほど警戒しているのだろう。

 どうすれば説得できるかと考えながら、カゼスはゆっくり言った。

「確かに、今でも私はデニスが好きです。エンリル様やアーロンや……多くの仲間がいた土地だし、あれだけ苦労してひとつにまとまったんですから。だからもし、またばらばらになっていたり、他の国のせいで荒廃していたりしたら、何とかしなければと思ったでしょう。でも、今のデニスは……見る限りでは、それほど切羽詰ってはいません。色々と不公平や不平等があるにしても」

 と、彼はナーシルに目顔で詫びてから続けた。

「それは私がしゃしゃり出て、誇張された過去の栄光を見せびらかして、どうこうすべき事ではないと思います。私はケイウスさんやキリリシャ様にどれほど良くして貰っても、だからといってレントに忠誠を誓いはしません。それと同じです。デニスのことは大事ですが、結局私はデニス人ではない。……自由を認めてはくれませんか。せめて、失踪した友人を探すぐらいは許して下さい」

 オルクスはカゼスの一語一語を注意深く聞いていたが、ややあって忌々しげに唸った。

「魔術師の失踪については、余の耳にも届いている。そなたはその原因を明らかにし、これ以上の失踪を食い止められると思うか」

「分かりません。でも、手がかりは掴んでいますし、努力しています」

 カゼスはやや驚きながら答えた。その表情を見て、オルクスが顔をしかめる。

「なんだその顔は。余が魔術師どもの失踪を喜んでいるとでも思ったか? ふん、確かにな。あんな胡散臭い連中をのさばらせておくのは気が休まらぬ。だが奴らがおらぬと――いや、奴らが務めを果たせぬと、あちこちに支障が出る。わが国の民とて害を被っておるのだ」

「それでは」

 カゼスが身を乗り出す。だがオルクスは渋った。

「弱みに付け込んで、そのまま増長しおるつもりか? いや、そうはさせぬ」

「そんなこと言ってる場合ですか」カゼスはうんざりして口を滑らせた。「じゃあどうしろって言うんです」

 その台詞を待っていたように、オルクスは口の端を歪めて笑った。

「そなたが王国に楯突かぬという保証が欲しい。そうだな、そなたの大切な友人を王宮に預けてもらおうか」

「……っ!?」

 カゼスは息を呑み、思わず腰を浮かせた。卑怯者、という言葉が喉元まで出かかる。だが、さすがにここで国王を罵倒したらただでは済まないと、理性がそれを食い止めた。

 顔色を変えたカゼスに対し、優位に立ったオルクスは傲慢な笑みを見せた。二人が睨み合っている間に、当のエイルはアーロンと顔を見合わせる。僅かな身振りと表情だけで、二人は合意に達した。

「私は構わないよ」

「僕も同じです」

 二人があっさり言ったのでオルクスは目をしばたたき、カゼスは愕然と振り返った。

「良くないですよ! 人質なんて、そんなこと出来るわけないじゃないですか! そりゃ私は余計なことをするつもりはありませんけど、何があるか分からないのに」

 珍しく猛反対したカゼスに、エイルは「まあまあ」と苦笑した。

「どっちみち、まだこっちで調査を続ける必要もあるんだし、皆でまとまっていても能率が悪いだろう。それに、王様が認めてくれるなら、これからは堂々と転移装置も使えることになる。いつでも君はこっちに戻って私達の無事を確かめられるし、情報交換もできる。安いものさ」

「だけど……っ」

 ほとんど泣きそうになっているカゼスに、エイルは優しい目をして言った。

「君は自分が危険なことは平気なくせに、他人については過保護だねぇ。大丈夫だよ、私達だって自分の面倒は見られるさ」

 彼はカゼスの手を取って、安心させるようにぽんと叩く。それから例の如くおどけた顔を作り、エイルはオルクスに向き直った。

「それに、王宮で面倒見て頂けるのなら食費の心配もしなくて済むので、むしろ陛下のご提案は心底ありがたくお受け致しますよ。ただ、ラウシール以外の三人が揃ってお世話になるのは心苦しいので、ナーシルは引き続きカゼスの荷物持ち兼護衛として働くということで、如何でしょう」

 どこまで図太いのだ、この男は。

 カゼスは目を丸くして絶句し、つい今まで土気色だったナーシルの顔にはぱっと生気が戻ってきた。対照的にケイウスは眉をひそめ、オルクスは露骨な渋面をする。

「しかし、そやつは……」

「彼に何か自分の考えがあるとしても、雇い主であるカゼスが人質を取られている状況では、滅多なことは出来ません。それに、私達は図書館に籠っている上に近衛兵だか誰だかが監視して下さるわけだから、危険な目に遭う心配はありませんが、カゼスの方はどこでどんな状況に出くわすか予測不可能です」

 滔々とエイルは述べ、眼鏡をちょいと押し上げて、温厚そうな、しかし限りなく胡散臭い笑みを広げた。

「彼がきちんと約束を守り通せるように、頼れる誰かが一人はついていませんとね」

「………………」

 その場の全員が、声を失ったかのようだった。

 ほんの数分前まで、主導権を握っていたのは国王だった。脅されているのはカゼスの方だったはずだ。が、今はどうだ?

 ほう、と感嘆の吐息を漏らしたのが、誰と誰だったか。

 ここまで見事にひっくり返されては、さしものオルクスも怒るどころではなく、椅子にすっかり身を沈めて賛嘆のまなざしでエイルを見た。

「そちが余の外交官になるなら、もっと気前の良い条件を出してやっても良いぐらいだが……それは言うても詮なかろうな」

「恐縮です」

 エイルは頭を下げたが、その表情には恐れ入った色など皆目見受けられない。キリリシャが小さく笑って、ふと思いついたように一同を見回した。

「わたくしからも、ひとつ提案があるのですけれど、如何かしら」

 そこで一呼吸置き、彼女は不安げな夫に向かってふわりと笑いかけた。

「ラウシールが約束を守る証として友人を二人もここに残してゆかれるのなら、陛下の方も、証を差し出されるのが筋ではありませんか?」

「何を言い出すのだ、キリリシャ。そもそも余は……」

「寄る辺ないこの地でラウシールの心の拠所となる、大切な、たった二人きりの友人を、引き離そうというのですよ。埋め合わせをなさるべきですわ。そう、陛下が何より大切になさっているものを、約束の証として預けられるのです」

「な、なな、なっ」

 もはや完全にオルクスは度を失っていた。キリリシャが言わんとすることは、火を見るよりも明らかだ。一方的に人質を差し出すのではなく、交換すべきだ、と。そしてそれは、国王に対して確実な価値をもつ人間でなければならない。すなわち、

「そなたを行かせろと言うのか!? いったいこれは何の駆け引きだ、クラッフ帝国と停戦条約を結ぶ為であっても、そなたを人質になど差し出しはせぬぞ!」

 オルクスは喚き、最愛の后の肩をがっしと掴んで、必死の形相で抱き寄せた。国王の溺愛っぷりを見せ付けられた面々が鼻白んでいるのも、まったくお構いなしである。まさに盲目の愛。当てられた方は堪ったものではない。

 えへんと咳払いするわけにもゆかず、カゼスはただ目をしきりにぱちぱちさせる。エイルはうつむいて懸命に笑いを堪え、ナーシルとアーロンはぽかんと口を半開きにしていた。ケイウスは明後日の方を向いて、我関せずを決め込んでいる。

「そうはおっしゃいましてもね、殿」相変わらずキリリシャの声は優しく甘い。「誠意は片方だけが見せるものではありませんもの。双方が表してこそ、約束というものは成り立つのではありません? それにわたくし、一度エデッサを訪れてみたいと常々思っておりました。とても風光明媚なところだとか」

「絶景の土地など、このレントにも腐るほどある! 大河の上流、澄んだ流れに白樺の紅葉、ヴェント山の威容と静かなミング湖、そなたが望むならばいつでも連れて行くぞ! いやそんな問題ではなくてだな、ともかく、そなたを行かせるなど論外だ、ならぬ、それぐらいなら金貨を山ほどくれてやる」

「わたくしの価値は金貨ひと山ですの?」

「そうではない、そうではなくて……ええい、ケイウス!」

 いきなり怒鳴りつけられ、ケイウスはびっくりした顔で振り向いた。は、と彼が返事をするより早く、オルクスはよく考えもせずに喚いた。

「そなたが行け、そなたが!」

「は!?」

「キリリシャを差し出すほどの価値など、この取引にあるものか! そなたが代わりに行け! それで良かろう!!」

 良くない。ちっとも良くない。今、論点はどこへ飛んでいったのだ。

 国王夫妻を除くその場の全員が、内心でそう突っ込んだ。が、あまりに突拍子のない展開に一同が面食らっている隙に、キリリシャが申し訳なさそうにケイウスを見つめてとどめを刺した。

「陛下、そのように旧友を安売りされるものではありませんわ。でも……ケイウス、あなたがわたくしの名代として行って下さるのなら、わたくしも安心です。引き受けてくれますか?」

「………………」

 王妃の頼みに、否と答えられる家臣がいようか。ことに、その后を狂おしいまでに愛している国王が、彼女の横から血走った目で睨み付けているとあらば。

 それでもケイウスは、一応ごほんと咳払いして抗議を試みた。

「陛下。私はしがない元軍団兵に過ぎません。妃殿下の身代わりなど、あまりに畏れ多く……」

「当たり前だ、キリリシャに代わる者などおるものか。いいから行け、そうだ、そなたが行けばちょうどラウシールの監視役にもなってうってつけではないか。うむ。それに、そなたに何かあれば父将軍が黙っておらぬから、人質としての価値も充分あろう。よし、決まりだ、さっさと支度をするが良い」

 問答無用、とオルクスは畳みかけ、あとはもう周りなど目に入らぬ風情で、キリリシャの髪を撫ではじめる。ケイウスは頭痛を堪えるように眉間を押さえ、それからため息を押し隠して「畏まりました」と一礼した。

 どうにも白けた気分で、王と后を残して一同は部屋を辞した。

 最後に席を立ったカゼスは、キリリシャがちらと自分に目配せをくれ、悪戯っぽく微笑んだのを見て目を丸くし、参りました、と無言の苦笑で伝えたのだった。


 廊下に出ると、口々に深いため息が漏れた。

 カゼスは疲れた顔でケイウスを見やり、彼もまたげんなりした様子で振り向いて、互いに苦笑した。

「妃殿下にしてやられましたね」

 ケイウスは小声で言ってから、一同を見回した。

「こんな事になってしまって、申し訳なく思っています。ですが起こり得た状況の中では、ましな方でしょう。アーロン、エイル、あなた方には引き続き離れを使って頂けるように、陛下を説得します――また後で。私がこちらに残れたら問題はなかったのですが、そうでないとなると、不当な扱いを受ける恐れがありますからね」

「なんだか、あなたが一番割を食ってる気がしますね」

 すみません、とカゼスは恐縮した。ケイウスは首を振り、ナーシルを一瞥して皮肉な笑みを浮かべた。

「ナーシルも災難ですよ。まさかまた私がのこのこ付いて来るだろうとはね」

「俺に話しかけないでくれ。腹が立って見境がなくなっちまうからな」

 ナーシルはもはや遠慮容赦なく敵意をぶつけ、むっつりと腕組みした。カゼスは二人を交互に眺め、板挟みになる己の身に気付いて目をしばたたいた。

(もしかして私も結構、可哀想だったりして……)

 半ば冗談で自己憐憫の情を抱くと、なんだか本当に悲しい気分になってきたので、慌ててカゼスは頭を振った。

「まぁ、ともかく、一旦戻って色々と支度をしましょう。エイルさん、アーロン、二人とも……本当に、すみま」

「いいんだよ」

 はいそこまで、とエイルがカゼスの口をふさぐ。アーロンも苦笑を浮かべてうなずいた。

「あなたが戻って来られるまでに、出来るだけ調査を進めておきます。だから、カゼスさん、あなたも……頑張って下さい。どうかご無事で」

「…………」

 カゼスは胸が熱くなり、思わず両腕を広げて、二人の肩を同時に抱きしめた。アーロンとエイルは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに微笑んでそれぞれがカゼスの背にそっと腕を回した。

 温かな感情の通う場面に居心地が悪くなってか、ナーシルがちょっと頭を掻き、とぼけた風情で遠慮がちに口を挟む。

「あー、いいなぁ。今からでも俺、どっちかと交代しようかなぁ」

 カゼスが失笑し、エイルとアーロンも笑い出す。

 ケイウスが帰り道の先導を始めた後も、四人はごく自然に身を寄せ合うようにして歩いていった。


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