第23話
「逃げ、ろ...。」
涙で滲む視界の中、貴方はリリスの前に立ち塞がるのが映る。
貴方の体は、ボロボロだ。そして、その心までもが、今堕ちていこうとしている。
嫌だと言うリリスの言葉は、貴方には届かない。だから、
「絶対に取り戻すから...。」
リリスの頬に涙が伝う。そう言って、リリスは、逃げた。
貴方の後ろには、リリス一人じゃ倒せない『大天使』がいる。必ずみんなで助けに来るから。
『緋色の旅団』との交渉が失敗に終わったわらわ達は、その日は宿に泊まることにしていた。
存在しない扱いのわらわ達にとって、野宿をする分には問題は無いのだが、今、この地方では、一般人がわらわ達を認識出来る異常な状態なので、念には念をということらしい。
勿論、宿に泊まるならそれ相応のお金を払わないといけないが、普段お金を使う機会が無い為、わらわ達は無一文だ。
お金の調達には、志穂さんの瞬間移動でお金を手に入れ、それを元にわらわの『物質創造』で、お金を作り出す。お金を見ることが無かったので、イメージを沸かせる為には仕方の無いことである。
そのお金を使い、宿を借りたわらわ達は、一般の旅人達に混ざって何食わぬ顔をして、夜を過ごしていた。
基本的に認識された今となっては、人間との違いは能力の有る無しぐらいなので、何もしなければ『異能者』だとバレることはない。
ガルムがいくら大声で騒ごうとも、志穂さんが酔い潰れようともただの客人に過ぎない。
それぞれがそれぞれにグループを作り、飲み食いし、話に花を咲かせる。
そんな中、弥勒様の姿が見当たらない。
わらわはそれとなく話から抜け、弥勒様を探すことにします。
いろいろと探し、屋根の上を見てみるとそこに弥勒様はいました。
屋根の上に座り、夜空に浮かぶ月を見上げている弥勒様。
その彼の隣には、体操座りをして、同じ様に月を見上げている少女がいた。
ローラだ。
その後ろ姿は縮こまっており、先程からチラリと弥勒様を見ては、直ぐに顔を月に向けるのを繰り返している。
わらわはそんな二人を隠れて見て見ることにした。
「悪かったな。ローラ。昼間は構ってやれなくて。」
「い、いえ。み、弥勒様が、わ、私なんかのこと、気、気にしないで、い、いいです。」
おどおどしながら言うローラ。耳が赤くなっている。
「わ、私は、け、穢れてますから。」
「そんなことはない!!」
ローラの言葉を弥勒様は遮る様に言った。
その声には怒りが含まれているような気がした。
弥勒様の手がローラに伸びる。
肩を抱き寄せ、ローラの頭にポンと右手を置く。
「ローラは穢れてなんか無い。こうして、頭を撫でてやれる。抱き寄せれる。何も心配しなくていい。例え、皆がお前の側に入れないとしても、俺が側に居てやる。」
弥勒様とローラが更に密着する。
「ほ、本当に?」
「あぁ、本当だ。」
ローラの身体から力が抜けて行き、安心した様に弥勒様の肩に頭を預けていた。
「な、なら、し、信じます。だから、い、居なくなったり、し、しないで。」
ローラの声はどこか弱々しく聞こえた。
わらわは、その声を最後に屋根から立ち去った。
わらわは昔のことを思い出していた。弥勒様と出会ったときのこと。
当時、わらわは未熟だった。今では『七柱』の一人に数えられるが、そのころは自分の能力の半分も理解出来て居ない雑魚だった。
『守護者』一人をやっとの思いで倒せるぐらい。
だから、その頃のわらわは常に臆病で、誰かの影に隠れていた。
そんな影から陰へ移っている時に出会ったのが弥勒様だった。
「強くなれ。」
弥勒様は手を差し伸べ、そう言った。
「強くなって、俺を守れ。」
弥勒様の言葉はすんなりわらわの頭に入ってきた。
だから、わらわはその手に自分の手を重ねた。
「それでいい。」
弥勒様はわらわを認めて下さった。
「じゃあ、そろそろ戻ろうか。」
俺は隣にいるローラに言った。ローラは物足りなそうだが、黙って俺の言う通りに立ち上がった。
「...て。」
ふと、誰かの声がした。
「た...け...。」
ガサガサと茂みが揺れる。
そこから現れたのは、
「リリス...?」
服は所々破け、汗と泥で汚れている。顔には疲労の色が見え、呼吸も荒い。
「...助けて、弥勒...。」
リリスの身体から力が抜けた様に、地面に崩れ落ちる。
俺は慌てて、家根から飛び降り、駆け寄った。