第3話 亡命王女は砂まみれ
街道を駆けてくる馬は、明らかに限界だった。
泡を吹き、脚がもつれ、砂煙を上げながら必死に走っている。その背にしがみついているのは、フード付きのマントに身を包んだ小柄な影。
背後には騎兵が三騎。
鎧の紋章は見覚えがある。イシュタル——さっき勇者を召喚して街を半壊させた国だ。
「……はあ」
俺はため息をついた。
さっきまで「今日は終わり」だったはずなのに。
ハルトが剣に手をかける。
「レイ殿、あれは——」
「見ればわかる」
馬が悲鳴のような嘶きを上げ、俺たちの前で崩れ落ちた。騎手は投げ出され、地面を転がる。
フードが外れ、金色の髪が広がった。
少女だ。
年は十七、八くらいか。顔立ちは整っているが、砂と汗でぐちゃぐちゃだ。それでもわかる。
育ちがいい。
背後の騎兵が距離を詰める。
「対象を確認! 確保せよ!」
対象って言ったな。
少女はふらつきながら立ち上がり、俺たちを見る。
その瞳は、怯えているのに、妙に強い。
「……助けて、ください」
ああ。
一番面倒な台詞。
俺は空を見上げた。
青い。平和。最高。
なのに、どうしてこうなる。
騎兵が突っ込んでくる。
ハルトが前に出ようとするが、俺は手で制した。
「畑、踏まれたくない」
「……は?」
「ここでやる」
俺は一歩前に出た。
騎兵の一人が叫ぶ。
「邪魔立てするな! その女は国家反逆罪だ!」
国家反逆。
王族か。
ほら面倒。
俺は少女を見る。
彼女は歯を食いしばって立っている。逃げる足はもうない。それでも目は逸らさない。
「……あー」
どっちに転んでも面倒。
でも。
ここで見捨てると、後で自分が寝覚め悪い。
それはそれで面倒。
「武器、壊れろ」
俺はぼそっと言った。
コトン。
騎兵の剣が、一斉に砂のように崩れた。
槍の穂先が消え、鎧の接合部がぱきりと外れる。
馬が驚いて足を止める。
「な、なに——!」
「今日は解散」
俺は手をひらひら振る。
騎兵たちは混乱しながらも、武器がない以上どうにもならないと悟ったらしい。互いに顔を見合わせ、やがて一人が歯噛みした。
「撤退だ!」
三騎は砂煙を上げて引き返す。
静寂が戻った。
ハルトが呆然と俺を見る。
「……また、ですか」
「武器だけだ。人は壊してない」
「そこを問題にしているのではなく……」
少女がふらりと倒れかける。
俺は反射的に手を伸ばし、肩を支えた。
軽い。
ちゃんと食べてないな。
少女は俺を見上げる。
「……ありがとうございます」
「礼はいい」
俺は視線を逸らす。
王族に礼を言われると、後で責任がついてくる。
「名前」
少女は一瞬迷い、答えた。
「エリシア・ヴァルノア」
ハルトが息を呑む。
「ヴァルノア……滅んだはずの小国の——」
「言うな」
俺はハルトを止める。
滅んだとか言うな。
本人の前で。
エリシアは唇を引き結ぶ。
「……父は、討たれました。城も落ちました。私は、逃げました」
淡々としている。
泣かない。
強いな。
でも。
「追手は?」
俺が聞くと、彼女は空を見た。
「イシュタルと、ガルディアが同盟を結びました。私の国は……均衡を崩すからと」
均衡。
またその単語か。
ハルトが低く言う。
「七大国の力関係が変わると、他国が動く。だから先に潰した……」
エリシアは頷く。
「戦争は、必要なのです。彼らにとって」
必要。
俺は鼻で笑う。
「面倒な理屈だな」
エリシアは俺を見る。
「あなたは、レイ様ですね」
様いらない。
「レイでいい」
「では、レイ」
呼び捨て。
勇気あるな。
「あなたは勇者を消したと聞きました」
早いな、情報。
「噂だ」
「でも、今も……」
彼女は崩れた騎兵の武器を見下ろす。
「あなたしか、止められない」
出た。
俺はこめかみを押さえる。
止められる。
たぶん。
でも止めると、世界のどこかが薄くなる。
星が消える。
あれが何なのか、まだわからない。
でも確実に減っている。
「止めると、面倒増えるぞ」
「それでも」
エリシアの声は震えていない。
「私の国の民は、戦争に利用されました。次は別の国が利用されます」
正論。
嫌いじゃない。
でも正論は、だいたい面倒を呼ぶ。
俺は空を見上げた。
昼なのに、なぜか視界の端で、白い点が瞬いた気がした。
……減ってる?
気のせいか?
エリシアが言う。
「レイ。あなたが動かなければ、均衡は保たれます。戦争は続きます」
「俺が動くと?」
「均衡が崩れます」
ハルトが息を飲む。
「七大国が、動く」
ああ。
なるほど。
勇者を消したのは、世界のバランスを一つ崩したってことか。
だから追手が動き、王女が逃げ、騎兵が来る。
全部、繋がっている。
俺は頭をかいた。
面倒の規模が、畑レベルじゃなくなってきた。
「……で」
俺はエリシアを見る。
「どうしたい」
彼女は一瞬だけ迷い、それでも言った。
「国を、取り戻したい」
はっきりと。
逃げない目で。
「戦争は、終わらせたい」
大きいな。
畑どころじゃない。
俺は目を閉じる。
最短は何だ?
七大国を全部消す?
簡単だ。
でもそれやったら、星いくつ消える?
世界、どこまで薄くなる?
……知らない。
知らないのは怖い。
でも放置も面倒。
結局。
俺は目を開ける。
「とりあえず」
エリシアが息を呑む。
「腹減ってるだろ」
「……え?」
「飯食え。話はそれから」
ハルトががくりと肩を落とす。
エリシアは一瞬呆け、それから、ほんの少し笑った。
初めて見る、年相応の顔だった。
俺は踵を返す。
「畑戻る。踏むなよ」
背後で、エリシアが小さく言う。
「……ありがとうございます、レイ」
俺は手を振る。
礼はいい。
どうせこれから、もっと面倒になる。
でも。
たぶん。
その方が、後で楽だ。
空は青い。
ただ、ほんの一瞬。
どこか遠くで、また星が一つ、静かに消えた気がした。
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