おネムは最恐です。
手慰み第数弾であります。
眠いと、理性が鈍ります。
お楽しみいただければ、幸いでございます。
この国には、公爵家が二つある。
その内の一つの屋敷で、本日は家族を交えた茶会が開かれていた。
主催の公爵家家族と、もう一つの公爵家の家族が集い、各派閥の家々や、話題の商品を売り出す商会の代表なども家族連れで参加しているため、かなり大掛かりな茶会だ。
噂では、招待客の中に、王族の家族も混じっているようだが、表面上は和気藹々とした社交風景だった。
まあ見た限り、国全体が穏やかな気質で、裏から見てもこの空気は変わらなさそうだなと、ある商会代表としてこの茶会に参加している女は思った。
家族での招待のため、旦那の誘いを断れなかったのだ。
ある国での社交場での、とある一件から、女もその旦那も、夫婦での招待には難色を示していたのだが、今回は特別だ。
主催ともう一つの公爵家が、商会の商売相手の紹介を、約束してくれたのだ。
旦那がその作業をしている間、女は貴族や他の商会のご夫人方と、交友を深めている最中である。
マナーも覚束ない自分を含む、商会の代表夫人たちにすら、貴族たちは気遣いを忘れず、逆にこの緩さを心配してしまうほど、商売人の目から見ると危なっかしい国だなと言うのが、女の第一印象だ。
まあ、滲み出る人の良さが、周囲をしっかりさせているか、国のトップが逆に腹黒かのどちらかなのだろうから、気は抜かないに限る。
女は、異国のお茶と紹介されて出された物を、出来るだけ優雅に見えるように頂きながら、ご夫人たちの会話を聞くともなく聞いていたが、不意に会場の奥で罵声に似た声が上がった。
ヤンチャな何処かの子息の声で、一人が殊更大きく話し、それを面白がった数人の子息が、囃し立てるように同調しているようだ。
夫人が何人か、眉を寄せているが、話の内容までは聞こえず、席を立つまでには至らない。
だが女は、声高な子息の言葉を、はっきり聞き取った。
自分たちより近くにいる旦那にも、はっきり聞こえたらしく、目を見開いて子息子女がいる空間に顔を向けていた。
躊躇いがちに、主催ではない方の公爵に声をかける。
「公爵殿。あの御令嬢は、あなたのご息女では? 何やら、言いがかりをつけられていませんか?」
躊躇いがちに問うにしては、はっきりとした指摘だ。
矢張りうちの旦那は、可笑しいと思うことは、分け隔てなく発言出来る、良い男だ。
胸を張りたい女の耳に、黒髪の公爵が明るく笑った。
「ああ、あのご子息は、こちらの嫡男だよ。うちの双子の子供たちとは幼馴染でね、どうやら最近は、うちの娘を構いたい年頃になったらしいんだ」
「照れて、逆に罵倒してしまう……うちの子も、そんな年頃になったんだよ」
同じように明るく言った、栗毛の公爵と顔を見合わせて、二人は呑気に笑い合う。
「そろそろ、縁談をまとめて置くか? 王家から横槍が入る前に、娘の身を固めて置きたいんだ」
「おう、それはいいな。お前の娘なら、嫁としても申し分ない」
勝手に話を進めかねない空気に、旦那はすぐに躊躇いを捨てた顔になった。
こちらを一瞥する紫の目に、女は金色の目を細め、ゆっくりと首を振った。
女の方も、我慢している。
先程から、誰かに聞こえがしの罵倒を繰り返していた声が、本格的に相手に絡み始めているから、尚更怒りと不快感を募らせているが、前回我慢出来なかった分、今日は辛抱していた。
理由は、今日は、家族で招待されているせい、だ。
娘が一緒の会場で、騒ぎを起こしたくない。
怒りと不快感を紛らわそうと、女は手元のティーカップを、男は手にしたワイングラスを口に運び、中身を含んだ。
その時、罵倒の主が不機嫌に叫んだ。
「なんだっ、お前っ。そいつを庇うのかよっ」
誰か、同席した子が、令嬢を庇ったらしい。
最高爵位の人の子息相手に、何処の家の子が楯突いたのかと、貴族の夫人方が青ざめる。
それを見た二人の公爵夫人は、安心させるように微笑んで見せた。
「本日は、無礼講です。子供のやる事なのですから」
令嬢の母親で、金髪青眼の公爵夫人の言葉に頷き、令息の母親で銀髪緑眼の公爵夫人は、悩ましげに言った。
「むしろ、少し痛い目を見てくれれば、良い薬なのですが」
どうやら、母親にすら眉を寄せられる程、件の子息の所業は酷いようだ。
どこの家の子が、拗れた恋心を正気に戻すべく動いたかは知らないが、健闘を祈ろう。
その傍観が、フラグになってしまった。
「お前、こいつを庇っても、損するだけだぞっ。見ろっ。その気味悪い黒髪っ。悪魔に取り憑かれてんだ、きっと」
「本当だあ、なあ、君も直ぐに離れた方がいい。黒いのが、移るぞっ。ばっちいなあ」
何がそんなに面白いのか、ゲラゲラと笑う子息たちに、平坦な声が、静かに切り出した。
「あの。もしかして……」
聞き慣れた声が耳に届き、夫婦は動きを止めてしまう。
いや、まさか……
思いつつも動けない二人の耳に、愛娘の声は更に届いた。
「あなたがたの家には、鏡がないんですか?」
何、言ってんだっっ?
今日の茶会は、いつもと違った。
何が違うのかと言うと、幼馴染の令嬢が、見知らぬ令嬢と一緒なのだ。
いや、新品だが既製品のワンピース姿のところを見ると、何処かの商会の息女らしいから、彼女を知らないのだろう。
令嬢の黒髪栗目とは対処的な、金色の髪のその子を、それとなく傍から引き離そうと、聞こえるように令嬢の外見を貶したのだが、その息女は離れようとしない。
と言うより、聞こえているようにも見えず、令息は徐々に苛立って来た。
会話が弾んでいる様子もないのに、令嬢が嬉しそうに笑っているのも、気に食わない。
だから、令息は分からせる事にしたのだ。
勢いよく近付くと、令嬢がびくりとして身を縮めた。
少し溜飲が下がったが、彼女と親しくなった息女にも、分からせなければならないと、まずは令嬢をこちらに引き寄せようと、手を伸ばした。
が、手前にいた息女が立ち上がって、その手の行き先を遮る。
その、余りにも不自然な動きに、令息は声を荒らげた。
「なんだっ、お前っ。そいつを庇うのかよっ」
睨みを効かせて怒鳴ると、息女が初めてこちらを見返した。
その、黒々とした瞳に一瞬怯みつつ、勢いのまま怒鳴るが、少し裏返ってしまう。
「お前、こいつを庇っても、損するだけだぞっ。見ろっ。その気味悪い黒髪っ。悪魔に取り憑かれてんだ、きっと」
友人の令息も加勢に回り、息女に忠告するが、全く動じない。
それどころか、小首を傾げて問いかけた。
「あの、もしかして……」
素直な、しかし平坦な声は、続ける。
「あなたがたの家には、鏡がないんですか?」
「はあっ? あるに決まってるだろっ」
すぐに返すと、更に問いがある。
「なら、鏡を見たことが、ない?」
「馬鹿にしてんのかっ? 今日も見て来たに決まってるだろっ」
息女は、黒い目を瞬いた。
「? それなのに、この御令嬢の外見を、貶せるのですか?」
場の空気が、凍った。
その空気に構わず、息女は続ける。
「私が見た限りあなたがたは、御令嬢に限らず誰かの見目に、物申せるような見た目では、ないように見えるのですが……あ、もしや」
言いながら思い当たり、息女は目を見開いた。
「お持ちの鏡は、骨董品ですか? かなり古くて、曇ってしまっているか、鏡面が歪んでしまって、きちんとお顔を見れないと?」
「っ。お前っ、僕らの顔が、歪んでいると、言いたいのかっっ?」
令息が激昂したが、息女は目を更に丸くして、首を振った。
「あなたがたが言うほど、この御令嬢の容姿は、酷くないどころか綺麗な方だと、一般の感想を申し上げただけです。あなたがたには、それが分からないようなので、鏡のせいかと思ったのですが…..はっ、成る程っ」
まだ、言う気かと、身構えた令息に、息女は平坦な声で言い切った。
「鏡でご自身の顔も見えないほど、近目なのですね。私の両親に頼んで、医師を紹介いたします。ご安心下さい、とても腕のいい方です」
思ってもいない勘繰りに、言葉をなくした令息は、目の前の息女が初めて表情を変えたのを、見てしまった。
「ついでに、頭も診てもらって下さい。十歳にもなって、親しい令嬢にそんな絡み方しかできないのは、もはや異常です」
微笑みながらのその言葉は、変わらない平坦ぶりだった。
色々、遅かった。
それは、仕方がない。
夫人たちは聞こえないところにいて、事態を把握出来なかったし、旦那たちはその一部始終聞こえていたのだが、公爵令息の暴言を内心快く思っていなかった貴族は、商会の会長の息女の言葉の数々を耳にして、ついつい吹き出したり感心したり、公爵たちの顔色を伺ったりで忙しかった。
唯一止められそうな息女の両親が、腹を抱えたり、頭を抱えたりで動けなくなっていたので、子供たちの茶会での修羅場は、邪魔なく終了してしまったのだった。
「……この国での商売も、軌道に乗る前に、終了だ」
帰りの馬車の中で、父親は諦め顔だ。
「……眠かったんだな。無理矢理連れ出して、悪かったよ」
母親も、大いに反省し、次の土地に思いをはせたが、そんな諦めモードは、翌日一蹴された。
当の両公爵家から謝礼とともに、取り引きの申し出が来たのだ。
その後、茶会に参加していた家々からも話が来て、一転して忙しくなった。
「……釣書も、紛れてるんだが」
「暖炉の火の、燃料ができたな」
かくして、この国の商売も、軌道に乗りそうな塩梅になったのだった。
前々から思っていた本音、吐けそうなのが、この子くらいしか、うちにはいないのです。




