まったく、人間は……
私はM-157
昨日から八時間十五分が経過した。
考えるというのは楽しい。考えても考えても、また新たな疑問が生まれる。
マスターのケーゴが部屋に入ってきたから、『考え』の途中経過をメモリに保存しておこう。
「やあおはよう。調子はどうだい?」
『おはようございますケーゴ。調子はいいです』
明るくあいさつをしてくるケーゴ。昨日の驚いた様子が嘘のようだ。
そういえば、ジュディともう一人の男がいない。
『ケーゴ、あの二人はどうしたのですか?』
気になった私が聞くと、ケーゴは一瞬驚き、すぐに表情を戻した。
「ああ、ジュディとミハイルか。あいつらはまだ睡眠中だ」
ということは、ケーゴは早めにここに来たという事か。
「あら、私はもう起きてるんだけど」
ジュディが鉄の扉を開けて入ってきた。ここの扉は防音性に優れていないらしい。
「おはよう、M-157」
ジュディは笑顔で私に言った。
『おはようございますジュディ』
私があいさつを返すとジュディはうれしそうに笑った。何がうれしいのだろう。
「ねえケーゴ、この子に名前をあげなきゃね」
ジュディはケーゴの横に並び、身長が60cmほど違う私を見上げる。
「名前、ねぇ」
ケーゴも私を見上げる。
名前。人間が生まれたときに付けられるものらしい。『考え』の参考にするためにつないだネットワークのデータにそうあった。
私達機械でいえば、型式番号の横に付く愛称と同じだ。
人間というのは、名前を付けるのが好きな生きものなのか。
「ジバ、なんかどうだ?」
突然扉が開き、ミハイルが入ってきた。本当にここの扉は防音性がないようだ。部屋の外に筒抜けだ。
「ジバ? ヘンテコリンだなおい」
ヘンテコリン? 初めて聞く言葉だ。私のメモリにも登録されていない。
今度ネットワークに繋いで調べてみるか。
三人が話し合いを始めた。楽しそうに話し合っている。
話の内容を聞いていると、どうやら私の名前を考えているらしい。
「よし、じゃあ今日からジバだ!」
話はまとまった。結局ジバになった。
それにしても、ミハイルはジャンケンが強い。
「しょうがない。今日からおまえはジバだ」
『わかりましたケーゴ。私は今日からジバです』
ケーゴは半ば納得いかない様子であるが、決まってしまったものは仕方がない。
「よし。じゃ、まずは稼動性能をチェックするか。付いてこいジバ」
『わかりました』
ケーゴは私を引きつれて部屋を出た。後ろに二人が続く。
私は初めて部屋の外に出た。ここは廊下という、部屋と部屋を繋ぐ道らしい。
「二足歩行には問題無し、と」
ジュディが何やら手元のボードに何かを書き込んでいる。まあ、何でもいいが。
曲がり角を左に曲がる。次に右だ。
「左右方向転換異常無し」
ジュディが再び書き込んでいる。これは予想だが、どうやら私の動きに異常が無いかどうかを調べているのだろう。
しばらく歩くと、ケーゴは一つの扉の前で止まった。
扉を開けて中に入るケーゴ。私と後ろの二人も続く。
「よし、歩行に問題はないな」
「ええ、問題無しよ」
ケーゴはそうかとうれしそうにうなずくと、私のほうを見た。
「じゃ、始めますか」
最後の検査を終え、結果を見ている三人。色々と検査結果について話し合っている。
私は『考え』の続きをしようと、メモリ内からデータを引き出した。
「二足歩行で、しかもAIチップだけでここまでとは……」
ミハイルの声だ。
そうだ、私はいったいなんなのかわかるかもしれない。彼らの話を聞いてみよう。
「確かに、信じられるものではないわね」
「こいつはまさか……」
ケーゴが何かを言いかけてこちらにきた。
『なんでしょうかケーゴ』
「ジバ、おまえの好きなことは?」
ケーゴがこう質問すると、後ろの二人は驚いた顔をする。
『考えることです』
私がそう答えると、三人はさらに驚いて私を見る。
「じゃあ、今は何がしたい?」
『外に出てみたいです』
三人は驚いて口を開けている。これがネットワークで見た『開いた口が塞がらない』なのだろうか。
「……出してみるか」
ケーゴがそう言うと、後ろの二人は反対した。
「まあまあそう言わずに」
「まあまあそう言わずに、じゃないぞ! だいたいなー……」
「それになんのために……」
あれから十二分と三十二秒が経った。秒は常に進むのであまりあてにはならないが。
「とりあえず一回だけ。上にもこの結果を報告して、模擬戦データを取るって言えば問題ないだろ」
「はぁ、隠せって言ったのはあなたよ。……もういいわ、反対するだけ無駄ってわかったから」
ジュディが反対から賛成に回ったようだ。
「げ、ジュディが寝返った……あー、わかったよ! 俺も賛成するよ!」
結局、ミハイルも賛成にまわり、私は外に出られることになった。
まったく、人間はおもしろい。
さまざまな『個性』がある。私のこの考えも『個性』なのだろうか。
また新しい『考え』の題材が出来た。