これが、外……
前回の数時間後
私はM-157
いや、今日からジバだ。
「……ふむ」
大きな机に肘をついて、資料と私を交互に見る老人。彼はデリンジャーというらしい。
「わかった、演習地での模擬戦を許可する。いい結果を待っているぞ」
デリンジャー中将は資料を机の上に置いた。視線は私に向けられている。
「はっ! ありがとうございます、デリンジャー中将殿!」
ケーゴはそう言って敬礼をした。私もしなければならないらしいので、敬礼をする。
「では、失礼します!」
ケーゴは背筋を伸ばして歩く。私もする。
再び敬礼をしてから部屋を出た。機械ながらに面倒だと思えてしまう。
「よかったなジバ、外に行けるぞ」
『はい、ありがとうございますケーゴ』
本当にありがとう。
「よし、じゃあ模擬戦闘を始めるぞ。ジバを出せ」
ミハイルの声とともに、私の視界に光が差し込む。今まで移動用トラックの中にいたのだ。窮屈で暗い。
これから、外の世界を見られる。これが人間でいう『ワクワク』なんだろうか。
「ジバ、これが外だ」
ケーゴは私の横に並び、そう言った。
素晴らしい。これが、外というものか。
今までの鉄の部屋とは違い、周りは一色ではない。
緑の床に青の天井。壁などは存在せず、どこまでも限りなく続いている。
緑の床は草原といい、青の天井は空というらしい。ネットワークで外の画像を見たが、それ以上に美しい。
さらに観察すると、実験動物ではない野性の動物達がたくさんいた。
「自然観賞してるところ悪いが、そろそろ始めるぞ」
ケーゴが私に不粋なものを付けながら言った。仕方がない、これが本来の目的なのだから。
『質問がありますケーゴ。模擬戦闘を終わらせたあとに時間はありますか?』
それが気になって仕方がない。私の本来の目的は外を楽しみ、『考え』の題材の一つにすることなのだから。
「ああ大丈夫だ。時間は日が沈むまである。だから、さっさと終わらせよう」
ケーゴは嘘をつかない。だとすれば、私が外にいられる時間は約七時間ある。
早く終わらせれば、この不粋な『機動銃』を取りのぞき、考えることが出来る。
「標的、機動確認。数、六機」
ミハイルがモニターを確認していった。さてと、行くとするか。
『戦闘開始』
私は足裏に付けられたジェットローラーで大地を滑る。
しばらく進むと、木の裏にうごめくものがあった。間違いなく標的だ。
『ロック』
照準に捉え、機動銃を放つ。この作業に一秒もいらない。
『撃破確認』
標的はそこに植えていた木と一緒に吹き飛んだ。私はすぐさま照準機能を調整した。
こんどは木を吹き飛ばすまい。
『標的二つ捕捉、ロック』
機動銃を二度振動させる。今度は木を吹き飛ばすことなく標的を撃ち抜いた。
『標的残存数、残り三』
残りの標的はレーダーには映っていない。
考えられるのは二つ。一つは、相手は電子戦機である。もう一つはどこかに身を潜めているかである。
これは模擬戦なので、前者は考えにくい。電子戦機はコストが通常の倍以上かかるからだ。
だとすれば後者か。厄介な。
私は岩の影に隠れた。うかつに動けば逆にやられてしまう。
標的は弾を撃つ代わりにペイント弾を撃ってくる。あたった箇所は自分で機能を停止し、実際の戦場と同じ状況にする。
私は岩の影からレーダーワイヤーを延ばし、辺りを探る。
ワイヤーは自由に動かせるのでアンテナ式より性能はいいが、消費電力が大幅に高くなっている。
『標的、捕捉』
どうやら、三時の方向四百メートルの地点にある岩の後ろに隠れているようだ。向こうは私を見失い、あわててアンテナを広げているようだ。
機械があわてるなんて表現、我ながら滑稽に思える。
私は機動銃の効果範囲を絞るためにロングバレルを装着した。これにより、貫通能力が上がる。
『ロック』
私の放った銃弾は見事に岩を貫き、標的のメインエンジンを貫いた。
『残り、二』
私は岩影を飛び出し、走った。どうせワイヤーを伸ばしたところでエネルギー切れで動けなくなるだけだ。ならばわざと相手に撃たせて、その弾道を辿って発見したほうがましだ。
予想通り、標的は私目がけて撃ってきた。予想外はと言えば、それが十字砲火だったということだ。
一機は木の上、もう一機は土の中か。
『右腕、ダメージ。機能停止』
これくらいは想定の範囲内だ。私は迷わず右腕を切り離し、土の中の標的に接近した。もちろん正面からではなく、上空に跳躍した。
標的は一瞬私を見失う。それが戦場での生死を分ける。
『パイルヴァンカー発動』
ガキィン!
鋭い金属音が響き、私の左腕に内蔵されているパイルヴァンカーが標的を貫いた。
『残り、一』
あとは木の上で弾幕を張っている標的を落とすだけだ。パイルヴァンカーのストッパーを解除し、標的目がけ放つ。
飛び出した鉄杭は標的を貫き、標的は爆発した。
『ミッションコンプリート』
私は全機撃破を確認したあと、帰投した。
「やるじゃないか! いい成績だよ、本当に!」
『ありがとうございますケーゴ』
ケーゴが私を誉めた。ジュディとミハイルも目を見張っている。
「命中率百%、信じられないな、こりゃ」
ミハイルは苦笑いしながら私を見上げる。
「タイムは三分二十二秒、本当にすごいわ。最速記録よ」
ジュディは記録装置の画面を見ながらつぶやいた。私はどうやらすごいことを成し遂げたらしい。
「よし、データは取り終わった。ジバ、待ちに待った自由時間だ」
ケーゴは笑って私の肩を叩く。私はケーゴに礼を言い、立ち上がった。
ああ、外だ。
夢にまで見た、と人間ならそう例えるだろう。それほど待ちわびたのだ、私は。
風を速度測定装置で感じる。風速0.二メートルなどと表示が出る。邪魔なのですべての計算機能を停止させる。
これで私は人間に近い感覚で自然を感じることができる。小鳥のさえずりもヘルツやデシベルで表示されることもない。
いつしか空は茜色に染まっていた。西の方角を見ると、真っ赤な夕日が地平線へと沈んでいく。
心が温まるとは、このような感覚なのだろうか。
同時にもの悲しさも憶えた。ああ、もう戻る時間なのか、と。