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五章 (3) 対策会議



 どうにかエンリルが気力を取り戻すまでに、カゼスとセレスティンは改めて自己紹介し、仲間のことも簡単に説明する時間があった。

「ラジーを助けて頂いたこと、感謝しております」

「ああ、あの子、ちゃんと無事に帰れましたか?」

「はい、おかげさまで。それにしても、偶然ですね。まさかアーロン卿まで揃うなんて」

 微笑みかけられ、アーロンは赤くなって苦笑した。

「僕は学生です。あのアーロン卿とは似ても似つきませんよ」

「その方が幸せだ」

 口を挟んだのは、ようやっと衝撃から立ち直ったエンリルだった。他の全員も初耳だったのならともかく、この場でカゼスがラウシールであることを知らないのは、自分だけなのだ。いつまでも現実を否定してもいられない。

 そして一度受け入れると、順応も対処も早いのが彼だった。むくりと身を起こし、青褐色の瞳をカゼスにひたと当てた。

「本物だと言うなら、ひとつ訊ねたい。今度はここで何をするつもりだ?」

「呆れた」セレスティンが眉を上げる。「ラウシール様にその態度はないでしょう。もっと敬意を払ったらどうなの。大エンリルと同じではないと言うのなら、なおさらよ」

 エンリルはじろりと不機嫌なまなざしをくれた。

「君はもう前々から彼と結託していたようだがね、私はたった今、知らされたばかりなんだ。君たち魔術師が何を考えているのか、分からなくなってきたよ」

「結託してなんかいません。そもそも『長衣の者』の問題は行政の管轄ではないんですからね。報告の義務もありません」

 棘のあるやりとりに、他の三人は身の置き所がなくてそわそわする。この事態に慣れているハキームが割り込まなければ、二人の口論はまだ続いていただろう。

「またですか、お二人とも。せめて客人の前でぐらい、控えて下さいませんかね」

 淡々と言いながら、ハキームはテーブルに人数分の紅茶を並べる。セレスティンとエンリルが揃ってむっつりしたので、カゼスは苦笑してしまった。

「とりあえず、状況を整理しましょう。まず私の方から話します」

 そう前置きすると、カゼスはごく簡単に、自分の故郷のことには殆ど触れず、いきさつを説明した。自分にとってはデニス統一が五年前であること、呼び声に引き寄せられたこと、この時代で知り合った商人を通じてアーロンと出会ったこと。イブンの事をごまかすのは少し苦労したが、なんとか辻褄を合わせられた。

「ですから、さきほどのご質問ですけど、何をするつもりかと言われたら『なぜ自分がここにいるのかを突き止める』というのが答えになりますね。変な話ですけど」

「まったくだ」エンリルがうめいた。「ではおまえも、自分で意図して私を見ていたわけではないんだな?」

「違いますよ。見えていたのは確かにあなたですけどね。別に覗き見してたわけじゃありませんから、ご心配なく」

 おどけて笑ったカゼスに、エンリルは胡散臭げな顔をしただけだった。冗談が通じず、カゼスはやりにくそうに頬を掻いた。同一視することが多分に失礼であり、危険でもあると分かってはいるのだが、いかんせんこうもそっくりでは、重ねるなという方が無理だ。

 気まずい空気をごまかすように、セレスティンが口を開いた。

「では、次は私から。ちょうどエンリルとも相談していたところですが、現在の魔術師を取り巻く状況について説明致します」

 恭しい、とまでは行かないが、セレスティンのカゼスに対する態度はかなり丁寧だ。エンリルからすれば、それも気に食わない。面白くない、と言わんばかりの顔をした彼を、しかし、セレスティンは完全に無視した。

 セレスティンが告げた内容は、カゼスたちにとっては衝撃的なものだった。

 魔術が殆ど使えない、ということは既に分かっていたが、魔術師が原因も犯人も分からぬまま失踪を続けている、などとは予想だにしなかった。

「もしかして」アーロンが声を上げた。「無関係ではないとおっしゃったのは、僕が前にお世話になった、あの人が?」

「そうです。聖堂の責任者、ラフスマズ氏も『長衣の者』であり、現在行方が分からなくなっている一人です」

 セレスティンがうなずいたので、アーロンは打ちのめされた様子で絶句した。しばらくして頭を振り、小さく「そんな」とつぶやく。

「親切にして下さったのに。いい人でした」

「死んだみたいに言わないで下さいよ」カゼスが急いで口を挟んだ。「あくまで失踪なんでしょう?」

「今のところはな」

 無慈悲に厳密な答えを返したのは、言うまでもなくエンリルだ。セレスティンが睨んだが、効果はない。彼は少し考えてから、セレスティンの説明を引き継いだ。

「依頼を受けて、『長衣の者』以外の失踪についても調べてみたが、関係があると思われる例はない。まるでラウシール一人を呼び寄せるために、魔術師が生け贄にされたかのように思えるな」

「いくら何でもそれはありませんよ」

 さすがにカゼスもムッとなった。

〈リトル、港に戻ってヤンノさんに伝えてくれないかな。総督に身元がばれてしまったから、今後は私たちとは無関係のふりをした方がいいです、って。この様子じゃ、あっちに迷惑がかかりかねないよ〉

〈分かりました。すぐに戻りますが、それまで気をつけて下さいね〉

 精神波でやりとりしながら、カゼスは口で別の言葉を続けていた。エンリルには精神波も聞かれる恐れがあるので、音声に注意を引き付けておきたかったのだ。

「仮に私と引き換えにするとしても、単純に質量だけの問題ですから、誰か一人だけですみます。人間でなくたって構わないんですよ。馬でも牛でも、岩だって」

 作戦が功を奏したのか、それとも聞き取るだけの力がないのか、エンリルは精神波に気付いた様子は見せなかった。

「そうであって欲しいものだな。仮に何者かがラウシールを招くためにこれだけの事をしたのだとしたら、さぞかし失望しているだろうから」

 無礼極まる発言に、セレスティンが怒りのあまりさっと青ざめる。カゼスは急いで、彼女よりも先に言い返した。

「だから、そんな事はありませんってば。魔術師の長と親しい間柄なのに、随分と古めかしい偏見をお持ちなんですね」

 痛い所を突かれて、エンリルが嫌な顔をする。カゼスはこれでおあいこだとばかり、おどけて眉を上げた。

「ついでに言っておきますけど、ラウシールと呼ばれる私も、一応は人間ですから。惑星上のすべての力を一度に引き受けて調整するなんて、神様みたいな真似はできませんよ。特に力の強いここでは、話になりません。私なんか一瞬で消し飛びます」

 そこでカゼスは、やや失望した様子のセレスティンを見やり、苦笑した。

「ご期待に添えなくてすみませんね。でも、これだけ荒れていたら一人では無理です。惑星上の人間が全員魔術師で、同時に精神を開いて力を分担するとしたら、可能かもしれませんが……それでも多分、私と同等以上の容量がある魔術師が十人は必要でしょう」

「何にせよ、魔術が使えない現状に変わりはないわけだ。まやかしが使えない今、その青い髪は何よりの証拠になる」

 エンリルが冷ややかに言った。その言葉に含まれる奇妙な響きに、カゼスは警戒して身構える。エンリルは彼を見て薄く笑うと、書記を呼んだ。

「ハキーム。ラウシール殿を宿舎にご案内しろ。丁重にな」

「エンリル! 何をするつもり?」

 セレスティンがさっと動き、カゼスを守ろうとするようにハキームとの間に立ち塞がる。カゼスは呆気に取られてエンリルを見つめた。その間抜け面を一瞥し、エンリルは淡々と言った。

「セレ。聞いての通り、ラウシール殿は現状に何ら打つ手をお持ちでない。君たちにとっては何の助けにもならないわけだ。ならば、彼の身柄は行政の問題。現状でラウシールの存在を知られでもしたら、帝国再興を願う馬鹿な短絡思考の連中にどんな口実を与えることになる? 見られるわけにはいかない。決して」

「だから監禁する、と言うのね。そんな権利、あなたにはないわよ」

「いいや、あるさ。治安を維持するためだ。ああ、心配しなくてもアーロン、君の自由は保証する。調査にも便宜を図ろう。それに、連れだとかいうエイル、あなたについても、ラウシールの存在を口外せぬ限りは、自由に行動してもらってかまわない。ラウシール殿に代わって、帰り道でも呼び声でも馬でも鹿でも、何でも探してくれ」

 あまりに簡単に話を進められるので、カゼスは自分の事を勝手に決められているのだと実感できず、あんぐり口を開けてしまった。そんな本人に代わり、セレスティンが猛烈に抗議を始める。しかしエンリルはいつものように、癪に障るほど平静に反論した。

 しばらくカゼスは自分の身柄を巡る口論を聞き流していたが、ようやく我に返ると、二人の言葉が途切れた隙を見付けて「あのー」と口を挟んだ。

「食事と寝床がもらえるのなら、むしろありがたいんですけどね」

 とぼけた事を言い出したカゼスに、セレスティンが困惑し、エンリルは疑わしげな顔をした。カゼスは二人を眺め、苦笑する。

「でもエンリル様、一呼吸ほどの間だけでも力場が落ち着けば、私はどこへでも出て行ってしまえるんですから、監禁という手が有効だとは思えませんよ。いくら魔術が使えないと言っても、完全に、恒久的に不可能だ、というのではないんですから」

 言われてやっと気付いたらしく、エンリルとセレスティンは目に見えて気抜けした。真剣に言い争っていたのに、その前提からして間違っていたのだから、馬鹿馬鹿しい。

「私も自分が争いの元になるのは本意じゃありませんから、その……物騒な人達には見付からないようにします。それでは不足ですか?」

 ほとんどいたわるようにカゼスが言うと、エンリルはため息をつき、先刻自分がむしり取った布を投げて寄越した。

「この程度の対策しか取らないで、不足かと問うのか?」

「あ、まぁ、それは……何か考えます。なるべく人との接触も避けますし」

 カゼスはそう言ったが、いかにも頼りなげな口調なもので、エンリルを納得させることは出来なかった。渋面のままのエンリルに、セレスティンが提案した。

「学府においで頂くのが一番良いのじゃないかしら」

「どうかな」エンリルの返事は冷ややかだった。「長衣の者たちの中立を本当に信じるほど、私がおめでたい頭をしていると思うのかい。聖地での集会に関して警告しただろう」

「あの件はまた別問題よ。私たち魔術師は心の中でデニス独立を夢見ていても、それを行動に移すことは出来ないわ。入門の誓約が私たちを縛っているし、そうでなくとも、誰かがそんな真似をすれば魔術師全体を紛争の泥沼に引きずり込むことになると、理解しているもの。行き着く先が破滅しかないこともね」

「皆が君ほど物分かり良くはないと思うがね」

「エンリル、だったらどうすると言うの? ここに引き留めておく方がよほど危険でしょうに。それに、ひとつ気掛かりがあるのよ」

 いつの間にか大きくなっていた声を、言葉の後半で慌てて低める。セレスティンはささやくように続けた。

「ラウシール様にぜひ力を貸して頂きたい事なの。イシン右輔の様子がおかしくて」

 ひたむきなまなざしを受け、エンリルはそれでもまだ思案したが、結局は諦めて深い息を吐いた。

「そういう事なら、致し方ないな。要人を手放すのは不安なんだが、最終的な目的のためには貴重な駒を犠牲にせねばならない局面もあることだし」

「最終的な目的?」

 カゼスが不審げな声をもらすと、エンリルは振り向いてにやりとした。

「言えば力を貸してくれるのか、『偉大なる青き魔術師』殿? かつて大エンリルを助けたように」

 皮肉と言うにはあまりに棘々しい言葉だったが、カゼスは肩を竦めてやり過ごした。

「場合によってはね。私を呼ぶ声と共にあなたの姿が見えたんだから、良かれ悪しかれあなたとは関らざるを得ないんでしょうよ。出来れば厄介事は避けたいんですけど、既に充分厄介な状況になっているとも言えるし」

 言いながら、カゼスは不器用な手つきで布を頭に被せる。エイルが慌てて手を出し、カゼスがせっかくまとめた髪をめちゃくちゃにしない内に、急いで布で覆い隠した。

「まぁ、とりあえず私が力になれる事があるのは長殿の方みたいですし、エンリル様さえ構わなければ学府に行こうと思います。何か私に用が出来たら、呼び出して下さい」

「私としてはむしろ、どこでもいいから貴様の呪われた故郷に帰れ、と言いたいね」

 エンリルは苦々しく唸り、悪霊を払うまじないの手つきをして見せた。途端にセレスティンが失笑したので、エンリルは驚いて目をぱちくりさせた。激怒するならともかく、まさか笑うとは思わなかったのだ。だがセレスティンは必死に笑いを堪えている。

「よして、エンリル。あなたが悪霊だなんて言うから、ラジーがすっかり怖がってしまったのよ。あなたを見ていた気配の正体がラウシール様だった、なんて教えたら、きっと可哀想なぐらい動転するでしょうね」

「そうなのかい?」

 エンリルは何やらよく分からず、きょとんとする。その顔が可笑しくて、セレスティンはとうとう声を立てて笑った。エンリルは曖昧な顔をしていたが、じきに、久しぶりに見る幼なじみの笑顔につられ、微苦笑を浮かべる。

 そんな二人の様子に、カゼスはおどけて眉を上げると、白々しく明後日の方を向いて、何も見ていないふりをしたのだった。


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