私は……
前回から一週間ほど後
「そんな馬鹿な……まだ実用段階じゃない!」
私が音声認識機能をオンにしたときに、最初に聞こえたケーゴの言葉だ。
「まったく、何を考えてるんだ上は!」
どうやらケーゴはミハイルに怒鳴り散らしているようだ。ミハイルは下を向いている。
「俺に当たられても困る……」
ミハイルは眉をひそめている。
いったいどうしたのだろう。
『ケーゴ、何かあったのですか?』
私が尋ねると、ケーゴは私の方を向き、すぐに視線を逸らした。
「ジバ……実は……」
「あなたの実戦配備が決まったのよ」
渋るケーゴの代わりにジュディがそう答えた。
私が、実戦配備……。
「まだジバは戦える状態じゃない……」
ケーゴは下を向きながら言った。今まで、こんなに暗いケーゴを見たことがない。
「あら、ジバの戦闘能力は実戦でも十分に通用するものよ」
ジュディがそう言うと、ケーゴが顔を上げてジュディに掴み掛かった。
「ジュディ、どっちの味方だ!」
ケーゴが怒鳴ると、ジュディは冷たい目をしてケーゴを見た。
「私は現実主義なの。だから事実しか見ないわ。それで私から言わせれば、ジバは十分に通用するのよ」
ケーゴは納得の行かない様子でジュディを放した。
「オレの味方は居ないのかよ……」
ケーゴは拳を強く握り、震えながらつぶやいた。
ケーゴ……
「気分はどうだジバ?」
『あなたこそ、ケーゴ』
私が聞き返すと、ケーゴは顔を背けた。
「……これから実戦だけど、おまえはどう思う?」
ケーゴは足元を見ながら聞いてきた。
『それは私の機械的な部分に聞いているのですか? それとも『私』に直接聞いているのですか?』
そう聞き返すと、ケーゴはしばらく考えた。
「……おまえに、だ」
『私としては、嫌です。相手は、演習用の動く人形ではない、生きた人間なんですから』
私がそう言うと、ケーゴ、ミハイル、ジュディの三人は驚いた顔をした。
「生きた人間、ねぇ」
「生きた人間、かぁ」
ジュディとミハイルが同時に言った。ケーゴはやっと顔を上げて私を見る。
「そうか……生きものを殺すのは嫌か……」
私がうなずくと、ケーゴは微笑んだ。
「じゃあ、殺さないように戦うといい」
ケーゴはそう言うと、涙を一筋流した。私はその涙を見た途端、苦しい感じに襲われた。
私が苦しいと感じるとは、おもしろいやら悲しいやら。
「そろそろ到着するわ。……頑張ってらっしゃい、私達のかわいい息子……」
ジュディは言い終わると顔を伏せた。泣いているようだ。
ミハイルは泣くまいと耐えている。彼は機械を操作して入り口を開けた。
「……ジバ、ちょっと頭をだせ」
そう言われ、私はしゃがんでケーゴに頭を見せた。ケーゴは私の頭を開き、データを改竄した。
[マスター、ケーゴ・タチバナ、登録解除]
『ケーゴ……』
「いいか……逃げろ! この戦いが終わったら戻ってくるな。戻ってきても、また嫌な戦争をさせられるだけだ」
ケーゴはそう言うと、私の頭を閉じた。
「おまえはソーラーチャージができるからエネルギー切れの心配はない。どこか別の国にでも山にでも逃げ込んで、『考え』をゆっくりやるといい。野生動物の観察なかんかも、時間を気にしないでできるぞ」
ケーゴは震える声で私に言った。私はケーゴの顔を見ることができなかった。
つらい。
ケーゴ達と別れるのも、戦いをするのも。
こんなことなら、私は普通の機械として作られたかった。
「さあ行け!」
ケーゴは力一杯に私に言った。私は三人の顔を見ないように、移動用トラックから飛び出した。
彼らの顔を見たら、ケーゴの言ったことを守れそうにない気がしたからだ。
さようなら、ケーゴ。
さようなら、ジュディ。
さようなら、ミハイル。
そして……
さようなら、私の感情。
さようなら、私の今までの記憶。
さようなら、ケーゴ達と過ごした時間。
さようなら……
私は、AIの『私である』部分を切り離した。
戦いをするのに、感情は邪魔だ。
ケーゴ、あなたが作り上げた『私』という兵器は最高傑作であるということを、敵のゼネイル帝国に見せ付けよう。
私は……わたしは……ワタシハ……
シ ア ワ セ ダ ッ タ ト オ モ ・ ・ ・ ・ ・ ・――――――――