私の夫は王女殿下の側近です――愛されているのに、私は今夜も夫を信じられない
私の夫は王女殿下の側近です――愛されているのに、私は今夜も夫を信じられない
銀の針のような雨が、王都の屋根と石畳を絶え間なく叩いていた。寝室の置き時計は午前一時を回り、暖炉では最後の薪が赤黒く崩れている。夫のルカが帰ってこないという事実だけで、胸の内側にある古傷がこじ開けられ、そこから冷たい風が吹き込んでくるようだった。
私の夫は、この国の第一王女エルゼ殿下に仕える筆頭側近だ。清廉で実直な近衛騎士として知られ、部下からの信頼も厚く、屋敷では使用人の名前まで一人残らず覚えている。そんな人が、皿を割り、泣き喚き、何度も愛情を確かめなければ眠れない私を妻に選び、今も毎朝、私の額へ口づけてから宮殿へ出勤している。
――それが、いつまで続くというの。
頭の奥で、聞き慣れた声が囁いた。エルゼ殿下は美しく、聡明で、背筋を伸ばして国王と渡り合える女性だ。部屋から出るだけで息が詰まり、仕立屋と話すことさえ侍女に任せる私とは、比べるまでもなかった。
ルカは殿下の隣で働き、同じ書類を読み、同じ国の未来を語っている。今夜も急な会議が入ったと使者は伝えに来たが、あれは口裏を合わせるための言葉だったのかもしれない。私を妻にしたのも愛情ではなく、幼いころから家族に見放されてきた女を憐れんだだけなのだと考えれば、すべての辻褄が合った。
私はサイドテーブルの上に置かれた銀の呼び鈴へ手を伸ばした。主治療師のマルタから、ルカの不在中に不安が強くなったら鳴らすように言われている。しかし、真夜中に侍女を起こせば、また面倒な奥様だと思われるに決まっていた。
呼び鈴から手を引き、今度は手のひらへ爪を立てた。傷をつけないため短く切り揃えられた爪では、白い三日月形の跡が残るだけだった。それでも力を緩められずにいると、玄関の重い扉が開き、階下から慌ただしい足音が聞こえてきた。
置き時計の針は、二時になる少し前を指していた。寝室の扉を開けたルカは雨に濡れた外套を腕に掛け、頬にも濡れた黒髪を張りつかせている。ベッドの上で膝を抱える私を見つけると駆け寄ろうとしたが、途中で足を止めた。
「シエラ、ただいま。予定より遅くなった。今、そばへ行ってもいいか」
ルカは、すぐには私に触れなかった。それは治療師を交えて二人で決めた約束だった。彼は両手が見えるように少し広げ、私が答えるのを待っている。
彼の上着から、雨に濡れた革と薔薇の香りが漂ってきた。エルゼ殿下が好むという、王家の温室で栽培された白薔薇の香油だった。その匂いが鼻に届いた瞬間、朝から積み重ねてきた言葉も約束も、頭の中からすべて吹き飛んだ。
「……触らないで」
「分かった。ここにいる」
「殿下の香りがする。二人で何をしていたの」
「晩餐会に出席した隣国の使節が、殿下の袖へ葡萄酒をこぼした。俺も片づけを手伝ったから、そのとき香りが移ったのだと思う。執務室には護衛が四人、侍女が三人、外務官もいた」
「そんな説明をすれば、私が納得するとでも思っているの?」
喉から飛び出した声が、自分のものとは思えないほど甲高く響いた。ルカの肩がわずかに動き、私はその反応を見逃さなかった。やはり私にうんざりしているのだと、頭の中の声が勢いづく。
「本当は殿下と二人きりだったのでしょう。あの方なら、人前へ連れていっても恥ずかしくないものね。私みたいに、夫の帰りが遅いだけで騒ぐ女なんて、もう捨てたくなったのでしょう!」
「シエラ、俺はお前を捨てない」
「嘘つき! 捨てるなら、今すぐ捨ててよ!」
私は枕をつかみ、ルカへ投げつけた。枕は彼の胸に当たり、力なく床へ落ちたが、それでは足りなかった。サイドテーブルの燭台へ手を伸ばすと、ルカの声が低くなる。
「それは投げてはいけない」
「命令しないで!」
「命令ではない。お前にも俺にも怪我をさせないための約束だ」
燭台を握ったまま振り向くと、ルカはその場から動かずに私を見ていた。怒鳴りもせず、抱き締めるために近づきもしない。私がどれほど酷い言葉をぶつけても耐えてくれることを、愛情の証しにしないと決めた日の顔だった。
「俺はお前を愛している。だが、物を投げることも、死ねと言うことも受け入れられない。燭台を置いてくれ。置けたら、俺はここで話を聞く」
拒絶されたのだと思った。手の中の燭台が急に重くなり、冷たい金属が指へ食い込む。ところがルカは出ていかず、濡れたまま扉の前に立っていた。
「どうせ、私を嫌いになったのでしょう」
「今の言葉で俺は傷ついた。だが、傷ついたことと、お前を嫌いになることは同じではない」
「そんな都合のいい話があるものですか。私はあなたを疑って、怒鳴って、困らせてばかりいる。誰だって、こんな妻から逃げたくなるわ」
「逃げたくなる夜が一度もないと言えば嘘になる。それでも、俺は戻ってくる。戻ると決めることが、俺の愛し方だからだ」
ルカは完璧な夫を演じなかった。何をされても傷つかず、一日千回疑われても微笑んでいられる人間ではないと認めた。それなのに、彼は扉を開けたまま立ち去ろうとはしなかった。
私は燭台をサイドテーブルへ戻した。底が木板へ触れて小さな音を立てた途端、指先から力が抜けていく。ルカはすぐには近づかず、私が次の言葉を出すまで待ってくれた。
「私は今、あなたが王女殿下を選んだように感じている」
治療師と何度も練習した言い方だった。事実だと決めつけるのではなく、自分が何を感じているのかを口にする。簡単な一文なのに、舌の上へ重い石を載せられたように言いづらかった。
「私より殿下のほうが美しくて、賢くて、あなたにふさわしいと思っている。帰ってこなかった二時間のあいだに、私は捨てられたのだと思った。胸の中に穴が開いて、そのまま落ちていきそうだった」
「話してくれてありがとう。エルゼ殿下は俺がお仕えする主君だ。尊敬しているが、妻として愛しているのはシエラ、お前だけだ」
「信じられない。信じたいのに、また明日には疑うと思う」
「明日も一緒に確かめよう。ただし、俺一人でお前のすべてを支えることはできない。マルタ先生にも、ニナにも助けてもらおう。お前が苦しい夜に呼び鈴を鳴らすことは、迷惑ではなく治療の一部だ」
私はサイドテーブルの端へ置かれた呼び鈴を見た。磨かれた銀の表面に、目を腫らした女の顔が歪んで映っている。ルカを愛しているなら彼だけを頼るべきだと思っていたが、一人にすべてを預けることは、愛することとは違うのかもしれなかった。
「今は、触れてもいいか」
ルカに尋ねられ、私はすぐに答えられなかった。薔薇の香りはまだ残っていたが、その下には雨と革、それから毎朝彼が飲む苦い珈琲の匂いがあった。私は毛布の端を握り直してから、小さくうなずいた。
ルカはまず、寝台の端へ腰を下ろした。私が逃げないことを確かめてから、濡れた手袋を外し、冷えた指先を見せる。私は自分からその手に触れ、冷たさに驚きながら両手で包んだ。
「今日は帰れないかもしれないと分かった時点で、使者をもう一度出すべきだった。連絡が一度だけでは足りなかったな」
「それを責める材料にしていい?」
「責めるのではなく、次の約束を決める材料にしよう」
「では、日付が変わる前に帰れないときは、もう一度知らせて。会議に誰がいるかまでは書かなくていい。でも、帰る予定の時刻は教えてほしい」
「分かった。殿下にも許可をいただいておく」
ルカが差し出した小指へ、自分の小指を絡めた。幼い仕草だと笑われるかもしれないが、言葉だけの約束より、触れた指の感覚が残るほうが私には信じやすい。ルカも笑わず、指を絡めたままもう片方の手で呼び鈴を取った。
「ニナを起こすの?」
「温かいものを頼もう。俺は腹が減ったし、お前も夕食をほとんど食べていないだろう」
運ばれてきたのは、蜂蜜を少し落とした温かい牛乳と、厨房に残っていた胡桃入りの黒パンだった。ルカは着替えもしないままパンをちぎり、硬くなった端を牛乳へ浸して食べた。私は半分だけ受け取り、胡桃を一粒ずつ歯で割りながら、時計の音が元の大きさへ戻っていくのを聞いた。
疑いが消えたわけではない。明日の夜、同じ薔薇の香りを嗅げば、私はまた王女殿下の姿を思い浮かべるだろう。それでも今夜、私は燭台を投げず、ルカを悪魔に仕立てる前に、自分の中で起きていることを一つだけ言葉にできた。
「ルカ。私、いつかあなたを信じられるようになるかしら」
「信じられない夜があっても、俺たちの暮らしは続けられる。大切なのは、疑いが生まれないことではなく、その疑いで互いを傷つけない方法を増やすことだと、俺は思う」
ルカは私の返事を待ってから、肩へ腕を回した。私は濡れた上着を脱ぐよう促し、寝室の椅子へ乾いた布を掛ける。雨音はまだ窓を叩いていたが、暖炉へ新しい薪を一本入れると、小さな炎が再び立ち上がった。
翌朝になれば、私はきっと昨夜の自分を恥じるだろう。ルカの言葉の裏を探し、抱き締められた記憶さえ都合よく疑うかもしれない。それでも、疑う声だけが私のすべてではない。
私は空になったカップを置き、ルカの胸へすぐにはしがみつかなかった。まず彼の顔を見て、教わった言葉をもう一度口にする。声はまだ震えていたが、彼に聞き返されることはなかった。
「今夜は、抱き締めてください」
「もちろん。俺も、お前に抱き締めてほしい」
私は彼の背中へ腕を回した。彼に溺れて沈まないように、彼を岸へ縛りつけないように、自分の足が寝室の床についていることを確かめながら。それから二人で、夜明けまで残り少なくなった雨の音を聞いた。




