第26話
「仙花。ねぇ、仙花。」
チャールズと司法院の戦いが終わったあと、真っ先に灰色のボブの少女は、司法院の亡骸に駆け寄った。
何度も何度も名前を呼び、体を揺すっても反応は帰ってこない。
少女は、ポロポロと涙をこぼし、嗚咽を漏らした。
それを黙って、背後から見つめるルチア。彼女自身も悲しみを堪えているようだった。
「仙花...。」
少女は名残惜しそうに司法院に触れていた手を、離した。
「お前達、許さない。戦争で死ぬのは覚悟してた。私も仙花も。でも、私達がお前達に、何をした?『大天使』、それが何?そんなくだらない理由で...。」
ふるふると少女は握りしめた拳を震わせた。
「くだらないって、貴方、意味を分かって...。」
アイシャが、咄嗟に言う。
「くだらないから...、くだらないって言ってる。」
少女の声は、凛としていた。
「こっちは、魔術師にリョカちゃんを殺された。私や仙花の親友。あいつらが何をしたと思う?集団で1人のリョカちゃんを囲んで滅多打ちにした。許せない。あの子は、『大天使』が来た以上、この戦いを望まない。でも、それだと私の気が収まらない。だって、そうでしょう。」
ポロポロと涙を流し、少女は言った。
「ここで、戦いをやめてしまったら、『大天使』に屈服してしまったら、私はあの子に顔見せできない。それに、自分が嫌いになる。だって、諦められるほど、安い友達じゃない。大切な親友だから。」
少女はグッと拳を握る。
「『緋色の旅団』幹部、恋歌。いざ参る。」
ダッと少女、恋歌は駆けた。
「お嬢。ここは俺が行く。あの嬢ちゃんの心意気、気に入った!」
ニヤリと大男、ガルムは笑った。そして、大筒を構えて、迎え撃った。
建物の半分は倒壊していた。壁は崩れ落ち、廊下に並んでいた彫刻品の数々は、その姿をゴミに変えていた。
「ふぅー。これで、気を失ったようだな。」
地面に降ろした大筒がガンと音を立てる。所々ヒビが入っているアーマーを来たガルムは足元に転がる恋歌を見て行った。
少女は身体中土煙りで汚れているが、目立った外傷は無い。
ガルムは恋歌に近付き、その体を担ぎ上げた。気を失い、力が入っていないため、足と腕はプラーんと重力に従い、ぶら下がっている。
「お嬢。この嬢ちゃんは連れて帰る。」
ガルムは先程まで戦いを観戦していたおのが主人、アイシャを見て行った。
「 それはどういうことですか~?私達は『緋色の旅団』の殲滅を、弥勒様から言われているのですよ~。彼女を生かすわけにはいかないのですけどぉ~。」
アイシャはのほほんとした口調で言うが、その眼光は鋭いものだった。
「確かに。だが、この嬢ちゃんの想いは、心意気は、信念は残す価値がある。俺達は今まで旅して来たが、この嬢ちゃんのような存在は必要だ。」
ガルムは言葉を選びながら、堂々と言う。
「しかし、ガルム、その子を生かしておくのは些か、愚かではなかろうか?その子が目を覚まして、「はい、仲間になります。」とはいかないのでは?下手をすれば復讐心に駆られ、こちらに死人が出る可能性もある。ガルムほど強ければいいですが、こちらにはアリスやクリス、ルシファなど未熟なものもいる。それを分かった上の発言なのですかな?」
司法院との戦いで、かなりの痛手を負ったチャールズが、重たい身体を無理矢理起こした。その手にはステッキが握られており、その銃口は、ガルムが担いでいる恋歌に向けられている。
「それは分かっている。だから、俺はお嬢の元から抜けさせてもらう。」
「...!!」
ガルムの宣言にチャールズに動揺が走る。
「そうですか~。それはつまり、私の側近では無くなるということですよ~。もちろん、弥勒様の部下でも無くなり、私達からの支援は無いものとなりますが、よろしいですか~?」
アイシャはガンと、空気を固める。その固まった空気に火花が散った。
チェーンソーが音を立てて、ぶつかったのだ。
チッと、少女、ルチアは舌打ちをする。その目には殺意が有りありと浮かんでいた。ルチアは空気の壁から行ったん離れようと後方へ飛んだ。引き際に二発、クナイをアイシャに向け飛ばすが、彼女に届く前にクナイは音を立てて、潰れた。まるで、プレス機で平たくされたようになっている。
「邪魔です~。私はガルムさんと話をしてます~。小娘は引っ込みなさい~。」
ギロリとアイシャはルチアを睨みつけた。ルチアは背中が泡立つのを感じる。まるで、オリョウ様が怒った時の様だと。
「あぁ、構わない。というわけで俺は離脱させてもらう。金輪際、お嬢達の前に現れることはないだろう。では、な。」
ガルムは深く一礼し、その場から立ち去った。
去り際にアイシャは一言、
「今までありがとう。」
その声は、風に乗ってガルムに届いたか定かでは無い。
「それで、感動のお別れは済んだの?」
嘲笑う声が聞こえた。アイシャは声の主、ルチアに目を向ける。
「私としては、あの筋肉男を追いかけて、恋歌を取り返したいのだけど、そこをどこうか。お前達はあれとはもう縁を切ったのだろう?」
ルチアは、拘束服の中から古今東西、ありとあらゆる拷問道具を覗かせて言う。
「生憎、ガルムとは縁を切りましたが、貴方を通す義理は無い、というより貴方は通してもらえると本気で思ってますか~?弥勒様の命を狙おうとした屑の分際で、身の程を知りなさい、下衆が。」
アイシャからのほほんとした口調が消えた。