第6話 七大国、同時着火
翌朝。
畑はいつも通り、静かだった。
露が麦の葉先に光り、朝日がじわりと空を染める。
俺は鍬を肩に担いで、畝を整えていた。
昨日の「面倒回避区域」宣言から一晩。
何も変わらない。
……わけがない。
地平線の向こうに、煙が三本。
違う方向から。
ハルトが双眼鏡を下ろす。
「……来ています」
「どれ」
「三国」
早いな。
七大国全部じゃないだけマシか。
エリシアが緊張した声で言う。
「軍旗は?」
「ガルディア、ミレイア、そして……ルーメン」
軍事、商業、宗教。
バランス良く面倒だ。
俺は鍬を地面に刺した。
「まだ宣戦布告してないぞ」
ハルトが苦笑する。
「あなたが“何もしない”ことが、最大の脅威です」
理不尽だ。
俺は空を見る。
星は消えていない。
今のところ。
「どうするのですか」
エリシアが聞く。
俺は答える。
「迎える」
「戦う?」
「戦わない」
戦うと削れる。
昨日三つ消えた。
小規模で三つ。
七大国規模なら、何個だ。
……考えるな。
軍勢は徐々に視界に入ってきた。
だが不思議なことに、陣形は攻撃態勢ではない。
横に広がり、距離を保っている。
牽制だ。
まずは出方を見る気か。
「レイ殿」
ハルトが小声で言う。
「彼らはあなたが先に動くのを待っています」
「だろうな」
俺が先に削れば、理由ができる。
“危険だから排除する”。
わかりやすい。
俺は畑の端まで歩き、軍勢を見渡す。
距離はまだある。
声は届かない。
面倒だ。
仕方ない。
「音、届く優先」
ぼそりと呟く。
コトン。
俺の声が、妙にクリアに広がる。
「おーい」
軍勢がざわつく。
俺は手を振る。
「畑踏むなよー」
沈黙。
遠くで誰かが怒鳴る。
「ふざけているのか!」
怒ってるな。
そりゃそうだ。
俺は続ける。
「ここは中立。戦場にしない」
軍勢の中央から、騎馬が一騎前に出る。
ガルディアの将軍らしい。
「レイ! 貴様の存在が均衡を崩す!」
はいはい。
「均衡って便利な言葉だな」
俺は肩をすくめる。
「戦争の言い訳だろ」
ざわめきが広がる。
宗教国家ルーメンの僧衣を纏った人物が進み出る。
「争いは世界の浄化である」
出た。
「浄化って言うと聞こえいいな」
俺は地面を指差す。
「じゃああんたらの国、浄化していい?」
静まり返る。
商業国家の代表が前に出る。
「我々は話し合いに来た」
「ほんとか?」
「あなたの力を、どう扱うかを」
扱う。
やっぱり兵器扱いだ。
俺は考える。
ここで削ると、一気に進む。
でも削る数が読めない。
まだだ。
「俺はどこにも属さない」
俺は言う。
「でも敵にもならない」
将軍が吠える。
「信用できるか!」
「できないなら帰れ」
単純だ。
沈黙が落ちる。
宗教国家の僧が静かに言う。
「あなたは勇者を消した」
「消した」
「神意を拒んだ」
「知らん」
僧の目が細まる。
「戦争は世界の循環だ」
ああ。
やっぱり知ってるな。
循環。
均衡。
同じ匂い。
俺は一歩前に出る。
「循環は止めない」
軍勢がざわつく。
「減らすだけだ」
「減らす?」
将軍が鼻で笑う。
「貴様一人でか」
俺は肩をすくめる。
「一人じゃない」
後ろを見る。
エリシアが立っている。
ハルトも。
少数。
でも立っている。
「ここを、全国家が通る場所にする」
商業国家の代表が目を光らせる。
「交易の中心地?」
「戦争しても、ここがないと損する場所」
沈黙。
将軍が眉をひそめる。
「つまり、戦争をするなら貴様を通せと?」
「通すな」
俺は言う。
「通せなくする」
商業国家の代表が興味を示す。
「具体的には?」
俺は畑を指差す。
「ここに“共通資源”を置く」
「共通資源?」
エリシアが理解する。
「全国家が必要とするもの」
そう。
それがあれば、壊せない。
壊せば全員が損をする。
軍事国家の将軍が鼻で笑う。
「そんなものがあるか」
俺は少し考え、言う。
「ある」
全員の視線が俺に集まる。
俺は空を見る。
「戦争を止める“抑止力”だ」
沈黙。
ハルトが小声で言う。
「レイ殿、それは……」
わかってる。
俺自身だ。
でも。
属さない。
武器にもならない。
ただ“壊すと全員困る場所”にいる。
それが枠だ。
商業国家の代表がゆっくり言う。
「あなたが中立を宣言する、と」
「そう」
将軍が怒鳴る。
「中立は力があって初めて成り立つ!」
「あるだろ」
俺は淡々と返す。
将軍が黙る。
宗教国家の僧が静かに言う。
「あなたは、均衡を破壊する」
「違う」
俺は首を振る。
「均衡の形を変える」
その瞬間。
空気が変わった。
軍勢の背後。
遠くの空が、黒く染まる。
「……またか」
ハルトが剣を抜く。
空に巨大な裂け目が走る。
昨日より大きい。
勇者の残滓?
いや。
違う。
七大国の軍勢が揃った。
均衡が揺れた。
その反動。
黒い塊が、いくつも生まれる。
十。
二十。
数えきれない。
全部落ちたら、この平原は消える。
七大国の軍も。
俺の畑も。
全員、まとめて。
将軍が叫ぶ。
「なんだこれは!」
宗教国家の僧が顔色を変える。
「循環の暴走……!」
循環。
やっぱりな。
均衡が大きく動くと、世界が反応する。
俺は空を見上げる。
削るか?
ここで全部止めれば、一瞬で解決。
でも。
星、いくつ消える?
十?
百?
……読めない。
エリシアが俺を見る。
「レイ」
目が揺れている。
怖いだろう。
ハルトが叫ぶ。
「決断を!」
決断。
俺は目を閉じる。
最短は、全部消す。
でも。
最短は、削る。
削ると、減る。
俺は目を開ける。
「優先順位、変更」
コトン。
空が静まる。
黒い塊が、止まる。
落ちない。
でも消えない。
浮いたまま。
俺は続ける。
「落下、無期限延期」
空間が凍ったように止まる。
塊はそこにある。
でも落ちない。
将軍が呆然とする。
「……消さないのか」
「消さない」
俺は言う。
「循環は止めない」
宗教国家の僧が目を見開く。
「延期した……だと」
俺は空を睨む。
削った感覚はある。
でも。
消えた星は、一つ。
一つだけ。
昨日より少ない。
俺は小さく息を吐く。
「……これが限界か」
エリシアが問う。
「レイ、いま何を」
「最短じゃない方法」
俺は軍勢を見る。
「見ただろ」
七大国の代表たちは黙り込んでいる。
「均衡が大きく動くと、世界が暴れる」
宗教国家の僧が震える声で言う。
「……あなたは、それを知っていたのか」
「なんとなく」
本当は、さっき気づいた。
でも言わない。
俺は続ける。
「だから一気に壊すな」
将軍が歯噛みする。
「ではどうする!」
俺は言う。
「少しずつ、形を変える」
商業国家の代表が静かに問う。
「あなたは、それを主導する気か」
俺は首を振る。
「枠を作るだけだ」
沈黙。
七大国の軍勢は、動けない。
空に浮かぶ黒い塊が、答えだ。
俺が消せば楽だ。
でも消さない。
削らない。
その選択が、いまのメッセージだ。
「今日は帰れ」
俺は言う。
「畑を戦場にしないなら、話は続ける」
将軍は歯を食いしばる。
商業国家の代表は思案する。
宗教国家の僧は空を見つめている。
やがて。
軍勢はゆっくりと後退し始めた。
完全撤退ではない。
距離を取る。
様子見だ。
上等。
俺は空を見上げる。
黒い塊は、まだ浮いている。
落ちない。
消えない。
世界は、保留された。
エリシアが小さく言う。
「あなたは……戦争を止めたのですか」
俺は首を振る。
「延期しただけ」
ハルトが苦笑する。
「それでも十分です」
俺は空を見る。
星は、一つ減った。
昨日より少ない。
でもゼロじゃない。
面倒は、まだ続く。
俺は呟く。
「……遠回り、か」
最短じゃない。
でも。
これなら。
世界は、まだ薄くならない。
たぶん。
空に浮かぶ黒い塊が、静かに揺れていた。
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