第24話
「リリスは?」
わらわは弥勒様が部屋から出て来るなり、そう尋ねた。他のみんなも不安気な顔をしている。
「リリスは、寝てる。恐らく体力切れ、そして何より、精神的にやられてる。」
弥勒様は後ろ手で扉を閉めながら言った。その顔は強張っている。
「『七柱』のリリス君に一体何があったのかな。彼女ほどの者をここまで追い詰めるなんて、普通じゃないよ。それに、ルードディスワーカー君はどうしたんだい?彼の姿が見当たらないんだが。」
黒に身を包んだ少女、明は西九条の右肩に腰を下ろした姿勢で言った。
「それについてだが、ドイツにいたリリス達は『大天使』に襲われた。」
「!!」
『大天使』という言葉に緊張が走る。
「しかも、その際にルードディスワーカーは『大天使』の攻撃を受け、負傷、更には精神的に何らかの負荷を負った。そして、彼はリリスを襲いかけた。恐らく催眠系の何かを掛けられ、操られていると考えるのが妥当だろうな。」
「それでどうするの?」
弥勒様の報告を受け、志穂さんは尋ねた。
即ち、ルードディスワーカーを助けに行くのか、それとも『大天使』が現れた以上、『緋色の旅団』を潰して、『大天使』には早々に帰って貰うか、だ。
「『大天使』を相手にするのは、はっきり言って厳しいな。半分ぐらいは消滅しちまう。それだけは避けたい。だから、『緋色の旅団』を宣言通り潰す。」
弥勒様の言葉に、皆が首を縦に振った。
「アイシャ、ガルム、チャールズ。裏口の準備はいいか?」
『異能者』専用の回線で、3人に弥勒様が繋ぐ。
『えぇ、準備万端です~。』
アイシャから返答が返ってくる。
現在、わらわ達がいるのは、イギリスのとある大規模施設。
『緋色の旅団』が根城にしている施設である。
リリスが助けを求めた日の翌日である。
「明と暗は後方でクリスの護衛。もしもの時には、参戦してもらう。ルシファは、突入直前に隕石を落下。その後は、後方待機。その護衛に、アリスをつける。」
弥勒様は回線で作戦を説明する。
「正面から俺、楓、トスカナの3人で行く。俺達の襲撃を合図に裏口からアイシャ達が入れ。そして、志穂さんはローラを瞬間移動で『敵陣のど真ん中』に放り込め。その後は志穂さんは俺達の方に。以上だ。異論は?」
「...。」
「では、始める。」
刹那、音が爆ぜた。
宙から降ってきた『それ』は建物を押し潰していく。
そして、3人の人影が突入した。
「楓!」
「はい!」
創るのは手榴弾。一気に手放したそれらは大規模な爆発と熱風をもたらし、戦場へと変える。
裏口
「さぁ、私達も行きましょうか~。」
爆音が聞こえたのを合図に、アイシャとその側近二人も動き出した。
「ガハハ、久しぶりの戦争だな。暴れてもいいんだよな。お嬢?」
「えぇ、存分にやって下さい~。」
いつものタンクトップ姿ではなく、ごついアーマーをつけたガルムの手には、オリハルコン製の大筒を握られている。
「では、私もそれなりに頑張りましょうか。」
チャールズもステッキをくるくる回しながら、前進していく。
「これで活躍すれば、弥勒様に...おや?」
先頭を歩くアイシャの足が止まった。その目線の先には、
「活躍、無理。」
「まぁ、そないなこと言わなさんなって。」
灰色のボブの少女と、その少女より10cmほど高めの身長の女性がいた。
灰色の髪の少女は、ローブの様なものを見にまとい、女性は目つきが鋭い。
「すまないなぁ、あんさんらを通すわけには行かへんのや。」
女性は、ハイヒールのかかとを、カンカン鳴らす。
そして何より、
「...。死んでもらう。」
拘束服に身を包んだ金髪の少女であり、オリョウの弟子、ルチアが廊下の奥から姿を現した。
「で、お前らが『緋色の旅団』の幹部って訳か。」
弥勒様は正面にいる3人を睨みつける。
そして、手に持っていた『モノ』を無造作に放り投げる。
また一つ、地面に横たわる数が増えた。
床には真っ赤なカーペットが広がっている。
鼻腔に鉄錆の匂いが、猛烈にアピールしてくる。
それらは息をすることも、呻くことも動くことも無い。
「派手にやってくれたな。お前ら。」
ボサボサ天然パーマの中年男性が言った。だらしなくダボダボのジャージを身につけている。
「カカッ、修行不足だろ、こいつら。」
アフリカ系の黒人男性が、足元に広がる『モノ』を見て言う。手には、ボクシング用のグローブを身につけている。
「マイク、ボブ、油断は良くない。貴方達、二人がオリョウ様に金で雇われる程の実力者としても、ね。」
カッという甲高い音と共に、床に散らばっていた『モノ』が無くなっていた。
代わりに、1人の幼女が現れた。
少女ではない幼女だ。具体的には3歳ぐらいと思ってもらえるといい。
亜麻色の髪を髪留めでサイドテールにしている幼女だ。だが、やけに嫌な雰囲気がする。
まるで、ローラを見ている時のような。
「自己紹介が遅れてごめんね。あたしの名前は、教えない。教えたくないから教えない。これって斬新だと思わない?」
クスクスと笑う、その姿がわらわは怖いと思った。
「楓、トスカナ、安心しろ。あれの相手は俺がする。」
弥勒様が幼女を見て言う。ぶつかり合う視線を前にしても、互いに顔を逸らすことはない。
そして、どちらからとも無く、距離を詰めた。