第18話
「何で、楓がここに?」
クッションのようなものに、包まれたままの俺は見上げながらそう言った。
鮮やかな黒のゴスロリは、先日、出会った『堕天使』の女と共通するが、そこに桜の柄を咲かせた着物を重ねた姿から、真逆の印象を与えていた。
肩に触れるぐらいの燃えるような赤髪と、2本のアホ毛が特徴的な少女。
「何故って、わらわが悠斗様を助けたいからでは、不服ですか?」
この間まで、俺を庇い重傷を負っていた楓は、そこに元気な状態で立っていた。
「え、でも、療養中じゃ...。」
目の前で、深手を負った彼女の傷を俺は見ている。医者からも聞いている。
とてもじゃないが、こんな短期間では治らない。
「その様なことは些細なこと。悠斗様が気にする必要は無いのです。」
楓は俺に手を差し伸べ、起き上がらせる。彼女の着物で傷口を確認することが出来ないが、動きを見ている分にはおかしなところは無い。
「其れよりも、わらわ達は急いだ方がよろしいかもしれませんね。」
楓が言ってすぐ、ヒュンと空気が切り裂かれる音がした。矢が俺の目の前で、止まっていた。正確には、楓が矢を掴んでいた。
「早く!!」
楓の一喝で、俺はクリスを抱えたまま地を蹴った。後ろから複数の足跡が迫ってくるが、楓がそれらを牽制し続けているおかけで、一定の距離が保たれていた。
それでも、クリスを抱えての移動はどうしても遅くなってしまう。故に、すぐ側にまで『堕天使』が迫って来ていた。
「伏せて。」
ドーンと鼓膜を震わせ、大地を揺るがす現象が起こった。それが、何なのか判断に迷ったが、後方を振り返った時、森が消し飛んでいた。
「ガハハハハ!!」
豪快な笑い声を出しながら一人の男が、堂々とした歩みで現れた。
巨人。
その言葉が当てはまるほどでかく、その身長は余裕で2mは超えている。筋骨隆々なその体は、鋼のような硬度を持ち、白のタンクトップが、胸筋の盛り上がりを誇張している。
毛が濃くその巨体も影響し、まるで野獣のようである。
そして何より、目に付くのはその巨体より更にでかい大筒、バズーカ砲だ。
オリハルコン製のそれを男は肩で担いでいる。
「今のを避けるとは、お前たち中々だな。」
ニヤリと歯を見せ、男は嬉しそうに言う。好敵手を見つけた、と。
「“轟音”。アイシャの懐刀のお主がやはり、今回の指揮を執っていましたか?」
楓が、起き上がりながら言う。その間にも二人の間には殺意が充満し始める。
“閃光の遊撃者”、“怠惰の黒姫”、“囚われの従者”に続く4人目の『堕天使』“轟音”。
前者の3人の恐ろしさは目にしている。この男もそうなのだろう。
「指揮なんて、大層なものじゃないぜ。現に弱まって来ている結界さえ、越えれてないんだ。」
男は身振り手振りを加え、大袈裟に話す。
「それでも、お主は『七柱』の5人を相手にここまで戦線を維持出来ている。それは、並大抵の者には出来ぬことよ。」
楓は目を細め、着物の袖で口元を隠し、男を射抜く。その視線に対し、男は知らぬふりをする。
「まあ良い。そこの嬢ちゃんの言葉は褒め言葉として受け取っておくよ。それよりも、俺がここに来たからには、お前らとやることは分かっているよなぁ?」
男は勇敢な戦士のような表情を浮かべた。そして、バズーカの砲口をこちらに向ける。
「ふん、悠斗様、少しお下がりを。この男はわらわがちゃちゃっと片付けますから。」
楓はゴスロリのヒラヒラスカートを揺らしながら、一歩前へ出る。
濃密な殺気が今にも爆発しそうになった時、
「楓さん、引いてください~。」
のほほーんとした声が聞こえた。
両者が声のした方に視線を向けると、そこには、一人の女性が佇んでいた。
美しいと絶賛されてもおかしくない腰まで伸ばした銀髪は、陽光に当てられキラキラしている。真っ白なドレスから覗く色白な美脚。
綺麗というより、どこかの姫を連想させるほど神々しかった。
「アイシャ...。」
「出やがったな。親玉が。」
楓は呟き、男はその口元に笑みを作る。
「楓さん、クリスと悠斗さんを保護するのが私たちの最優先事項です~。手早く、結界の中に入っちゃってください~。」
「んなことさせると思うかよ!!」
男は砲口をこちらに向けたまま、反対側に空いた穴に口を近づけ、大きく息を吸い込んだ。
「あああああ!!!」
男の叫び声が大地を震わし、俺たちの目の前で弾けた。
鼓膜が破裂したのではないかと思うほど、耳が聞こえなくなっていた。
そして、俺たちの目の前にはアイシャが立っており、手のひらを男の方へ向けていた。
男は再び、大筒を通して、音を放っていた。
男の叫び声が、音が一つの砲撃となって此方に降りかかってくる。
だが、それらに向かってアイシャが手を当てるたび、一際甲高い音が鳴り響き、それ以降、音の砲撃が俺たちを彼女を襲うことはなかった。
「ほぉ、なるほどな。そういうことか。この俺の音撃を固めたか。いや、固めたのは空気の方か。」
男はこりゃまいった、と言うように頭の後ろを掻く。
それに対して、アイシャは淡い微笑を浮かべる。かつては自分の能力を、誰よりも知っていた懐刀が、全てを忘れていることに安堵と悲しみを混ぜたそんな複雑な思い。
「なら、今回は引かせてもらうとする。ここでは、勝機は薄そうだからな。」
男は大筒を降ろし、その場から立ち去ろうとする。
そして、去り際にこう言った。
「あぁ、お前達に残念なお知らせだ。近々、『堕天使』が全てここに集まるそうだ。なぁに、教えたのは俺からのお前達への囁かなプレゼントと思ってくれ。それに俺も強い奴と戦うのは好きだからな。では、さらばだ!!」
森の奥へと消えて行った。
「アイシャ...。」
「ふぅ...、やることが一杯だね~。まあ、取り敢えず本部に戻りましょ、ね。」
アイシャは、此方に笑みを浮かべて言う。
「それに、早く悠斗さんを鍛え上げて戦って貰えるようにしないと。それと、あの子を、ローラさんを呼び戻さないといけないね~。」
アイシャは俺の顔を見て更に笑った。
いかがでしたか?
感想、アドバイスお待ちしてます。
次回もお楽しみに。